45.雪山での出会い

 視界に光を感じ、エイリュートは目を開けた。開いた視線に飛び込んできたのは、美しい少女の笑顔。

 「気がつきましたか、エイリュート」
 「・・・姫・・・ここは・・・?」
 「山小屋ですわ。よかった・・・エイリュートだけなかなか目を覚まさないので、心配していたんですよ」

 ゆっくりと、身体を起こして辺りを見回せば、ベッドがいくつか置かれている質素な部屋だった。部屋の中にはエイリュートと以外の姿はない。

 「皆さんなら、上の居間におりますわ。エイリュートも薬湯をいただいた方がよろしいですわね」
 「・・・はぁ」
 「行きましょう。目が覚めたこと、皆さんに教えてあげなければ」

 に連れられ、部屋を出ると階段を登って居間へ出た。暖炉の前の大きなテーブルに見慣れた4人の姿があった。

 「兄貴、身体は大丈夫なんですかい? 兄貴だけ、いつまでたっても目を覚まさないから、心配してたんでがすよ。ここは、あそこにいるバアさんが1人で暮らしてる山小屋でげす。ちょうど雪崩が起こった場所から近かったんで、吹雪がおさまるまで、厄介になることにしたんでがすよ」

 ヤンガスが示す方を見れば、大きな鍋の前に座る小さな老婦人の姿があった。

 「お前たちが雪崩に飲み込まれた後、わしはこの山小屋を見つけ、大慌てで助けを求めたのじゃ。なのに、そこがばあさんの1人暮らしの家だとわかった時には、正直もうダメかと諦めかけたな」
 「雪崩・・・そうだった・・・僕たちは雪崩に巻き込まれて・・・」

 確かに、ゼシカの身体を抱きしめたのは覚えてる。そのゼシカは、エイリュートと視線がぶつかると、ニッコリ笑ってくれた。

 「しかし、運の良いことにそこで寝とる犬は、雪の中から人を見つけ出す名人・・・いや、名犬じゃった。おかげで全員を掘り出し、無事にここまで運んで来ることが出来たというわけじゃ。全てはこの山小屋を見つけ、助けを求めたわしの機転のおかげじゃ。感謝するがよいぞ」
 「ありがとうございます、トロデ王」
 「うむ」

 エイリュートが素直にお礼を言えば、トロデは納得したようにうなずいてみせた。

 「この薬湯に入ってるハーブはヌーク草っていって、身体を温め寒さに強くなる効果があるんだって。ちょっと辛いけど、なかなかイケるわよ。エイトもおばあさんからもらったら?」
 「そうですわ、エイリュート。薬湯を飲めばすぐに身体も温まります。メディおばあ様、薬湯を1ついただけますか?」
 「おお、お目覚めなさったか。・・・フム、顔色もいいし、どうやら身体に異常はないようですな。ようこそ我が家へ。わしはメディという、この山小屋に暮らすしがない薬師のばあさんですじゃ。もうすぐあんたの分の薬湯が出来るから、暖炉の前の席にお座りなされ」

 メディに勧められ、エイリュートは暖炉の前の席に座った。がその正面に腰を下ろす。

 「そこで寝そべってる犬、バフっていうんだが、そいつがオレたちを雪の中から掘り出してくれたんだそうだ。まったく、大した犬だな。どこかの自称王様より、よほど頼りになると思わないか?」

 ククールが指差す先にいたのは、大きな犬だった。温厚そうな顔をして、静かに眠っているようだ。時折、尻尾をパタパタと振っている。

 「へぇ・・・賢い犬なんだね。確かに、トロデ王より頼りになるかも・・・」
 「こぅら、エイリュート! お前は自分の主君に対して何を言いよるかっ! ・・・まったく。そのバフを呼んできてやったのは誰だと思っとるのじゃ」

