玉座の間を出ると、5人は再び重い空気に包まれてしまった。
「本当のことを話せって言われたときは、ぎょっとしたでがす」
「そうそう。真実を話したら、魔法の鏡をくれないんじゃないか、って思ったしな」
「まあ、結果オーライよ。私たちは立派に役目を果たしたんだしね」
ゼシカの言う通りなのだが・・・後味は悪い。けして、エイリュートたちのせいではないのだが。
「アルゴンハートを渡した時のクラビウス王は、なんとも言い難い複雑な顔をしていたな・・・。なんつーか、痛々しくて正視に堪えられなかったぜ、ホント」
「私たちは、別になーんにもやましいことなんか、していないけれど、どうしてこう、後味が悪いのかしら。考えてもしょうがないから、魔法の鏡をもらって、早いとこドルマゲスを倒しに行きましょう」
「そうだね・・・。いつまでもサザンビークに留まってるのも、気分的によくないし。急ごうか」
エイリュートの言葉に、一同はうなずき、4階にあるという宝物庫へ向かった。
***
宝物庫に、それは飾ってあった。一目見て魔法の鏡だとわかる形容をしていたのだが・・・なぜか、普通の鏡に見えた。エイリュートが覗きこめば、彼の顔がそのまま映る。どこかボンヤリとした鏡面だった。
「やや、それは魔法の鏡ですね? どれどれ、ちょっと見せてください」
鏡を持って宝物庫から出て来ると、学者らしき男性が興味津々といった様子で声をかけてきた。エイリュートが鏡を差し出せば、学者はマジマジとそれを覗き込んだ。
「ん!? どうしたことだ? この鏡からは魔力が感じられないぞ! これでは、そこら辺にある、ただの鏡と一緒ではないか。もしや先日、宝物庫に押し入ったという賊が鏡の魔力を奪っていったとか・・・?」
「え・・・? 魔力を感じない!?」
それでは“魔法の鏡”ではなく、ただの“鏡”に過ぎないではないか・・・。
しかも賊が魔力を奪ったとは・・・もしや、ドルマゲスの仕業ではないのだろうか。いや、十中八九、そうなのだろう。闇の遺跡へ入らせないため、ドルマゲスが仕組んだに違いない。
「・・・いや。でも魔力を失っていても、この鏡は王家の宝というだけで、十分価値がありますよ! おやっ? 困った顔をしてますね。もしやこの鏡に魔力が宿ってないと、何か不都合でもあるとか?」
「はい・・・この鏡の魔力を使って、闇を振り払いたいんです・・・。何かいい方法はないでしょうか?」
「うーん、そうですねぇ。鏡自体に損傷はないようですし・・・。どうにかして鏡に魔力を与えてやれば、魔法の鏡本来の力が蘇るかもしれませんよ。私の師にあたる方なら、宝物庫の品に詳しかったので、鏡に魔力を宿す方法を知ってるかもしれませんが・・・。あいにく、師匠は職を退いて、今はこの地の西にある森の奥で隠居暮らしをしてましてね」
「・・・西の森の奥ですか。ありがとうございます、訪ねてみようと思います」
何せ、他に手掛かりはないのだ。その師匠を頼ってみるしかないだろう。
とりあえず、今日はサザンビークの宿屋に泊まり、明日の朝、出発することに決めた。
「しっかし・・・いつかはチャゴスが王か。他人事ながら、この国の将来がちぃとばかし心配だね」
「あら、他人事なんて言っていいのかしら? いつか、王国間の交流で、関わり合いになるかもしれないじゃない。ね、姫?」
「え?」
ゼシカがニッコリ笑い、同意を求めるが・・・いまいち、意味がよくわからない。
「ククールがシェルダンドの王様になったら、サザンビークの王様になったチャゴス王子と関わり合いになる、ってことよ」
「な・・・んで、オレがシェルダンドの王になるんだよ・・・」
「さあ? なんででしょうね」
「おい、ゼシカ! どういう意味だよ!」
からかうようなゼシカに、ククールが食ってかかっていく。仲良さそうな2人の姿を見つめ、は少しだけ胸がチクリと痛んだ。
「しかし、呪いが解けて人間に戻っても、いずれチャゴス王子と結婚するんじゃ、ミーティア姫も浮かばれねえな」
「この先も馬のままでいて、馬ライフを満喫した方が、姫には幸せだったりして」
「ゼシカ! なんてことを言うんだ! トロデ王もミーティア姫も、呪いをかけられて苦しんでおられるのに・・・!!」
「あ、ごめんごめん、エイト。軽率な発言だったわね」
ゼシカの言葉に、エイリュートが憤りの声をあげる。確かに、家臣としては聞き捨てならないセリフだっただろう。
「もしも馬姫様が、このまま馬のままだったら・・・それじゃあ、ハンサムで馬ヅラの彼氏を、馬姫様に紹介してやれば 万事丸く収まるんじゃねえでがすか?」
「どこがだよ。てゆーか、馬と人間じゃ結婚できんだろ!」
ヤンガスの言葉にククールが突っ込みを入れる。ごもっとも、な言葉にヤンガスは「へへへ・・・」と照れ笑いを浮かべてみせた。
「・・・みんな、ミーティア姫が馬のままで過ごされること前提で話をしないでくれるかな」
