5.兄の思いと、妹の涙
エイリュートのペットであるネズミのトーポは、小さな穴から身を滑らせ、ゼシカの部屋を探検し、彼女の机に置いてあった1枚の手紙を持ってきた。
『誰がこの手紙を読んでいるのか、わからないけど、もし私以外の誰かが読んでいるのなら・・・この手紙は遺書だと思ってください。きっと今頃、私はこの世にいないでしょう。私は東の塔に行きます。サーベルト兄さんのカタキを討つまで、村には戻りません。お母さん、家訓を破っちゃってごめんなさい。だけど、家訓よりも、もっと大事なことがあると思うの。私は自分の信じた道を行きます。こんな娘で、本当にごめんなさい。あと、ポルクとマルク。ウソついちゃって、ごめん。私のこと、許してね。 ゼシカ』
そこには、すでに彼女はこの村を出て、東の塔に向かっていると書かれてあった。
慌ててエイリュートたちは、ゼシカの部屋の前まで戻り、部屋番をしている少年2人に、彼女の手紙の内容を話そうと決めた。グズグズしていたら、手遅れになるだろう。
***
「・・・はあ? ゼシカ姉ちゃんは部屋にいないだって? ふん、格好だけかと思ったら、お前ってつくウソまでケチくさいのな。いないわけないじゃん。もしも本当にいないって言うなら、ゼシカ姉ちゃんがいない証拠でも持ってきてみろっての。べーっだ」
「じゃあ、これを・・・。ゼシカさんが書いた手紙なんだけど」
そう言って、エイリュートは先ほど手に入れた手紙を2人の前で読み上げた。
「は〜ん? なんだって? それがゼシカ姉ちゃんの書いた手紙? ふん! お前、ウソばっか言うなよな! ゼシカ姉ちゃんはずっと部屋の中にいるのに、どうしてお前に手紙を渡せるんだよ!」
手紙の内容を聞いたポルクとマルクだが、まったくそれを信じていないポルクは、疑うような視線を向けて来た。
「う〜ん? でも、なんにも知らないこいつらが書いたにしちゃ、ちょっとホントっぽくない?」
「・・・・・・」
マルクの言葉に、ポルクが黙り込む。確かに先ほどこの村に来たばかりのエイリュートたちが書いたにしては、東の塔のことなど、書いてあることが真実味がある。
「よーし、わかった!! じゃあ、今確かめてやる! そのかわり、もし部屋の中にゼシカ姉ちゃんがいたら、お前には村を出て行ってもらうからなっ!」
「うん、いいよ。ゼシカさんに何事もないんだったら、僕たちも文句はないから」
「よし、じゃあそこで待ってろよ。逃げんなよな」
兜をかぶっている少年ポルクは、部屋の扉を開け、中に飛び込むも・・・やはり、そこにゼシカの姿はない。
「うおおっ! マジでいねーじゃん!! お・・・お前っ!! その手紙貸せっ!!」
慌てるポルクに、エイリュートはゼシカの手紙を差し出すと、それをむしる取るように、ポルクが奪い取った。
「あわわわ・・・やばい、こりゃ、本当にゼシカ姉ちゃんの字だ。1人で東の塔にって・・・。そんなことしたら、ゼシカ姉ちゃんもサーベルト兄ちゃんみたく・・・。やばいやばいやばい・・・。これはホントにやばいぞ・・・」
「その、東の塔というのは・・・?」
「サーベルト兄ちゃんが殺された場所だよ! と・・・とにかく、こうしちゃいられない! ゼシカ姉ちゃんを東の塔から連れ戻さないと!!」
そう、つまりゼシカはサーベルトの仇を討つため、東の塔へ1人で向かったというのだ。
「お前っ!! お前もこうなった原因の一つなんだからなっ!! おいらが東の塔の扉を開いてやるから、中からゼシカ姉ちゃんを連れ戻してこいっ! いいな!?」
「兄貴・・・どうするでがすか?」
「どうするもこうするも・・・困った人は放っておけない」
