34.闇の遺跡へ向けて

 翌日、西の森に住むという城の学者の師匠を訪れることにした。これまた長い道のりになりそうなため、必要なものを買い込み、エイリュートたちは西の森へ向かった。
 容赦なく襲いかかって来る魔物たちを倒し、ようやく一軒の小屋を見つけたのは、それから2日後のこと。恐らく、この小屋が魔法の鏡に詳しい人物の家なのだろう。

***

 「アッシは山賊から足を洗いやしたが、兄貴が一緒にやってくれるなら、また山賊になるのもいいでがすな」
 「やめなさいよ、ヤンガス。エイトを悪の道に引き込まないで。だいたい、山賊なんて犯罪者でしょうが」
 「それは偏見でがす! 職業に対する差別でがすよ!」
 「山賊って職業か・・・?」

 相も変わらず賑やかなパーティだ。ヤンガスの言葉に対するククールの突っ込みに、がクスクスと笑う。

 「ヤンガス、わたくしからもお願いしますわ。エイリュートを山賊にさせないでください。それに、ヤンガス・・・あなたもそんなことに手を染めないでください」
 「じょ、冗談でがすよ! もちろん、アッシはもう山賊に戻るつもりはないでがす!」
 「それを聞いて安心しましたわ」

 ニッコリ笑ってがそう言う。どこまでヤンガスの言葉を真に受けたのか、よくわからない。
 賑やかなヤンガスたちのやり取りを背後に、エイリュートは知らず口元を緩ませていた。
 トントンと家のドアをノックする。返事がない。仕方ないので、勝手にドアを開けて、エイリュートは驚いた。なんと、スライムが家の中にいたのだ。思わず身構えてしまうが、が「待ってください」とエイリュートを制した。

 「彼からは、邪悪な気配を感じません。きっと、人間に飼いならされたスライムですわ」
 「飼いならされた・・・?? そんなことができるのですか?」
 「ウワサに聞いた話では、かつてはモンスターを仲間にすることができた人物もいたそうです。今もそういう方がいらっしゃるのかもしれませんわね」

 目の前でピョンピョン飛び跳ねるスライムが、エイリュートたちを見てニヤリと笑う。

 「うっしっし。ぼくはこの辺じゃ一番の天邪鬼で通っているスライムだっち。キミらもここに住んでるじいさんに会いに来たっちね」
 「そうな・・・」

 素直に答えようとしたエイリュートの腕を、誰かが掴む。振り返れば、ククールだ。彼は首を横に振ってみせると、スライムとエイリュートの間に割って入った。

 「いいや、オレたちはじいさんになんか用事はない」
 「ちぇっ、なんだっち! ここに来るヤツはたいていじいさんを訪ねてくるっちよ。ホントはじいさんの居場所を知りたいっちね? そうだっちね? 知りたくてウズウズしてるっちね?」
 「別に? 知りたくなんかないぜ」
 「ふんっ! 知りたくないなら、イヤでも教えてやるっちよ。僕は天邪鬼だっちからね! じいさんなら、ここからさらに西へ進んだところにある、不思議な泉の傍にいるっちよ」
 「そうかい、ありがとよ」

 ククールとスライムのやり取りに、エイリュートたちはポカーンとしてしまう。一体、どういうことなのか・・・。

 「あいつは自分で自分のことを“天邪鬼だ”って言ってただろ? だから、逆に答えたくなるように否定したってわけだ」
 「へぇ〜! なるほどね・・・。そこまで頭が回らなかったよ」
 「というか、エイトは素直だから、誰かさんみたいに捻くれた考えが思いつかなかっただけよね」
 「捻くれててすみませんね」

 ゼシカとククールがまたもや仲良くちょっかいを出しあっている。だが、は以前のような胸の痛みを感じなかった。
 それはきっと、この指輪のおかげだ。はそっと右手の指輪に触れた。

