遺跡の最深部が見えてきた。大きな扉、その向こうから溢れ出す気配。辺りに潜む魔物とは格段に違うそれ。間違いなく、ここにドルマゲスがいる。
「みなぎる闘志に水を差して悪いんでがすが、もしドルマゲスが土下座して謝ってきたらどうしやす?」
この場の雰囲気を少しでも和まそうと思ったのだろう。ヤンガスが予想外なことをつぶやいた。
「そっ、それは問題だな。オレだって騎士のはしくれだ。無抵抗の敵に手を上げるのは、騎士道に反するしな」
「わたくしも・・・ちょっと抵抗を感じますわ・・・」
う〜ん・・・と悩みこむククールとだったが、ゼシカはその考えを真っ向から否定してみせる。
「なにが騎士道よ。バッカじゃないの。もしドルマゲスが無抵抗なら、ヤツを挑発して攻撃させればいいのよ。だったら問題ないでしょ。フン!」
「・・・ゼシカ、それはちょっと」
「こえー。ゼシカ、こえーよ」
「カタキ討ちのこととなると、人が変わるでげすな」
「みんな、下らない話は後にして・・・行くよ?」
そっと、扉に手を触れ、エイリュートは仲間たちを振り返る。彼の意図を汲みし、4人がうなずく。エイリュートもうなずき返し、グッと力を込め、扉を押し開いた。
***
中に入った瞬間、目に飛び込んできたのは、天井から吊り下げられた水の球。その球体の中に、エイリュートたちが探し求めていた道化師の姿があった。
「やっと追いつめたでがす! ここで会ったが百年目。覚悟するでがすよ、ドルマゲス!」
「もう逃がさねえぞ。てめえは袋のネズミ同然だぜ」
「・・・兄さんのカタキ。絶対にここでケリをつけてみせる!」
「たくさんの方々を苦しめたあなただけは、けして許すことはできません!」
「トロデ王を・・・ミーティア姫を・・・そして、トロデーン王国の人々を元に戻せ!」
5人が思い思いの言葉を発すると、球体の中にいたドルマゲスが目を開け、ニヤリと笑った。
「おやおや。こんな所まで追って来る者がいようとは・・・。確かあなた方は、以前マイエラ修道院で出会った、トロデ王の従者たちでしたね。なるほど。この私を倒し、主の呪いを解こうというわけですか。くっくっく、見上げた忠誠心だ。しかし、今の私には迷惑極まりない! 身に余る魔力を手に入れた代償なんでしょうかねぇ。まあ、いいでしょう」
球体から、ドルマゲスが出てくる。その威圧的な気配は、空気をピリピリと震動させるようだった。
「けれど・・・悲しい。悲しいなぁ。だって、せっかくこんな所まで来たというのに、その願いも叶わぬまま・・・みんな、この私に殺されてしまうのですから!」
言葉と共に、ドルマゲスが杖を振り下ろす。その杖の先端から、鞭が飛び出し、エイリュートたちを襲う。予想外のその攻撃に、5人の身体が吹っ飛んだ。
慌てて体勢を立て直したが、剣を抜き、床を蹴ってドルマゲスに斬りかかる。すさまじい攻防だ。の剣を、必死に杖で防ごうとしているドルマゲスは、劣勢に見えた。
「この・・・小娘がっ!」
「キャ・・・!!」
攻撃の手が止んだ瞬間、ドルマゲスが杖を振るい、そこから放たれた魔力がの身体を弾き飛ばした。受け身の姿勢を取れず、の身体が地面に叩きつけられた。
「姫っ!!」
エイリュート、ヤンガス、ククールが動く。エイリュートがドルマゲスに斬りかかり、ヤンガスも斧を振りかざす。ククールは地面に倒れたの元へ素早く駆け寄り、その身体を抱き起こした。
ゼシカが呪文の詠唱を始める。バイキルトの呪文だ。エイリュートにバイキルトがかかり、攻撃力が増す。
だが、ドルマゲスの力は大きかった。エイリュートとヤンガスの攻撃をあしらうと、全身に力を込める。すると、その身体が分身を生みだし、ドルマゲスは3人に増えたのだった。
「・・・な、なんてヤツだ・・・分身しやがった・・・」
の身体に治癒の魔法をほどこしながら、ククールがつぶやく。
たじろぐエイリュートとヤンガスに、3人のドルマゲスが襲いかかった。無数の石つぶてが2人の身体に襲いかかる。
治癒魔法で回復したが、呪文の詠唱を始める。ククールもスクルトの呪文を詠唱した。ゼシカも何かの呪文を詠唱し始める。
「イオラッ!!」
