3.父娘


 が仲間になったということで、改めて町に戻り、身支度を整えることにした。町の外で待っていたトロデのもとへ向かうと、すでにトロデは待ちかねていたように笑顔を向けてくる。

 「おお、エイリュート、待ちかねたぞ! それでは水晶を求めて、滝の洞窟とやらに行くとしようぞ。わしとミーティアはエイリュートの後をついていくゆえ、用があるときは話しかけるのじゃぞ。いざ、出発じゃ!」

 トロデの声に、エイリュートたちはうなずき、南の洞窟に向かって歩き出した。

***

 「エイリュートはトロデーンの兵士ということでしたわね。何か役職にはついているのですか?」
 「いえ、僕はただの一兵士に過ぎませんよ」
 「トロデーンは一瞬にしてイバラに包まれたというのに、なぜエイリュートは無事だったのでしょう? 不思議ですわね」
 「そうですね・・・」

 は興味津々といった様子で、色々とエイリュートに聞いて来る。エイリュートは、嫌な顔一つせずにそれに答えていた。実際、と話すのはイヤではないのだろう。
 滝の洞窟の位置は、すぐにわかった。トロデは入り口で待つという。確かに、狭い洞窟の中を馬車で移動するのは大変だろう。
 ほぼ一本道の洞窟だ。先頭に立つエイリュートがたいまつを手に進んでいく。

 「姫さんは、剣術の修行とかしたでがすか?」
 「ええ、剣と槍と魔法を教わりましたわ。あとは、格闘を・・・。大した腕前ではありませんが、自分の身は自分で守れますので、ヤンガスたちはわたくしのことは気になさらないで結構ですわ」
 「そうでがすか・・・。お姫様なんていうから、アッシはてっきりキャーキャ騒いで戦闘の邪魔になるかと思ったでげすが」
 「ヤンガス、姫に失礼じゃないか!」
 「いいえ、エイリュート。ヤンガスの気持ちは、よくわかりますわ。わたくしのような王族は、めずらしいのかもしれませんもの。わたくしは、幼い頃から修行を受けていますが、他の王族の方は、めったになさらないのではないでしょうか」

 そう話していると、エイリュートたちの前に魔物が現れる。が剣を抜き、魔物に斬りかかっていく。慣れているその様子に、なるほど、彼女の言ったことはウソではなかったようだな・・・と思った。
 その剣技は、思わずエイリュートとヤンガスが見惚れてしまうほど、優雅で華麗であった。動きに無駄がない。的確に相手の急所を狙う攻撃。その上、魔法をかけて畳み掛ける圧倒的な強さだ。
 ほとんどの魔物はが倒し、ようやく最深部へとたどりつく。
 滝の前、その空間に大きな水晶玉が浮いていた。これが、ユリマの言っていた水晶玉だろう。なぜ浮いているのか、不思議ではあるが、とりあえず手を伸ばして、それを取ろうとした。
 その時だった。滝壺の中から、一匹の魔物が姿を見せたのだ。半魚人のようなその魔物は、エイリュートたちの姿を見つけると、ニヤリと笑った。

 「ふぁっふぁっふぁっふぁ! 驚いたじゃろう!? わしはこの滝の主、ザバンじゃ。わしは長い間、待っておった。お前で何人目になるかのう・・・。今度こそ、今度こそと思いながら、かれこれ10数年・・・。長い歳月であったな。さて、前置きはこれくらいにしておこう。いいか、正直に答えるのだぞ。お前がこの水晶の持ち主か?」
 「えっと・・・持ち主っていうか、まあそうです・・・」
 「おお! おお!おお! ついに来よったか! このうつけ者の人間めが! 嫌と言うほどこらしめてくれるわっ!!」

 どうやら、なし崩し的にザバンと戦うことになってしまったようだ。
 ザバンはギラの呪文を使ったり、その鋭い爪で攻撃してきたり、呪いの霧を飛ばしてきたりと、様々な攻撃を仕掛けてきた。
 驚いたのは、エイリュートに呪いの霧が効かなかったことだ。は胸のロザリオが守ってくれているようだが、エイリュートにはそういったものがない。しかも、霧はエイリュートの前で霧散したのだ。不思議なこともあるものだ。
 そのエイリュートの頭への一撃がとどめになり、ザバンが頭を押さえてうずくまった。

 「痛、痛、痛・・・。頭の古傷が痛むわい! それもこれも、お前のせいじゃぞ!」
 「え・・・? どうして古傷なんて・・・」
 「何? なんのことだかわからない? ・・・さてはおぬし・・・水晶の本当の持ち主ではないな!」
 「それは・・・」
 「え〜い、みなまで言うな! わしの偉大なる攻撃を一つも受け付けぬその体質! お前は水晶使いの占い師ではなかろう」

