─── オレは、ひいばあ様から、こんな話を聞いたことがある。“西の地から嫁いできた、ひいばあ様の、そのまたひいばあ様は、高名な賢者だったそうだ
─── 何? 賢者って?
─── ・・・ん。実を言うと、オレもよくわからないんだけどな。ただ、その方は女性でありながら、剣術魔術とも知り尽くしていて、大変な能力の持ち主だったらしい
─── ふ〜ん・・・。あ、それじゃさ、きっとサーベルト兄さんはその人の力を受け継いでるのね。だから、剣も魔法も両方得意じゃない
─── そう都合よくいけばよかったんだが、残念ながら、そうはいかなかったらしい。剣術こそ、磨けばまだ向上する余地があるのかもしれないが、オレの魔法など、真に能力のある者から見れば、子供だましだ
─── そうかな? どっちもうまくできない私から見れば、兄さんの魔法、すごいと思うんだけど
─── いや、だからオレはこう思ってるんだ。ご先祖様の魔法の力は、オレではなく、ゼシカ、お前に受け継がれたんじゃないか・・・とな。きっとお前には、自分でも気づかない能力が眠っていて、いつかその力が目覚める日が来るだろう。オレは結構本気で、その日が来るのを楽しみにしてるんだぜ
***
フッと意識が浮上した。なんだか、懐かしい夢を見ていたような気がする。瞼に光を感じ、そっと目を開ける。
「おお、おお・・・。ようやく気づいたか」
見慣れた顔。魔物に姿を変えられた、トロデーンの国王だ。そして、傍らに顔を向ければ、自分の手を握り締めるエイリュートの姿があった。
「トロデ王・・・エイトも・・・。私・・・どうしてたの? なんだか、ずい分長い夢を見てたような気がするけど・・・」
「ふむ・・・。どうやら、正気を取り戻しているようじゃな」
ゆっくりと、視線を動かせば、エイリュートの傍にはヤンガス、トロデの傍には、そして部屋の扉近くにククールが立っていた。
「覚えておらんか。わしらがドルマゲスを倒して、その翌日、お前さんが姿を消したんじゃ」
「・・・ううん、覚えてるわ。だけど、ひょっとしたら、あれは夢だったのかと思って・・・。私、禍々しい魔の力に完全に身も心も支配されてた・・・。・・・そう、ドルマゲスと同じように。私を支配した強大な魔の力の持ち主の名前は・・・暗黒神ラプソーン」
「ラプソーン!?」
その名前を聞き、が声をあげる。知っているのか?と皆が視線で問う。
「かつて、この世界を恐怖に陥れた大魔王ですわ・・・。ラプソーンは封印されたと書物で読んだことがあります・・・。そうだわ、先日のゼシカもチェルスさんを見て、そう言っていた・・・」
「そう・・・私は、ラプソーンに操られていたの・・・。だけど・・・そのおかげで色んなことが、わかったわ。聞いて、話したいことがたくさんあるの」
「まあ、焦らんでもよいわい。順を追って、ゆっくり話すんじゃ」
「ゼシカ・・・ムリはしないでいいんだよ。今は休んでも・・・」
「ううん・・・大丈夫」
エイリュートとトロデの気遣いに、ゼシカは首を横に振った。今すぐにでも、エイリュートたちに事実を知ってほしいという様子だった。
「私の心に、ラプソーンはこう命令したわ。“世界に散った七賢者の末裔を殺し、我が封印を解け”って。七賢者っていうのは、かつて地上を荒らした暗黒神ラプソーンの魂を封印した存在らしいわ。賢者たちは、ラプソーンを完全には滅ぼせなかったけど、その魂を杖に閉じ込めて、自分たちの血で封印したのね。暗黒神ラプソーンの呪いが、その七賢者を狙っていて・・・。マスター・ライラス、サーベルト兄さん、オディロ院長、あとベルガラックのオーナーも・・・。今までに殺された人たちは、みんな、七賢者の末裔だったのよ」
ゼシカの話は、衝撃的だった。暗黒神ラプソーンは、七賢者を殺し、何をしようというのか。自分を封印した者たちへの復讐だろうか?