 エイリュートの言葉に憤慨したトロデが声を荒げる。ククールは肩をすくめ、そんな彼にエイリュートは苦笑いを返してみせた。

***

 しばらくすると、メディがカップを持ってエイリュートの元へやって来た。

 「さあ、飲んでくだされ。このヌーク草の薬湯さえ飲んでおけば、雪国の寒さも気にならなくなりますぞ」
 「ありがとうございます。いただきます」

 ほのかに赤いその薬湯をすする。確かにゼシカの言う通り、少し辛いがまずくはない。

 「雪崩から助けてもらい、一夜の宿を貸してもらい・・・何から何までお世話になりますのう」

 椅子に座ったメディに、トロデが礼を言う。

 「それにしてもバアさんも、こんな怪しいのが助けを求めてきたのに、よく信用する気になったもんだよな」
 「この山賊くずれがっ! 貴様にだけは怪しいのとか言われたくないぞ!」

 ヤンガスの言葉に、トロデが食ってかかるが、メディは穏やかに微笑んで見せた。

 「確かに変わった姿の人だとは思いましたがねえ・・・。この年になると、人の容姿など気にならなくなりますな。まあ、こんな人のいない雪山で、困っている人がいれば、相手が誰でも助けますわい」
 「そういえば、どうしておばあさんは、山奥に1人で暮らしてるんですか?」

 ゼシカが疑問を口にする。こんな山奥に老婦人が1人では、何かと不便だろうに・・・。

 「この家の裏手には、古い遺跡がありましてな。先祖代々、わしの家系はそれをお守りしてきたのですじゃ。しかし、その役目もわしの代で終わることになるでしょうな。跡を継ぐ者もおりませんでのう」
 「そうなんですか。でも役目とはいえ、1人暮らしはご苦労も多いでしょう?」
 「いやいや、気楽なもんですわい。子供の頃から慣れ親しんだ土地だし、苦労など感じたことはないですじゃ。それに時にはこうして雪山に迷った人が、訪れてくれるので、寂しくもありませんしな」
 「まあ・・・では、おばあ様は悠々自適な生活をなさってるんですのね」
 「そういうことですじゃ」

 の言葉に、メディは優しく微笑んだ。

 「ところで、メディさん。実はそのことで一つ聞きたいことがあるんだよ」

 腕を組んだ姿勢のまま、ククールが口を開く。メディはから銀髪の青年へ視線を動かした。

 「オレたちは大きな黒犬がこの雪国の方へ逃げたというウワサを聞きつけて追ってきたんだ。もしかしたら、ヤツはこの近くを通ったかもしれない。何か心当たりはないもんかな?」
 「・・・はて? 大きな犬といえば、うちのバフくらいしか思い当たりませんのう。お役に立てず、申し訳ない。しかし探し物なら人の多い所で聞き込みをされるのがよいでしょうな。この山を下って、北へ向かうとオークニスなる町がありますのじゃ。犬探しはそこでしては、どうですかな?」
 「なるほど、道理じゃな。よし! エイリュートよ、次はその町へ向かうことにするぞ」
 「ほっほっほ。お気の早いことで。いずれにしても、まずこの吹雪が止みませんとな。・・・さて、夜も更けてきましたし、そろそろ休まれてはどうですじゃ? 明日の朝には吹雪も止むでしょうから、オークニスへは明朝向かわれるがよろしかろう」
 「うむ、メディ殿の言う通りじゃな。よし! 今日のところはお言葉に甘えて休むことにしよう」

 トロデの提案に、エイリュートたちは異存はないというようにうなずいた。

***

 歌声が聞こえた。聞こえてくる方向は、居間の方だ。歌声に誘われるように階段を上って居間へ向かえば、やはりそこにいたのは彼女だ。
 長い金髪の美しい王女が、暖炉の前で眠る大きな犬を撫でながら、綺麗な歌声を響かせていた。