 ザバンの言葉に、エイリュートは目を丸くする。そんなことがわかってしまうとは・・・。

 「そういえば、水の流れにのって、こんなウワサを耳にしたぞ。トロデーンという城が呪いによって、一瞬のうちにイバラに包まれた。ただ一人の生き残りを残してな。その一人は、何故か御者を乗せた馬車を連れて旅に出たという。そうか・・・やはりおぬしがそうであったか。そのおぬしが何故、この水晶を求めるかわからぬが・・・。水晶はおぬしにくれてやろう。このわしに勝ったのだからな。それから、最後に一つ。もしお前が本当の水晶の持ち主に会うことがあったら、伝えてくれい! むやみやたらと滝壺に物を投げ捨てるでないとな。さらばじゃ! 痛、痛、痛・・・頭の古傷が痛むわい・・・」

 頭を押さえながら、ザバンは滝壺に戻っていったのだった。

 「・・・なんだか、悪いことをしてしまいましたわね。あの方、自分の頭に傷をつけた方を探していたみたいですけれど」
 「恐らく、水晶の持ち主・・・ルイネロさんが犯人だろうね」
 「いや、間違いなくルイネロのおっさんの仕業だと思うでげすよ」

 すでに滝壺に戻ってしまったザバンには聞こえていないだろう、その事実。それは、エイリュートたちのみが知る事実であった。

***

 トラペッタの町に戻り、ユリマに水晶を返しに行くと、そこにいたのは、ユリマではなく、ルイネロだった。
 ただのガラス玉である水晶の前に座り、ジッと目を閉じていたが、エイリュートたちが家に入ると静かに目を開けた。

 「そろそろ戻る頃と思っていたぞ。どうやら・・・ユリマに頼まれた品を見つけて来たようだな。腐ってもこのルイネロ、そのくらいのことは、わかるわい。この玉がただのガラス玉でもな・・・。しかし、おぬしもたいがいのおせっかいだのう。だが、無駄なことよ。いくら本物の水晶を持ってきても、また捨てるのみ!」
 「捨てるのは勝手でげすが、滝壺に放るのだけは、やめた方がいいでげす。頭の古傷が開くでがすからな」
 「何? わけがわからんぞ! まあ、よいわ。いいか、よく聞けよ。わしがどうして水晶を捨てたか・・・その理由はユリマも知らんことだ。ましてや、あんたらなど・・・」

 そう言うと、ルイネロは立ち上がり、エイリュートに詰め寄った。

 「その水晶玉をよこせ! 今度は二度と拾ってこれぬよう、粉々に砕いてくれる!」
 「やめて!」

 すさまじい迫力で詰め寄るルイネロだったが、家の奥からユリマの声がすると、動きを止め、振りかえった。

 「やめて、お父さん! 私、もう知ってるから! ずっと前から私・・・なぜ水晶を捨てたのか、知ってたから・・・」
 「・・・ユリマ、お前・・・。じゃあ、本当の親のことを?」
 「うん・・・。でも、私はお父さんのせいで、両親が死んだなんて思ってないよ」
 「どうしてだ? ユリマ? そこまで知っていながら、どうしてそう思う? このわしを恨んでも・・・」
 「ううん。お父さんはただ、占いをしただけだもん。私は知らないけど、お父さんの占いって、とってもすごかったんでしょ。だから、どこに逃げたのかわからなかった、私の両親の居場所もあっさりと当ててしまったんだよね」

 ユリマの両親は、何者かに追われていたのだろう。だが、その行方がつかめず、追手はルイネロに居場所を尋ねた。当然、ルイネロはそんなことは知らずに、ユリマの両親の居場所を占い当て・・・ユリマの両親は殺されたのだろう。

 「・・・あの頃、わしに占えないものなどないと思っていた・・・。わしの名は世界中に鳴り響き、わしは有頂天じゃったよ。占えることは、片っ端から占ったもんじゃ。自分のことばかり考えて、頼んでくる連中が、善人か悪人か、そんなことすら考えなかった・・・」
 「もういいの。もういいのよ。だって、お父さんは一人ぼっちになった赤ちゃんの私を、育ててくれたじゃない。私、見てみたいな。高名だった頃の、自信に満ちたお父さんを。どんなことでも占えたお父さんを」
 「・・・ユリマ・・・」

