チャゴス王子の捜索は、困難なことだろう・・・と思われたのだが、玉座の間を出てしばらく歩くと、1人の文官の少女が、チャゴスが上の階にいる、という情報を与えてくれた。
なるほど・・・言われた場所に向かってみると、1つのドアの前で何人かの兵士が立っている。彼らの表情はどれも困り切った様子だ。
「扉を破って立てこもった王子を引っ張りだそうとしたんだが、どうしてもできなかった。あんな風に脅されたら、こっちは手も足も出せないよ。ったく、世話焼かせやがって」
そうとう儀式がイヤなのだろう。部屋に立てこもるとは。兵士たちが強硬手段に出ない以上、エイリュートたちがその手段を取るわけにはいかない。ここは、穏便に事を済ませ、チャゴス王子には儀式へ向かってもらわなければ・・・。
「王子様っていうからには、勇敢で人望厚い人を想像してたんだけどね・・・」
ゼシカが残念そうにつぶやく。申し訳ないが、今のこの状況からみると、その人物像とはかけ離れているかのように思える。
そんなゼシカの言葉を聞いて、ヤンガスがからかうような視線を向けた。
「そりゃ、またベタでがすな」
「しかも“チャゴス”だもんね。名前までパッとしないなんて・・・」
「おいおい。それは関係ねーだろ。名前にまで罪はないと思うぞ」
確かにククールの言う通りだ。名づけの時点で、こんな王子に育つとは思わなかっただろうし、何より名前をつけた両親に失礼だ。まあ、愚痴を言いたくなる気持ちもわからなくもないが・・・と、エイリュートは思う。
エイリュートだって、はっきり言うとククールやゼシカたちと同じ気持ちだ。魔法の鏡を借りに来たはずが、問題児の王子のお守りを命じられた。早くドルマゲスを追いかけ、倒したいというのに・・・。
だが、今回の件を持ちこんできたのはだ。彼女が余計なことを言わなければ、今頃は魔法の鏡を手に入れていたのかもしれない。いや、だが先ほどのクラビウス王の態度を見る限り、すんなりと貸してくれそうもなかったので、結果は同じなのかもしれない。
「チャゴス王子が立てこもっているのは、使用人の部屋なんじゃが、今回ばかりは王子もかなり必死のご様子で・・・。ここまでして王子が王者の儀式を拒もうとしているとは・・・。これはもう、諦めるしかなさそうですのう」
「冗談じゃないわ! チャゴス王子に儀式を受けさせなきゃ、魔法の鏡は手に入らないんだもの! エイト! 何が何でも、王子を部屋から叩きだすわよ!」
「う、うん・・・だけど、どうしようか・・・」
困り顔を突き合わせる5人の傍に、吟遊詩人の男性が近づいてきた。どうやら、何か助言があるようだ。
「部屋に立てこもった王子は、ちょっとやそっとのことじゃ出てこないでしょうよ。まあ、部屋の中にトカゲでも出てくれば、トカゲ嫌いの王子は、ビックリして飛び出してくるかもしれませんがね」
「と・・・トカゲ!!?」
男性の言葉を聞いた瞬間、いつもは冷静なが悲鳴のような声をあげた。思わず、エイリュートたちはへ視線を向けてしまう。
「あ・・・あの・・・チャゴス王子はトカゲが苦手なんですの?」
「ええ、そうですよ。理由は知りませんけど。そういえば、そこの部屋の天井裏には、トカゲが住みついてて、時々トカゲがボトッと床に落ちて来るそうですよ。何も知らずに逃げ込んだんでしょうけど、トカゲ嫌いの王子にとっちゃ、最悪の場所に違いありませんね」
「トカゲがボトッと落ちて来る!!?」
サァ・・・との顔が青ざめる。これは、もしかしなくても・・・もしかするだろう。
「・・・姫、あんたもまさかトカゲがダメなのか?」
ククールの問いかけに、はブンブンと大きく首を縦に振った。その大きな瞳には、うっすらと涙さえ浮いている。