 「まだ休んでなかったんですか・・・」
 「・・・まあ、ククール」

 声をかけると、歌声が止んでしまう。だが、その代わりに愛しい王女は、思わず見惚れてしまうほどの笑顔を向けてくれた。

 「バフは本当に賢い犬なのでしょうね。穏やかで、大人しくて・・・可愛らしい。そうだわ、わたくしシェルダンドに戻ったら、犬を飼うことにしようかしら? ああ、でもカチュアに怒られそうだわ。“面倒を見きれないのに、そのように軽々しく生き物を飼うなどとおっしゃらないでください!”と」
 「へぇ・・・姫は放任主義なのか?」
 「一度、飼っていた小鳥の世話をしないで、カチュアに任せっきりにしてしまったことがあって・・・。そのことを言っているのですわ。もう何年も前のことだというのに。私もカチュアも、まだ幼い頃のことなのですよ?」

 カチュアというのは、確か王妃の傍に控えていた栗色の髪と、澄んだ蒼い瞳をした少女のことだったな・・・とククールは思い出す。
 の手は、優しくバフの背中を撫でている。愛でるように、優しく。

 「・・・そうだな。オレと一緒に面倒をみるというのは、どうですか?」
 「え・・・?」
 「オレも生き物を飼うのは苦手だが・・・姫と一緒なら、なんとかなると思うぜ?」
 「わたくしと・・・一緒に・・・?」

 言われた言葉の真意を汲み、は驚いたように目を瞬いた。

 「ククール・・・わたくしと一緒に、シェルダンドへ・・・?」
 「迷惑ですか?」
 「い、いいえ・・・! そんなこと・・・!! 信じられないだけですわ! 王族をあんなに嫌っていたククールが・・・シェルダンドへだなんて・・・」

 何度も強く首を横に振り、は信じられない・・・と口にする。

 「この前、エイリュートにも言ったんだが、オレは修道院に戻るつもりはない。ドルマゲスを倒す前までは、マイエラに戻るつもりだったがな・・・。気が変わった。姫がオレの思いを受け入れてくれたからな」
 「ククール・・・」
 「国の者たちが、オレをどう思うか・・・受け入れてくれるとは思えないが・・・それでも、オレは姫と一緒にいたいと思う」

 そっと、ククールの指がの頬に触れる。その手には自分の手を重ねた。

 「うれしい・・・とても、うれしいですわ・・・。わたくし、この旅が終わったら、ククールとはお別れしなければならないと思っていたから・・・」
 「薄情なことをおっしゃる。あなたの傍を離れないと誓ったというのに」
 「それは、この旅の間だけかと・・・。けれど、本当によろしいのですか? シェルダンドへ行くと・・・」
 「その決意は変わりませんよ、姫」

 そっと、ククールの顔がの顔に近づく。唇と唇が触れそうな距離。吐息がかかる。の頬が暖炉の明かりではなく、赤く染まっているのがわかる。

 「姫、目を閉じて」
 「・・・はい」

 言われたとおりに、が目を閉じる。近い距離のまま、ククールはさらに顔を近づけ、の桜色した唇に口付けた。

 「!!?」

 唇が重なった瞬間、は驚いて目を開けてしまう。至近距離にあったククールの顔に、心臓がドクンと大きく跳ねた。
 そっと、近づいた時と同じように、ククールがゆっくりと顔を離す。目が合い、ククールが優しく微笑んだ。

 「キスは初めてでしたか?」
 「・・・は、い・・・」
 「それは失礼をいたしました。嫌でしたか?」
 「いいえ! そんな・・・うれしかった、です・・・」

 唇に触れ、がうつむきながら、小さくつぶやく。そんな姿が可愛らしくて、ククールは腕を伸ばし、の小さな身体を抱きしめた。

 「ああ、本当に自分が信じられませんよ・・・。たった1人の女に、ここまで夢中にさせられるなんて」
 「ククール・・・」
 「もう貴女を放せそうもありません。どうしてくれるんです?」
 「・・・あの・・・もう一度、口づけをしてくださいませんか? 今度は、もう少しだけ長く・・・触れていたい・・・」
 「仰せのままに、姫君」

 の頭を引き寄せ、噛みつくような口づけを交わした。
 誰にも邪魔はさせない・・・そんな2人の甘い時間を、バフだけが見ていた。