44.北へ

 翌朝、レオパルドを追って北へ向かおうと出発しようとした時、ククールから意外な言葉が飛び出した。

 「ドルマゲスを倒したことで、オディロ院長のカタキも討ったことだし、オレの使命は一応果たされたんだが・・・」
 「え・・・あ、そうか。そうだよね。ククールは、もう旅の目的を果たしちゃったんだね・・・」
 「まあ、そうなんだけど。今となっては修道院なんて辛気臭い所にゃ戻る気もしねえし・・・何より、オレの姫があんたらと一緒に行くんだ。オレも、もうしばらくお前たちの旅に付き合ってやるよ」
 「本当かい!? ありがとう、ククール!」

 笑顔で応えるエイリュートに、ククールは思わず面食らう。予想していた反応と違ったからだ。

 「どうしたの?」
 「・・・いや、てっきりオレは“姫に害なすキミはうちのパーティに必要ない”とか言われるかと」
 「何言ってるんだ。ククールだって、立派な僕たちの仲間じゃないか。いなくなるなんて、寂しいよ・・・。それに、それこそキミがいなくなったら、姫までいなくなってしまいそうだしね」
 「そうかい、そうかい。あくまで姫のためか」
 「そんなことないよ。ククールが残ってくれるのは、本当にうれしいし助かる。これからもよろしくね」

 そう言って、エイリュートは右手を差し出す。なんだ、この調子が狂う反応は。いやにニコニコしているし、これは何かあったな・・・。
 とは思ったが、ここは素直に握手を交わそう。何せ、彼はまだ自分との仲を許したわけではなさそうだからである。

***

 宿屋の外へ出ると、すでにヤンガスたちが準備を終えて待っていた。エイリュートたちは、リブルアーチの町を北へ目指して出発した。
 わかれ道を標識の通り、真っ直ぐ進む。ここを右に曲がると、ライドンのいる塔に着く。

 「私があの杖の邪悪な精神に操られたのは、ドルマゲスを憎む心が強かったせいかもしれない・・・。暗黒神は、人の負の心に取りついて、杖に触れた者を操るんだわ。きっと、ドルマゲスも心の闇を抱えていて、そこを暗黒神に付け込まれたのね」
 「よもや、あの杖こそが暗黒神ラプソーンを封じた封印の杖であり、ドルマゲスをも操っていたとは・・・。トロデーンの王として、わしゃあ自分が情けないぞぉ〜!!」
 「確かに、自分の国のお宝がどんなモンか知らなかったってのは、どうかと思うでがすよ。おかげで、こっちは余計な苦労をするハメになったでげす」
 「確かに、それさえわかってりゃ、少なくともドルマゲスを倒した時点で杖を回収できたからな。つまり、トロデ王の迂闊さが、ゼシカに暗黒神を取りつかせたとも言えるわけだ」

 反省するトロデに対し、きつい言葉をかけるヤンガスとククール。確かに正論なのだが・・・。

 「こいつらは・・・。失意の者を前にして、少しはなぐさめるとか出来んのか!? 何という薄情な連中じゃ。ええい! もういいわい!」
 「トロデ様・・・そんなに気にしないでください。確かにヤンガスとククールの言う通り、トロデ様が全てを御存じでしたら、そもそもこんなことにはならなかったのですが、そこは責めても仕方ありませんわ。何せ、知らなかったんですもの」

 グサリ・・・止めはが刺したようだ。トロデは拗ねてしまい、ヤンガスとククールが止めを刺したを見て笑う。

 「アッハッハ! 姫にまで言われるとはなぁ・・・!」
 「さすが姫さんでげす! 優しい言葉と思いきや、棘がおもいっきし含まれてるでげすなぁ!」

 結果として、何も解決はしていないのだが、ゼシカが戻ってきたことで、再びパーティに笑顔が戻ってきた。そのことが、エイリュートにはうれしく思えた。

 「エイト・・・」
 「うん? どうしたの、ゼシカ」
 「私・・・もう大丈夫だからね! チェルスのことは、残念で悔しくてたまらないけど・・・。だから、精一杯、暗黒神を復活させないように、がんばるから!」
 「うん、そうだね」

