41.2つの宝石

 翌朝、エイリュートたちは昨日聞いた、北の塔へ向かうことにした。

 「そういや、あの怖いゼシカは、オレらを見て確か“もう来たの?”とか言ってたよな」
 「うん、言ってたね・・・」
 「つまり、オレらが来るのは織り込み済みだったってことか? まったく、何が起こってやがるやらな」
 「ゼシカに何らかの異常が起きている・・・ということですわね。ドルマゲスに続いて、ゼシカ・・・やはり、トロデーンの秘宝である杖に何かあるのでしょうね」

 2人とも、杖を手にした途端に豹変したのだ。間違いなく、あの杖には何か秘密がある。だが、それが何なのか、今の4人にはわからない。

 「とりあえず、昨日もらった石の剣で門が開くとかいう、北の塔にさっさと行ってみるとしようぜ」

 ククールの言葉に、エイリュートはうなずき、リブルアーチの町を一旦後にした。

***

 見えてきた北の塔を見上げ、4人はあ然としていた。その高さは、今まで見たどの塔よりも、建物よりも高かった。見上げる4人の首が、痛くなるほどである。

 「あううう・・・こりゃあ、見るからにやっかいそうな塔でがすなあ・・・。こういう場所に来ると、兄貴と一緒でよかったと、いつも思うでげすよ」

 とにかく、クラン・スピネルを手に入れるには、この塔に登るしかないのだ。気は進まないが、ゼシカを助けるためである。
 石の剣を使い、門を開け、4人は塔に登ることにしたのだが・・・入った瞬間、仕掛けの多さにげんなりすることになった。
 シーソーのような床、石像を使う仕掛け、その上、雲に手が届きそうなほどの高さ。襲いかかって来るモンスター。拾った地図を頼りに登っていくが、頭が混乱しそうになる。

 「あぁ〜!!! なんてややこしい塔でがすか!? 作ったヤツの顔が見たいでげすっ!!」
 「なんだ、呼んだか?」
 「え?」

 聞こえてきた男の声に、座りこんでいた4人は頭上を振り仰いだ。
 そこにいたのは、1人の中年男性。どうやら、彼がこの塔の製作者、ライドン・クランバートルのようだ。

 「何しに来たんだか知らねぇが、お前らみたいなひよっこに登れるような塔じゃないぜ。とっとと引き返しな」
 「あ・・・あの・・・!」
 「ん? なんだ?」
 「僕たち、あなたに用があって、ここへ来たんです・・・! その・・・」
 「はんっ! 用があるってんなら、わしのいる頂上まで登ってくることだな」

 そう言い残すと、ライドンはさっさと姿を消してしまった。無情ともいえるその行動に、4人はガックリと肩を落とす。

 「頂上まで・・・って、どのくらいの時間がかかるんでしょう?」
 「考えたくもないぜ・・・。ったく、あのおっさん、好き勝手言いやがって」
 「仕方ないよ・・・。今の僕たちには、クラン・スピネルが必要なんだし。それをライドンさんが持ってるっていうなら、この塔を登るしかないね」

 ハァ・・・とため息をつく一同。さすがのも、いつもの強気が出ない。
 というか、彼女はゼシカが杖の魔力に呪われたという話が信じられないらしい。この目で見ていないのだから、ムリもないとは思うが・・・。だが、エイリュートたちが理由もなくウソをつくはずもない。彼らが言ったことは、事実なのだ。
 わかっている。わかっているのだが・・・頭では理解できても、心が理解しようとしない。
 ゼシカはにとって大切な友人であり、仲間だった。いつも笑顔で、に優しく接してくれた。その彼女が、人を殺そうとしているなんて・・・。

 「姫? どうした?」

 心配そうに声をかけてきた愛しい人に、は慌てて何でもないフリをした。

 「疲れたのか? もう少し休みたいなら、ムリをせずに言ってくれ」
 「いいえ、大丈夫ですわ。少し考え事をしていただけです」
 「・・・ゼシカのことか?」
 「・・・ええ」

 先を歩くエイリュートとヤンガスの背中を見つめ、ククールは小さくため息をついた。

 「まだ、自分のせいだ・・・とかお考えですか?」
 「え・・・?」
 「ゼシカが杖の魔力に取りこまれたのは、自分のせいだと?」
 「・・・・・・」

 黙っているのは肯定の証拠。ククールはそっとの小さな手を握り締めた。

 「何度も言いますが、今回のことに、あなたは責任を感じる必要はない。オレたちにだって、責任はあった。杖のことを忘れていたトロデ王にもな」
 「ですが・・・」
 「自分1人だけが悪者になる必要はない。いつまでも気にしているようなら、オレも黙っていませんよ」
 「え・・・?」
 「ゼシカのことなんて、忘れてしまえばいい。オレのことだけ、考えていればいい」

