4.リーザス村

 トラペッタに住む占い師親子の頼みを聞き入れ、無事に水晶玉を取り戻すことに成功したエイリュートたちは、ルイネロの占いにより、関所を突破した道化師を追うことにした。

 「で、どうじゃった? あの娘さんの願いは叶ったのか? ん? ん? どうじゃったのじゃ?」

 町の外で待っていたトロデに、今までのいきさつを話すと、トロデは驚愕に目を見開いた。

 「なんじゃと!? マスター・ライラスを手にかけたのが、わしらが追うドルマゲスだったじゃと!? あやつめ、かつての自分の師匠になんということを!! して、南に向かったというのじゃな!? こうしてはおれぬぞ、エイリュート! わしらもすぐに、ヤツの後を追うのじゃ! すぐに出発じゃ!」

 こうして、次の目的地はリーザス村に決まったのであった。

***

 関所を抜け、道なりに歩いて行くと見えてくるのは大きな塔。
 その麓にある集落がリーザス村だ。お世辞にも賑やかな場所・・・とは言えないが、静かな時間の流れる村だった。
 だが、その村に足を踏み入れた途端、入り口近くに立っていた幼い少年が2人、慌てた様子でエイリュートたちに向かってきたのだ。

 「待てっ!! お前たち、何者だ! いーや、わかってるぞ。こんな時にこんな村に来るってことは、お前らも盗賊団の一味だな! マルク! こいつら、サーベルト兄ちゃんのカタキだ! 成敗するぞ!」
 「がってん、ポルク!」
 「いざ、尋常に勝負!」

 立派な兜と銅の剣を持った少年と、頭にお鍋をかぶった少年。

 「まあ・・・こんなに小さいのに、この村を守ろうとするなんて、勇敢ですわね」
 「え・・・あ・・・はあ・・・」

 だが、そんな勇敢な少年たちも、この天然王女の手にかかってしまえば、普通の少年に戻ってしまう。

 「きっと、将来立派な戦士になれますわ」
 「ちょ・・・ちょいと、お姫さん・・・」
 「え?」

 ツンツンと、ヤンガスがの腕を突けば、エイリュートもいたたまれない表情だ。

 「せっかくの坊主たちの心意気を、あんたが台無しにしてるんでがすが」
 「まあ・・・! そうでしたの? ごめんなさい。わたくしとしたことが、勝手なことをしてしまったようですわね」
 「・・・本当にもう・・・このお姫さんと来たら・・・」

 完全に出鼻を挫かれてしまった少年2人のもとへ、老婆が歩み寄って来た。

 「お前たち、ゼシカお嬢様から頼まれごとをしとったんじゃろう。まったく、フラフラしよってからに」
 「あ、いけね。そうだった」
 「ほれほれ、ゼシカお嬢様からお叱りをもらう前に、さっさと行かんか!」
 「ふわぁーい」

 老婆の言葉に、少年2人は逃げるようにして走り去って行った。

 「すみませんねえ、旅の方。あの子たちも悪い子じゃないんだけど・・・。最近、村に不幸があったもんで・・・」
 「不幸・・・?」
 「ああ・・・。このリーザス村の名士であるアルバート家のご長男が亡くなられたんだよ。まだ若いのに、本当に惜しい子を失くしたもんだ」
 「アルバート家の長男・・・ですか」
 「そうだよ。ほら、ここからも見えるだろう? あの丘の上に立つ立派なお屋敷がアルバート家の邸宅さ」

 老婆の指差す先を、エイリュートたちは見つめた。
 確かに、小高い丘の上に、この集落には他にない立派な屋敷が建っていた。

 「・・・気になりますわね」
 「え?」
 「まだお若いアルバート家のご長男が亡くなられた・・・そして、道化師は関所を破り、このリーザスの方へ向かった・・・何か、引っかかりませんか?」
 「アルバート家の長男が、ドルマゲスに殺されたのでは・・・ということですか?」
 「ええ」

 エイリュートの言葉を、はうなずいて肯定する。
 考えすぎのような気もするが・・・とりあえず、手掛かりがない以上、この村の人々の話を聞いてみるべきかもしれない。

 「それじゃあ・・・アルバートの屋敷に行ってみるでがすか?」
 「そうだね。そうしよう」

 この地の領主らしいので、何かしらの情報が仕入れられるかもしれない。
 小高い丘の上にある屋敷・・・庭先にはメイドが花の手入れをしていた。
 屋敷の中に入ると、入ってすぐのところに衛兵が立っていた。エイリュートたちの姿に気づくと、こちらへ歩み寄って来た。

 「ここはアルバート家のお屋敷だよ。何か用かな?」
 「えっと・・・実は、人探しをしているのですが・・・」
 「あいにくだけど、今はそれどころじゃないんだよ。君たちみたいな旅人にはわからないだろうけど、今、この村は1つの不幸な出来事が・・・」
 「アルバート家のご長男が亡くなられた・・・のでしょう? 存じ上げてますわ」
 「え?」

