35.決戦を前に

 ククールのルーラで海辺の教会まで戻ることにした一行は、そこで意外な人物から頼みごとをされることになった。

 「エイリュート・・・ドルマゲスとの決戦の前に、聖地ゴルドで女神様に祈りをささげたいのですが・・・」

 それは、巫女姫がした、めずらしいワガママな頼みごとだった。

***

 岩のアーチの下で、再び海竜に襲われたエイリュートたち。これは、予想通りの展開だ。
 魔力を失った魔法の鏡を掲げ、海竜がジゴフラッシュを放つのを待つ。そして、海竜の口から、すさまじい光の洪水があふれる。咄嗟に目を閉じ、それをやりすごすと、なんと、エイリュートの掲げた鏡が、輝きを取り戻していた。
 こうして、無事に太陽の鏡を手に入れることができた一行は、の頼み通り、聖地ゴルドへ向かうことにした。
 一刻も早くドルマゲスを追いかけたい気分だが、事を急いては仕損じる・・・とも言う。それに、今は神頼みでもしないと、一行の緊張はピークに達している。
 シェルダンドを通り過ぎ、東へ。やがて見えてくる大陸。この島には、聖地ゴルド以外の建物は何もない。厳かな雰囲気に包まれた大陸だった。

 「・・・オレはこういうところが苦手なんだけどな」
 「あんた、僧侶のくせに何言ってんのよ。ヤンガスなんて、さっきから身体がかゆいかゆい、ってうるさいのよ? やっぱり、心にやましいことがあると、神様の前にいるのがつらいのね〜」
 「アッシは心にやましいことなんて、ないでがすよ!」

 ゼシカたちの言葉などの耳には入っていないようだった。真剣な表情で、ゴルドに入った瞬間、祈りを捧げる。「失礼いたします」という声が聞こえた。
 神殿の奥に祭壇があるので、そこで祈りを捧げたい・・・というに従い、エイリュートたちは神殿の前まで行くのだが、そこに見慣れた姿があった。

 「なんだ、お前たち。この奥は神に仕える者以外は立ち入り禁止だ」

 高圧的な態度。偉そうな物言い。青い聖堂騎士の制服・・・。エイリュートたちにとっては、天敵のようなものだ。ククールは、明らかに嫌悪感を抱いている。
 が名乗り出ようとしたその時だ。神殿への扉が開き、中から2人の男が出てきた。

 「あ・・・」

 思わず、声が漏れる。ククールの声だ。
 そこから出てきたのは、小太りな男と長身の男。小太りな男は身体中に高価な宝石類を身につけ、見るからに金の亡者・・・という雰囲気だ。そして、長身の男は、5人にとって忘れられない人物・・・聖堂騎士団長のマルチェロだった。

 「これはニノ大司教にマルチェロ殿! ご苦労様です!」

 門番をしていた聖堂騎士が、2人に礼をする。
 どうやら、2人はの姿には気づいていないようだった。立ち聞きなどするつもりはなかったが、2人の会話が耳に飛び込んでくる。

 「この聖地ゴルドの大神殿は、法皇様の即位式を行う聖なる場所。いくら聖堂騎士団長とはいえ、お前のような生まれの卑しい者が立ち入れる場所ではない。よいか、マルチェロ。貴様を警護役として連れてきたのは、あくまで特例中の特例。・・・わかっておると思うが、次期法皇候補たる、この私が法皇様に頼み込んだからなのだぞ」
 「・・・ええ。存じております、ニノ大司教」
 「お前がその若さで、マイエラ修道院の院長になれたのも、私の口添えあらばこそ。それをゆめゆめ忘れるな?」
 「私の感謝と忠誠は、後ほど大司教様のご自宅へ届けさせましょう。・・・ちょうど先日、旅の商人が見事な宝石を我が修道院に寄付いたしまして」
 「いつもいつも、よく気の付くものよ。うむうむ。・・・じゃがな、マルチェロよ。法皇様は潔癖なお方。あのお方にはそのような手は通用せん。よく覚えておけ。ここでの用は済んだ。さあ帰るぞ」

 そのまま、ニノ大司教とマルチェロはエイリュートたちの前へ近づいてきた。その姿に気づいたマルチェロが、目を丸くし、立ち止まる。ちょうどククールの陰に隠れて、の姿には気づいていないようだった。

 「・・・おやおや。これは珍しい顔に会うものだ。髪の毛一筋ほども信仰など持ち合わせていないお前が、巡礼に来るとは。ふふん。神頼みか? それとも観光気分か? 気楽なものだな」
 「・・・・・・」
 「わたくしが行きたいと申し出たのですわ、マルチェロ・ニーディス」

 黙り込むククールの陰から、が姿を見せると、さすがのマルチェロも表情をサッと変えた。先を行っていたニノ大司教も、の声に気づいたらしく、慌てた様子でこちらへ戻って来た。

