31.王家の山

 門の近くには大臣や兵士たちがいて、1人で儀式に向かったチャゴス王子を見送っていた。
 まさか、城の外でエイリュートたちと合流するとは思っていない兵士たちは、勇敢なチャゴス王子の姿に、感銘を受けるのであった。

***

 「ええい! せまい、せますぎる!」

 サザンビークを出発してしばらくすると、馬車の荷台から文句が聞こえ、チャゴス王子が降りてきた。

 「なんて狭苦しい荷台だ。あの邪魔くさい釜さえなければ、もう少しゆったりできたものを・・・。それにしても、なんだコイツは? こんな化け物みたいなおっさんを連れて、よく今まで旅をしてこられたな」

 御者台にいるトロデにチラッと視線を投げるチャゴス。まさか、彼がトロデーンの国王だなどと、思いもしないだろう。

 「おっさん、どうしたでげす? いつもだったら、“わしはこう見えても王様なんじゃぞ”って食ってかかるのに」

 確かに、ヤンガスの言う通りだ。いつものトロデらしくない。だが、彼には彼の考えがあったようだ。

 「ちょっと耳を貸せい」

 トロデがエイリュートたち4人を呼びよせる。チャゴスはに媚を売っている最中だ。

 「今はわしも姫も、こんな姿じゃ。チャゴス王子に、あなたの婚約者は馬になってしまいました、とは言えんだろう。だから、王子には本当のことを伏せておくつもりじゃ。お前たちもそのつもりでいてくれ。よいな?」
 「ですが、トロデ王・・・」
 「よいのじゃ、エイリュート。ドルマゲスを倒すため、魔法の鏡を手に入れるためじゃよ」

 やはり、トロデは人徳者だ。チャゴスのようなワガママ王子とは違う。

 「ところで王子様、これからどちらへ向かいましょう?」

 いつもの自分を隠して、トロデはへりくだった態度でチャゴスに話しかけた。
 チャゴスはとの会話を中断させられたことに、少々ムッとしながらも、素直に答えた。

 「・・・気は進まぬが、ここから東にある王家の山へ向かってくれ。そこが王者の儀式の地なのだ。おっと、そうだ。エイリュートとやら。これをお前に渡しておこう」

 そう言って、チャゴスがエイリュートに差し出したのは、袋に入った赤い粉。

 「その袋には人間の匂いを消す粉が入っているんだ。王家の山へ入る前に、その粉を身体にふりかけておけよ。儀式で戦うことになるアルゴリザードはな、人間の匂いに敏感で、近づいただけでも逃げ出してしまう・・・。そこで、その粉で体臭を消し、トカゲ臭くなれば、アルゴリザードに逃げられずに戦えるようになるって寸法だ。表向き、1人で王者の儀式へ旅立ったことになっているから、普段は馬車の荷台に隠れているからな。王家の山へついたら、馬車を降りて歩いてやる。だから、うろちょろせずに、まっすぐ王家の山へ向かえよ」

 エイリュートが受け取った粉を、がマジマジと見つめている。トカゲ嫌いな彼女は、自分がトカゲ臭くなるのを、どう思っているのだろうか。

 「チャゴス王子、博識なのですね。すごいですわ! とても詳しいのですもの。感心いたしましたわ!」
 「え? い、いやぁ・・・それほどでも・・・」

 の称賛の言葉に、チャゴスがニヤニヤと笑う。この王子様と、少しの間だけだが一緒に旅をすることに、一抹の不安を感じるエイリュートたちであった。

***

 サザンビーク城の東、王家の山近くに来ると、山小屋が建っていた。とりあえず、そこで一休みだ。チャゴス王子は馬車の荷台でのんびりとしていたが、こちらは襲いかかって来る魔物と戦って来たのだから。

