39.リブルアーチ

 サザンビークを出て北を目指す一行は、その予想外に長い道のりにため息をついていた。

 「本当にゼシカの姉ちゃんはこんな道を1人で行ったんでがすかねぇ・・・」
 「女の足なら、そろそろ追いつけそうなもんだけどな」
 「ごめんなさい・・・わたくしが足を引っ張ってるのかもしれませんわね」

 ゼシカと同じく女性であるが、申し訳なさそうに謝るが、すぐにククールが「気にするな」と声をかける。

 「・・・なんだか、アッシには2人の仲がただならぬ仲に見えてしょうがないんでげすが・・・。ね、兄貴?」

 と、同意を求めるヤンガスだったが、エイリュートはそれに答えず、ズンズンと先を進んで行ってしまう。

 「おい、エイリュート!」
 「・・・・・・」
 「エイリュート! 待てって! 少し休憩しようぜ。姫が参っちまう」
 「兄貴〜! 聞こえてるでげすか!!?」

 声をかけるも、歩みを止めないエイリュートに、ククールはため息をついた。

 「姫、頼む」
 「わかりましたわ」

 スゥ・・・とが息を吸い込む。ククールとヤンガス、トロデは耳を塞いだ。

 「お待ちなさいっ!!! エイリュートっ!!!」

 そのの怒鳴り声に、ようやくエイリュートの歩みは止まったのだった。

***

 休憩をしていても、ソワソワと落ち着きのないエイリュートの姿に、ヤンガスたちはあ然としてしまった。未だかつて、こんなに落ち着きのないエイリュートは見たことがない。

 「おい、エイリュート・・・少しは落ち着け。そんなに急いだところで、状況は変わらないぞ。それとも、姫にムリをしろとでも言いたいのか?」
 「そうじゃない・・・! そうじゃないけど・・・!」
 「エイリュート、少し休みませんと、あなたが倒れてしまいますわ。休めるときは休まないと・・・。大丈夫ですわ、必ずゼシカと再会できますから」
 「・・・はい」

 さすがだ。エイリュートも彼女の言うことは聞く。

 「それにしても・・・兄貴、どうしたんでげす? そんなにゼシカのことを気にかけるなんて」
 「わからない・・・わからないんだけど、ゼシカがいなくなったって聞いた瞬間、胸の奥がザワザワして、落ち着かないんだ」
 「・・・エイリュート、それは」

 トロデが口を挟もうとするが、ククールがシッと口に指を当てた。

 「なんじゃ、ククール。なぜ止めるんじゃ」
 「今のあいつは、何も聞こえてないようだからな。しばらく放っておくのがいいだろうよ」
 「兄貴〜・・・あんな兄貴の姿を見るのは初めてでげす。一体、何があったのか・・・」
 「ニブイヤツだな、ヤンガス。男が女のために必死になる理由は1つだろ?」
 「まあ、なんですの?」

 乱入してきたの姿に、ヤンガスとククールが思わずのけ反る。

 「ぜひ興味がありますわ。ククールは、どういう時に必死になるんですの?」
 「いや、オレはその・・・」
 「そういや、昨日は戦闘で必死になってたんでげすが、冷静になって思い返してみると、姫さんが死んだ時、ククールはずい分と必死になってたげすな」
 「何!? 王女が死んだじゃと!!?」
 「いや、だからそれは・・・」
 「まあ・・・ククールはわたくしのために、そんなに必死になってくださったんですね・・・」
 「・・・もう好きにしてくれ」

 ヤンガスに食ってかかるトロデと、ククールに熱い視線を向ける。ゼシカ不在の緊急時というのに、一行はいつもと変わらない。ただ1人を除いては。

 『エイリュートのヤツ、そうとう焦ってんな・・・』

 今も休憩中だというのに、落ち着きのないエイリュートを見て、ククールは一人思う。
 それだけ、エイリュートにとってこれは緊急事態ということだ。つまり・・・エイリュートは・・・。

 『ゼシカがそれに気づいてたかどうか、だな。まあ、あいつのことだから、きっとエイリュートはミーティア姫か姫を好きなんだと思ってるだろうけど・・・』

 こうして、はククールと結ばれた。エイリュートがと結ばれることはない。後はミーティア姫だが・・・幼い頃から一緒に過ごしてきた、自分の主である彼女に恋をしているという可能性は低いだろう。

 「兄貴・・・そんなに焦ったところで、どうにかなるもんじゃないでげす。ここは、落ち着いて・・・」
 「ヤンガスに僕の何がわかるっていうんだよっ!!!」

 イライラした口調で、そう怒鳴りつけたエイリュートに、一同は言葉を失う。
 ハッと我に返ったエイリュートは、バツの悪そうな表情を浮かべた。

 「ごめん・・・僕、ヤンガスに当たったりして・・・」
 「兄貴・・・」
 「ホント、何を焦ってるんだろうね・・・。自分でも、自分がわからないよ・・・」
 「エイリュート・・・」

