「・・・倒した・・・ドルマゲスを倒したぞっ!!」
エイリュートが声をあげ、を振り返った。
「姫・・・!! よくぞご無事で・・・!」
「ククールのおかげですわ。ククールが、わたくしを生き返らせてくれたのです」
の視線を受け止め、ククールが微笑む。もうれしそうに微笑んだ。
「やったでがすよ! 兄貴! アッシたちは、ついにドルマゲスの野郎を倒したんでがすよ! ・・・思えば長い旅路だったでがすなあ。きっと今頃は、おっさんと馬姫様も呪いが解けて喜んでることでしょうよ・・・」
ヤンガスが感慨深く腕を組み、うんうんとうなずく。遺跡の外で、親子は抱き合って喜んでいることだろう。
「さてと、オレはこれで修道院長のカタキを討てたわけだし、晴れて自由の身ってことかな。ゼシカもうれしいだろ。どうだ? 兄のカタキを討った感想は?」
そう言って、ククールがゼシカに視線を向けるが、ゼシカは硬い表情を浮かべていた。喜んでいる姿など、微塵も感じられない。
「ん? なんだよ。どうしたんだ。浮かない顔して」
「あいつを倒したところで、兄さんは生き返らないのよ。しょせん、カタキ討ちなんて・・・」
悲しそうなゼシカの肩を、が抱きしめる。それでも、ゼシカはサーベルトのカタキを討ったのだ。
と、扉の方から声が聞こえてくる。「おーい!」という声は、トロデのものだ。
「やや! おっさんでがすよ! ついに人間の姿に戻ったでげすな!」
だが・・・手を振り駆け込んできたトロデの姿は、緑色したモンスターのままだった。
「あれれ? おっさん! 呪いが解けたはずじゃ!?」
「何を言っとんじゃ、お前は。冗談は顔だけにしといてくれんか」
ヤンガスの言葉に、トロデが冷たい視線を向ける。なんで呪いが解けるんだ・・・とでも言いたげな表情だ。
「冗談でなくて、オレたちはドルマゲスを倒したんだ。ヤツが死ねば、あんたや姫様の呪いも解けるって・・・」
「ヤツを倒しただと!? バカな! ならば、なぜわしの呪いが解けん? う〜〜ん・・・。なぜじゃ? なぜ呪いが解けん? 元はと言えば、ヤツめが我が城の秘宝の杖を盗み出し、それを振り回したせいで・・・おお! そうじゃった! 杖じゃ! 杖はどうなった!?」
キョロキョロと辺りを見回すトロデに、ゼシカがドルマゲスだったものの塊の中から杖を拾い上げた。
「杖ってこれのことかな?」
「おお! それじゃ、その杖じゃ」
「おっさん、そろそろここを出るでがす。姫さんを休ませてやりたいんでね」
「まあ、わたくしならもう大丈夫ですわ。それよりもククールの方が心配です。魔力を全て使いきってしまったのですから・・・」
心底心配そうな視線をククールに向けると、彼は優しくを安心させるかのように、微笑んだ。
「ふむ、そうじゃな。皆疲れておるじゃろう。こんな所で考えておっても、埒が明かぬわ。ここはひとまず、サザンビークに戻るとしようかの」
トロデの言葉にうなずき、エイリュートたちは広間を出て行くが・・・ゼシカだけが、杖を手にしたまま、しばらく動かなかった。
「ゼシカ? 行くよ」
「ええ・・・」
エイリュートが声をかけると、ようやく我に返ったように、ゼシカは駆け寄って来た。
***
サザンビークの宿屋にやって来たエイリュートたち一行は、未だに呪いの解けないトロデから、労いの言葉をかけてもらっていた。
やはり、この国の王子とは違う。感謝の気持ちを素直に述べてくれた。
「みんな、よくやってくれたわい。が、今後のことを考えると、頭が痛いのう。まあ、今日ぐらいはゆっくり休んでくれ。わしは姫のことが気になる故、馬車で過ごすとするぞい。それじゃ、また明日な」
「おやすみなさい、トロデ様」
トロデが部屋を出て行くと、一同は思わず顔を見合わせていた。
「しっかし、どういうことでがすかね・・・おっさんと馬姫様の呪いが解けないってのは」
「僕たちは、確かにドルマゲスを倒した。なのに呪いが解けないなんて」
「もしかしたら、呪いが解けるのに時間がかかるのかもしれませんわ。案外、明日の朝になったら、元の姿に戻っているのかも」
前向きなの言葉に、それもそうか・・・と一同は納得した。
「それじゃあ、みんな。今日はもう疲れてるだろうから、休もう。おやすみなさい、姫、ゼシカ」
「ええ、おやすみなさい」
「・・・おやすみ」
エイリュートたち3人が部屋を出て行く。その際、ゼシカだけがなぜか元気がなかったのが、少しだけ引っかかった。
***
翌朝・・・とゼシカの部屋に、誰かが入って来た。その人物は、ベッドの1つが空いてることを確認すると、未だ眠ったままの金色の髪の少女に歩み寄った。
ゆっくりとベッドの端に足を組んで腰を下ろし、彼女の顔の近くに一輪の花を置く。そして、そっと眠る王女のその頬に唇を落とした。
だが、美しい姫君は起きる様子がない。いつもの彼女なら、ちょっとした気配で目を覚ますというのに・・・。何か様子がおかしい。
「・・・姫、姫」
肩を揺するが、う・・・ん・・・と身じろぎし、起きる気配がない。いよいよ、これは様子がおかしい。
「失礼しますよ、姫」
小さく呪文を詠唱し、キアリクの魔法をかけると、がパチッと目を覚ました。
「ククール・・・? おはようございます」
