36.太陽の奇跡

 聖地ゴルドから、ルーラの呪文で闇の遺跡のある島へ移動する。目の前に沸き立つ暗雲に、一行の間に緊張が走った。

 「ねえ? ドルマゲスを倒したら、ククールは聖堂騎士団をやめるの?」

 別に、深い意味はなかった。けれど、フト浮かんだ疑問に、ゼシカはククールにそう問いかけた。がその声に反応し、顔をあげてククールを見つめる。

 「ああ、そのつもりだ。もう兄貴の顔を見たくないんでね。昔から、オレに色々とよくしてくれた修道院長のカタキを討ったら、修道院とはおさらばさ」
 「そうなのですか・・・? ククール、マイエラに戻るとおっしゃってたのに・・・」
 「いや、気が変わった。考えてみりゃ、オレがあそこに戻る理由なんて、一つもないからな。兄貴には厄介払いされたし」
 「どうしてそこまで、自分の兄貴を嫌うんでがすか? たった一人の兄弟でがしょうに」

 ヤンガスが眉根を寄せてつぶやくと、ククールはハァ・・・とため息をついた。

 「嫌ってるのは向こうさ。オレはあんなヤツ、なんとも思っちゃいない・・・なんともな」

 ククールの言葉に、一行は思わず黙りこんでしまった。慌てて、ゼシカが会話の流れを変えようとするが・・・。

 「もしもよ、もしも太陽の鏡で、結界が破れなかったらどうしよう・・・」

 ゼシカが不安そうにつぶやく。今は悪い方へ悪い方へ考えが行ってしまうのだろう。

 「そんときゃ、闇の遺跡の入り口で待ってりゃいいんじゃねえの? ドルマゲスも、いつかは出てくるだろ」
 「あっ、だったら最初から遺跡の入り口で見張ってた方がラクチンだったでがすね!」
 「このバカチンがっ! こうしている間にも、トロデーンの民はヤツの呪いで苦しんでおるのだぞ。だから、どんな苦労をしてでも、一刻も早く、ドルマゲスを滅ぼすのが、わしらの使命なんじゃよ」

 ククールの冗談にヤンガスが本気で答えれば、トロデから叱咤の声が飛んだ。国を思うものとして、当然の怒りである。
 見えてきた闇の遺跡。思わず足を止め、今はまだ闇の結界があふれるその場所を眺めた。

 「あの建物がオレたちとドルマゲスの決戦の場になるのか。今、結界を破ってやるから、首を洗って待っていろよ、ドルマゲス!」
 「ようやく・・・ようやく、ここまで来ましたわね! 今まで、何度もその尻尾を捕まえ、逃げられてきたことか。今度こそ、わたくしたちが引導を渡してやるときですわ!」

 キッと遺跡を睨みつけ、ククールとが強い口調でつぶやく。

 「さあさあ、エイト。話なんかしてる場合じゃないわ。今こそ、太陽の鏡で闇の遺跡の結界を破るときよ!」
 「うん!」
 「わくわくするでがすなぁ。太陽の鏡はどんな風に結界を破ってくれるんでがしょう? アッシは花火みたいに派手な光と爆発が見られると思ってるんでがすがね」
 「・・・そんなことになったら、闇の遺跡が崩れるんじゃないかな」

 それでドルマゲスを倒した・・・なんてことになったら、拍子抜けもいいところである。恨みがあるこちらとしては、やはり正々堂々、戦ってヤツに引導を渡したい。

 「初めてここに来た時のことを思い出すと、何やら胸にこみ上げてくるものがあるわい。あの時は結界のせいで遺跡に入れないと知って、旅もここで終わりかと思うほど絶望したもんだわい」

 あれから、そんなに日にちが経っているわけではないが、それでもあの騒動に巻き込まれたせいか、やたらと遠い日のことのように感じていた。
 闇の遺跡に近づくと、なんとあの時いたギャリングの部下が1人、そこで待っていた。すでに逃げたものだと思っていたのだが・・・。

 「まだいたんですね・・・。一緒にいた仲間はどうしたんですか?」
 「む? そなたらか・・・。うむ、あいつらにはサザンビークへの使いとして出した。魔法の鏡を借りようと思ってな」
 「魔法の鏡なら、僕たちが手に入れましたよ。今から結界を破ってみせます」
 「何だって!? 今から暗闇の結界を破ってみせるだと? しかも、鏡を手に入れたというのか!?」

 遺跡の入り口に向き合うように、祭壇が設けられていて、その中央の石碑に、大きな丸いくぼみがあった。恐らく、そこに太陽の鏡を嵌めこむのだろう。
 予想通り、鏡はそこにピッタリ当てはまり、エイリュートが鏡の前からどいた次の瞬間、鏡からものすごい光の洪水が起こり、真っ直ぐに遺跡へと向かって行った。
 光の洪水は遺跡の中を照らし、その闇の結界をかき消してみせた。ものすごい光の力だった。