「ふ〜む・・・。ややこしい話になってきたのう。つまり、わしとミーティアが人間に戻れなかったのも、その暗黒神と関係があるということか?」
「それは、わからないけど・・・。残る七賢者は、あと3人よ。私が狙ったチェルスと・・・他にもう2人・・・。七賢者の血筋が全て断たれると、杖にかけられた封印が解けて、ラプソーンの魂があの杖から・・・。・・・杖・・・? ね・・・ねえ、トロデ王! 杖は!? 私が持ってたあの杖はどこ!?」
ハッとした表情で、ゼシカがトロデに問いかける。そのあまりに必死なゼシカの表情に、トロデは戸惑いながらも、必死に思い返す。
「杖? おお、我が城に伝わる、あの秘宝の杖のことか。そういえば、あれから見かけんな。ドタバタしてるうちに、どこに行ったのかわからんようになってしまったぞ」
「・・・いけない! チェルスが危ないわ! あの杖は持った者が暗黒神に心を支配されてしまうの! すぐに探し出して! 早くしないと杖を持った誰かが、またチェルスを狙うわ!! エイト!! 急いであの杖を探し出して!!」
***
まだ本調子ではないゼシカと、看病のために残ると言ったを宿屋に残し、エイリュートたちは杖を探すために宿屋を出た。
「あの杖なら確か、ハワードのおっさんが術を使ったときに、どこかに吹っ飛んだでげすよ。海の方に落ちてたりしたら、やっかいでげすね」
あの騒動の中、きちんと杖の行方を見守っていたヤンガス。感心に値する。
「わしの呪いは解けんし、何も解決せんうちから問題ばかり次々に増えるのう・・・。・・・と、グチを言ってる場合ではないぞ、エイリュート。急ぐのじゃ!」
「はい・・・!」
「だけど、さっきのゼシカの話じゃあ、例の杖を手にするのは危険ってことだな? 手で持てないなら、見つけたところでどうやって処理すりゃいいんだよ」
ククールの言葉は、もっともだと思う。手で触らずに回収する方法など、あるだろうか? だが、とりあえず今は杖を探す方が先決だ。回収方法は、また後で考えればいい。
まずは、やはりハワードの屋敷を探すべきだろう。紛失したのは、この場所だ。もしかしたら、ハワードが何か知っているかもしれない。
だが、そのハワードは気落ちしているという。あの騒動時、姿を消したレオパルドは、未だに行方をくらましたままだというのだ。食事中だというハワードのもとへ、エイリュートたちは案内されるが、そのハワードの顔にいつもの覇気はなかった。
「おお、お前たちか。あの杖使い女を退治してからというもの、どうにも身体の調子が悪くてな。いや・・・悪いのは身体じゃなくて、心の方じゃな。あれから胸騒ぎが止まらんのじゃ。うまく言えんのだが、自分がとんでもない失敗をしてしまったような妙な気持ちに囚われておってな。わしともあろう者が、この心の迷いはどういうわけか・・・。・・・ええい! 今はあまり話とうないぞ。下がれ下がれ。用があるなら、また訪ねてくるがよい」
どうやら、杖のことを聞き出せる状況ではないようだ。諦めてハワードの屋敷を出ようとした時だった。
「キャアアーッ!!!! 誰かっ!! 誰か来ておくれっ!! チェ・・・チェルスが・・・!!」
屋敷に血相を変えて女性が飛び込んできた。イヤな予感がし、エイリュートたちが慌てて屋敷を飛び出す。
「レ・・・レオパルドがっ!! レオパルドが・・・チェルスに杖をっ!!」
外にいた少女が、悲痛な声をあげ、一方を指差す。その先にいたのは・・・杖を口に咥えたレオパルド。そして・・・倒れているチェルスの姿だった。
レオパルドが咥えた杖で、チェルスの胸を一突きにする。愕然とするエイリュートたちの前で、レオパルドは人間の言葉を発した。
《あと2人・・・。これ以上、邪魔はさせぬぞ・・・》
そう言うと、犬らしい俊敏さで建物を飛び越え、どこかへ走り去って行ってしまった。
「・・・チェルスっ!!」
レオパルドの後を追おうかと思ったが、今はそれよりもチェルスの方が先だ。倒れたチェルスの身体を、エイリュートが抱き起こす。
「チェルス、しっかりするんだ!」