「おはようございます・・・と言いたいところだが、もう昼ですよ」
「えっ!!?」
窓の外を見れば、確かに太陽は高く昇っている。驚いたのか、はベッドの上でアタフタし始めた。
「わ、わたくしったら・・・! こんな時間になるまで眠ってるなんて!」
「疲れていたんでしょう。グッスリ眠ってましたし」
「おかしいですわ・・・! どんなに疲れていても、人の気配がすれば起きるはずですもの」
「オレが入って来たから、安心してたんじゃないか?」
「ですが・・・まあ、綺麗な花・・・」
フト、は枕元に置かれていた一輪の花に気づく。それを手に取り、花の匂いをかいだ。優しい微笑みを浮かべ、「ありがとうございます、ククール」とつぶやいた。
「ゼシカは? 起きてるのですか?」
「ああ、そうみたいだな。ベッドにはいないぜ」
「・・・おかしいですわ。ゼシカが起きたときも、わたくしは目を覚まさなかった」
「・・・ラリホーの呪文でもかけられていたとか?」
「ええ・・・」
だが、誰がそんなことをするというのか。はベッドから降り、ゼシカのベッドへと近づき、それに気づいた。
「ククール! エイリュートは起きていますか!?」
「いや、あいつもまだ眠っていたはずだ。ヤンガスは起きてるが・・・」
「おかしいですわ! ゼシカの私物がなくなってます! いなくなったのですわ!」
「なんだって・・・?」
慌てて、とククールはエイリュートを起こしに向かった。気持ちよく眠っていたのだが、状況が状況だ。あまりの騒ぎに、ヤンガスもどこからか戻って来た。
「起きて下さい、エイリュート! 大変ですわ! ゼシカが・・・ゼシカがいないのです! 今、起きたら荷物が見当たらないのです!」
「えっ・・・!? ゼシカが!!?」
飛び起きたエイリュートと、ヤンガスが顔を見合わせる。
「まさか、何者かにとっ捕まって、連れ去られたんじゃ・・・」
「そんな・・・ゼシカだったら、魔法を使って逃げ出すはずだよ!」
「案外、一人でリーザス村に帰っちまったのかもな。何も言わずに出てったのは、別れがつらいとかさ・・・。うーん、ゼシカに限ってそんなのあるわけないか」
「そうだよ・・・黙って帰るなんて、そんなことしない・・・。約束したんだ・・・会いに行くって・・・。それなのに、黙っていくなんて、考えられないよ・・・」
「エイリュート、何があったのかはわかりませんが、わたくしはゼシカが心配です。探しに行きましょう。まだサザンビークにいるかもしれませんもの」
「・・・はい」
身支度を整え、部屋から1階に下りると、宿屋のおかみさんが「おはよう、いい天気だよ」と笑顔を向けてきた。
「あの・・・ちょっとお聞きしたいんですが・・・仲間がいなくなったんです。何か知りませんか?」
「そりゃ、ひょっとして胸の大きいお姉ちゃんのことじゃないのかい? あの娘なら、とっくに出てったよ」
「出て行った!?」
4人が思わず同時に声をあげたので、おかみさんは驚いた様子だ。
「あ、ああ・・・まだ日も昇らないうちに、宿を出ようとするから“どこへ行くの”ってあたしゃ聞いてみたんだよ。そしたら“北へ行く”ってさ。北って言えば、確か関所があったかね」
「ありがとうございます、助かりました!」
やはり、リーザス村に帰ったのではなかったのだ。だが、北に向かったとは・・・。地図で確認すると、北の関所近くに、町があるようだった。あの、橋の上の町である。
宿屋の傍に停めてあった馬車を覗くと、トロデがぐっすりと眠っていた。やはり、ゼシカにラリホーをかけられていたのだ。ククールが再びキアリクの魔法で目を覚まさせる。
「なんじゃと!? ゼシカがいなくなった!? なんということじゃ・・・! ゼシカの足取りを一刻も早く発見するんじゃ。わしは忘れておったのだ! 大事な家宝の杖をゼシカに預けたままにしておいたのを! あれを失くしたとあっては、ご先祖様に顔向けできんぞい」
「おっさん、何言ってるでがすか。そんな骨董品なんかより、ゼシカの身の方がはるかに心配でがすよ。アッシらのことがキライになって、ゼシカの姉ちゃんがこっそり出て行ったのなら、諦めるでがすよ。けれど、もしそうでなくて、何か困ったことに巻き込まれてるなら、なんとしても助けたいでがす」
「ヤンガス・・・」
温かいヤンガスの言葉に、エイリュートはホッとした表情を浮かべた。ゼシカの心配をしているのは、自分だけではない。それに、先ほどからも心配そうにキョロキョロと辺りを見回している。
「喜びも束の間か・・・。もうちぃとばかし、勝利の美酒に酔いしれていたかったんだがな。ゼシカのせいで、せっかくの酔いもきれいさっぱり覚めちまったぜ」
「エイリュート、一刻も早く北へ向かいましょう。ゼシカは、きっとこの町へ向かったのですわ」
「そうですね・・・。黙っていなくなったことと、杖を持ち出したことが気になります・・・。何事もなければいいんですけれど・・・」
エイリュートの脳裏に、昨日のことが蘇る。自分の手を握り、笑顔を向けてくれたゼシカのことを・・・。
あの笑顔は本物だった。黙っていなくなるなんて、信じられなかった。
「・・・ゼシカ、必ずキミを見つけ出してみせるよ」
まだ、キミに伝えたいことを、伝えられていないから・・・。