サザンビークを出て北を目指す一行は、その予想外に長い道のりにため息をついていた。
「本当にゼシカの姉ちゃんはこんな道を1人で行ったんでがすかねぇ・・・」
「女の足なら、そろそろ追いつけそうなもんだけどな」
「ごめんなさい・・・わたくしが足を引っ張ってるのかもしれませんわね」
ゼシカと同じく女性であるが、申し訳なさそうに謝るが、すぐにククールが「気にするな」と声をかける。
「・・・なんだか、アッシには2人の仲がただならぬ仲に見えてしょうがないんでげすが・・・。ね、兄貴?」
と、同意を求めるヤンガスだったが、エイリュートはそれに答えず、ズンズンと先を進んで行ってしまう。
「おい、エイリュート!」
「・・・・・・」
「エイリュート! 待てって! 少し休憩しようぜ。姫が参っちまう」
「兄貴〜! 聞こえてるでげすか!!?」
声をかけるも、歩みを止めないエイリュートに、ククールはため息をついた。
「姫、頼む」
「わかりましたわ」
スゥ・・・とが息を吸い込む。ククールとヤンガス、トロデは耳を塞いだ。
「お待ちなさいっ!!! エイリュートっ!!!」
そのの怒鳴り声に、ようやくエイリュートの歩みは止まったのだった。
***
休憩をしていても、ソワソワと落ち着きのないエイリュートの姿に、ヤンガスたちはあ然としてしまった。未だかつて、こんなに落ち着きのないエイリュートは見たことがない。
「おい、エイリュート・・・少しは落ち着け。そんなに急いだところで、状況は変わらないぞ。それとも、姫にムリをしろとでも言いたいのか?」
「そうじゃない・・・! そうじゃないけど・・・!」
「エイリュート、少し休みませんと、あなたが倒れてしまいますわ。休めるときは休まないと・・・。大丈夫ですわ、必ずゼシカと再会できますから」
「・・・はい」
さすがだ。エイリュートも彼女の言うことは聞く。
「それにしても・・・兄貴、どうしたんでげす? そんなにゼシカのことを気にかけるなんて」
「わからない・・・わからないんだけど、ゼシカがいなくなったって聞いた瞬間、胸の奥がザワザワして、落ち着かないんだ」
「・・・エイリュート、それは」
トロデが口を挟もうとするが、ククールがシッと口に指を当てた。
「なんじゃ、ククール。なぜ止めるんじゃ」
「今のあいつは、何も聞こえてないようだからな。しばらく放っておくのがいいだろうよ」
「兄貴〜・・・あんな兄貴の姿を見るのは初めてでげす。一体、何があったのか・・・」
「ニブイヤツだな、ヤンガス。男が女のために必死になる理由は1つだろ?」
「まあ、なんですの?」
乱入してきたの姿に、ヤンガスとククールが思わずのけ反る。
「ぜひ興味がありますわ。ククールは、どういう時に必死になるんですの?」
「いや、オレはその・・・」
「そういや、昨日は戦闘で必死になってたんでげすが、冷静になって思い返してみると、姫さんが死んだ時、ククールはずい分と必死になってたげすな」
「何!? 王女が死んだじゃと!!?」
「いや、だからそれは・・・」
「まあ・・・ククールはわたくしのために、そんなに必死になってくださったんですね・・・」
「・・・もう好きにしてくれ」
ヤンガスに食ってかかるトロデと、ククールに熱い視線を向ける。ゼシカ不在の緊急時というのに、一行はいつもと変わらない。ただ1人を除いては。
『エイリュートのヤツ、そうとう焦ってんな・・・』
今も休憩中だというのに、落ち着きのないエイリュートを見て、ククールは一人思う。
それだけ、エイリュートにとってこれは緊急事態ということだ。つまり・・・エイリュートは・・・。
『ゼシカがそれに気づいてたかどうか、だな。まあ、あいつのことだから、きっとエイリュートはミーティア姫か姫を好きなんだと思ってるだろうけど・・・』
こうして、はククールと結ばれた。エイリュートがと結ばれることはない。後はミーティア姫だが・・・幼い頃から一緒に過ごしてきた、自分の主である彼女に恋をしているという可能性は低いだろう。
「兄貴・・・そんなに焦ったところで、どうにかなるもんじゃないでげす。ここは、落ち着いて・・・」
「ヤンガスに僕の何がわかるっていうんだよっ!!!」
イライラした口調で、そう怒鳴りつけたエイリュートに、一同は言葉を失う。
ハッと我に返ったエイリュートは、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「ごめん・・・僕、ヤンガスに当たったりして・・・」
「兄貴・・・」
