リブルアーチの町に戻り、ハワード邸に向かうと、門番の衛兵が眉根を寄せて立っていた。どうしたのか・・・と訪ねれば、クイッと顎で犬小屋の方を示した。
「ハワードのダンナの使用人いびりが始まったみたいだぜ。オレもヘマをこいたら、あんな目に遭わされるんだろうな。まったく、ウカウカできないぜ」
「え・・・?」
視線をハワードの方へ向ければ、その彼の前にはチェルスがいて・・・。何か責められているようであった。
「このクズめがっ!! お前のようなどこの馬のホネとも知れん旅人を雇い入れたわしの恩を、貴様は仇で返すつもりか!!」
「め・・・めっそうもございません! 信じてください! 私はただ、いつもの通りレオパルドにご飯を・・・」
「・・・はぁ〜ん? レオパルドぉ? ちょっと待て、チェルスよ。いつ誰がレオパルドちゃんを呼び捨てにしてよいと言った?」
なんという態度だろう。強く言い返せないチェルスに対して、ハワードは高圧的な態度で接しているのだ。これはイジメという部類に入るだろう。見るに堪えない光景だ。
ハワードの言葉に応えるように、レオパルドも吠える。
「おお、そうかそうか。お前も気分が悪いか。ムリもないのう。毒を盛られかけたばかりか、あのような愚か者に気安く呼び捨てにされたのではなあ」
「信じて下さい、ハワード様! 私は断じて、レオパルド・・・様のご飯に毒など盛っておりません!」
「言葉だけでは信じられんな。ならば、わしが見ている目の前で、その皿のご飯を食ってもらおうかな。おっと、立ったままではならんぞ。皿を置き、地面に這いつくばって、うまそうに食べるのじゃ」
それまで黙って見ていたエイリュートたちも、我慢の限界だった。真っ先に飛び出したのは、だ。
「おやめなさい、ハワードさん! それ以上、チェルスさんを愚弄するのは許しませんわ!!」
「何・・・? なんだ、小娘。貴様、誰に向かって口をきいている! わしは大呪術師ハワードだぞ!」
「それが何だというのです? あなたはわたくしたちと同じ人間ではありませんか! そしてチェルスさんも、あなたと同じ血の通った人間です。その人間を、見下して何が楽しいのですか!?」
「うぬぬぬ・・・貴様・・・このわしに偉そうに説教くれるとは・・・わしの呪術を食らうがいいっ!」
「おやめ下さい! ハワード様!! 私が言う通りにいたしますから!」
呪術をかけようとしたハワードと、の間に割って入ったのはチェルスだ。
「チェルスさん・・・!!」
「・・・いいんです。僕はこういうの慣れっこですから・・・。ありがとうございます、庇ってくれて」
悲しそうに微笑み、チェルスは四つん這いになると、レオパルドの皿から餌を食べた。なんという屈辱的な光景なのだろう。は怒りで拳を震わせるが、ハワードはさも可笑しそうに笑った。
「うわっはっは!! いい姿じゃぞ、チェルスよ!! さあ、レオパルドちゃんや。あのご飯はどうやら安全のようじゃ。食べてもよいぞ」
「バウッ!! バウッ!!」
再び、ハワードの声に応えるようにレオパルドは吠えると、チェルスの身体に体当たりをし、餌を食べ始めた。
「チェルスよ、レオパルドちゃんは、お前の主人も同然じゃ。わしが言わずとも、丁重に接するのだぞ。よいな」
そこで、ハワードはエイリュートの姿に気づいたようだ。
「おお、戻ったか。わははは、つまらんものを見せてしまったな。それはそうと、ここではなんじゃな。報告なら、わしの部屋で聞くので上がってくるとよいぞ。それと、その小娘はそなたの仲間か? 気分が悪い。その小娘は連れて来るな」
「おい、おっさん・・・あんた、いい加減に・・・」
ククールが不機嫌そうに声をかければ、グッとその腕を掴んだ者がいる。だ。は静かに首を横に振った。何も言うな、というように。
「姫、しかし・・・」
「よいのです。彼は、いつかその報いを受ける時がきますわ。神様は、いつでもわたくしたちを見ているのですから・・・」
「姫・・・」
確かにそうなのかもしれない。いつか、ハワードには報いが来るのかもしれない。だけど、ククールとしては愛する姫を愚弄されたのだ。黙ってはいられなかった。