「幼い頃、従兄弟がいたずらでわたくしの頭に大量のトカゲを乗せてきたんです。それ以来、わたくしはトカゲだけはどうしても苦手で・・・あぁ!! 思い出しただけで寒気が・・・!!!」
「わかった、わかった。これ以上、トカゲのことは思い出さないでいい」
どさくさに紛れ、ククールは震えるの肩を抱きしめる。途端にエイリュートが「ククールっ!!」と声を荒げた。
「でも・・・天井裏にトカゲが住みついてるってことは・・・上の階から王子のいる部屋にトカゲを落とすことが可能かもしれないわね」
「なるほど・・・じゃあ、上の階に行ってみよう」
「え・・・!!」
もしかしたら、トカゲが出てくるかも・・・と思うと、の足は竦んでしまう。
「エイリュート、オレは姫とここに残る。お前らは上に行って、問題児の王子様をなんとかしてくれ」
「わかった。けど、ククール・・・姫に余計なことはするなよ?」
「はいはい・・・」
信用されてねーな・・・と小さくつぶやく。余計なこととは、一体どんなことなのか。
ククールとは、チャゴス王子が立てこもっている部屋の前で様子を窺う。エイリュートたちがうまくやれば、王子を叩きだすことに成功するかもしれないのだ。
「もしかして・・・王子がここまで儀式を嫌がるのは、トカゲと戦う儀式なのか?」
「ええ、そうですよ。アルゴリザードといって、巨大なトカゲのモンスターと戦い、アルゴンハートと呼ばれる石を手に入れるのです」
傍にいた男にククールが尋ねると、にとっては驚愕の答えが返って来た。
「きょ、きょ、巨大な・・・トカゲの・・・」
「姫、落ち着いてくれ。どうしてもムリだと言うなら、姫は城に残ればいい」
「いいえ! そういうわけには参りませんわ!! トカゲが苦手なチャゴス王子が儀式に向かうというのに、わたくしが・・・」
「ひいっ! うわああああっ!!!!!」
の言葉を遮って、突然部屋のドアが勢いよく開き、中から太った男が飛び出してきた。
「チャゴス王子!」
「え」
の呼んだ名前に、ククールが固まる。飛び出してきた男は、その場にいた兵士に腕をがっしり掴まれ、そのまま玉座へ連行されていく。
「・・・今のが、チャゴス王子?」
「ええ、そうです・・・わ・・・」
の視線が、一点に集中する。そこにいたのは、大きなトカゲ。のっそりとこちらへ歩み寄って来る。
「き・・・きゃああああっ!!! イヤぁ!!!」
「お、落ち着け、姫!」
混乱の極みに達したが、そのままの勢いでククールの首にガシッとしがみつく。抱きついて来たの体を抱きしめ、傍にいた兵士にトカゲの始末を頼んだ。呆気に取られた兵士だったが、すぐさまトカゲを始末にかかった。
「姫、もう大丈夫だ。トカゲはいなくなったよ」
「ほ、本当ですか・・・? もうどこにもいませんか?」
「ああ、始末したよ」
「・・・・・・」
そっと、が振り返り、キョロキョロと辺りを見回す。確かに、先ほどのトカゲの姿はない。
ホッと胸を撫で下ろすのもとへ、エイリュートたちが戻って来た。ククールがと抱き合ってる姿を見て、3人の表情が一変した。
「ククール! キミって男は・・・!!! 姫に余計なことをするなと・・・」
「ちょっと待て、エイリュート。これは違う。トカゲに驚いた姫がオレに助けを求めただけだ」
「そんなこと、信用できるか!」
「エイリュート、ククールの言うとおりですわ。わたくしが、勝手に抱きついただけです。彼に非はありません」
ようやく落ち着いたのか、がエイリュートに弁解する。エイリュートは、の言うことには素直に応じるのだ。