 が口を出すと、衛兵が彼女に目を向け・・・言葉を失った。正確に言うと、彼女の姿に見惚れているのだろう。
 ヤンガスが咳払いをすると、衛兵は我に返った。

 「あ・・・その・・・サーベルト様の御母上であるアローザ様と、妹君であるゼシカ様なら、2階にいらっしゃいます・・・!」
 「そうですか。ありがとうございます」

 ペコリと丁寧に頭を下げるに、エイリュートとヤンガスは顔を見合わせた。

 「・・・兄貴、あのお姫様、本当に大丈夫でがすかね?」
 「・・・さあ。でも、悪い人じゃないしね」

 言われるままに2階に勝手に上がれば、階段の脇に派手な出で立ちの男が立っていた。オカッパ頭のその男は、エイリュートたちを見つけると、ニヤニヤ笑いながら歩み寄って来た。

 「は〜っははぁ! そうさぁ! 僕こそが、かの有名なラグサットさぁ。さる大国の大臣の子息にして、ゼシカのフィアンセでもある。そうさ、それが僕さぁ。今日は兄さんを失ったゼシカをなぐさめに来たんだが、ここで思わぬ恋の障害に突き当たったのさぁ。部屋の前で、子供たちが通せんぼしていてね・・・。いつの日も、恋路というのはキビシイものだねぇ。・・・ところで、そちらの美しいお嬢様は、一体、ゼシカとはどんな関係なんだい?」

 チャラチャラした様子で、の手を握ろうとしたラグサットの手を、エイリュートが乱暴に振り払った。

 「なんだい、君は! 失礼じゃないかい?」
 「失礼なのは、あなたの方じゃないですか? いきなり、見ず知らずの女性に触れようとするなんて」
 「な・・・君! 僕は大臣の息子で・・・!!」
 「エイリュート、よいのです。わたくしは、気にしておりませんわ」
 「しかし・・・!!」
 「ありがとう、エイリュート」

 優しく微笑むの姿に、3人の男性は思わず見惚れてしまっていた。

 「大変申し訳ありません。わたくしたちには、わたくしたちの大切な用件があるのです。少し、お話を聞こうと思い、この村に立ち寄っただけにすぎませんわ。ゼシカさんという方とは、面識はありませんの。ただ・・・ゼシカさんのお兄様であるサーベルト様が殺された、という話を聞き・・・事情をご存じの方にお話を聞けたら、と思っております」

 大変丁寧な物言いのに、ラグサットはそれ以上何も言ってこなかった。彼女の纏う高貴な何かに気づいたのだろう。
 つい、と視線を動かすと、広間のような場所に1人の女性が佇んでいた。
 立派な身なりと、結いあげられた赤い髪。この女性がサーベルトの母、アローザなのだろう。

 「初めまして、僕たちは旅の者ですが、実は先ほど、息子さんの話を聞きまして・・・」
 「サーベルトのことですか・・・。いきなりの訃報に、私たちもショックを隠しきれないのですが・・・。我がアルバート家の家訓では、喪に服している間は、家人は家を出ることはなりません。娘のゼシカにそう言いつけたら、不貞腐れてしまって、あの子ったら、家どころか部屋からも出てきやしないわ。おまけに子供たちを見張りにつけたりして・・・。まったく、どういうつもりなのかしら」
 「ゼシカさんのお部屋は、どちらですか?」
 「子供たちが部屋の見張りをしてますから、すぐにわかりますよ」

 なるほど・・・。確かにアローザの言う通り、先ほどの少年たちが部屋の前に立ち、通せんぼをしている。ここがゼシカ嬢の部屋なのだろう。

 「あ! お前たち、さっきの・・・! 悪かったな、いきなり襲いかかろうとして。でも、そっちの兄ちゃんは、明らかに怪しいぞ。盗賊団と間違われたって仕方ないからな」
 「なんでげすと!? アッシのどこが・・・!!」
 「ヤンガス」

 食ってかかろうとしたヤンガスに、エイリュートが宥めるように声をかけた。

 「勇敢なお2人の勇者様にお願いがあるのですが」
 「え?」
 「わたくしたち、ゼシカお嬢様にお話を伺いたいのです。ここを、通していただけませんか?」
 「だ・・・ダメダメ! ゼシカ姉ちゃんからは、誰にも会いたくないから、絶対に誰も通すなって言われてんだから! いくら、お姉ちゃんの頼みでも、聞けないよ!」
 「まあ・・・困りましたわね・・・」

 さきほどは、の天然攻撃にタジタジだった少年たちだが、今度はそうはいかないようだ。
 どうしたものか・・・とエイリュートが頭を悩ませていると・・・突然、どこからか「キャア〜!!」という悲鳴が聞こえてきた。

 「どうしたんだ!!?」」
 「あ・・・」

 少年の片方が駆けだす。もしや、ドルマゲスが現れたのでは・・・!?と、エイリュートたちも慌てて後を追いかけ、3階の屋根裏へ向かった。
 だが、そこにいたのは1人のメイドで・・・少年が「どうしたの!?」と声をかけると、「ね・・・ね・・・ネズミが・・・!」と物陰を指差した。
 エイリュートが振り返れば、確かにそこにいたのは1匹のネズミ。慌てた様子で壁の向こうへ姿を消した。どうやら、小さな穴が開いているようだ。
 少年は「なんだ、ネズミかぁ・・・」っと呆れた様子で戻って行ってしまったが・・・メイドの少女は顔を青ざめさせている。

 「ど、どうしましょう・・・!! 壁の向こうはゼシカお嬢様のお部屋なのに・・・!!!」

 メイドの言葉に、エイリュートたちは顔を見合わせ・・・小さなポケットから顔を覗かせているネズミのトーポに目を向けた。