 「おんや? そこにおられるのは、チャゴス王子でねえべか? てぇことは、あれだべか? 儀式だべか?」

 山小屋の近くにいた農夫らしき男が、チャゴス王子に声をかけてきた。

 「うむ、その通りだ」
 「ところで、一緒におるのは誰だべか? 確か儀式とやらは、王子様お1人で行かれるって聞いたんだけんど・・・」
 「この者たちは、ここに来るまでの単なる付き添いに過ぎん。帰りもぼくの世話をさせるので、儀式が終わるまで山に入ってすぐの所で待たせておくのだ」
 「へえ、そうですかい。そんなら、お気をつけて行ってくだせえまし。それはそうと、ちょいと失礼・・・」

 そう言うと、男はエイリュートたちの身体をクンクンと嗅いだ。

 「あっ、やっぱし! 王子様、そんな人間くせえ匂いじゃ、アルゴリザードが逃げちまうだ! 何かで匂いを消さねえといかんぜよ」
 「うむ、大丈夫だ。こいつらにはトカゲのエキスを渡してある」
 「それなら安心だ。とりあえず、うちの山小屋で一休みしてってくだせえ」

 その言葉に、ホッとする。チャゴス王子はすぐにでも出発したい様子だったが、護衛の身にもなってほしい。このワガママ王子の相手は大変なのだ。

 「あー、イライラするぜ。オレたちって、なんだかすげえ遠回りをさせられてるよな。こんな儀式、さっさと終わらせて、早いとこ魔法の鏡をもらってドルマゲスを倒しに行こうぜ」
 「落ち着いてください、ククール・・・。事を急いてはいけませんわ。王子も長い移動でお疲れでしょうから、まずは一休みさせていただきましょう」
 「うむ、王女の言う通りだ! お前たち、なんて気が利かないんだ! ぼくも王女も、お前たちと違って、高貴な身分なんだぞ! こんな長い距離を歩かされて、かわいそうだと思わないのか!」
 「・・・あんたは馬車の荷台に乗ってただけじゃないかよ」

 ボソッとつぶやいたククールの声は、チャゴス王子に聞こえなかったようだ。
 何かと言うと、自分が王子であると主張するチャゴス王子を、エイリュートたちは全員いけ好かなかった。魔法の鏡のため、王子の護衛を引き受けたのだ。そうでなければ、誰がこんなワガママ王子の護衛など引き受けるものか・・・。
 同じ王族、王子と王女だというのに、チャゴス王子とのこの人の違いは一体何なのだろう? やはり、育った環境が違うせいなのか。

 「さて・・・それじゃあ、一休みもしたし、トカゲを倒す儀式に向かいましょうか」
 「っ!!!」

 エイリュートの言った“トカゲ”という言葉に、がブルッと身震いする。忘れていたが、これからチャゴス王子が挑む相手は、巨大なトカゲのモンスターなのだ。

 「・・・姫、ここで待ってた方がいいんじゃない? 苦手なのに、連れて行くのはかわいそうだわ」
 「いいえ、ゼシカ。大丈夫です。これを克服すれば、トカゲ嫌いが治るかもしれませんし」
 「姫がそこまで言うなら、ムリに止めないけど・・・。どうしてもダメだって思ったら、すぐに言ってね?」
 「ありがとうございます・・・ゼシカ」

 同じくトカゲが嫌いな王子には何も声をかけず、ゼシカはさっさと準備をすると小屋を出て行った。

 「いくら魔法の鏡のためとはいえ、不正行為の手助けをしてるみたいで、どうも気が乗らないわね。やっぱり儀式なんだから、自分の力でやり遂げるべきなんじゃ・・・」
 「フン! イヤならいいんだぞ。ぼくだってな、別にやりたくてやってるわけじゃないんだからな」
 「ゼシカ・・・ここまで来ちゃったんだし、ここは諦めて従おう」
 「もう! エイトも本当に人がいいんだからっ」

 ケンカに発展しそうなゼシカとチャゴス王子。どうやら、ゼシカはこの王子が相当気に入らない様子だ。まあ、それはエイリュートも、ヤンガスも、ククールも同じなのだが・・・。

 「よし、じゃあこのトカゲのエキスを振りかけるよ。姫、大丈夫ですね?」
 「え、ええ・・・! 思いっきりかけてくださいな!」
 「いや、思いっきりじゃなくていいだろ」