「お・・・お願いし・・・ます・・・。レ・・・レオパルド・・・様・・・を・・・追い・・・かけて・・・くださ・・・い・・・。レオ・・・パルド・・・様・・・は・・・ハワードさ・・・ま・・・が・・・心を・・・開け・・・る・・・唯一の・・・存在・・・だから・・・。レオパル・・・ド・・・様・・・が・・・いなく・・・なった・・・ら・・・ハ・・・ハワードさ・・・ま・・・が・・・ハワード様・・・が・・・どんな・・・に・・・悲し・・・む・・・か・・・。・・・ハワード・・・さ・・・」
「チェルス!!」
必死にエイリュートが呼びかけるが、チェルスの身体からガクッと力が抜けた。スゥ・・・とその魂が抜けて行く。
「チェルス!!!!」
呼びかけるが、手遅れだった。チェルスはすでに息絶えていたのだ。
と、屋敷の中からハワードが出てくる。今の騒ぎに気づいたのだろう。そして、エイリュートの腕の中で息絶えているチェルスの姿を見て、愕然とした。
「こ・・・これは・・・これは、どういうわけじゃ・・・。チェルス・・・いや・・・偉大なる賢者クーパス様の末裔・・・。・・・そうか、ようやくわかったぞ。わしは・・・わしは・・・守り通すことが、出来んかったのか・・・。代々の悲願である因縁の呪を・・・。せっかくご先祖様が、わしとクーパス様の末裔を導いてくれたというのに・・・わしは・・・。うう・・・う・・・頭が・・・頭が・・・割れそうに痛む・・・」
「ハワードさん! しっかり!」
崩れ落ちたハワードの身体を、ククールが支える。そこへ、ゼシカとが騒ぎを聞きつけてやって来た。2人は、息絶えたチェルスの姿を見つけ、手遅れだったことを悟った。
「とにかく、今はハワードさんを屋敷の中へ。ヤンガス、ククール、頼む。姫、チェルスを・・・送ってくれませんか?」
「・・・ええ、わかりましたわ」
ヤンガスとククールがハワードの身体を運ぶ中、はチェルスの亡骸を悲しそうに見つめ、その手を胸の上で組ませた。
「神よ・・・彷徨えし御霊を救い給え・・・安らかなる眠りを、与え給え・・・」
の祈りの言葉に、エイリュートとゼシカはそっと目を閉じ、一緒に祈りを捧げた。
***
屋敷の中に運ばれたハワードは、あれから数時間後に目を覚ました。
先ほど起こった凄惨な事件のことは、よく覚えているようだった。今までの高圧的な態度がウソのように、しんみりとした表情を浮かべている。
「ふむ・・・。心配かけてすまんかった、エイリュートよ。チェルスの亡骸を見た瞬間、色々な疑問が氷解した。わしは、全てを悟ったのじゃ。わしは、ご先祖様の因縁の呪により、生まれながらに、こう運命づけられておったようじゃ。偉大な賢者の一族・・・つまりは、その末裔であるチェルスの命を守るように・・・とな。だが、強力な呪術の力に奢った我が一族は、いつからか先祖の呪をもかき消してしまった。・・・せめてあと少し早く、そのことに気づいていれば、こうはならなかったかもしれん・・・」
先日の、の言葉をククールは思い出した。「いつか必ず報いが来る」と。だが、こんな報いは望んでいなかった。誰かの命を失う報いなど・・・。
「チェルス・・・いや、偉大な賢者の亡骸は、手厚く葬るよう部下たちに命じておいたが・・・。・・・・・・。・・・わしは、取り返しのつかないことをしてしまったな。もう誰にも顔向けが出来ん・・・。・・・エイリュートよ、わしの最後の頼みを聞いてくれんか」
「はい・・・何でしょうか?」
「チェルスを殺したのがレオパルドであることは、知っておる。それを承知で頼むが・・・レオパルドを退治してくれ。そして、賢者の一族のカタキを、お前の手で討ってほしいのじゃ。わしにはわかるのじゃ。ヤツはもうレオパルドではない。強大な魔の力に支配されておる。これが罪滅ぼしになるとは思っておらんが、今のわしに出来るのは、これくらいじゃ・・・」
悲しそうに、悔しそうに、ハワードが小さくつぶやく。
チェルスの死は、それだけハワードにとってもショックな出来事だったのだ。
「・・・そうじゃ、お前さんたちにも色々迷惑をかけた。何か礼をせねばならんな。そちらの娘さんにも、失礼なことを言った。申し訳ない」