「ホント、何を焦ってるんだろうね・・・。自分でも、自分がわからないよ・・・」
「エイリュート・・・」
そっと、がエイリュートの手を握り締める。そして、小さく祈りの言葉をつぶやいた。
「大丈夫ですわ・・・ゼシカは、きっと無事です。わたくしたちは、ゼシカの無事を信じて、北へ向かいましょう」
「・・・はい」
「今はとりあえず、休憩しましょう。焦っても何もいいことはありません。ね?」
「はい・・・申し訳ありません、姫」
さすが巫女姫といったところか。あんなにも気を急いていたエイリュートの気持ちが落ち着いた。ホッと胸を撫で下ろすヤンガスとククール。トロデはそれでも心配そうな視線をなげかけていた。
***
北へ進むこと3日。襲いかかって来る魔物たちを蹴散らしながらの道のりだ。
一向に見えてこない北の関所に、一行の間からため息の量が増えてきたような気がする。
「姫、大丈夫ですか?」
「ええ・・・ありがとうございます、ククール」
「いや、姫を気にかけるのはオレの役目だからな」
そう言いながら、ククールはに水を差し出した。もう何度目になるかわからない休憩と、野宿の準備だ。
エイリュートは、あれから落ち着きを取り戻した。今ではいつものように、ヤンガスと談笑している。
その姿にはホッとする。このパーティのリーダーはエイリュートだ。そのリーダーがピリピリしていては、一行に影響する。酷なことかもしれないが、彼にはいつでも冷静でいてほしいのだ。
「わたくしがあの時、ラリホーの呪文にかからなければ、こんなことにはならなかったのですね・・・」
ボソッと小さくつぶやかれた言葉。だが、それは確かにククールの耳に届いていた。
「姫・・・」
「わたくしのせいですわ・・・。あの晩だって、どこか様子がおかしかったゼシカに、気づかなかったんですもの・・・」
「仕方ないさ。姫はドルマゲスとの戦いで命を落とした。疲労が溜まっていたんだ。ラリホーの呪文に耐えることができなかったのもムリはない」
「ですが・・・! わたくしの巫女姫としての修行が足りなかったせいで・・・!」
尚も自分を責め続けるの腕を、グイッと引き寄せた。その小さな身体が、すっぽりとククールの腕に抱きしめられた。
「自分を責めないでくれ・・・。ゼシカの異変に気付かなかったのは、オレたちも同じですよ。今回のことで、姫を責めることなんて、誰にもできない」
「ククール・・・!」
「あなたは精一杯のことをした。あの状況で、ゼシカを止めることなんて、誰にも出来なかったんだから」
ギュッと小さな肩を抱きしめる。の手が、ククールの胸に当てられた。その鼓動を確かめるかのように・・・。
涙をこらえているのか、小さな肩が少しだけ震えている。ここまで、自分を責めるの姿は初めて見た。それだけ、エイリュートのあの態度がショックだったのだろう。
「大丈夫だ、姫・・・。大丈夫・・・」
何度も、その言葉を口にした。
ゼシカは大丈夫・・・自分を責めないで大丈夫・・・その意味を込めて。
やがて、張りつめていた緊張が解けたのか、はククールの腕の中で眠りに落ちていた。
「・・・姫は眠ったのかい?」
「ああ、なんだ。気づいてたのか、エイリュート」
「キミたち、いつからそういう仲になったわけ? 僕は聞いてないんだけど」
「ほんの数日前だ。悪いな、エイリュート。お前の心配は徒労に終わったな」
「心配だなんて・・・。まあ、心配だけどね。キミが姫を傷つけるようなことや、失礼なことをしないかどうか」
「そりゃまた、手厳しいお言葉だ」
焚火の火をいじりながら、エイリュートが言葉を紡ぐ。見張りはエイリュートとククールの役目になっているらしい。ヤンガスのイビキが響き始めた。
「・・・ククール」
「ん?」
「キミは・・・大事なものを手放しちゃダメだよ。姫を・・・けして、放さないであげてくれよ?」
「そんなこと、言われるまでもない」
放すつもりなんて、毛頭ない。手に入ることなど叶わないと思った相手だ。この手を離すわけがない。
視線を、夜空に向ける。白い月が、静かにエイリュートとククールの姿を照らしていた。
***
翌日、ようやく見えてきた北の関所。だが、その様子がおかしいことに、すぐに気がつく。
閉じられていたであろう関所の門が、何者かによって破壊されていたのだ。そう、かつてドルマゲスが関所を破った時のように・・・。
イヤな予感が一行を襲う。関所を抜けると、すぐそこに町が見えた。
彫刻と眺望で有名なリブルアーチ。そのリブルアーチに異変が起きていることは、町に入ってすぐにわかることだった。