 そっと、エイリュートが手を差し出せば、ゼシカがその手を握り返す。先を行くトロデたちは、2人のそんな雰囲気にちっとも気づいていないようだ。

 「あ・・・ククールが姫の肩抱いてる」
 「・・・・・・」
 「ねえ、ククールと姫って、いつからああいう仲になったの?」
 「知らない。僕も聞いたけど、誤魔化されたんだ」
 「フーン・・・。でも、ホント不思議よねぇ。姫は、ククールのどこがいいんだろう? あんな軟派で軽い男、姫には似合わないと思うけどなぁ・・・。ま、見た目はいいから、その点は釣り合いが取れてるけどね」
 「このまま行くと、ククールがシェルダンドの次期国王だよね・・・。ククールが聖王・・・」

 思わず、2人はククールが王様になった時のことを想像してしまう。彼のことだ。勝手な法案で「シェルダンドにカジノを作ろう!」とか言い出しそうなのだが・・・。

 「さすがに聖王国にカジノはないわよねぇ・・・」
 「え! ゼシカもそのこと思った??」
 「ゼシカ“も”ってことは・・・エイトも考えたのね?」

 顔を見合わせ、笑いだす。2人して同じことを考えていたとは・・・。

 「お〜い! 兄貴、ゼシカ! 2人で何してるでげすかぁ!」
 「あ・・・いけない、遅れちゃってる。行こう、ゼシカ!」
 「うん!」

 ゼシカの手を握ったまま、2人は一行のもとへと駆け出した。

***

 途中にあった教会で一泊し、ここから先のトンネルを抜けると、雪国だという情報を得た一行は、防寒対策をしてこなかったことを後悔した。
 トンネルにいた兵士が、エイリュートたちの姿を見て「ヒッ!」と悲鳴をあげる。何事か・・・と疑問に思う一行に、彼は有益な情報を与えてくれた。

 「じ、実はついさっき、大きな黒犬が、ものすごい速さでこのトンネルを駆け抜けて行ったんです。危うく跳ね飛ばされるところでした。赤い瞳を爛々と輝かせて・・・。あれは、絶対普通じゃありませんよ。・・・そういえば、あの犬、口に何か棒キレのようなものを咥えていたなあ」

 レオパルドだ。間違いない。ということは、あの犬はここを通り、さらに北へ進んだということになる。

 「この先にあのレオパルドって犬が逃げていったっていうんなら、追わなくちゃだけど・・・。この寒さの中、外に出ていくのはかなり勇気がいるわね。私、もっと厚着してくればよかったわ」
 「本当ですわね・・・。下手すれば凍え死ぬかもしれませんわ・・・。リブルアーチに戻る時間も惜しいですし、仕方ないですわね」

 赤いボレロを身にまとっているとはいえ、寒い。だが、自分はまだマシな方だ。ゼシカは露出の高い服を着ているし、ヤンガスに至っては毛皮のベスト1枚だ。凍え死ぬなんてもんじゃない。

 「ううっ・・・またえらく寒くなってきたのう。こりゃ、持病の神経痛が悪化しそうじゃ。まったく、なんでわしがこんな苦労を・・・」

 ブツブツと文句を言うのはトロデだ。だが、そもそもの事の発端はトロデにある。ドルマゲスに杖を盗まれなければ、こんなことにはならなかったのだが・・・。

 「話によると、なんでもこの先は雪国だそうでがす。実はアッシ、雪って見たことないんでげすよ。そんなわけで、雪国に行けるのが楽しみでしょうがないんでがす。おおう、ワクワクしてきたぜえ!」

 どうやら、ヤンガスは寒さを感じていないようだ。一体、どうなっているのか・・・。彼の身体についている脂肪のおかげかもしれない。
 対する美男子のククールは、明らかに寒そうである。

 「今までのことから考えると、暗黒神は賢者の血筋の者を感知する力を持ってるみたいだな」
 「ええ、杖が教えてくれるの。次に狙う人物のことが、頭に直接浮かんでくるのよ」
 「へぇ・・・。まったく、便利でうらやましいぜ。オレも美女や儲け話を感知する力が欲しい・・・イテッ!!」

 最後まで言い切る前に、がギュウウ・・・とククールの腕をつねった。

 「ひ、姫・・・??」
 「ウフフ。ククールは、本当に美人がお好きなんですわね」

 ニッコリ笑うの顔は恐ろしい。気候のせいではない寒気が一同を襲った。

 「ご、御冗談を・・・。オレが好きな美女は、姫、貴女だけですよ」
 「その言葉に偽りはありませんわね? 神の御前で誓えますわね?」
 「もちろんです・・・愛しい姫君」