 の意気込みに、ククールが冷静に突っ込みを入れる。どうやら、余裕がないようだ。
 身体にトカゲのエキスを振りかけると、爬虫類の匂いが全身から漂う。はそれだけで顔を真っ青にさせ、倒れそうになっている。
 ククールがそんな王女の身体を支え、一行の最後尾を歩く。山の中に入ってすぐのところに、赤い身体をした巨大なトカゲが座っていた。

 「き・・・っ!!!!」

 悲鳴が口から出そうになり、慌ててククールがの口をふさぐ。だが、人の気配に敏感なアルゴリザードは、エイリュートたちの姿を見つけると、素早い動きで逃げ出してしまった。

 「くそう。逃げられたか・・・。こんなイヤなことは、さっさと終わらせて一刻も早く城へ帰りたいのだがな。そう言えば、アルゴリザードはとても臆病だから、近づくときは後ろからそっとだと大臣が言ってたな」
 「ごめんなさい、わたくしが驚いたりしたから、アルゴリザードが逃げたんですわ・・・」
 「いえ、王女! 気にすることはないぞ。すぐに次のを見つけますからな! ほら、さっさとアルゴリザードを見つけてこい!」
 「なんででげしょう・・・ものすごく腹が立つんでがすが・・・」

 命令口調のチャゴス王子に、ヤンガスが今にも殴りかかりそうになるが、必死にエイリュートがそれを抑えた。
 アルゴリザードを探す一行だったが、なんとこの山、それ以外の魔物も出現するらしい。それらを蹴散らすのは、エイリュートたちの役目だ。も、普通のモンスター相手ならば、いつもの剣技と魔法を披露してくれる。
 そうこうしているうちに、こちらに背を向けているアルゴリザードを発見する。今度は逃げられないように、背後からそっと近づいた。
 こちらの姿に気づいたアルゴリザードが、襲いかかって来る。は完全に立ちすくんでおり、チャゴス王子は勇敢にもナイフを手に立ち向かう。
 だが、アルゴリザードが雄たけびをあげた瞬間、脱兎のごとく逃げ出したのだった。
 ものすごい攻撃力を誇るアルゴリザード。ククールがスクルトの呪文をかけ、見えない防護の壁を作りだす。ゼシカがバイキルトをヤンガスにかけ、その攻撃力を加速させる。
 そうして、ようやくの思いでアルゴリザードを倒すと、その体からポロリと小さな赤い石が落ちた。
 どこからやって来たのか、チャゴス王子がそれを拾い上げると、マジマジと見つめた。

 「これがアルゴンハートか!? 意外と小さい物なのだな。アルゴリザードも気色は悪いが、見た目ほど強くはなかったし・・・。ここは一つ、もっと大きいのが手に入るまでアルゴリザードを倒し続けるとするか。フフン」
 「ふんだ。言ってくれちゃって。自分は、すぐに逃げ出したくせに」

 チャゴス王子の勝手な言い分に、ゼシカが憤慨する。困ったのはだ。ようやくアルゴリザードを倒し、アルゴンハートを手に入れ、お役御免だと思ったのに・・・。

***

 今度は眠っているアルゴリザードを発見したエイリュートたち。傍に生えていたアルゴリザードの大好物であるジョロの実を使い、おびき出し、これも見事に撃破したのだが・・・。

 「ダメだ。これも小さい。もっともっと大きくなければダメだ。大きなアルゴンハートを持ち帰りさえすれば、父上も城の者たちも、きっとぼくを見直すはずだ。だから大きいやつが手に入るまで、城へ帰るつもりはないから、お前たちもしっかり戦うのだぞ」

またしても「これも小さい」と放り投げてしまった。

「王子様よぉ、苦手なのは知ってるが、せめて一太刀くらい、アルゴリザードに浴びせる勇気はあるんだろうな? こっちはトカゲが苦手な王女様だって、必死に戦ってるんだぞ」