とゼシカの声が重なる。爆発が、3人のドルマゲスを包み込んだ。さすがに、二重かけのイオラは効いたらしい。ドルマゲスが膝をつく。
その瞬間を狙い、ヤンガスが1人のドルマゲスに兜割りをお見舞いし、エイリュートも1人にはやぶさ斬りをお見舞いする。
再びゼシカがイオラの呪文を放ち、が剣で斬りかかる。斬りかかった直後、の左手から白い光が生まれ、ドルマゲスの身体を弾き飛ばした。分身したドルマゲスの身体が1体消滅した。
そうこうしているうちに、エイリュートとヤンガスが対峙していたドルマゲスも倒される。本体に止めをさしたのはエイリュートだった。
ガクッと膝をつき、杖を頼りに立ち上がる。その瞳は怒りに燃えていた。
「くっくっく・・・やりますね。あなた方がここまで戦えるとは、ちょっと意外でしたよ・・・。もし私が身体を癒している最中でなければ、もう少し楽に殺して差し上げたのに。仕方ありませんね。さあ、もう終わりにしましょう。悲しい・・・悲しいなぁ・・・。あなたたちとも、これでお別れかと思うと、悲しくって仕方がありません」
ドルマゲスが不敵に笑い、持っていた杖を振りかざした。
「これでも食らえっ! あーっひゃっひゃっひゃ! いーひっひっひ!」
杖から放たれたのは、無数のイバラ。トロデーンを襲ったイバラの呪いを、エイリュートたちにかけようとしているのだ。
エイリュートが一行の前に立ちはだかる。驚く4人だったが、彼を止める隙はなかった。
イバラが5人の身体を包む。すさまじい呪いの力だ。
「未来永劫、イバラの中で悶え苦しむがいい」
もうダメだ・・・と覚悟したときだった。イバラの中から光が溢れ、呪いの力を弾いたのだ。
あ然としたのは、ドルマゲスもエイリュートたちも同じだった。一体、何が起こったのか・・・。
「なぜだ!? なぜ効かない! お前は一体・・・!? ・・・面倒だが、どうやら全力を出さねばならないようだな」
ドルマゲスの様子が一変する。エイリュートたちを睨みつけると、片手をあげる。頭上にあった球体が零れ落ち、ドルマゲスの身体を包んだ。
そして、その身体が徐々に変化し始めた。
「ぐおおおおお・・・!」
「な・・・何が起こってるんだ・・・!?」
「ドルマゲスが・・・変形してるんですわ!」
手足が人間のそれから、獣のような形に変わり、全身が青に染まる。もはや人とは言えない姿かたちだ。
「あっひゃ! あっひゃ! あーひゃっひゃっひゃっひゃ! この虫けらどもめ! 二度とうろちょろ出来ないよう、バラバラに引き裂いてくれるわっ!」
背中から羽を生やし、ドルマゲスが雄たけびをあげる。そのすさまじい雄たけびに、ゼシカがショックを受ける。
そのショックを受けたゼシカに、ドルマゲスが襲いかかる。巨大な拳でもって、ゼシカに殴りかかろうとするが、そのゼシカの前に、エイリュートが立ちはだかった。
ドルマゲスの拳を、手にした盾で防ごうとするが、あまりにも力が大きかった。そのまま、ゼシカを巻き込んで壁まで吹っ飛ぶ。全身に激痛が走る。骨がいくつか折れた感覚がした。
「兄貴っ!!」
「エイリュート! ゼシカ!」
ヤンガスとが視線を2人に向ける。それが隙となった。ドルマゲスの背中から、羽根がスコールのように降り注ぎ、ヤンガスとの身体を切り裂いた。
「姫っ!!」
に駆け寄ろうとしたククールの前に、ドルマゲスが移動する。ハッ・・・と顔をあげたククールの腹部に、ドルマゲスの強烈な蹴りが炸裂し、その身体が吹っ飛んだ。
一瞬にして壊滅状態となってしまった。それだけ、変身したドルマゲスの力は強大だった。
が必死に身体を起こし、ロザリオを握りしめ、小さく祈りの言葉を捧げれば、5人の身体を優しい光が包み込む。癒しの力だ。
なんとか起き上がる一同だが、それをあざ笑うかのように、ドルマゲスの強烈な攻撃と魔法が襲いかかる。
「くそっ・・・! これじゃ、手出しができない・・・!」
「あいつの攻撃の手を止めないと、ムリでがすよ!」
浴びせられる炎の熱さに耐えながら、エイリュートとヤンガスが声をあげる。と、その炎の勢いが弱まる。フバーハの魔法をゼシカがかけたのだ。
炎の勢いが弱まった瞬間を狙い、エイリュートとヤンガスが防御から攻撃へ転じる。