「さっき、下の部屋からものすごい悲鳴が聞こえたけど、チャゴス王子のものだったの?」
「ああ。すっごい形相で部屋から出てきて、そのまま兵士に連行されていったよ。何かあったのか?」
「うん、トーポを使ったんだ。壁に小さな穴があったから、そこからトーポを行かせて、トカゲを天井の穴から落としてくれたんだよ」
「へぇ・・・賢いネズミだな」
エイリュートの服のポケットから顔を覗かせているネズミを見て、ククールは感嘆の声をあげたのだった。
***
玉座の間へと戻ると、そこには先ほどの太った男がいて・・・エイリュートたちの姿に気づいたクラビウス王が安堵したような表情を浮かべた。
「おお、ちょうどよいところに・・・。王女はご存じかとは思うが、一応紹介しておきましょう。この者が我が息子にして、サザンビークの次代の王となる者、チャゴス王子である」
そう言って、クラビウス王が紹介した王子は、父王とはまったく似ていない、太ったいかにもワガママそうで、慇懃さのかけらもないような男だった。しかも、目は細く、その容姿はゼシカが思い描いていたような王子とはかけ離れすぎていた。
「王女・・・? シェルダンドの王女?」
「ええ、そうですわ。ご無沙汰しております、チャゴス王子」
「お久しぶりですね! 王女」
チャゴスの顔がパァ・・・と輝き、のもとへ歩み寄り、その手をガシッと掴んだ。を見るチャゴスの目が、いやらしい目つきに変わり、エイリュートたちは思わずムッとする。
「しかし、父上・・・王女はともかく、なぜこのような見るからに身分の低そうな輩に、このぼくを紹介するのですか」
エイリュートたちに視線を投げるチャゴス王子。完全にその目は侮蔑の目だった。
「身分なぞ問題ではない。お前の儀式を補佐してくれる者たちにお前を紹介するのは、当然のことであろう」
「儀式ですと!? ぼくは、そんな話聞いておりません。行くと言った覚えもありません! 何度もトカゲはイヤだと申したではありませんか」
なぜか、もう完全にエイリュートたちがチャゴス王子の護衛につくことで話がついているようだが・・・。まあ、王の要求を飲まない以上、魔法の鏡は手に入らないので、仕方ないだろう。
そんなことを思う間にも、クラビウス王の説得は続く。
「よく聞け、チャゴスよ。どんなにイヤでも儀式を済ませ、強い王になれるとわしらに示さねば、ミーティア姫と結婚できんのだぞ」
「ぼくは、結婚なんか別に・・・」
「本当にそう思っておるのか? 聞けばミーティア姫は、そこにいるおなごに勝るとも劣らぬ・・・ぼん! きゅっ! ぼーん!・・・なスタイルと聞くぞ」
「おお・・・」
クラビウス王の言葉に、チャゴスがゼシカに視線を向け、いやらしい笑みを浮かべた。
「どうだ? 行く気になったか?」
「・・・私をダシにしないでよね」
「・・・オホン。チャゴスよ、城の者が陰でお前をなんと言ってるか、ここでわざわざ言うまでもないだろう。少しでも悔しいと思うのなら、儀式を済ませ、男を上げてみせろ。そこにいる王女たちも陰ながら、お前の力になってくれよう。どうだチャゴスよ? 行ってみんか?」
ゼシカの冷たい視線を誤魔化すように、クラビウス王は咳払いをすると、チャゴス王子の説得を続ける。
当のチャゴス王子は、困ったような表情を浮かべている。汚名挽回のチャンスなのだ。
「うう・・・行ってみようかな。あっ、でもやっぱり、どうしようかな」
「おお! 行くと申すか!」
迷っている時点だというのに、「行ってみようかな」というチャゴス王子の言葉に、クラビウス王は強引に決めてしまった。
「表向き、お前は1人で王者の儀式へ出発したことにするからな。一足先に城下町を出て、門の傍にある王女の馬車に乗り込んで待っていろ。よいな?」