「アッシは、ほんのついさっきまで、こう思ってたでげすよ。“あのハワードのおっさんも、クラン・スピネルを見たら心を開くかもしれねえ・・・”と。だけど、それはどうやら間違いだったようでがすなあ・・・」
「・・・へえ? 盗賊上がりの強面にしちゃあ、考えることはずい分と純情なんだな。あの手の心底腐った連中は、修道院にいた時は、しょっちゅう見たもんだ。・・・人間なんてな、自分の力を過信した瞬間に、足元から腐り始める。そういうもんだぜ」
「う〜む・・・。ぐうの音も出ねえでがすなあ」
確かにククールの言う通りなのかもしれない。その典型的な例が、あのハワードなのだろう。力だけではない。富や財産を持った人間も、腐り始めるものである。
エイリュートはため息をつき、レオパルドの様子を見つめていたチェルスに声をかけた。
「大丈夫かい? チェルス」
「あなたは・・・。アハハ、恥ずかしいところを見られちゃいましたね。ハワード様、今日はなんだか虫の居所が悪かったみたいです。なのに僕がヘマをしちゃって・・・。クビにされないように、気をつけなくちゃな。僕、このお屋敷もハワード様も大好きだから・・・。うまく言えないんですけど・・・このお屋敷に仕えていることに、すごく運命的なものを感じてるんです」
「チェルス・・・」
「それより、早くハワード様のところへ。あまりお待たせすると、大変ですよ」
優しく微笑むチェルスの、その健気な様子に、エイリュートたちは胸を痛めるのであった。
気にすることはない、とエイリュートたちは言ったのだが、はハワードのもとへ行くのを拒んだ。どっちにしろ、自身、ハワードと顔を合わせたくないだろうし、エイリュートたちもこれ以上に不快な思いをさせたくなかったので、助かった。
ハワードのもとへ向かうと、彼は何事もなかったかのように笑顔でエイリュートたち3人を迎えた。
「おお、来たか。さっきのことなら、気にせんでよいぞ。いつものことじゃからな。わしは、あのチェルスの顔を見ていると、自分でもなぜかわからんが、とにかく腹が立って仕方ないんじゃ。なのに、不思議とクビにしようとは思わん。・・・きっとわしはあの男を死ぬまでいびり倒したいんじゃろうな」
「・・・・・・」
そんなことを言われて、気持ちのいい人間など、いるだろうか? 少なくとも、エイリュートたち3人は気分が悪かった。
だが、ここでハワードの機嫌を損ねるわけにはいかない。ゼシカを元に戻すのに、ハワードの結界に賭けてみるしかないのだから。
「・・・っと、そんな話はどうでもいい! クラン・スピネルじゃ! クラン・スピネルは手に入ったのか!?」
「ええ、これです」
エイリュートが二つの赤い宝石を差し出すと、ハワードは目を輝かせた。
「おおっ、でかしたぞっ!! どうやって手に入れたかなど、いちいち聞かんぞ。何しろ、わしは結果だけを重視する男じゃからな」
差し出された宝石を奪い取るようにして、ハワードは手にすると、満面に笑みを浮かべた。エイリュートたちに労いの言葉などかけるはずもない。
「おおっ、手に持っただけで感じるこの魔力の波動は間違いない! これぞクラン・スピネルじゃ!! これさえあれば、強力な結界を容易に作れるじゃろう。杖使い女なぞ、もはや恐れるものではないわい! それにしても、お前さんたちも嬉しいじゃろう。なにしろ、大呪術師たるこのわしの役に立てたのじゃからな。よし! せっかくじゃ。次に、あの杖使い女が来るまで、わしの屋敷の衛兵として雇ってやろう。よいな?」
「いえ、結構です・・・」
「うはははは! 奥ゆかしい男じゃ。遠慮など、せんでもええぞ。わしとお前さんの仲じゃろうが。よし! お前さんたちは、たった今からこのハワード邸の衛兵じゃ。さっそく仕事を与えてやろう。さあ、こっちへ来るのじゃ」
断ったのにも関わらず、勝手な解釈で結局衛兵にされてしまった3人は、ほとほと困り果てた顔を見合わせた。
ハワードは壁へ歩み寄ると何か呪文をつぶやいた。すると、そこに扉が現れた。呪術で隠し部屋を作っていたということか。どうやら、彼が大呪術師だというのは、奢りではなく本当のことらしい。
