酒場のマスターに聞いた情報をもとに、エイリュートたちは翌日、ベルガラックの北にあるという闇の遺跡に向かうことにした。
ようやく掴んだドルマゲスの行方。今度こそ・・・!という気持ちがエイリュートたちを包む。
その遺跡のある島に近づくにつれ、そこに一隻の船が停まっていることに気づく。もしや・・・と思って近づくと、背の高い兵士風の男が立っていた。
***
「このまま奴を追って行くのは危険すぎるのではないか? なにしろ、奴はギャリング様を・・・。むっ! 何者だっ!?」
男が振り返る。ものすごい形相をし、腰の剣に手をかけている。
慌ててエイリュートが「怪しい者じゃありませんっ!!」と両手をあげた。
「・・・私たちと奴以外に、こんな島を訪れる者がいるとは・・・。モノ好きな連中だな。忠告しておいてやろう。この島の中央にある、古い遺跡には近づかないことだ。もし、この忠告を無視して遺跡に向かうのなら、何が起こっても知らないぞ」
「あの・・・あなた方はドルマゲスを追いかけてきたのですか?」
「ドルマゲス? そんな奴は知らんな」
「道化師の男ですわ。ギャリング氏を殺した道化師の男です」
「何!?」
の言葉に、男が目を丸くして声をあげる。そして、エイリュートたち5人をジロジロと見た。
「何をしてもよいが、我々の邪魔だけはしないでくれよ」
そして、そのまま船へと乗り込んでしまった。
「草の根をわけてでもドルマゲスを探し出すんじゃ。そしてヤツをぶちのめすぞい!」
それまで話を聞いていたトロデが、意気込んでそう声をあげる。ミーティアもそれに応えるかのように、小さく嘶いた。
「ドルマゲスがこの島のどこかにいるって分かってる分、今までより探すのは楽チンでがすね」
島の中を歩きだすと、ヤンガスが気楽な口調でつぶやく。確かに、今まではいるかどうかもわからない場所を探していたのだ。だが、今回は違う。ここにいる、という情報を得て、やって来たのだ。
「人の話でドルマゲスがこの島に向かったって聞いても、いまいち信用できないんだよな。だって、そうだろ? オレたちは船まで手に入れて、ドルマゲスの野郎をはるばる追ってきたんだ。だから、自分の目で見たものしか信じられないぜ」
「また、いつものような肩すかしじゃなければいいけどね・・・」
辺りを包む空気が重苦しくなる。島の中央にある遺跡に近づくな・・・とあの兵士が言っていた意味がわかった気がした。
だが、エイリュートたちはその遺跡に用があるのだ。ここで引き返すわけにはいかない。
「ドルマゲスがここに来たのは、この島のどこかに殺しのターゲットがいるからかしら? 今までの展開から考えると、十分あり得ると思うわ。急いでヤツを探しましょう!」
「これ以上の犠牲は出してはいけない・・・わたくしも、そう思いますわ。闇の遺跡は近いです。この空気の重さ・・・尋常ではありませんわね」
胸のロザリオを握り締め、が苦しそうにつぶやく。
やがて見えてきた遺跡の入り口。そして・・・その奥に向かおうとしている背中・・・。
「ドルマゲス!!」
エイリュートが思わず叫ぶ。派手な衣装に身を包んだ道化師が、エイリュートの声に振り返り・・・ニヤリと薄気味悪く笑った。思わず背筋がゾクリとするような笑みだった。
ドルマゲスの持つ杖が怪しく光る。そして、そのまま暗闇の中に消えて行くドルマゲス。
「待て!!」
「逃がさないわよっ!!!」
5人が一斉に走り出す。遺跡の中に入り、暗闇の中を走っていると、どこからかドルマゲスの高笑いが聞こえてきて・・・気がつくと、遺跡の入り口に立っていた。
「え・・・?」
「ど、どういうこと!? 私たち、確かに今・・・」
エイリュートが再び遺跡の中へと駆け出して行くが・・・すぐにその姿が戻って来る。何度やっても、誰が行っても同じ結果だった。
「ただ一つ、はっきりしてるのは今の状態では何度トライしても時間の無駄だということだな」