「え!?」
「よし、大臣。チャゴスを早速儀式へ送り出せ。さも、1人で行ったように見せかけるためにも、兵士を連れて行き、派手に門の前で見送らせろ」
「ははっ、仰せの通りに!」
「えっ、そんな。ぼくは、まだ・・・」
戸惑うチャゴス王子の襟首を掴み、大臣がチャゴス王子を強引に連れて行ってしまう。そんな姿にエイリュートたちはあ然とした。呆気ないものだった。
「ふぅ。やっと行きおったか。王女、くれぐれも護衛のことは、誰にも口外しないで下さい。あと、王者の儀式については、城の外でチャゴスに聞いてください。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。この任が完了し、チャゴスが無事に城へ戻ったあかつきには、魔法の鏡を差し上げます」
「ありがとうございます、クラビウス王」
「ところで・・・そこにいるバンダナの少年、名はなんという?」
「え・・・?」
クラビウス王がエイリュートに視線を向ける。エイリュートは目を丸くし、一歩前に進み出た。
「エイリュート・スピンダルと申します、クラビウス王」
「・・・エイリュートか。そなたたちも、我が息子チャゴスをよろしく頼むぞ」
「はっ!」
さすがトロデーンの兵士。失礼のないよう、礼儀正しく挨拶をした。
しかし、やはりクラビウス王はエイリュートが気になるのだろうか。先ほどの驚きが何を意味しているのか、わからないが・・・恐らく、尋ねても答えてはくれないだろう。
「さすがに王子も城のみんなから陰口を叩かれているのには、薄々感づいていたようだな。これをいい機会だと思って、少しはオレたちの手をわずらわせぬよう、がんばってほしいもんだぜ」
玉座の間を出ると、ククールがため息交じりにつぶやいた。まったくもって、その通りである。
「あの王様、結構やらしいわね。私の身体を舐めるように見て、ぼんっきゅっぼーん、とか言わないでほしいわ! まったく!」
「・・・あの、ゼシカ・・・? “ぼんっ、きゅっ、ぼーん”というのは、何なのですか? どういう意味ですの?」
「え・・・!? あ、ううん! 姫は知らないでいいのよ!」
「ゼシカは“ぼんっ、きゅっ、ぼーん”なのですね? わたくしは、どうでしょうか?」
「だ、だから・・・姫は気にしないで・・・」
と言いながらも、4人の視線は思わずの身体を見てしまう。
クラビウス王は、さすがにの身体を見て「ぼん、きゅっ、ぼーん」と言うわけにはいかなかったのだろう。の身体も、ゼシカと負けないくらいにグラマラスで魅力的である。
「いやぁ、それにしても・・・有無を言わせず連れて行かれやしたね。ただの親バカと思いきや、クラビウス王も厳しい人でがすな」
慌てたように、ヤンガスが話題を変えた。そのことに、エイリュートたちはホッとし、の言葉については、なかったことにしてしまった。
「そういえば、姫はどうする? 本当に儀式について来るのか? ここで待っててもいいんだぜ」
「いいえ。先ほども申したはずですわ。チャゴス王子が行くと言うのに、わたくしだけ逃げるわけにはいきませんもの! 大丈夫です。巨大トカゲ・・・ドラゴンだと思えばよいのですわ!」
「ああ・・・姫、なんて素晴らしい! あの王子にも見習ってほしいものです!」
また始まった・・・と、ヤンガスたちは苦笑いだ。エイリュートの崇拝は今に始まったことではないのだが・・・。
「それじゃあ、私たちも儀式に向かいましょう! チャゴス王子を追いかけましょ!」
ゼシカの言葉に、一同はうなずき、サザンビーク城を後にした。