 とうとう、ククールがチャゴス王子に対して不満をぶちまける。だが、チャゴス王子はふんぞりかえってみせた。

 「む、無論だ! ぼくだって、腐っても王族だ。トカゲ嫌いといえど、一太刀くらい、浴びせる勇気はあるぞ」
 「自分から、腐ってるだなんて。いくらなんでもそこまで自分を卑下しなくてもいいんだぞ」
 「茶化すな!」

 ククールの言葉に、思わずエイリュートたちは吹き出しそうになってしまったが、必死に笑いをこらえた。
 そんなエイリュートたちの態度など気にもせず、チャゴス王子は次々とわがままし放題だ。
 いい加減にしろよ・・・という雰囲気が5人に漂う中、今度は昼寝中のアルゴリザードがおびき寄せ、倒せと言いだす始末。これまたジョロの実を使い、おびき出し、さっさと逃げ出すチャゴス王子を尻目に、エイリュートたちはアルゴリザードを倒していく。

 「これもダメだ。こんな大きさじゃ父上たちは驚きもしないだろう・・・。もっとアルゴリザードがたくさん出てくれば、それだけ大きいのが手に入る確率も増えるのだろうが・・・。トカゲどもときたら、このぼくに恐れをなして、巣穴から出てきやしない。強すぎるというのも罪だな。ぶわっはっは!」
 「ホントにおめでたい性格ね。この困ったちゃんの王子様とお別れできる日が待ち遠しいわ」

 チャゴス王子の高笑いに、ゼシカが怒りをはらんだ口調でつぶやく。一行の思いを代弁してくれているのだが、さすがに面と向かってそんなことを言うわけにもいかなかった。

 「しかし、今日はもう疲れたな・・・。おい、御者。今日の狩りはおしまいにするから、どこか開けた場所に案内しろ。疲れたから、休みにするぞ」

 チャゴス王子のワガママな振る舞いに、トロデは文句一つ言わずに従った。

 「エイト、あんまりだわ! あの王子様のワガママ、私はもう我慢できない!」
 「アッシもでがす! なんだって、あんなヤツのために、アッシらが危ない目に遭いながらもアルゴリザードを倒さなきゃならないんでがすか!?」
 「いっそのこと、あいつを置き去りにするっていうのはどうだ? どうやらお強いらしいんで、1人でアルゴリザードを倒せるんじゃないか?」

 チャゴス王子が一行から離れた場所で眠りにつくと、我慢の限界だと言いたげに、ゼシカたちが一斉にエイリュートに詰め寄った。

 「君たちの言い分もわかるけど・・・これは、魔法の鏡を手に入れるために仕方ないことないんだよ・・・? 魔法の鏡が手に入らなければ、闇の遺跡に入れない。闇の遺跡に入れないということは、ドルマゲスも倒せないということだ」
 「それはそうだけど・・・!」
 「申し訳ありませんわ・・・わたくしが、あんなことを言い出したせいで、皆さんに不快な思いをさせてしまって・・・」

 の申し訳なさそうな声に、それまでエイリュートに詰め寄っていた3人が動きを止め、を振り返った。

 「ううん、姫のせいなんかじゃないわ!」
 「そうでがす! 全てはあのワガママ王子のせいでがす!」
 「姫が責任を感じる必要はない。そもそも、あのチャゴスの意気地がないせいで、こんなことになったんだからな」
 「そうです! 姫だってトカゲが大嫌いなのに、こんなことに巻き込まれて、十分に被害者じゃありませんか!」
 「わしがこんな姿になってしまったせいで、姫にまで迷惑をかけてしまって・・・すまんのう」

 一斉には悪くないと言い募るエイリュートたち。は目をパチクリさせ、それからフワリと優しく微笑んでみせた。

 「ありがとうございます・・・。皆さんのその優しさに応えるべく、わたくしも最後まで皆さんと一緒に戦いますわ。アルゴリザードにも、負けません!」

 のその笑顔に、荒んでいた一行の気持ちがほぐされていくようだった。
 そして・・・翌朝、事件は起きる。