 真剣な眼差しで、そんなことを言われ、は目を丸くした。だが、すぐにククールは表情を崩した。

 「ほら、オレのことで悩んでくれた方がよっぽどいい」
 「ク・・・ククールっ! わたくしを、からかったんですね!」
 「そうそう、その元気だ。姫はそのくらい元気な方がいいですよ」

 手を引くククールの背中を、少しだけ恨みがましく睨んだけれど・・・彼の心づかいがうれしかった。
 ありがとう・・・と、そっと小さく感謝を述べる。握った手の温もりが、の心にも温もりを与えてくれた。

***

 やっとの思いで、登った塔の頂上。ライドンのもとへ向かえば、彼は驚いた顔をして振り返った。まさか、本当にここまで登ってくるとは思わなかったのだ。
 だが・・・ようやくクラン・スピネルを手に入れることができると思った4人にかけられたのは、非情な言葉だった。

 「クラン・スピネル? ああ、あの二つの宝石のことか。残念だが、そんなものは、とっくの大昔から、うちにはねえよ」
 「えぇ!!?」

 思わず、声をあげてしまう。ヤンガスはヘナヘナとその場に座り込んでしまい、ククールは天を仰ぎ、目元を手で覆う。は「まぁ・・・!」と落胆した様子だ。

 「何しろ、わしも見たことねえんだ。聞いた話じゃあ、わしの大昔の先祖が自分の作った像に、そのクラン・スピネルを埋め込んだって話は聞いたことがある・・・。その先祖ってのは、女なんだがな。なんでも生涯最高の出来の像に、その宝石を埋め込んだらしい」
 「生涯最高の出来の像・・・? そ、それはどこにあるんですか!?」
 「さあな。さすがに、そこまでは知らん。あとは自力で探すこったな。手掛かりといえば、名前くらいか。確かあの先祖は・・・リーザスとかって名前だったか。さあ、もういいだろう、まだ他に用があるのか?」
 「あの・・・息子さんが、“たまには家に帰ってこい”と伝えてくれと・・・」
 「うははは! 残念ながら、そうはいかん! お前みたいな青二才に塔を制覇されたとあっては、まだまだ帰れん! わしはこの塔をもっと高くするのだ!」

 ライドンの熱意に、エイリュートたちは呆気に取られてしまった。芸術家の考えることは、わからない。

 「クラン・スピネルが手に入らなかったのは残念でがすな。このことをハワードのおっさんに報告しても、きっとムダでがしょうなあ・・・」
 「けれど、有力な情報が手に入りましたわ。先祖の名前はリーザス。この名前に聞き覚えがあるでしょう?」
 「・・・ゼシカの村だね。それに、あの時の・・・サーベルトさんの意志を宿した女神像・・・。あれが、きっとその像だよ!」
 「わざわざあの村まで戻るんでげすね・・・。ハァ・・・大変でがすな・・・」
 「お宝なんてもんは、かわい子ちゃんとおんなじでな。手に入れる苦労が大きいほど、手にした時の満足感も大きいのさ。めげずに次行こうぜ」
 「なるほど・・・。ということは、姫さんを手に入れた時の満足感はでかかったでげすな?」
 「そういうこった」

 を例えに出したヤンガスとククールに、エイリュートがゴホンと咳払いする。当のは「かわい子ちゃん・・・?」と首をかしげている。

 「さあ、リーザス塔へ向かおう。ゼシカがこんな状態だから、村には立ち寄らず、直接塔へ向かうよ」

 エイリュートの言葉に異存はない。4人はリレミトで塔を脱出し、ルーラでリーザス村へと戻った。

***

 あの時は、ゼシカを探しに来たのだった。兄のカタキ討ちをするため、家を飛び出したゼシカ。刺し違えてでもドルマゲスを討つつもりだった彼女を、止めに来たのだ。
 そして今回、ゼシカを救うため、クラン・スピネルを手に入れるため、エイリュートたちは再びリーザス塔を登っていた。
 あの日、苦戦した仕掛けも二度目となれば余裕である。出てくるモンスターも、今のエイリュートたちの敵ではない。あっさりと最上階へとたどり着いた。