「この先には、わしの秘密の資料室がある。そこから、ある本を探してきてほしいのじゃ。本のタイトルは世界結界全集じゃ。その本に強力な結界のレシピが載っておる。よろしく頼むぞ」
ドン、と背中を押され、3人は強引に資料室へ入らされてしまった。
「なんだか、あのおっさんに、いいように使われてるでがすなぁ」
「・・・やれやれ。とうとう、衛兵にされちまったか」
「仕方ないよ・・・。とりあえず、早くその本を探して結界を完成させてもらおう」
階段を下りながら愚痴るヤンガスとククールを説得し、エイリュートは本棚を見上げた。相当な数の本だ。この中から1冊の本を探し出さなければならない。
ようやく、ククールがその本を見つけ出すと、3人は階段を上がってハワードのもとへ戻ろうとした。その時だった。
「で・・・出たぁっ!! 杖使い女だーっ!!」
聞こえてきた声に、エイリュートたちは慌てて階段を駆け上がった。
「ええい、遅いわっ! 何をやっとったんじゃっ! どうやら、あの杖使い女が、また現れたらしいわい! わしは速攻で結界を完成させねばならん! 世界結界全集は見つかったんじゃろ? さあ、渡せ! すぐに渡せ!」
「は・・・はい、これです!」
「おおっ、これじゃこれじゃ! わしは今から大急ぎで結界を調合するゆえ、お前は外であの杖使い女を食い止めておれ! 何、心配せんでも、すぐに出来るわい! 何しろ、わしは偉大な大呪術師じゃからなっ!」
「おい、エイリュート・・・外には姫がいる! 急ぐぞ!!」
「うん!」
そうだった。は屋敷の外で待っているのだ。そこへゼシカが現れたとなれば・・・。
「ゼシカの姉ちゃんは、ハワードのおっさんを狙ってるでげすっ!! ・・・ってことは、とにかくゼシカの姉ちゃんを屋敷の中に入れなければ、安心でげす!」
「・・・今度ばかりは、下手したら戦ってでもゼシカを止めなきゃならないのかもな。・・・よしっ! 覚悟を決めたぜ!」
屋敷から飛び出せば、視界に入って来たのはチェルスと、その前に立つ。そして・・・その2人の前、噴水の銅像の上には杖を持ったゼシカが立っていた。
「せっかく守りは万全にしておきなさいって言ったのに、ずい分と無防備なのね」
「ゼシカ・・・なぜ、なぜなのです!? 人を傷つけるなんて、あなたが望むはずがありませんわ!」
「クスクス・・・相変わらず、甘いのね。さあ、そこを退きなさい。私が狙っていたのは、あんな見せかけだけの男じゃないわ。この杖が全て知っているの。私の狙いは、かつて暗黒神ラプソーンを封印した七賢者の一人、大呪術師クーパスの末裔・・・」
ゼシカが杖でチェルスを差した。
「チェルス、あなたのことよ」
「な・・・!?」
「悲しいわね。あなたの命を守るべきはずの男が、そのことをまるで覚えていないなんて」
「ゼシカ! やめろっ!!」
エイリュートの声に、一同がそちらへ視線を向ける。険しい顔をしたエイリュートたち3人が、ゼシカを睨みつけた。
「・・・ウフフ。やっぱり、まだいたのね。いいわ。どうせあなたたちと戦うのは避けて通れないと思ってたもの。ただ、こんな風にあなたたちを死なせてしまうなんて、少し悲しいわね・・・」
そう言うと、ゼシカは杖を振るい、エイリュートに殴りかかって来た。慌てて、エイリュートは盾でその攻撃を受け止める。
反撃に出ようと、エイリュートは斬りかかろうとするが、邪悪な表情に変わったゼシカのその顔の向こうに、彼女のかつての笑顔が思い出され、手が止まる。
その隙を見逃さず、ゼシカが強烈な蹴りをエイリュートに叩きこむ。そのまま、メラゾーマの魔法をお見舞いした。まだ会得していない魔法を使うとは、あれは杖の魔力なのだろうか。
エイリュートに注意が向いている隙に、ククールが弓を引き絞り、矢を放つ。その矢がゼシカの肩を貫通する。痛みに顔を歪めたゼシカが、今度はククールへ標的を変え、移動をする。杖を振り下ろすが、それを咄嗟に前に出たが剣で受け止めた。
「目を覚ましなさい、ゼシカっ!」
杖を剣で弾けばゼシカが後退する。その隙に、は祈りを込めて十字を切った。すさまじい光の軌跡が生まれ、ゼシカの身体を直撃する。
「おい、姫・・・! あれはゼシカの身体なんだぜ!? 少しは手加減・・・」