 「兄貴、泉ってあれでがすかね?」

 ヤンガスが家を出て奥にあった森の中を指差す。確かに、そこには泉があり、その泉のほとりに1人の老人が佇んでいた。

 「ほう。こんな場所に人が来るとはめずらしい・・・」

 泉のほとりに佇んでいた老人が、エイリュートたちを振り返ったと思えば、驚いた表情を浮かべた。

 「ややっ! これはこれは・・・お美しい姫君がお二人も・・・。周りの方々は、この美しい姫君たちを守り、旅をしておられるわけですな」
 「なんだって、じいさん!? 美しい姫君が2人って・・・馬姫様が、ちゃんと姫様に見えてるんでがすか!?」
 「うむうむ。たとえ馬になっても、隠しようのない気品が姫からあふれとる証拠じゃのう。よっしゃ、よっしゃ・・・。・・・って、なぜじゃ! なぜなんじゃ、ご老人。なぜ、この馬が姫であることを見抜いたんじゃ!?」
 「それに、姫のことだって・・・見ただけでどうして・・・」

 確かに、は人の姿をしているし、気品も威厳もある。見る人が見れば、彼女がどこかのお嬢様、もしくは姫君だと気づく者もいるだろう。
 だが、ミーティアは違う。白馬に姿を変えられてしまっているのだ。まさか、この白馬が姫君だなどと、誰が思うだろうか。
 しかも、老人は目を閉じている。いや、盲目なのだろう。それなのに、なぜ2人の姿を見抜いたのか・・・。

 「う、馬だと!? それは、真か! 姫君、少々失礼をば」

 そう言うと、老人はミーティアのたてがみに触れ、次に首元に触れた。

 「このたてがみは! この毛並み・・・確かに、お主らの言う通り馬だな」
 「じゃあ、どうしてミーティア姫を姫君だと・・・」
 「この通り、わしの目は何も映さん。わしは心の目、すなわち心眼を通して周りを見ているのだ。わしの心眼が映すこの方の姿は、姫と呼ぶにふさわしい方なのに・・・」
 「確かに、ミーティア様はお美しい方ですわ。王国の姫にふさわしく、上品で可憐で・・・」
 「それを姫が言うのも、なんだかおかしな話だけどね」

 国が傾くほどの美貌を持ち合わせたが、ミーティアを褒め称えるのが、なぜかおかしな話に感じた。だが、それが事実である。

 「旅のお方、一体何があったのだ? 差し支えなければ、お聞かせ願いたい」

 老人の言葉に、エイリュートがトロデーン王国に起きた悲劇を説明した。

 「・・・おいたわしや。呪いのせいで、このような姿に変えられてしまったのか。おお、そうだ! もしかしたら、これでなら、元の姿に戻れるかもしれん・・・。一つ、試してみてはいかがかな」
 「それは本当か、ご老人! して、その方法とは!?」

 御者台から飛び降りたトロデが、焦った様子で声をあげた。

 「げっ! おっさん、いつの間に!」
 「いつの間にも何も、わしは最初っから御者台におったじゃろ」

 ヤンガスの言葉に、トロデの的確な突っ込み。確かに、その通りである。
 そんな2人のやり取りを気にせず、老人は泉を振り返り、そしてゆっくりと口を開いた。

 「効くかどうかは、わからぬが、そこの泉の水を口になさるがいい。その泉の水には、呪いを解く不思議な力があるのだよ。必ずしも効くとは断言できんがの・・・」
 「それでも、試してみる価値はありますわ! ミーティア様・・・泉の水を飲んでみてください」

 ゆっくりと、ミーティアが泉に近づき、その水を飲み始める。すると、突然ミーティアの全身が光を放ち、その光が馬の形から人の形へと変わっていく。
 あ然とする一行の前で、白馬が1人の美しい黒髪の少女へと姿を変えた。
 この美しい少女こそが、白馬ミーティアの本当の姿・・・トロデーンの王女なのである。

 「・・・お、お父様!? お父様、見てください! ミーティアは・・・ミーティアは人間の姿に戻りましたのよ」

 感動に打ち震えた声で、ミーティアがトロデに話しかけるが、トロデは黙ったまま愛娘を見つめている。

 「どうしたの? お父様? ま、まさか、ミーティアは人間の姿に戻った夢でも見てるというの!? これは幻なの・・・?」
 「おお、あまりに突然のことで、思わず言葉を失ってしまったわい。ちゃんと見えているぞ、姫よ。さあ、もっと近くに来て、その愛しい姿を見せておくれ」
 「お父様っ!」

