温かい火の前で、エイリュートたちはグラッドの話を聞くことにした。出されたお茶に、ありがとうございます・・・と頭を下げた。
一息つくと、グラッドはフゥ・・・と息を吐き、顔をあげて話を始めた。
「・・・さて。まずは私と薬師メディの関係について話しておかなくてはならないね。隠していたわけではないんだが、実はあの人は私の母親なんだ。あの山小屋の裏にある遺跡、本当なら私は母の跡を継いであれの守り人になるはずだったんだよ」
「そういえば・・・メディさんも、遺跡の守り人を継ぐ人がいないって言ってました・・・」
「うむ・・・。それがどうして、この町で暮らしているのか? ・・・私は、家を・・・母を捨てた人間なんだ。私は母から学んだ薬草の知識を人々の役に立てたかった。だが、あの山奥にいたのでは、それは難しい。そこで私は家を出て、このオークニスで薬師として人々のために尽くす道を選んだんだよ。しかし、夢を叶えても、私の心は晴れなかった。母1人を残して家を出たことが後ろめたかった・・・。そして、今日、キミたちが母からあの袋を託されて、私の前に現れたんだ。本当にうれしかったよ。母が私の生き方を認めてくれたような気がしたからね・・・」
メディから託された袋を見つめ、グラッドは目を細める。母を思う子の顔だった。
「いつでも子供のことを見守り、その子が困っていれば助けようとする。親なんてのは、そういうものじゃよ。・・・で、身の上話をするために、我らをここまで呼んだのかね? 何か頼みごとでもある様子じゃったが・・・」
グラッドには簡単に説明をし、トロデを家に入れてもらっていた。最初は驚きもしたが、グラッドは冷静に対応してくれた。そのトロデの言葉に、グラッドはうなずく。
「・・・ああ、すまない。実は母に関することで、どうしても気になることがあるんだ。キミたちも聞いただろう? オオカミたちに襲われた時に聞こえた、あの不気味な声を・・・。あの声は、私のことを指して“賢者の血は感じるが違う”と言っていた。真の賢者を探しているとも・・・」
「ええ、言ってましたね。でも、それってまさか・・・」
「そう・・・。実は私の家系には、かつて暗黒神を封じた賢者の1人の血が流れているんだ。そして、同じ血を引く者は、私以外には母しかいないはず。ならば、真の賢者というのは・・・? そう考え始めたら、母のことが心配になってきてね。とにかく様子を見に行こうと思うんだ。そこで、どうだろう? キミたちも一緒に行ってくれないか? 正直、私1人では心細いんだよ」
賢者の血・・・伝説の七賢者の危機とあれば、エイリュートたちも黙ってはいられない。なんとしても、メディを守らなければ・・・。うん、と仲間たちが顔を見合わせ、うなずく。
「もちろんです。ぜひ同行させてください!」
「そうか、行ってくれるか。それじゃあ、善は急げだ! さっそく出発しようじゃないか」
うなずき、席を立った一同の目の前で、扉が開いた。中に入って来たのは、衛兵と上半身裸の荒くれだ。
「グラッドさん、すまないけど病人を1人診てもらえないか? ・・・まったく! そんな格好で酔いつぶれてりゃ、風邪引いて当然だろう」
「いや、悪いが今は急いで・・・」
衛兵の言葉にグラッドが断ろうとするが・・・図体のでかい荒くれが、今にも泣き出しそうな声をあげた。
「ゲホッ! ゲホッ! きぼちわりぃ、頭がクラクラする・・・。死ぬぅ! 死んじまう〜!」
大げさな・・・と、誰もが思ったが、このままでは済まされない雰囲気だ。仕方ない、というようにグラッドがため息をつき、エイリュートたちを見る。
「すまないが、私の方はここを離れられそうにない。必ず、後で追って行くから、キミたちは先に母の所へ向かってもらえないか? 何もなければ、それにこしたことはないんだが・・・。とにかく、頼んだよ」
***
グラッドの部屋を出ると、ヤンガスが笑顔を浮かべてうんうん、とうなずいた。
「いやあ、グラッドのダンナの心意気には、感動したでがすよ。何よりもまず、目の前の病人を優先するたあ、あれこそまさに、薬師のカガミでげす!」
そんな風に感心するヤンガスに、異を唱えたのはトロデである。
