29.サザンビーク王国へ

 サザンビークへの道のりは、思った以上に長かった。
 何せ、モンスターが次から次へと襲いかかって来るのだ。それらを蹴散らし、休息を取り、ベルガラックを出発して5日後の夕方、ようやくサザンビーク城に辿り着いた。

 「ハァ〜・・・あれがサザンビークでがすか・・・。長かったでがすね」
 「ホント。この道のりはちょっときついものがあったわね」

 見えてきた城の姿に、ヤンガスとゼシカがハァ〜・・・とため息をこぼした。

 「エイリュート、サザンビークと言えば姫の許婚がおる国じゃ。魔法の鏡を借りるとなると、許嫁のチャゴス王子や王様に必ずや会うことになるだろう。その時はくれぐれもわしと姫が、こんな姿に変えられて旅をしているなどと、口にするなよ」
 「はい・・・わかってます」
 「旅のいきさつを聞かれても、ドルマゲスという悪党を追っているだけと答えて、余計なことは言うでないぞ」
 「もちろん、トロデ王とミーティア姫のことは、口にしませんよ。安心してください。みんなも、お願いするよ」
 「がってん承知でがす!」
 「ええ、わかりましたわ」
 「私は黙ってエイトについて行くわ。それでいいでしょ?」

 もちろん、何も言わなかったが、ククールもわざわざそんなことを言うつもりはない。

 「しっかし・・・このままアッシたちがサザンビークへ行ったとして、魔法の鏡を借りられるんでがしょうか? 見ず知らずの旅人に、大事なものを貸してくれるとは思えないでがす」
 「オレもヤンガスの意見に同意するぜ。王族ほどケチでがめつい生き物はこの世にいないんだぜ。そんな連中から家宝である品を借りるなんて、絶対ムリだよ。盗み取るしかないんじゃねーの」
 「・・・王族が3人もいるのに、よくそんなことが言えるね、ククール」

 もトロデもククールの言葉が聞こえていないようだ。ゼシカと3人、何やら談笑している。

 「闇の遺跡へ入るためには、なんとしても魔法の鏡がいるのよ。鏡を借りる手段は、何も思いつかないけれど、とりあえずお城へ行ってみましょう」
 「大丈夫ですわ。サザンビークのクラビウス王とはわたくしも会ったことが何度かあります。わたくしの方から、魔法の鏡を貸していただけるよう、進言いたしますわ」
 「そっか! 姫がいるじゃない! シェルダンドの王女の頼みを断れる人間なんか、いないわよね!」
 「・・・そうだね。ゼシカの言う通りだ。大丈夫だよ、みんな! 姫がいらっしゃる。きっと、魔法の鏡を貸してくれるよ!」

 なんと心強い味方がいたことか・・・。
 重厚な門をくぐり、エイリュートたちはようやくサザンビークの国へとたどりついたのであった。

***

 翌朝・・・エイリュートたちはを先頭にサザンビークの城へと向かった。
 は何度かこの国を訪れており、内部も詳しいとのことだ。赤いボレロを身にまとったは、エイリュートたちを案内しつつ、城下を歩いた。

 「なあ、オレは宿屋に残ってちゃダメか? オレは王様だの貴族だのは、あんまり好きじゃなくてね。できることなら関わり合いになりたくねーんだよ」
 「・・・そうだったのですか、ククールは、わたくしのことをそう思っていたのですね」
 「え!? いや、姫とトロデ王は別だぜ? あんたらは、上から目線で物を言わないだろう? 高圧的な態度でもない。勘違いしないでくれ」
 「・・・そうなのですか。わたくしとトロデ様は別、ということですか?」
 「そういうことだ」

 誤解をされては困る。ククールはのことを嫌いだなんて思っていない。むしろ、その逆である。今の発言は完全に失言だった。気をつけなければ・・・。

 「そういえば、姫の着てるボレロ、カワイイわね? 自分で買ったの?」
 「いいえ、これはククールにいただいたんです」
 「え・・・」

 の言葉にゼシカがチラッとククールに視線をよこす。「プレゼント攻撃ね」と小さくつぶやいたのが聞こえた。

 「姫の姿は目立つんでね。僭越ながら、プレゼントさせていただきましたよ」
 「へぇ〜・・・ククールにしては気が利くね」
 「どういう意味だ、エイリュート」
 「そのままの意味だよ」

 言い合いながらも、一行は確実にサザンビーク城へ近づいている。果たして、無事に魔法の鏡が借りられるのかどうか・・・。

 「話のわかる王様だといいけど・・・。ドルマゲスを倒すには、どうしても魔法の鏡が必要なんだから」
 「そんなのムダムダ。こっちの話なんか聞きやしねーって」
 「大丈夫ですわ、ククール。わたくしが、責任を持ってクラビウス王にお話させていただきます」

 ボレロのフードを脱ぎ、が微笑みかける。ククールは肩をすくめてみせた。どうやら、どうしても王族が信用ならないらしい。
 さすが、何度か訪れている城だけあり、の足取りは迷いない。スタスタと進んで行き、玉座の間までたどりついた。

 「こんにちは。わたくしはシェルダンドの王女、と申します。本日は、突然訪れて申し訳ありません。クラビウス王にお目通り願えますか?」
 「はっ! 少々お待ちを・・・!」