 「く、暗闇の結界が・・・消えた。じゃあ、たった今キミたちが使ったのは、サザンビーク王家の鏡なのか!? どうやって鏡を手に入れたのかは知らんが、感謝するぞ。これでドルマゲスと戦える! よし! サザンビークへ使いに出した部下を呼びに行くとするか」

 そう言い残し、ギャリングの部下がその場を離れる。ここで彼を待つつもりはない。先に遺跡へ入り、ドルマゲスを倒すのだ。

 「ついに・・・ついにドルマゲスとの決戦のときが来たようじゃな」
 「げっ! おっさん、いつの間に!」

 船の中で待っていると思われたトロデが、すぐそばにいて、ヤンガスが驚いて飛び退いた。

 「思えば長い旅路じゃった。今となっては苦難の道のりも懐かしく思い出されるわい・・・。エイリュートよ、聞けばドルマゲスの奴は今、何やら不調という話ではないか。これはチャンスじゃ! 今度こそ、あやつをとっちめて、ワシと姫の呪いを解かせるのじゃ! ワシはお前たちの勝利を信じ、姫と共に待っておるからな」
 「はい、トロデ王・・・。必ず、ドルマゲスを倒してみせます! そして、王と姫の・・・トロデーン王国にかけられた呪いを解いてみせます!」
 「うむ!」

 エイリュートの力強い言葉に、トロデは満足そうにうなずいた。

 「やれやれ。太陽の鏡からすぐにどいたから命拾いしたな。あんなすげえ勢いの光の束の直撃を受けたら、焼け死んでたかもしれないぜ」

 確かに、ククールの言う通り、すさまじい光の力だった。遺跡そのものを光が照らすほどだ。

 「さあ、行こう、みんな。・・・ゼシカ? どうしたの?」
 「・・・あ、ごめんなさい、ぼうっとして」

 歩き出した一行だったが、ゼシカが立ち尽くして動かない。慌ててエイリュートがそんなゼシカに駆け寄った。

 「私たち、ついにドルマゲスのいる闇の遺跡の中へ入るんだよね。やっと戦えるんだわ! サーベルト兄さんのカタキと」
 「そうだよ、ゼシカ。ようやく、キミのお兄さんのカタキと戦えるんだ・・・。僕たちは、絶対にこの戦いに勝たないといけないんだ」
 「うん・・・ねえエイト、もしも、私1人でドルマゲスと戦いたいって言ったら、どうする?」
 「え・・・!? そんな危険なこと、させられるわけないじゃないか! でも・・・どうしても、そうしたいって言うなら・・・僕はゼシカの気持ちを尊重したい」
 「ありがとう、優しいのね、エイトは。私、そんなエイトが大好きよ」
 「えっ・・・??」

 ニッコリ微笑み、告げられたその言葉に、エイリュートの頬が真っ赤に染まる。対するゼシカは、フフフッといたずらっぽく微笑んでみせた。

 「さ、行きましょ! ドルマゲスのヤツをギャフンと言わせてやるんだから!」

 パシッとゼシカがエイリュートの手を握って、ヤンガスたちのもとへ走りだす。
 握った手は、温かくてやわらかかった。まるで、この緊張を吹き飛ばしてくれそうなゼシカの手の温もりに、エイリュートは安堵したのであった。

***

 闇の結界を振り払ったとはいえ、遺跡の中は薄暗かった。そして、今までのどの空気よりも重苦しく、淀んでいた。
 一行はエイリュートを先頭に、ゼシカ、、ククールと続き、ヤンガスが殿を務めた。
 複雑な迷路をくぐり抜け、いくつかの仕掛けを解き、徐々にその最深部へと向かって行く。

 「それにしても・・・厄介なとこに逃げ込んでくれたもんだな」

 いくつかの戦闘の後、小休止を取った一行。ククールがため息まじりにそうつぶやいた。

 「なんでドルマゲスは、ここに閉じこもってるんでがしょう。なんか理由でもあるんでげすかねえ?」
 「カミさんと待ち合わせしてるとか?」
 「ヤツが妻帯者だったとは!? な、なんでがしょう、この劣等感は・・・」
 「ふざけるのはよして! ヤツが遺跡にこもったのは、暗い場所が好きだからよ、絶対」
 「ドルマゲスはもぐらかよ・・・」