「わしはグラッドの行動にはあまり賛同できんな。他ならぬ母親の危機なのだぞ。あんな風邪引きバカなんぞほっといて、すぐに駆けつけるべきではないのか?」
「そりゃ違うぜ、おっさん! グラッドのダンナは、自分の母親のこと、心配してねえはずはねえ。その私情を押し殺して自分の職務を全うしようとするのが、男の生き方なんじゃねえか!」
「ちょっと! 今はそんなことで言い争ってる場合じゃないでしょ! メディおばあさんの家に急ぐわよ!」
今にもケンカに発展しそうだったトロデとヤンガスの仲介に入ったのは、ゼシカだった。2人はまだ何か言いたそうだったが、確かにゼシカの言う通り、今はメディのもとへ急ぐのが先である。
「オレたちは、とっくの昔に賢者を見つけてたんだな。見つけてても、それとわからなきゃ、意味がねえが・・・。結局、オレたちはいつだって暗黒神の凶行を後から追っていくことしかできないってワケだ」
「そんなことはありませんわ、ククール。まだ、メディおばあ様に何か起こったわけではありません。わたくしたちが止めるのです」
「そうでがす! グラッドのダンナはアッシらを信じて、メディばあさんのことを任せてくれたんだ。その信頼を裏切るわけにゃ、いかねえでげす。くっちゃべってないで、先を急ぎやしょうぜ!」
やたらと張り切るヤンガスの姿に、思わずエイリュートたちは顔を見合わせる。
意外と人情派なヤンガスは、グラッドの心意気に心を打たれたようだった。気持ちがわかるような、わからないような・・・。
「でも、一族代々の役目を投げ打って、自分の道を選んだグラッドさん・・・それを認めるだけでなく、後押しまでしてくれるメディおばあさん・・・2人とも素敵だし、私にはうらやましくも感じられるわ。うちのお母さんも、もう少し私のこと認めてくれてもいいのにさ。ホント、頭の固い人だから・・・」
結局、ゼシカと母親はケンカ別れして出てきてしまったのだ。お互いの気持ちはよくわかるが、何か寂しい気がした。分かりあえる親子もいれば、分かりあえない親子もいるということか。
グラッドのことも気になるが、今はメディが気になる。もしも、黒犬が狙っているのがメディだとしたら・・・。グズグズしているヒマはない。ルーラの魔法でメディの山小屋に戻り、ドアを開いた瞬間、愕然とした。
数匹のオオカミが、小屋の中をうろついていたのだ。まさか、遅かったのだろうか・・・!?
「もしかして、アッシら遅かったんじゃ?」
「大丈夫よ。オオカミたちは家の中に入り込んでるだけだわ。争ったような形跡は、どこにもないもの。メディおばあさんは、きっと無事でいるはずよ」
「お・・・おう! アッシも今、そう言おうと思ってたところでげす。早くバアさんを探すでがすよ!」
家の中へ飛び込み、オオカミたちを相手にしながら、エイリュートたちは地下へ下りた。部屋の扉を開くが、どこにもいない。
一体、どこへ行ったのか・・・首をかしげるが、そういえば・・・と思い出す。
「家の裏の遺跡ですわ! きっと、メディおばあ様はそこに避難してるんですわ!」
「そうですね・・・。よし、行ってみよう!」
小屋を出て、裏にあるという遺跡へ向かう。どうか無事でいてほしい・・・という願いを込めて。
「あのオオカミたちは、黒犬の魔力で操られてるだけで、もとは普通のオオカミなんだろうな。犬のくせに、オオカミを操るとは、さすが暗黒神ラプソーンが乗り移ってるだけのことはあるぜ」
倒れているオオカミたちを見て、ククールが感心したようにつぶやく。かわいそうなことをしたと思うが、どうすれば元のオオカミに戻るのか、わからない。どうしようもなかった。
遺跡のある洞穴に入る。薄暗くて、先は見えないが、背後から迫って来る気配は感じた。グルルルル・・・という咆哮。振り返れば、オオカミが数匹、迫って来ている。
「早くっ! こっちに来なされっ!」
聞こえてきた声にハッとする。メディの声だ。5人は急いでメディのもとへ駆け寄った。
そのエイリュートたちに襲いかかろうと、オオカミが飛びかかるが・・・メディの身体を中心に白い光が生まれ、オオカミたちの身体を弾き飛ばした。