「いいえ、わたくしのことなら、お気になさらずに。ハワードさん、チェルスさんは天国からあなたのことを見守っていますわ。あなたのそんな姿を見て、悲しんでいます。どうか、一刻も早くお元気になることを祈っております」
「・・・ありがたい。そうじゃ・・・どうやらそっちの娘さんは、魔法使いの天分がまだ半分ばかり眠ったままのようじゃな。よし! わしの力で眠っているその天分を軽く揺り起してやろう」
「え・・・私? いいんですか? だって、私は・・・」
「気にすることはない。さあ、いくぞ・・・」
戸惑うゼシカに構わず、ハワードが何か呪文をつぶやくと、ゼシカの全身に淡い光が降り注いだ。
「これでよし・・・。エイリュートよ、レオパルドはこの町から北へ逃げて行ったと聞く。まずは北に向かうとよいじゃろう。それでは、くれぐれも頼んだぞ。お前たちの旅の無事を祈っておる」
ハワードの部屋を出て、一同は深いため息をついた。何だか、事態は深刻な方向へ動いているようだ。
「ドルマゲス・・・私・・・そしてレオパルド・・・。結局、杖は暗黒神の思い通りに運ばれてる・・・。私たち、抵抗してるようで、実際には何の抵抗も出来てないのかもしれないわね・・・」
「そう落ち込むなよ。結果はあくまで結果だからな。敢えて悪く解釈する必要はないぜ。その暗黒神とかってのを、ちょっとずつ追いこんでるんだって、今はそう思っておきゃあいいさ」
「うん・・・」
落ち込むゼシカを、ククールが優しく励ます。ポンとそのゼシカの背中を叩いた。
「不幸はあったでがすが、ゼシカの姉ちゃんが元通りになったことは、いいことでがすよ。さあ、気持ちを入れ直して、あの杖を持ったレオパルドを追っかけるでがすよっ!!」
ヤンガスとが屋敷を出て行くと、ククールも慌てての後を追いかけた。エイリュートも続けて屋敷を出たところで、ゼシカに呼び止められた。
「ねえ、エイト。ちょっと待って」
「うん? どうしたの、ゼシカ」
「えっと・・・大した用じゃないんだけど・・・。ドルマゲスを倒して、杖を持った瞬間から、私、自分の意思で話すことが出来なかったから・・・。だから、今言っておくわ」
改まって何を言われるのか・・・エイリュートは少しだけ身構えてしまう。
「私、兄さんのカタキを討ったなんて、まだちっとも思えてないの。暗黒神ラプソーンっていうのが何者なのかは、よくわからないけど・・・。あの杖をこのままにしておけないわ。あの杖をもう一度封印するまで、私、旅を続けるから・・・えっと・・・これからもよろしくお願いします」
そう言うと、ゼシカは頭を下げた。そんなゼシカの行動に、エイリュートは思わず呆気に取られてしまう。だが、すぐにその表情を崩し、微笑んだ。
「・・・なんだか改まっちゃって、私、変だったかな?」
「ううん・・・そんなことない。ゼシカの気持ち、うれしいよ」
「ホント? じゃあ良かった。エイトは優しいね・・・」
「そんなことないよ・・・。でも本当に良かった・・・ゼシカが戻ってきてくれて・・・。僕、ゼシカがいなくなって、どうしようかと思ったんだ。なんだか胸はザワザワするし、無性にイライラするし・・・。ヤンガスやククールたちにも八つ当たりしちゃってひどかった」
「え・・・?」
エイリュートの言葉に、ゼシカは目をパチクリさせる。エイリュートは、どこか恥ずかしそうだ。
「なんでなのかな・・・って思ったんだ。だけど、姫とククールを見ていて気がついた。僕は、ゼシカのことが大事なんだ、って。ククールが姫を思うように、僕もゼシカのことを思っていたんだ、って」
「エイト・・・? それって・・・」
「僕は、ゼシカが好きだよ、ってこと」
「!!!」
突然の告白に、ゼシカの頬が真っ赤に染まる。対するエイリュートも、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ごめん、こんなこと言って。だけど・・・」
「ううん・・・ううん、うれしい。すごくうれしい・・・。だって・・・私も・・・」
優しいエイリュートが好きだった。いつからだったか、なんて覚えてない。気がついたら、恋をしていた。
「ありがとう・・・エイト・・・私も大好きよ・・・」
エイリュートの胸に飛び込み、ゼシカはそっとつぶやいた。