 そう言って、ククールはの手を取り、その甲に口付けてみせた。なんとか、姫のご機嫌は直ったかのように見える。

 「・・・ホントにもう、なんで姫はククールなんかを好きになったのかしら」

 先ほども思った疑問を、ゼシカは再びつぶやいたのであった。

***

 トンネルの出口に近づくと、向こうから猛烈な吹雪が吹きこんできた。この先の天気がどうなっているのか、一瞬でわかる光景だ。

 「ううっ、こりゃまた何という寒さじゃ・・・。じゃが、あの杖をなんとかせねば、元の姿に戻れないのじゃからな。・・・う〜っ、我慢、我慢。・・・さあ、エイリュート、ボケボケしとらんで先に進むぞ!」
 「はい・・・」

 猛吹雪の吹く中、一行はトンネルを抜けた。
 その瞬間、目に飛び込んできたのは一面真っ白な銀世界。これが雪国の世界か・・・と感慨深く思っている場合ではない。凍死してしまう。
 寒さに震えるの肩に、突然フワリ・・・と赤いマントがかけられる。視線を動かせばククールが立っていて・・・彼の着ていたマントだと気づく。

 「ククール・・・! いいですわ、こんな気遣い! あなたが凍えてしまいます!!」
 「大丈夫ですよ、気にしないで」
 「でも・・・!」
 「オレがこうしたいんです。こうさせてください。その代わり・・・」

 ギュッとククールがの手を握る。

 「このままで、いいですか?」
 「・・・ええ、もちろんですわ」

 仲睦まじい2人の様子をチラッと見てから、トロデが愚痴を言い始めた。

 「・・・なんでわしがこんな寒い思いをせねばならんのだ。これも全てドルマゲスのせい・・・。・・・いや、ヤツはもう死んだか。ではレオなんとかいう犬のせいじゃな。まったく。犬の分際で・・・。ブツブツ・・・ブツブツ・・・」

 トロデのぼやきに、カチンと来たのはヤンガスだ。彼は、先ほどの「楽しみだ」という言葉を撤回したい気分である。

 「ブツクサうるせえなぁ! こっちだって寒さに気が立ってんだ! ちったあ黙ってろよ!」
 「な、何じゃとぉ! 別に何の迷惑がかかってるわけでもなし、わしが何を言おうとわしの勝手じゃ! 他人にどうこう言われる筋合いはないわいっ!!」
 「と、トロデ王・・・落ち着いてください! 寒くてイライラする気持ちはわかりますけど・・・」

 エイリュートが必死に宥めるも、もはや遅い。トロデはフン!とそっぽを向いてしまった。

 「あ〜まったく腹の立つ。わしは先に行くぞっ!」

 そう言うと、ミーティアを走らせ、さっさと先へ行ってしまった。その姿が、見えなくなる。

 「・・・あーあ、怒らせちゃった・・・」
 「どうしましょう・・・トロデ様、本気で怒ってらしたようでしたわ・・・」
 「まったく・・・勝手な王様だぜ。オレたちを置いて先に行っちまうなんてよ。まあ、ヤンガスも悪いっちゃ悪いけどな」
 「アッシは本当のことを言ったまででげす! 寒いのは、みんな一緒だというのに、グチグチグチグチ・・・」
 「みんな、もうやめようよ・・・。こんな所で立ち止まって言い争っても何の意味もないよ」

 今度はククールとヤンガスが衝突しそうになり、慌ててエイリュートが仲裁に入った。

 「ほら、早く行こう? トロデ王が待ちくたびれて・・・」

 と、エイリュートの言葉を遮るように、頭上から大きな地響きのような音がした。

 「え・・・?」

 不思議に思い、顔をあげた瞬間、5人の表情が青ざめた。なんと、頭上から大量の雪が落ちてきたではないか!

 「姫っ!!」
 「ゼシカ! こっちへ・・・!!」

 咄嗟に、ククールがを、エイリュートがゼシカを抱き寄せる。ヤンガスは、アタフタとその場を駆け回り・・・そして、一行は雪崩に巻き込まれてしまったのであった・・・。