 玉座の間の扉前にいた兵士に声をかけると、すぐに兵士が中へ入って行く。しばらくすると、兵士が戻って来る。

 「どうぞ、お入りください」
 「ありがとう」

 兵士に勧められ、が玉座の間に入る。エイリュートたちもその後に続いた。

 「クラビウス王、ご無沙汰しておりますわ」
 「おお、これは王女・・・! 遠路はるばる、ようこそ我が城へ・・・ん?」

 クラビウス王の視線が、からその背後にいたエイリュートへ向けられ・・・驚いたように玉座から立ち上がった。

 「いかがされましたか? クラビウス王」
 「クラビウス王・・・?」

 大臣との声に我に返ったのか、クラビウス王は何事もなかったかのように、玉座に座り直した。

 「・・・いや、なんでもない。他人の空似だ。よく見れば、全然似ていないではないか」
 「え・・・?」

 エイリュートを誰かと見間違えた・・・というのか。は思わずマジマジとエイリュートの顔を見つめてしまい、彼は頬を赤らめた。

 「それで、王女・・・本日は、どのようなご用件で? 見たところ、そちらの従者たちは国の騎士ではないようだが・・・。お忍びでいらっしゃったのですか?」
 「ええ、実はクラビウス王にお願いがあって参りました。この国に“魔法の鏡”という宝があるとお聞きして、ぜひそれをお貸し願えないかと思い、こうして参りました」
 「魔法の鏡ですか・・・。確かに、我が王家の宝であります。ですが・・・それを持ち出すということは・・・」
 「もちろん、無償でとは言いません。わたくしたちに出来ることであれば、何でもいたします」
 「・・・ほう、何でもですか」

 クラビウス王の顔色が変わる。慌てて、ゼシカがの腕を突いた。

 「ちょ・・・大丈夫なの? あんなこと言っちゃって。無理難題、押しつけられたり・・・」
 「大丈夫ですわ。クラビウス王のことですもの。そんな無茶なことはおっしゃいません」
 「・・・王女よ。そなたの勇猛さは聞き及んでおりますが、そちらにいる従者たちも、王女に負けず劣らずの勇猛さであるのでしょうか?」
 「え・・・?」

 クラビウス王の言葉に、は首をかしげる。確かに、エイリュートたちはこれまでの旅でそこらの兵士たちには負けないほどの力をつけているが・・・今の状況で、それとこれがどんな関係があるというのか。

 「お、王様!? まさか、王女たちを城の兵士の代わりに!」
 「察しがいいな、大臣」

 一体、何の話なのか、たちにはわからない。思わず顔を見合わせてしまった。

 「王女よ・・・実は頼みがあるのです。一つ、助けていただきたい」
 「え、ええ・・・。わたくしで出来ることならば」

 の返事にクラビウス王がうなずき、傍にいた文官に「チャゴスを呼んで参れ」と命令した。

 「頼みというのは、我が息子チャゴスのことなのです。ご存じかもしれませぬが、我が国には、王者の儀式という命を落としかねない、しきたりがあるのです。チャゴスはこの儀式を嫌がっておりまして・・・。出来ることなら、息子を危険な目に遭わせたくはないのですが、次代の王となる者は、必ず通過しなければならない儀式なのです。私は迷いに迷い、城の兵士を護衛につけることも考えたのですが、やはりそれでは王族としてのメンツが立ちません。そこで、この国の者ではない、王女の従者たちに、秘密裏に護衛を頼みたいのです」
 「・・・サザンビークにそんな儀式があるとは、存じませんでしたわ。ですが、チャゴス王子がそれほど危険というのであれば、わたくしも黙っていられませんわ。クラビウス王、わたくしたちでよければ、力をお貸しします。その代わり・・・」
 「ええ、魔法の鏡はお貸ししましょう。しかし、護衛のことはけして口外しないでください。表向きにはチャゴス1人で儀式に出発したことにしたいので・・・」
 「お、王様〜! 大変です! 王子がっ! チャゴス王子がっ!」

 突然、先ほど王子を呼びに行った文官が息せき切って玉座の間に飛び込んできた。

 「王子がどうかしたのか!」
 「申し訳ございません。ここへお連れする途中、王子に逃げられてしまい、見失いました。見つけ次第、大至急お連れしますので、もう少々お時間をちょうだいしたく・・・」
 「ええい、馬鹿者が! 王女よ、すみませんが続きは後ほど。王子がいないことには、話にならないので・・・」
 「いいえ、クラビウス王。良ければ、わたくしたちも王子を探して参りますわ」
 「む・・・う・・・助かります」

 玉座の間を辞し、エイリュートたちは顔を突き合わせる。なんだか、面倒なことに巻き込まれたような気がするのは、気のせいではないはずだ。

 「姫はチャゴス王子と面識はあるの?」
 「ええ、お会いしたことありますわ。自由奔放に育った、お坊ちゃまという感じでしょうか」
 「やれやれ・・・。自分の尻も拭けないようなダメ人間のお守りをさせられる羽目になるとは・・・」

 の答えに、ククールが頭を抱える。彼の王族嫌いがますますひどくなりそうだ。

「さて・・・それじゃあ、王子様の捜索を開始しますか!」

 エイリュートの言葉に、仲間たちは渋々といった表情でうなずいた。