2人の意表をついた攻撃に、ドルマゲスが攻撃の手を止める。エイリュートとヤンガスの攻撃が、ドルマゲスの身体を斬りつける。
2人がドルマゲスから離れた次の瞬間、白い光の軌跡がドルマゲスに直撃する。の攻撃だった。
「・・・おのれ・・・小娘がぁ!!!」
「!!?」
どうやら、の攻撃が相当堪えたらしい。ドルマゲスが怒りに燃え、突然に牙を剥いた。
巨大な拳での頭を鷲掴み、そのまま片手でその小さな身体を殴り続け、止めに地面に叩きつけたのだ。
すさまじい攻撃に、の身体がピクリとも動かなくなり・・・一同の背筋が凍った。イヤな予感がする。
「この・・・よくも姫さんをっ!!!」
ヤンガスが斧を掲げ、そのまま地面に突き立てる。そのまま振りかざし、蒼天魔斬を繰り出した。強烈な波動が、ドルマゲスに直撃し、その身体が崩れ落ちる。
そのまま、エイリュートとゼシカが攻撃にかかる。エイリュートのはやぶさ斬り、ゼシカの鞭での双竜打ちが決まる。
「姫! しっかりしろ・・・!」
3人が攻撃に転じている間、ククールが動かないの身体を抱き起こすが、すぐに異変に気づく。
「・・・姫?」
呼びかけるも、反応がない。閉じられた瞳は、まったく開かれる様子がない。
慌てて、その左胸に耳を当て、愕然とした。鼓動が、聞こえなかったのだ。
「う、ウソだろ・・・姫、おい・・・起きろって! 目を覚ませっ!!」
必死に身体を揺さぶるが、反応がない。その身体が、どんどんと冷たくなっていく様子に、ククールはゾッとした。このままでは、は本当に死んでしまう。
慌てて視線をエイリュートたちに向けた。今では、ヤンガスとゼシカが攻撃をし、エイリュートはベホマの呪文で2人の回復に回っている。
だが・・・ここでその決断をしなければ、それだけが生き返る可能性が低くなる。
「悪い、みんな・・・もう少しだけ耐えてくれ・・・!」
の異変に、エイリュートたちも気づいている。ククールは小さく呪文の詠唱をし、ベホマラーの治癒魔法を3人にかけた。
そして・・・息絶えたの身体を抱きしめた。
「今、生き返らせてやるぜ・・・。うまくいくかは、オレの魔力次第だけどな・・・」
そっとの身体を横たえ、手を胸で組ませる。胸のロザリオに少しだけ手をかざし、ククールは目を閉じた。
「・・・神よ、ご加護を・・・」
長い呪文の詠唱が始まる。その間にもヤンガスとゼシカはドルマゲスに攻撃を仕掛けていた。
ククールの唱えた魔法は、死者の命を蘇らせるザオラルだ。だが、その確率は2分の1。うまくいくかどうか、ククールの魔力にかかっているのだ。
ザオラルよりも高等なザオリクなど、今のククールには使えない。今ほど、常日頃の信仰心を恨んだことなどない。信仰心の厚い熟練の僧侶ならば、ザオリクなどたやすく使えたはずなのに・・・。
だが、迷っている場合ではない。今は低い確率でも、ザオラルの魔法に賭けるしかないのだから。
「ひゃっひゃっひゃ! 貴様らの仲間が1人、死んだようだなぁ! 悲しむことはない! お前らもすぐにあの世へ行けるのだからなっ!!」
再び、ドルマゲスの背中から無数の羽根が降り注ぐ。必死に盾で防ぐが、その勢いに負けそうになる。
「私たちは負けないっ! それに・・・姫だって、必ず生き返るわっ!!」
「そうだ! 僕たちはお前に勝って・・・トロデーンの呪いを解いて・・・姫を生き返らせるんだっ!」
「アッシたちは諦めが悪いんでがすよっ!」
降り注ぐ羽根を振り払い、3人が一斉に攻撃を仕掛ける。気迫のこもったその攻撃に、ドルマゲスがジリジリと後退した。
たたらを踏んだドルマゲスの身体に、白い光が直撃した。愕然とするドルマゲス。その視線が、一点へ向けられる。
そこに立っていたのは、先ほど確かに息の根を止めただった。
「な・・・なぜだ・・・なぜ・・・貴様が生きている・・・確かに、息の根を止めたのに・・・」
ドルマゲスの身体が、足元から崩れ落ちて行く。その瞳に怒りを宿しながら。
「・・・ザオラルの魔法のおかげですわ。残念でしたわね、ドルマゲス。あなたの負けですわ」
「ぐがああああ・・・! ・・・まだ足りぬ。こんな所で朽ち果てるわけには・・・」
ドルマゲスが何かを掴むかのように、手を掲げる。その手が崩れ落ち、そして全身が崩れ落ちた。