言いかけたククールだったが、目の前のゼシカは杖を振るい、空間からシャドーを召喚した。
そのシャドーとゼシカに、強烈な雷が降り注ぐ。エイリュートのライデインだ。そして、ゼシカに兜割りを決めるヤンガス。彼らにもう躊躇はない。なんとしても、ゼシカを止めるつもりだ。
だが、ゼシカの魔力は杖によって増大しており、メラゾーマだけでなく、マヒャドやベギラゴンといった最上位魔法を扱ってくる。のマジックバリアで威力は軽減されているが、それでも苦戦してしまう。
一進一退の攻防が続く。だが、止めを刺したのは、エイリュートだった。
「ゼシカっ! お願いだ、帰ってきてくれ!!」
悲痛な叫びと共に振り下ろされた剣が、ゼシカの身体を斬りつける。その攻撃に、ゼシカがよろめいた。
「そ・・・そんな、信じられない・・・。この杖の・・・力を超える人間が・・・いた・・・だなんて・・・。・・・許さ・・・ないわ。絶対に・・・許さない・・・。見せてあ・・・げるわ・・・。4人の・・・賢者の魂を・・・得た、この杖の・・・本当の威力を・・・」
怒りに燃えたゼシカが、杖を振りかざす。その杖の先にイオナズンのような光が集まって行く。
「・・・燃え尽きるといいわ。この町と共に・・・お前たちの命もっ!!」
「ゼシカ・・・!!」
「やめるんだ、ゼシカ!」
声をあげるエイリュートたちの身体を押しやり、前に出てきた人物がいた。ハワードだ。
「ぶわっはっはっはっはぁ!! どうやら間一髪だったようじゃな! 結界が、ようやく完成したわい!! このわしの命を狙う、不届き者めが! わしの超強力な退魔の結界を食らえぃ! どりゃあっ!!」
掛け声と共に、ハワードが手を振り下ろす。すると、ハワードの身体を中心に、白い光が広がって行った。光は大きくなり、やがてゼシカを包み込む。そして、ゼシカの手にしていた杖を弾き飛ばした。
杖がゼシカの手から離れると、真っ青だったゼシカの顔色が元の血色のいい顔色に戻り、浮いていた身体がドサッと落下した。
「ゼシカ・・・!!」
「どわははは!! こいつは相当、効いたようじゃな!! エイリュートよ! よくぞわしが結界を完成させるまでの間、持ちこたえたな!」
ハワードの声など、聞こえていない。エイリュートは倒れたゼシカに駆け寄ると、その身体を抱き起こした。とククール、ヤンガスも慌てて駆け寄り、ゼシカの顔を覗き込む。がゼシカの手を握り、必死に祈りを捧げた。
「褒美として、お前に名誉な仕事を与えてやろう! その女に止めを刺すのじゃ!」
「バカなことを・・・! そんなこと、出来るはずがありません!!」
「何? それは出来んじゃと? どういうことじゃ? 一応、聞いてやるゆえ、話してみよ」
「彼女は・・・ゼシカは僕たちの大事な仲間だ。殺すことなんて、出来るはずないっ!! ドルマゲスを倒したせいで、何か呪いをかけられただけなんだ!!!」
ゼシカの身体を抱きしめ、エイリュートが叫ぶ。ハワードは呆気に取られたが、すぐに我に返った。
「・・・ほほう? つまり、その女はもともと、お前たちの仲間というわけか。そして、ドルマゲスとかいうのを倒したことにより、何らかの呪いをかけられてしまったと。ふん! 釈然としない話じゃが、まあいいじゃろう。その女の命は、お前さんに預けてやろう。お前が必死でわしの命を守ろうとしたのは、事実じゃしな。その褒美と思うがよい。だが、その代わり今回の警備の給金は無しじゃぞ。わははは!」
何がおかしいのか、ハワードの癪に障る高笑いが響く。
エイリュートは気を失ったゼシカの身体を抱きかかえ、立ち上がった。
「・・・むっ!? そう言えば、わしのかわいいレオパルドちゃんは、どこへ行った? ・・・い・・・いないではないか! さては今の騒ぎで恐ろしくなって、どこかへ逃げてしまったのか!? ・・・チェ・・・チェルスよ!! 今すぐレオパルドちゃんを探して、連れ戻して参れ!!」
「は・・・はいっ!!」
ハワードの飼い犬のことなど、今のエイリュートたちには、どうでもよかった。
こうして、ゼシカが戻って来た。そのことが、何よりも大事だったのである。