 トロデの優しい言葉に、ミーティアは父王に駆け寄り、そして親子は抱きしめ合った。

 「おおっ! わしのかわいい姫よ! 今まで馬車なんか引かせてすまなかった・・・。つらかったろう? これからは楽をさせてやるからのう」
 「いいえいいえ、お父様。つらいのはミーティア1人だけじゃありませんもの・・・。それに、ミーティアはエイトたちのお役に立てて、うれしゅうございましたのよ」
 「姫は健気じゃのう・・・。どれ? わしも泉の水を飲んで、ちゃっちゃと元の凛々しい姿に戻るとするか」

 そう言って、トロデが泉の水を飲もうとした瞬間だった。ミーティアの身体が再び光り出したのだ。

 「お、お父様・・・きゃっ!」
 「ん!? どうした姫よ。ひっ、姫ー!」

 光が消えると、そこには白馬の姿が・・・。完全に元に戻ったわけではなかったのだった。

 「・・・ああ、姫よ。なんという悲劇・・・。結局、ぬか喜びだったのか」

 ガックリと肩を落とすトロデに、一同は何もかける言葉が見つからない。

 「うーむ、泉の癒しの力すらも効かぬとは。姫君にかけられた呪いは、よほど強力なものらしいな。泉がダメなら残された手段はただ一つ。姫をこのような姿に変えたドルマゲスという道化師を探し出し、倒すしかあるまい。呪われし姫君を救えるのは、お主たちだけだ。つらいだろうが、希望を失わず、がんばるのだぞ。おお、風が冷たくなってきたようだ。わしはそろそろ帰らせてもらうよ」

 そう言い残すと、老人はエイリュートたちが来た道を歩いて行った。

 「・・・んん!? おお、いかんいかん! 大事なことを忘れておったぞ。おい、エイリュート。今ここで会った老人こそ、サザンビークで聞いた西の森に住む、老魔術師ではないのか? 人違いでなければ、あの老人は魔法の鏡に詳しいはず。ここは、ぜひ家を訪ねて知恵を貸していただこう」

 老人は先ほどの小屋に戻ったのだろう。エイリュートたちも、先ほどの小屋へ戻ることにした。

 「おっさんの元に戻った姿も見てみたかったでがすな」
 「そうね。本人は細身で長身のロマンスグレーだって自慢してるけど、実際どうなのか確かめてみたいものね」
 「疑っとるのか、ゼシカ。本当のわしを見て、一目惚れしても、そんときは相手にしてやらんぞい」
 「あら、ずい分と大きく出たわね。その自信はどこから来るのよ」
 「ふっふっふ。元に戻ったわしを見たければ、とっととドルマゲスを倒すことじゃな」
 「あんな風に言ってるけど、実際はどうなの? 姫。トロデ王の元の姿って」
 「とても威厳にあふれた、立派な方でしたわ。手先は器用で、わたくしに何度かアクセサリーをプレゼントしてくださったり、武術にも長けてらっしゃるのですよ」
 「えぇ!? そうなの?? ・・・信じられない」

 だが、がウソをつくわけもない。ゼシカは疑うような視線をトロデへ向けるが、当の本人はその視線を気にもしていない様子だった。

***

 「おお。泉で出会った旅人ではないか。よく来てくれたな」

 家の中に入ると、先ほどの老人が笑顔で出迎えてくれた。

 「・・・むむむ。わしに聞きたいことがあるようだな?」
 「実は・・・」

 エイリュートが手短に用件を述べた。魔法の鏡、の名前を出すと、老人は驚いた様子。

 「クラビウス王から、王家の宝である魔法の鏡をいただいただと!? どれ? 持っているのなら、出してみろ」
 「はい・・・これです」

 エイリュートは袋から大きな鏡を取り出し、老人に見せる。目が見えていないはずの老人は、ジッとその鏡を見つめ、鏡に触れるとまたまた驚いた。

 「おお、これは! まさに太陽の鏡。わしがサザンビークで触れた物とまったく同じ物ではないか。しかし、どうしたことだ・・・すっかり魔力を失っているようだな。おっと。説明がまだだったな。そなたが魔法の鏡と呼ぶこの鏡の真の名は“太陽の鏡”というのだよ。だが魔力を失っている今の状態では、魔法の鏡とさえ呼べないがな・・・」
 「城にいる魔術師も、鏡の魔力が失われたって言ってたでがすよ。それで、じいさんに聞きにきたんでがす」
 「うーむ・・・鏡に魔力を宿す方法か・・・」