 「こ、これはこれは、王女・・・!! この度は、巡礼でございますか? さすが巫女姫! 信仰の厚いお方ですな・・・!」
 「先ほどのあなた方の会話、聞かせていただきましたわ。どういうことですの? あなた方は金品のやり取りをしていると、そういうことでしょうか?」
 「な、なんのことでございましょう? わたくしは、そのようなことは一切しておりませんので・・・。ああ、王女、もっとゆっくりと貴女様のお話をお聞きしたいのですが、わたくしも忙しい身。これにて失礼いたします! 行くぞ、マルチェロ!」
 「はっ・・・! では、失礼いたします。・・・王女、いつまでもそのような男と一緒にいると、そなたまで汚れる。早々に別れることをお勧めいたしますよ。では皆様、ごきげんよう。物見遊山もよろしいが、ドルマゲスを追う旅もお忘れなく」

 に礼をし、マルチェロは先を歩いて行ったニノ大司教を追いかけた。その背中を見つめ、ククールは視線を落とし、ゼシカは憤慨する。

 「あんな人たちが教会のお偉いさんだなんて、信じられない! ムカムカしてきたわ!! ・・・もう行きましょ! せっかくの厳かな気分が台無しになったわ」
 「ゼシカ、そう言わないで・・・。法皇様も、何かお考えがあってのことだと思います。法皇様が、大司教の裏の顔をご存じないはずがありませんもの」
 「どうも、あのククールの兄貴に会うと、身体がかゆくなるでがす。アッシはこう見えて、ナイーヴな性格なんでげすよ」

 そう言って、ヤンガスは身体をボリボリとかきはじめた。

 「・・・ニノ大司教と仲良くお出かけか。胡散臭い組み合わせだな。マルチェロ団長も、何を考えてるんだか。まあ、オレには関係ないけど。・・・うん。もう奴とは関係ないんだ」
 「ククール・・・」

 まるで、自分に言い聞かせるかのような、ククールの言葉。やはり、ククールとマルチェロの間には、言葉に出来ない壁のようなものがあるのだろう。
 マイエラを出発するときは、好意的だったマルチェロのあの言葉。胡散臭い、とニノ大司教を表現したことから、やはり彼も教会内部については、それなりに詳しいのだろう。

 「ごめんなさい・・・わたくしのワガママのせいで、皆さんに不快な思いをさせてしまいましたわ」
 「う、ううん! そんなことないっ! 姫のワガママなんて、そんなことない!」
 「そうです! 姫のワガママなんて、チャゴス王子のワガママと比べたら、何万倍もマシです!」
 「あ、アッシは別にここに来るのがイヤだってわけじゃないでがすよ! ただ、ククールの兄貴が苦手ってだけで・・・!」

 必死にの言葉を否定する3人。だが、今のククールにその余裕は無かった。

***

 神殿の門番に、が名乗り出るとさすがに先ほどまでと態度を変え、神殿の中へ通された。
 聖堂騎士たちにとって、巫女姫は法皇に次いで雲の上のお方だ。
 また、エイリュートたちも、がいなければ到底、入ることなど許されなかった場所だ。自然と、緊張が高まる。
 は慣れた様子で祭壇の前まで行くと、胸のロザリオを握りしめ、一心不乱に祈り始めた。

 「ほら、ククール・・・! 曲がりなりにもキミも僧侶だろ? 姫と一緒に、僕たちの戦いの行方を祈ってくれよ」
 「そうは言ってもなぁ・・・。オレは髪の毛一筋ほども信仰心を持ち合わせていないらしいし」
 「バカなこと言ってないで、エイトの言う通りにしなさいよ! それとも、祈りの言葉すら知らないっていうの!?」

 ゼシカにまで背中を押され、ククールは渋々といった様子で、祭壇の前に立つと、子供の頃に叩きこまれた祈りの動きを取った。
 小さくつぶやく言葉も、子供の頃から叩きこまれた祈りの言葉。神聖なる言葉だ。普段の姿からは想像できないが、そうして祈りを捧げる姿は、なかなか様になっている。

 「ありがたくも、女神様にオレたちの旅の安全と無事をお祈りさせていただきましたよ」
 「やればできるんじゃない。さ、早く闇の遺跡へ向かいましょう! 女神様のご加護がありますように、ね」
 「そうだね・・・。ようやく、ここまで来たんだ。ドルマゲスを倒して、トロデ王とミーティア姫の呪いを解く・・・」
 「サーベルト兄さんのカタキを・・・!」
 「オディロ院長のカタキもだ」
 「アッシたちの最後の戦いになるかもしれないでげすな!」
 「ええ・・・これで終わりにしましょう・・・! わたくしたちは、ドルマゲスに打ち勝ち、そしてトロデーンの人々を救うのです!」

 の言葉に、一同はしっかりとうなずいた。
 向かうは闇の遺跡。そこで死闘が繰り広げられることは、誰しもがヒシヒシと感じていた・・・。