 エイリュートたちはホッと胸を撫で下ろした。水晶玉は戻って来て、ルイネロも本来の自分を取り戻した。そして、父と娘の・・・本当の親子ではないが、2人の絆もより強くなったことだろう。

***

 ルイネロの厚意に甘え、その日はルイネロの家に泊ることになった。疲れていたのか、あっという間に眠りこけ、気づけば翌日になっていた。

 「おはようございます、エイリュート」
 「あ・・・おはようございます・・・」

 目が覚めると、すでには起きていて、身支度も整えていた。どうやら、ずい分前に目を覚ましていたようだ。

 「ルイネロさんが、お話があるそうですわ。先ほどから下でお待ちですの」
 「そうですか・・・。すみません、遅くまで」

 と2人、階下へ下りればルイネロが水晶の前に座って、目を閉じていた。何か精神統一しているように見える。

 「やっと起きてきたか。もう昼だぞ。この時間まで寝込むとは、相当に疲れていたのであろう。とにかく、おぬしらには礼を言わねばならん。おぬしらの持ち帰った水晶も、ほれ、このように収まる所に収まったぞ。こうやって真剣に占うのは、何年ぶりかのう・・・。これも、おぬしらのおかげだ」

 そう言うと、ルイネロは水晶に手をかざし、何かを占い始めた。そして、驚いたように目を丸くし、水晶の中を凝視した。

 「こ、これはどうしたことかっ!? 見えるぞ! 見えるぞ! 道化師のような男が、南の関所を破って行ったらしい! むむ! むむむむ! ヤツこそがマスター・ライラスを手にかけた犯人じゃ! むむ! むむむむ! こ、こいつは確か・・・いや・・・だいぶ感じが違っているが、その昔、マスター・ライラスの弟子であった・・・ド、ドルマゲス!」
 「なんだって!!?」

 ルイネロの声が聞こえたのか、それまで眠っていたヤンガスが覚醒し、ドタドタと大きな音を立てながら、1階に下りてきた。

 「あ、兄貴! ドルマゲスっていや、兄貴とトロデのおっさんが追っていた、性悪魔法使いの名前じゃっ!? んで、その先は・・・もっと詳しくわからねえのかっ?」

 ヤンガスがルイネロに食ってかかる。

 「詳しくか・・・ちょっと待っておれ。ん? これは・・・この水晶は、確かに昔わしが持っていたものに違いないが、ここに小さな傷のようなものがあるぞ。ふむ。相当固い物にぶつけてしまったようだな。ん? その傷の横に小さな文字で落書きがあるぞ・・・。なになに・・・“あほう”じゃと!? だ、誰があほうじゃっ!? 一体、どこのバカがこんなことを!」

 憤って立ち上がるルイネロだが、エイリュートたちには薄々犯人がわかっていた。
 こんなことをするのは、水晶が原因で頭に傷を負った者に違いない。

 「ち、違うでがすよっ! アッシがもっと詳しくって言うのは、そんなことじゃなくて・・・。あ、兄貴〜!」

 困った顔でエイリュートに助けを求めるヤンガスに、エイリュートはため息をつき、ルイネロに今まで起こったことを話した。ドルマゲスという道化師を追っているということを。

 「なるほど。お主たちは、ドルマゲスの手掛かりをもとめて、マスター・ライラスを訪ねてきたと。そして、そのライラスはすでに亡くなっていたというわけじゃな・・・。しかし、わしの占いでは、そのドルマゲスこそがライラスを手にかけた犯人じゃ! 自分を知る人物を消したかったのか? それとも他に理由があったのか? そこまではわからんが、とにかくドルマゲスは関所を破り、南に向かったようだ。南にはリーザスという小さな村がある。と、わしがわかるのは、ここまでじゃ。とにかく、お主たちには世話になった。気をつけてゆくのだぞ」
 「はい、ありがとうございました、ルイネロさん。ユリマさんと仲良く暮らしてくださいね」

 ルイネロに頭を下げ、エイリュートたちは家を出た。

 「ドルマゲスの行方は、思ったよりも簡単に掴めましたが・・・追いつけますかしらね?」
 「それでも、追いかけないと・・・。トロデーンやトロデ王、ミーティア姫にかけられた呪いを解くには、ドルマゲスを捕まえるしかないのですから」
 「そうですわね。エイリュート、わたくしで力になれることなら、なんでもいたします。必ず、トロデ様たちを助けましょうね」
 「はい!」

 の笑顔に、エイリュートも笑顔でうなずいた。
 まだまだ旅は始まったばかりだ・・・。これから先、様々な出来事に巻き込まれることになるとは、このときは誰も予想だにしなかったのである。