 そう唸ると、老人はしばし思案した。何かを思い出そうとしているようだった。

 「確か太陽の鏡は強い光を放つ呪文を受けて、その輝きを増したとかつて聞いたことがある。どういう理由かは知らぬが鏡から魔力が失われたのであれば・・・もう一度、太陽の鏡である呪文を受けさえすれば、鏡は再び魔力を宿し、その輝きを取り戻すかもしれん。問題なのは、鏡を復活させる呪文がどんな呪文であったのか、だな。輝きを増す呪文、うーむ、輝きか・・・」

 悩みこむ老人と一緒に、エイリュートたちも考え込む。自分たちが使える呪文の中に、それらしきものは見当たらない。ゼシカのメラミは火の呪文で光ではないし、エイリュートのライデインも雷であって光ではない。の使う白い光の軌跡は光に近いが、あんなものを鏡に放ったら、確実に鏡は真っ二つだろう。

 「おお、そうじゃ! 海竜が放つあの呪文があったか!」

 と、老人が声をあげる。何か思い出したようだった。

 「この地の北に岩のアーチがかかった海峡があってな、そこに巨大な海竜が現れると、船乗りに聞いたことがある。海竜の放つ呪文を受けた船乗りは、あまりの眩さにしばらくの間、目が見えなくなったそうだ。それほど強力な輝きを放つ呪文なら、鏡に再び魔力を宿せるかもしれんぞ。しかし、成功するか失敗するかは、鏡を使って実際に海竜の呪文を受け止めてみないとわからんがね」
 「岩のアーチって・・・恐らく、この大陸に来るときに見た、橋の上に町があった、あそこよね? 確かに、巨大な海竜に襲われたし、ものすごく眩しい光を使って攻撃もしてきたし」
 「そうだ・・・! そうに違いない! よし、ベルガラックに戻って、そこから船で岩のアーチをくぐろう!」

 老人の言う通り、成功するか失敗するかは、わからない。だが、可能性がある限り、試さない手はないだろう。

 「魔力を宿すだけで、魔法の鏡は太陽の鏡として、蘇るのね。鏡に魔力を宿すだけなら簡単そうね。さっさと行って、済ませちゃいましょう!」

 ゼシカがそう言って、一足先に小屋を出て行く。

 「アッシはじいさんの話がよく分からなかったでげす。でも、兄貴はじいさんの言った太陽の鏡を復活させる方法をきちんと理解できたんでがすよね?」
 「うん。至極簡単なことだよ」
 「さっすが兄貴! そんじゃ、早速太陽の鏡を復活させに行きやしょう!」

 ヤンガスも意気揚々と小屋を出て行った。

 「あー、ほっとした、ほっとした。せっかく手に入れた魔法の鏡が、どうやっても使いもんにならねえって最悪なオチにならなくて良かったぜ」
 「もしも、そんなことになったら・・・わたくしたちの努力が全て水の泡ですわね。あんな思いをしてまで、チャゴス王子の儀式に同行したというのに・・・」

 先日の事件を思い出したのか、が表情を曇らせ、うつむいた。大嫌いなトカゲのこともあるが、やはり彼女としては、王子が不正を働いたことがショックだったのだ。
 そんなの頭に、ポンとククールが手を乗せる。顔をあげたに、優しく微笑んでみせた。

 「そんなイヤな出来事は、さっさと忘れちまおうぜ? 姫には暗い顔は似合わない」
 「ククール・・・」
 「さ、行きましょう。エイリュートたちが待ってます」
 「ええ・・・。おじい様、情報をありがとうございました。お体に気をつけて、お過ごしください。おじい様に神の御加護がありますように・・・」
 「おお、巫女姫様・・・なんとありがたい・・・」

 なんと、がシェルダンドの王女であることも見抜いていたとは・・・。思わず、ククールと顔を見合わせてしまった。
 不思議な老人だった。だが、確かにその情報はエイリュートたちの次の道標となった。
 向かうは岩のアーチ。そこに住む海竜の放つジゴフラッシュを魔法の鏡で受けること。それが次の目的だ。