「メディさん・・・!」
「この結界の中にいれば、もう安心ですじゃ。あのような悪しき者は、この中へ入って来れませんからのう」
「すごい・・・これって、リブルアーチでハワードとかいう人が作った結界と同じ種類のものじゃないかしら?」
強力な結界だ。オオカミたちは、手出しが出来ない状態である。唸り声をあげながら、ジリジリと後退していった。
その様子を見守り、メディがホッと一息つき、エイリュートたちを見回した。
「誰かと思ったら、この間、雪崩に巻き込まれた人たちじゃないかね? あんた方も、たいがい運の悪い人たちじゃな。何もこんな時に来なくても良かろうに・・・」
「いえ、僕たちはメディさんが心配で戻ってきたんです!」
「心配・・・?」
「おばあさん、よく無事でしたね。あのオオカミに襲われませんでした?」
「ええ、不幸中の幸いと言いますか・・・。わしがいつも通り地下室で薬草を煎じておりましたら、突然バフが上で吠え出しましてのう。何事かと思い、外に出てみると、小屋がオオカミの大群に囲まれていたので、慌ててここへ逃げ込んだのですじゃ」
なるほど・・・間一髪、間にあったということか・・・。だが、まだ安心は出来ない。やはり、あのオオカミたちはメディを狙っている。それはつまり、七賢者の血をひく者を、黒犬が狙っているということなのだから。
「しかし、一目見て感じましたが、あれはただの飢えたオオカミではありませんな。何かもっと、邪悪な者に操られているような・・・そんな気がしますわい」
「そうなんです。実は、先ほどグラッドさんもあのオオカミに襲われて・・・あのオオカミたちは、伝説の七賢者の血をひく者を狙っているんです」
「なるほど・・・道理で。ということは、あんた方、グラッドに会ってあの袋を渡してくれたんですね?」
「はい。グラッドさんも、メディさんを心配して、ここへ向かってるはずです」
「なんと! わしのことを心配して・・・? 心配するのは、わしの役目じゃとばかり思っておったが・・・。そうか、あの子が・・・」
メディは感慨深そうにつぶやくと、優しく微笑んだ。息子の気持ちがうれしいのだろう。少しだけ和んだ空気だったが、突然、遺跡の外で爆音が鳴り響いた。確実に外で何かが起こっている。
「今の音は・・・? それに、このおぞましいまでの邪悪な気配・・・。どうも、ただごとではありませんな」
「ええ・・・感じますわ・・・。強大な悪の力が、この遺跡の外にいるのが・・・」
ギュッと胸元を握りしめ、が苦しそうにつぶやく。そんな彼女の身体を、ククールが支えた。安心させるように、肩をだきしめれば、がそのククールの手に自身の手を重ねた。
「・・・さて。どうやら、いつまでもここに籠っているワケには、いかぬようですじゃ。ここは鬼が出るか蛇が出るか。外に出てこの邪悪な気配の正体を確かめてみねばなりませんな」
「はい・・・でも、メディさんはここに残ってください」
「いいや、わしも行きますじゃ。大丈夫・・・危険を感じたら、すぐに戻りますじゃ」
メディを守るように、エイリュートたちが外へ出ると、やはりそこにいたのは、杖を咥えた黒犬・・・レオパルドだった。しかし、それだけではなかった。そのレオパルドに足蹴にされているのは、グラッドだったのだ。
「うっ・・・ぐっ・・・す、すまない・・・。キミたちの後を追ってきたら、突然、この黒犬に襲われて・・・」
苦しそうにグラッドが呻く。これでは、レオパルドに手が出せなくなってしまった。なんと卑怯な真似を・・・と、エイリュートたちが怒りに顔を歪ませる。
《また貴様たちか・・・。どこまでもしつこいヤツらよ。だが今は貴様たちの相手をしているヒマはない。賢者の血を引きし者よ。観念して出てくるがいい。さもなくば、お前の血を引く者・・・この男の命はないと思え》
「・・・か、母さん、出てきちゃダメだ! こいつは母さんの命を狙って・・・」
声をあげたグラッドの顔を、レオパルドが杖で強烈に殴りつけた。
「ゴホッ! ゴホッ! き、来ちゃダメだ・・・」
必死に訴えかけるグラッドだが、エイリュートたちを押しのけ、メディが前へ出てきた。止めようとするエイリュートたちを制して。