「わたくしも、エイリュートの意見に賛成ですわ。そうと決まりましたら、ポルクさん・・・わたくしたちを、塔まで案内してください」
「よしっ! それじゃ急ぐぞ! 東の塔なら、村を出て左を向けばもう見えるやつだからな! あと、言っとくけど、魔物と戦うのはお前らに任せたぞ」
うなずき、ポルクはもう1人の少年に目を向けた。
「じゃ、マルク。ここは任せた。ゼシカ姉ちゃんがいないこと、絶対に奥さまに気づかれないようにな!」
「うん。がってん」
「よし! それじゃ、急いでしゅっぱーつ!!」
こうして、エイリュートたちはポルクを連れ、東の塔へ向かうことになった。
「あのポルクってガキは、アッシにだけでなく、兄貴や姫さんにまで突っかかってきて、ムカつくでがすが・・・あれほど自信満々だと、不思議と逆らえないもんでがすな」
「ヤンガスは優しいのですね」
「げげ・・・! 何を言ってるんでげすか、姫さん!」
「おい、お前ら! さっきから、うるさいぞ! モンスターが寄ってきたら、どうするんだ!」
ポルクが叫んだ瞬間・・・エイリュートたちの前に緑色のドラキーが姿を見せた。
「・・・今のは、どう見てもそっちのガキが騒いだせいだと思うんでがすが」
「仕方ないさ。さ、とっとと片付けよう!」
エイリュートが銅の剣を抜き、ヤンガスも斧を構える。も腰の剣を抜くと、素早い動きでタホドラキーを斬りつけた。
返す剣で隣のタホドラキーを斬り、上空から襲いかかって来た最後の1匹を巨大な火の玉で屠る。見事なまでの戦いっぷりに、ポルクは口をポカーンと開け、エイリュートとヤンガスは「やれやれ」とため息だ。
「・・・あの姉ちゃん、こえぇ」
***
ようやく到着した東の塔。大きなドアが中への道を閉ざしている。東の塔入り口にあった大きなドア。この扉は村人にしか開けることができないという。
「着いた着いた。ゼシカ姉ちゃんはこの中だぞ。よし、じゃあ扉を開くぞ。この扉はな、村の人間にしか開けられないように出来てるんだ。ん? お前、今疑っただろ? ウソだと思うなら試してみろよ」
一見、なんの変哲もないドアに見えるが、ヤンガスが力任せに押したり引いたりしてみたが、やはりどうやっても開くことができなかった。
「ほら、言った通りだろ? この扉には、村の人間しか知らない秘密があるんだ。こんな時だから、お前らの見てる前で開けるけど、この扉の秘密は誰にも言っちゃダメだからな。よし。じゃあ、開くぞ。それっ!」
そこで、ポルクの出番だ。自信満々なポルクは、扉の前に立つと、なんと扉の下部に手をやり、そのまま上へ押し上げたのだ。
なんとも単純な造りである。持ち上げるタイプの扉だったとは・・・。
「驚いたか! この扉はなんと、上に開くように出来てたんだっ!!」
自信満々のポルクだが、エイリュートたちはただ黙りこむ。なんという子供だましのような扉なのか。
「とにかく、おいらに手伝えるのは、ここまでだ。おいらは村に戻るから、ゼシカ姉ちゃんの事、頼んだぞっ!」
「ありがとうございます、ポルクさん。さ、後はわたくしたちに任せて、これを・・・」
「え? あ・・・いや、大丈夫だよっ!」
がそっとポルクの手に渡したのはキメラの翼だ。ポルクは聖水を撒き、村まで戻ろうと考えていたため、のこの行動には驚かされた。まさか、貴重なキメラの翼を簡単に譲ってくれるとは・・・。
「いいえ、ポルクさんに何かあっては、マルクさんやご両親に申し訳ありません。どうか、お気になさらず、こちらをお使いになってください」
「・・・い、いいのかよ? 本当に」
「ええ」
ニッコリと、聖女の微笑みを浮かべるにポルクは途端に頬を染めた。
「わ、わかった・・・! とにかく、ゼシカ姉ちゃんを頼むぞ! ゼシカ姉ちゃんに何かあったら、タダじゃおかないからな!」