 「あの像にクラン・スピネルが埋め込まれているのですね・・・」
 「ライドンさんの言う通りなら、そうですね」

 4人はそっと像に近づき、それを見上げる。そして、両目に埋め込まれた赤い宝石が目に入った。

 「・・・あれが、クラン・スピネル・・・?」
 「恐らくそうだな。だけど、どうする? いくらオレでも、この女神像の目からあの石を取る気にはならねえぜ。なんつーか・・・神々しすぎる」
 「そうですわね・・・なんだか、気が引けますわ」
 「ハワードのおっさんには申し訳ないでげすが・・・アッシらにはちょいとムリでげすな」
 「仕方ない・・・ハワードさんに正直に事情を話そう・・・」

 と、4人がリーザス像に背を向けた時だった。

 《お待ちください、勇気ある旅人よ・・・》

 聞こえてきた女性の声に、4人は足を止め、振り返った。
 その4人の目に飛び込んできたのは、美しい金髪の女性の姿。だが、その姿が透けている。この世の者ではないのだ。

 《私の名はリーザス・・・。遥か遠き昔に、この世界を生き、この像を生みだした者です。あなたたちにお教えしましょう。長き歴史のはざまに忘れられた、賢者の血の話を・・・》

 穏やかな口調で、リーザスは語りかけてきた。

 《私が生まれたクランバートル家は、伝説の七賢者の血を受け継ぐ、由緒正しき家系でした。しかし、ある代でクランバートル家は賢者の血を失いました。継承者である私がアルバート家に嫁いだためです。・・・以来、賢者の血はアルバート家に受け継がれていきました。ですが、その賢者の血も憎き魔の力により絶たれたのです。継承者であるサーベルトの命と共に・・・。賢者の血が絶えたとはいえ、アルバート家が私の血筋であることに変わりはありません・・・。アルバート家の血を絶やさぬためなら、出来る限りの力は貸しましょう。像に埋められたクラン・スピネルを持っておゆきなさい。きっと助けとなるでしょう。アルバート家の血を持つ最後の1人・・・ゼシカのことをよろしく頼みましたよ》

 スゥ・・・と、リーザスの姿が消える。その神々しい姿に、一同は思わず呆然と立ち尽くしていた。
 そして、像の目の部分からポロリと二つの宝石が零れ落ちた。

 「ヒュー・・・。ちょっとビビッたぜ。リーザスって女性、あんなに美人とはな。それを最初からわかってりゃあ、花束の一つも用意できたんだがな・・・。ま、いっか」
 「まあ・・・! 本当にククールは美しい女性に弱いんですのね!」
 「おいおい、姫・・・。あなた以上に美しい女性なんていないんだぜ? こんなことで拗ねないでくれ」
 「拗ねてなんて、いませんわ!」
 「やれやれ・・・オレのお姫様は結構なヤキモチ妬きだったんだな・・・」

 ククールの言葉に、が拗ねたような表情を浮かべる。こんなときに、この2人は何をしてるのか・・・という視線をヤンガスが投げかける。

 「なんだかややこしい話でアッシにはさっぱりでがしたが・・・そんなことより宝石でがすよ! 見てなかったでげすか? 像の目玉っから宝石が足元に落ちたんでげすよっ!」
 「あ・・・ああ、そうだった・・・! クラン・スピネル・・・!!」

 エイリュートがそっと地面に落ちた二つの宝石を手に取った。二つの赤い宝石は、エイリュートの手の中でキラリと光った。

 「これで・・・ハワードさんの結界が出来上がるのですね。ゼシカを救うためにも、早くこれをハワードさんに渡さないと!」
 「まあ、それにしても、クラン・スピネルが生み出した結界で、ゼシカを死なせちまったんじゃ、元も子もないな。ここから先は注意深く、バランス良く物事に対処していかなきゃならなさそうだな」

 確かに、結界が出来ることで確実にゼシカが助かるという保証はない。先日のハワードの結界は、足止めをさせる程度だったが、より強力な結界だと、どういう結果が得られるのか・・・。

 「死なせたりしないよ、絶対に・・・」

 エイリュートが強い口調でそう告げる。その言葉に、ヤンガスたち3人はうなずく。彼らもエイリュートと同じ気持ちだ。

 「さあ、リブルアーチへ戻ろう」

 そして、ゼシカを救うんだ・・・エイリュートたちは顔を見合わせ、思いを合わせるかのように、うなずきあった。