 そっと、がエイリュートの手を握り締める。そして、小さく祈りの言葉をつぶやいた。

 「大丈夫ですわ・・・ゼシカは、きっと無事です。わたくしたちは、ゼシカの無事を信じて、北へ向かいましょう」
 「・・・はい」
 「今はとりあえず、休憩しましょう。焦っても何もいいことはありません。ね?」
 「はい・・・申し訳ありません、姫」

 さすが巫女姫といったところか。あんなにも気を急いていたエイリュートの気持ちが落ち着いた。ホッと胸を撫で下ろすヤンガスとククール。トロデはそれでも心配そうな視線をなげかけていた。

***

 北へ進むこと3日。襲いかかって来る魔物たちを蹴散らしながらの道のりだ。
 一向に見えてこない北の関所に、一行の間からため息の量が増えてきたような気がする。

 「姫、大丈夫ですか?」
 「ええ・・・ありがとうございます、ククール」
 「いや、姫を気にかけるのはオレの役目だからな」

 そう言いながら、ククールはに水を差し出した。もう何度目になるかわからない休憩と、野宿の準備だ。
 エイリュートは、あれから落ち着きを取り戻した。今ではいつものように、ヤンガスと談笑している。
 その姿にはホッとする。このパーティのリーダーはエイリュートだ。そのリーダーがピリピリしていては、一行に影響する。酷なことかもしれないが、彼にはいつでも冷静でいてほしいのだ。

 「わたくしがあの時、ラリホーの呪文にかからなければ、こんなことにはならなかったのですね・・・」

 ボソッと小さくつぶやかれた言葉。だが、それは確かにククールの耳に届いていた。

 「姫・・・」
 「わたくしのせいですわ・・・。あの晩だって、どこか様子がおかしかったゼシカに、気づかなかったんですもの・・・」
 「仕方ないさ。姫はドルマゲスとの戦いで命を落とした。疲労が溜まっていたんだ。ラリホーの呪文に耐えることができなかったのもムリはない」
 「ですが・・・! わたくしの巫女姫としての修行が足りなかったせいで・・・!」

 尚も自分を責め続けるの腕を、グイッと引き寄せた。その小さな身体が、すっぽりとククールの腕に抱きしめられた。

 「自分を責めないでくれ・・・。ゼシカの異変に気付かなかったのは、オレたちも同じですよ。今回のことで、姫を責めることなんて、誰にもできない」
 「ククール・・・!」
 「あなたは精一杯のことをした。あの状況で、ゼシカを止めることなんて、誰にも出来なかったんだから」

 ギュッと小さな肩を抱きしめる。の手が、ククールの胸に当てられた。その鼓動を確かめるかのように・・・。
 涙をこらえているのか、小さな肩が少しだけ震えている。ここまで、自分を責めるの姿は初めて見た。それだけ、エイリュートのあの態度がショックだったのだろう。

 「大丈夫だ、姫・・・。大丈夫・・・」

 何度も、その言葉を口にした。
 ゼシカは大丈夫・・・自分を責めないで大丈夫・・・その意味を込めて。
 やがて、張りつめていた緊張が解けたのか、はククールの腕の中で眠りに落ちていた。

 「・・・姫は眠ったのかい?」
 「ああ、なんだ。気づいてたのか、エイリュート」
 「キミたち、いつからそういう仲になったわけ? 僕は聞いてないんだけど」
 「ほんの数日前だ。悪いな、エイリュート。お前の心配は徒労に終わったな」
 「心配だなんて・・・。まあ、心配だけどね。キミが姫を傷つけるようなことや、失礼なことをしないかどうか」
 「そりゃまた、手厳しいお言葉だ」

 焚火の火をいじりながら、エイリュートが言葉を紡ぐ。見張りはエイリュートとククールの役目になっているらしい。ヤンガスのイビキが響き始めた。

 「・・・ククール」
 「ん?」
 「キミは・・・大事なものを手放しちゃダメだよ。姫を・・・けして、放さないであげてくれよ?」
 「そんなこと、言われるまでもない」

 放すつもりなんて、毛頭ない。手に入ることなど叶わないと思った相手だ。この手を離すわけがない。
 視線を、夜空に向ける。白い月が、静かにエイリュートとククールの姿を照らしていた。

***

 翌日、ようやく見えてきた北の関所。だが、その様子がおかしいことに、すぐに気がつく。
 閉じられていたであろう関所の門が、何者かによって破壊されていたのだ。そう、かつてドルマゲスが関所を破った時のように・・・。
 イヤな予感が一行を襲う。関所を抜けると、すぐそこに町が見えた。
 彫刻と眺望で有名なリブルアーチ。そのリブルアーチに異変が起きていることは、町に入ってすぐにわかることだった。