「うん。大丈夫、僕らに任せて。ポルクは村で僕たちの帰りを待ってて」
エイリュートの言葉にポルクはうなずき、から譲ってもらったキメラの翼を放り投げ、村へと戻っていった。
「さて・・・行こうか」
「はいでげす」
「ええ」
仲間たちと顔を見合わせ、一行はゼシカを探すため東の塔へと足を踏み入れた。
***
複雑な仕掛けをくぐり抜け、どうにか最上階へとたどり着いたエイリュートたち。
最上階に上がった途端、空気が変わったのを感じた。神々しい、神聖な・・・そんな空気だ。
視線を動かせば、部屋の奥には綺麗な女神像が静かに佇んでいる。その両目には、不思議な輝きを秘めた石がはめこまれていた。
「とても・・・厳かな気分になりますわね・・・。シェルダンドの大聖堂に似ている・・・」
「あっしは、どうにもこういう雰囲気は苦手でげすよ。ポルクのガキが言ってた、ゼシカとかいう女は、とうとう見つからなかったでがすな。それにしても・・・この女神像の目についてる石は、ずい分とキレイでげすねぇ・・・」
「あ、ヤンガス・・・ダメだよ、触っちゃ・・・」
手を伸ばそうとしたヤンガスを止めようとしたエイリュートの耳に、足音が聞こえ・・・振り返ってみれば、そこに立っていたのは1人の少女。
赤い髪をツインテールにし、上等で清楚な服に身を包んだ少女。その手に持っていた花束が、パサリ・・・床に落ちた。
「・・・あんたたち・・・」
「え?」
「とうとう現れたわね! リーザス像の瞳を狙って、絶対にまた現れると思ってたわ! 兄さんを殺した盗賊め! 兄さんと同じ目にあわせてやる!」
「ま、まさか・・・君が・・・!?」
「サーベルト兄さんの仇!!」
エイリュートたちが事情を説明する間もなく、少女がメラの呪文を放った。
慌ててよけたエイリュートたちだが、炎が女神像にさく裂し、火の手が上がる。
「盗賊だけあって、さすがにすばしっこいわね! だけど、今度は逃がさないわよ!」
「ち、違う! 誤解だ! 僕たちは、ポルクに頼まれて・・・!!」
「うるさいっ! 兄さんを殺したあんたたちだけは・・・絶対に・・・! 覚悟・・・しな・・・さ・・・い・・・」
少女の両手に巨大な炎を生まれる。ギョッとするエイリュートとヤンガスだったが、そのとき・・・女神像の置かれている方向から声が聞こえてきた。
《待て・・・私だ・・・ゼシカ・・・。私の声が・・・わからないか・・・》
「サ・・・サーベルト兄さん・・・!?」
《その呪文を止めるんだ・・・。ゼシカ・・・。私を殺したのは・・・この方たちではない・・・》
「と・・・止めるったって・・・もう止まんないわよっ!!」
次第に大きくなっていく火の玉に、もはや制御が効かない。
だが、その少女の魔法をが氷の魔法で相殺させる。魔力と魔力の反発で、少女の体が倒れこむが、すぐに立ちあがり、女神像へ駆け寄った。
「サーベルト兄さん!? 本当にサーベルト兄さんなの!?」
《ああ、本当だとも・・・。聞いてくれ、ゼシカ・・・。そして・・・そこにいる旅の方よ・・・。死の間際・・・リーザス像は、我が魂のかけらを預かってくださった・・・。この声も・・・その魂のかけらの力で・・・放っている・・・。だから・・・もう・・・時間が・・・ない・・・。像の瞳を・・・見つめてくれ・・・。そこに・・・真実が・・・刻まれている・・・。さあ・・・急ぐんだ・・・。あの日・・・塔の扉が・・・開いていたことを・・・不審に思った私は・・・1人で・・・この塔の様子を見に来た・・・。そして・・・》
そして・・・女神像の瞳から映し出されたのは、あの日・・・サーベルト・アルバートの最期の時だ。