ボソッとつぶやいたエイリュートの声は、今までに聞いたことがないほど低かった。
***
宿屋に戻ってしばらくすると、エイリュートとヤンガス、それにゼシカの3人はバザーを見に行くと言って出て行った。も誘われたのだが、どうしても出かける気にならず、断った。
宿屋の部屋で1人ボンヤリしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい・・・」
「姫、ちょっといいですか?」
「ええ、どうぞ」
ドアを開け、聖堂騎士の礼をし、ククールが入って来る。今まで、そんな畏まったことをしたことがなかったので、は思わず面食らった。
「どうかしましたか・・・?」
「エイリュートたちとバザーに行かなかったんですね。ちょうどよかった」
「ええ、少し疲れてしまって・・・。ちょうどよかったとは?」
「姫に渡したいものがあるんですよ」
そう言って、ククールが差し出したのは指輪だ。最初は聖堂騎士の指輪かと思ったが、シンプルなデザインに小さな青水晶がついた指輪はそれとは別のものだった。
「姫、ドルマゲスを倒して、オレたちの旅が終わったら・・・オレはマイエラに戻ろうと思う」
「そうですわね・・・あそこが、ククールのいるべき場所ですわ」
「ただ、あなたにオレを忘れてほしくない」
「え・・・?」
そう言うと、ククールはの右手を取り、その薬指に指輪をはめた。
「ああ、よかった・・・サイズぴったりだな」
「これは・・・?」
「オレのことを忘れないように、約束の印です」
「そんな、あなたのことを忘れるなんて・・・ありえませんわ! もちろん、エイリュートのこともヤンガスのこともゼシカのことも、忘れるなんてありえませんけれど・・・」
「・・・姫、少しだけお許しください」
「え・・・?」
何を・・・?と問うより早く、ククールの腕が伸ばされ、そのままの小さな身体がすっぽりと抱きしめられる。
異性に抱きしめられたことなど、父王以外になかった。それが、こんな風に・・・けして嫌っていない男に抱きしめられ、の心臓がドクンドクンと早鐘のように鼓動する。
「・・・ククール」
「はい?」
「わたくし、あなたにとって、どんな存在なのですか? こんな風に優しく抱きしめられて・・・少しだけ、勘違いをしてしまいます」
「勘違い・・・?」
そっと、の手がククールの背中に伸ばされる。キュッと背中の服を握りしめ、抱きついた。
「わたくしは、あなたが好きですわ・・・ククール」
「姫・・・!?」
「本当は、マイエラに帰ってほしくはありません。シェルダンドへ一緒に来てほしいと思います。けれど・・・そんなワガママは許されませんわね」
「・・・いや、その言葉を待っていた」
「え・・・?」
抱きしめていた身体を離し、ククールのアイスブルーの瞳が、のマゼンタの瞳とぶつかる。
「オレは・・・あなたを・・・」
「たっだいま〜!」
聞こえてきたゼシカの明るい声に、とククールは見つめあったまま固まってしまう。
「あら? 何してんの、ククール?」
「・・・あのなぁ」
「ク・・・ククールっ!!! キミ、姫と一体何をして・・・!!!!」
「あ〜あ・・・うるせぇのが帰ってきちまった」
ハァ・・・とため息をつき、ククールがから離れる。
「もしかして、お邪魔しちゃった?」
「・・・いいえ、大丈夫ですわ」
「あ、よかった・・・姫、笑ってくれた」
「え?」
ゼシカの微笑みに、は自分の頬に手を当て、首をかしげた。
「ほら、チャゴス王子のこととか、アルゴリザードのこととか、最近は姫にとってイヤなことばかりだったでしょ? 笑顔が見られなくて寂しかったのよ」
「そうでした・・・? まあ、ゼシカに心配をかけてしまいましたわね。ごめんなさい」
「ううん、謝ることはないけど、安心した。やっぱり、姫には笑っていてほしいもんね!」
ゼシカの安心したような笑顔に、は心底申し訳ない気分になった。自分の行動で、この明るく元気な少女が気落ちしていたというのだ。
「ごめんなさい、ゼシカ・・・。でも、もう大丈夫です。バザー、楽しかったですか?」
「うん! 新しい武器買ってもらっちゃったの〜。見て見て、チェーンクロスよ!」
「まあ・・・! 良かったですわね」
明るく談笑する少女2人の姿に、エイリュートたちはその場を離れることにした。
バタン・・・とドアを閉め、男性陣3人だけになると、再びエイリュートがククールに詰め寄った。
「それで・・・? さっきは、何をしていたんだい?」
「だから、話をしてただけだって言ってるだろ」
「話をするだけで、なんであんなに接近するんだっ! しかも、見つめあって・・・! そんな、恋人同士みたいな・・・!!」
「あぁ・・・近いうち、恋人同士になるかもな」
「どういう意味だい!?」
「兄貴・・・落ち着いてくだせぇ・・・。あ〜・・・ククールも余計なことは言わないでくれでがす!」
廊下の喧騒など、どこ吹く風。部屋の中では、明るい笑い声が響いていた。