「・・・ほう。これは驚いたね。わしを呼んでるようだから、出てきてみれば・・・なんと相手が犬だったとは! じゃが、ただの犬ではないね。臭う臭う・・・この邪悪な臭気がお前さんの正体を教えてくれるよ」
《そこまでわかっているなら、我が望みも知っていよう。大人しくその命、我に捧げよ》
「・・・フン。何にしても、まずは人質を放すことじゃね。話はそれからだよ」
《・・・お前には何一つ要求する自由はない。黙ってこちらへ来るのだ》
「・・・やれやれ。さすが獣の姿をしてるだけあって、聞き分けのないヤツだね。・・・いいだろう。今、そっちに行ってあげるよ」
「メディさん! ダメだ! あいつは、メディさんを・・・!」
「おばあ様!」
歩き出そうとしたメディをエイリュートが呼び止め、そのメディの腕を、が必死に掴んで止めた。
「いけません・・・! お一人で立ち向かうなんて・・・そんなこと・・・!!」
「・・・あんたは優しい、いい子だね。大丈夫ですじゃ。エイリュートさんや。後のことは頼みましたぞ」
「え・・・」
そう言うと、メディはそっとエイリュートの手に1つの鍵を握らせた。そして、の手をそっと引き離すと、優しく頭を撫でてやった。
メディはレオパルドに視線を向け、一歩また一歩と歩み寄った。傍らにはバフが寄り添っている。
《よくぞ来た、賢者の末裔よ。今、その命、刈り取ってくれよう。だが、何も怯えることはない。すぐにお前の息子にも後を追わせてやるのだからな》
「やはりそういうことかい。でも、バアさんが相手だからって、何でも思い通りになるとは思わないことだね」
そう言うと、メディは懐から小さな袋を取り出し、レオパルドに投げつけた。
レオパルドの顔に袋が直撃すると、そこから真っ赤な粉が吹き出し、レオパルドは身悶えた。
《ガアァァァッ!! き、貴様、何をぉ・・・》
「どうじゃね? ヌーク草の粉は。よく効くだろう? さあっ、バフ、お行きっ!」
悶えるレオパルドがグラッドの身体から離れた隙に、バフがグラッドの襟を咥え、そのままズルズルと引きずり、エイリュートたちのもとまで下がった。
《グオオオ〜ッ! おのれっ! おのれっ! おのれ〜っ!!》
激高したレオパルドが、目を光らせる。すさまじい殺気に、エイリュートたちがハッとなった。
「おばあ様っ!!!」
の悲鳴が響く。エイリュートが手を伸ばすが・・・遅かった。
杖を咥えたレオパルドが、その杖でメディの心臓を一突きにしたのだ。串刺しにされた小さな身体が、宙に浮く。誰も、動けなかった。
《老いぼれが、味なマネを! これでは目も鼻も利かぬ・・・。だが、残る封印はあと一つ》
メディの身体から魂が抜け、レオパルドの杖へ吸収される。杖からすさまじい魔力が放たれた。
すると、レオパルドの背に翼が生えた。あの時のドルマゲスと同じだ。もはや、ハワードのかわいがっていたレオパルドではないのだ。
《あと1人・・・最後の賢者を葬れば、我が魂は、この忌まわしき杖より抜け出せる!》
翼を広げ、黒犬が飛びあがる。慌ててゼシカが追いかけようとした。
「待ちなさいっ! ようやく追いついたんだから。逃がさないわよ!」
だが、相手は空を飛んでいるのだ。捕えようがなかった。
そのまま黒犬は、東の空へ向かって飛んで行ってしまったのだった・・・。
「う・・・か、母さん・・・」
グラッドの声がし、一同はハッと我に返った。気を失っていたグラッドが、目を覚ましたのだ。
だが、その目に映ったのは、地面に横たわる母親と、そのメディに鼻を押し付け、クゥン・・・と寂しそうに鳴くバフの姿だった・・・。
「何てことだ・・・オレがあの黒犬に捕まったばかりに・・・。ようやく謝ることが出来ると思ってたのに・・・オレの・・・オレのせいでっ!!」
泣き崩れるグラッド。エイリュートとヤンガスはかける言葉も見つからなかった。ゼシカは今にも泣き出しそうで、はククールに抱きしめられて、泣いていた。
そっと、エイリュートはその手に握りしめていた鍵を見つめた。メディは、自分たちに希望を託したのだ。最後の賢者を、どうか守ってほしいと・・・。