彼を殺したのは、やはりドルマゲスだった。なす術もなく、ドルマゲスの持つ杖に体を貫かれ・・・息絶えたサーベルト。そして、それを見て狂気の笑い声をあげるドルマゲス・・・。
《旅の方よ・・・リーザス像の記憶・・・見届けてくれたか・・・。私にも・・・何故かはわからぬ。だが・・・リーザス像は・・・そなたが来るのを・・・待っていたようだ・・・。願わくばこのリーザス像の記憶が・・・そなたの・・・旅の助けになれば・・・私も・・・報われる・・・。ゼシカよ・・・これで・・・我が魂のかけらも役目を終えた・・・。お別れだ・・・》
「いやぁっ! どうすればいいの!? お願い・・・いかないでよ、兄さん・・・」
《ゼシカ・・・最後に・・・これだけは伝えたかった・・・。この先も、母さんはお前に手を焼くことだろう・・・。だが、それでいい・・・。お前は、自分の信じた道を進め・・・。さよならだ・・・ゼシカ・・・》
「兄さん!!」
ゼシカが叫ぶが・・・もはや、サーベルトの思念は残っていなかった。炎が消えると同時に、サーベルトの意識も消えた。 ゼシカはその場に泣き崩れ、エイリュートたちはかける言葉も見つからない。
「ふーむ、なんたることじゃ。あのサーベルトとやらを殺したヤツめ、間違いなくドルマゲスじゃっ!!」
「おっさん、いつの間に!?」
突然、声を発したトロデに、ヤンガスが飛び跳ね驚くが、先ほどから様子を見ていたようだった。
「なぜかはわからんが、サーベルトとやらもまた、わしらにドルマゲスを倒せと言っておるようじゃ。ふむ・・・。彼の思い、決して無駄にはできんな。これでまた一つ、ドルマゲスを追う理由が増えたということじゃ。それじゃ、わしは馬車で待っておるぞ。じゃっ」
そう言い残すと、トロデは手を挙げ、先に塔を下りて行ってしまう。
「・・・トロデ様、どうやってここまで辿り着いたのでしょう?」
「さあ? まあ、あの姿でげすから、魔物たちも仲間だと思って襲ってこなかったんでげしょうな」
「言われてみれば、そうかもしれませんわね」
ヤンガスの言葉は、ごもっともと言ったところだ。
エイリュートはチラッとゼシカを見る。まだ、彼女はその場に泣き崩れていた。声をかけるかどうか、迷ってしまう。
「ああいう、お涙頂戴ものは、アッシの苦手とするところでがす。後で1人になった時に、思い返して男泣きに泣くでげすよ。それはそうと、今はあの姉ちゃんを1人にしてやるでげす。アッシらは一度村に戻るとしやしょう」
「そうだね・・・」
ヤンガスの言う通り、しばらく1人にしてやろうと、エイリュートたちは階下へ向かおうとするが・・・。
「あ、ねえ・・・」
ゼシカが涙に混じった声で、呼びとめてきた。
「名前もわからないけど、誤解しちゃってごめん。今度、ゆっくり謝るから・・・。だから、もうしばらく1人でここにいさせて・・・。ごめん。少ししたら、村に戻るから」
「・・・うん。僕たちは、先に帰ってるよ」
「・・・ん」
行こう、と声をかけ、エイリュートはリレミトの呪文をかけた。
「ゼシカさん・・・大丈夫かしら・・・」
「ちゃんと村に帰るって言ってたでげすから、大丈夫でげしょう」
「・・・そうですわね・・・」
「姫? 何か気になることでも?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
エイリュートが声をかけると、は微笑んで首を横に振った。
「・・・母様」
リーザス像の穏やかな雰囲気は、国に残してきた母を思い起させた。自分の意思で国を出てきたのだが、やはり寂しさは募る。
東の塔を見上げ、が小さくつぶやくが、エイリュートたちの耳に届くことはなかった。