 と、そこでが胸の辺りを押さえ、眉間に皺を寄せ目を閉じている姿に気がつく。ククールは慌ててそんな王女のもとへ歩み寄った。

 「姫・・・大丈夫か?」
 「あ・・・ククール・・・。ええ、大丈夫ですわ。少し、空気が苦しいだけです。この遺跡の中は、瘴気が濃いのです。ですが、心配には及びませんわ」
 「もしも、つらかったら言ってくれ。いつでも、姫の力になる」

 膝の上に置かれていたの手に、そっとククールが手を重ねる。その手に視線を落とし、ビックリしたような表情で、はククールを見つめた。

 「・・・ありがとうございます、ククール。いつも、あなたはわたくしを気遣ってくださるのですね」
 「貴女を守ると言ったでしょう。あなたの父王の思いに報いるためにも、必ずや貴女を守ってみせますよ」
 「ククール・・・あなたのその厚意には感謝いたしますわ・・・」
 「ですが、父王の言葉だけが原因ではないと思って下さい。オレは、貴女を失いたくない」
 「・・・えっ?」

 ドキッとした。女性には優しいククールのことだ。今回も優しさから来ているのだろうと思ったのだが、見つめる彼の瞳は真剣で、けして浮ついた言葉ではなかった。

 「貴女の一番傍にいたい・・・そう言ったら、迷惑ですか?」
 「ククール・・・! それは・・・!」
 「オレは、貴女を愛している」
 「!!!」

 ククールの告げた言葉に、は顔を真っ赤に染め、目を見開いた。

 「・・・ああ、オレとしたことが。こんな色気のない場所で女性に告白なんて」

 しまった・・・というように、ククールが頭に手をやる。クシャリと髪の毛を掻き毟り、自嘲気味に微笑んでみせた。

 「・・・ククール、本当にありがとうございます。あなたの言葉、とてもうれしいですわ。とても・・・」
 「姫・・・」
 「わたくしも、あなたにわたくしの一番傍にいてほしいと思います。これからも・・・ずっと・・・」

 それは、ククールの思いを受け止めたということ。呆気に取られるククールに、は優しく微笑んだ。

 「あなたの瞳が、寂しさで曇らぬよう・・・わたくしが、あなたの傍におりますわ。わたくしも・・・あなたを、愛しています」
 「・・・姫、もったいないお言葉」

 抱きしめたい衝動に駆られたが、エイリュートたちが見える場所にいるのだ。必死に自分に自重するよう言いかけた。
 まあ、いい。ドルマゲスを倒してからでも遅くない。今、自分とこの愛しい姫は、間違いなく結ばれたのだから。

 「姫とククール、何話してるのかしらね」

 ゼシカの言葉に、エイリュートはチラッと2人の方に視線をやる。具合の悪そうだったのことは、気になっていたが、エイリュートが声をかけるより早く、ククールがのもとへ行ってしまったのだ。出鼻をくじかれた気分だ。

 「ククールが姫におかしなことをしなければ、別に何を話してても構わないさ」
 「そうなんだけど・・・ちょっと気になっただけ!」

 うーん・・・と手を上に伸ばし、大きく伸びをするゼシカ。その姿を視界の隅に捉えながら、エイリュートはため息をこぼす。

 「ゼシカは、カタキ討ちが済んだら、リーザス村に帰るの?」
 「ええ、もちろん。兄さんの墓前に、カタキを討ったって報告したいしね」
 「そうなんだ・・・」
 「エイトだって、トロデーンに帰るんでしょう? 元はトロデーンの兵士だもんね」
 「うん・・・」

 どこか暗い表情のエイリュートに、ゼシカは首をかしげる。

 「どうかしたの?」
 「うん、ちょっと寂しいなって思って。みんな、この戦いが終わったら、バラバラになるんだね。姫はシェルダンドに戻るし、ククールは・・・マイエラに戻らないっていうけど、どうするのかな? ゼシカはリーザス村。ヤンガスは・・・どうするんだろ? パルミドに戻るのかな」
 「エイト・・・」

 確かに、エイリュートの言う通りだ。この戦いが終わったら、仲間たちはそれぞれの場所へ帰る。それがたまらなく寂しく思えた。

 「大丈夫よ、エイト。会おうと思えば、またいつだって会えるじゃない。私たちは、仲間なんだから」
 「ゼシカ・・・」
 「私、絶対にトロデーンに会いに行く。エイトに会いに行く。だから、エイトも・・・私に会いにリーザスへ来てよね? 約束よ」
 「・・・うん」

 ニッコリと微笑みかけるゼシカに、エイリュートも微笑み返した。
 決戦前の、約束。それがあるから、戦える。

 エイリュートは「ありがとう」とゼシカに伝え、来る決戦の時を前に、決意を新たにした。

 必ずや、ドルマゲスを倒してみせる・・・と。