ククールが冷静に状況を分析する。
「えっ? えっ? えー! 今の何よ! どうして外に出ちゃうわけ!?」
「なんだったんでがしょう? いつの間にか外に出ちまったでがすよ。これはびっくりドッキリ不思議体験でがすな!」
「・・・恐らく、先ほどドルマゲスが何か魔法をかけたんでしょう。この黒い霧のようなものが、わたくしたちを惑わしてるんですわ」
が遺跡の中から溢れ出す黒い霧のようなものに触れてつぶやく。とにかく、これでは先に進めない。何か打開策を見つけないことには。
フト、視線を動かすと先ほどの兵士が僧侶の男性と占い師らしき女性を連れてこちらへ向かってきている。3人はエイリュートたちの姿を見つけると、こちらへ歩み寄って来た。
「キミたちが先に行ってしまったので、ようやく私たちも意を決して追って来たのだが・・・。一体、何が起こったのか、説明してもらえないか?」
兵士の言葉に、エイリュートが手短に今起こった不思議な現象について話した。
「・・・なるほど。遺跡の中から溢れ出す闇はあの道化師・・・ドルマゲスが張った暗闇の結界なのか。この結界を破らなければ、先に進めないとはやっかいだな。暗闇の結界・・・闇・・・闇・・・」
腕を組み、兵士の男が考え込み、何事か思いついたようだ。
「そういえばサザンビーク王家には、闇を払う魔法の鏡が伝わっていると聞いたことがあるな。その鏡を使えばあるいは・・・。確かサザンビーク城はベルガラックから遥か南東の方角だったか」
「・・・サザンビーク」
ゼシカの表情が曇る。そういえば、彼女の元婚約者は、サザンビークの大臣の息子だったはずだが・・・。
「その話が本当かどうかはわからないけれど・・・とにかく、サザンビークに向かおう。ベルガラックの南東か・・・」
地図を取り出し、エイリュートとヤンガスがその位置を確認する。長い道のりになりそうな距離だった。
「そういえば・・・追っている途中で、あの道化師が時々胸を押さえて苦しんでるのを見たわ。ギャリング様を杖で刺した直後から急に苦しみ出したんだっけ・・・。その時、奴が“この身体は限界か。新しい身体が必要だな・・・”ってつぶやくのを聞いたの。意味はわかんなかったけど、その言葉を聞いたとき、あたし、ゾッとしちゃったわ」
「新しい身体・・・?」
占い師の女性の言葉は、何やら意味深なものだ。そういえば、ドルマゲスは杖を手にした途端、人が変わったようになったという。それと、新しい身体とは、何か意味があるのだろうか。
「とにかく、僕たちはサザンビークに行って、魔法の鏡を探してみよう。あなた方は、無理はしないように。僕たちが戻って来るまで待つか、ベルガラックに戻るかは、お任せします」
「う、うむ」
さて・・・とエイリュートは仲間たちを振り返る。ここからベルガラックにルーラで戻り、そこからサザンビークを目指すことになる。
「それじゃあ、彼らが無茶なことをする前に、魔法の鏡を手に入れに行こうか」
「無茶なこと・・・ね。もっともらしいことを言ってたが、結局あいつら、ドルマゲスが怖くて本気で戦う気なんてないんじゃないか? ・・・まあ、それは正しい判断だったわけだけどな。もし、あいつらがドルマゲスに戦いを挑んでいたりしたら、今頃生きちゃいなかっただろうからな」
「確かにそうかもしれないね・・・。ドルマゲスの力は、僕たちが思っている以上だろうし。こうなったら、一刻も早くサザンビークへ行かないと!」
「サザンビークって確か、ミーティア姫の婚約者がいるっていう国じゃなかったかしら? だったら、その縁で魔法の鏡を借りて・・・って、そんなのムリに決まってるわよね。ミーティア姫が呪われた姿のままじゃ、これがあなたの婚約者です、って言っても信じてもらえるわけないもの」
チラッとゼシカが白馬に視線を向ける。ミーティアは少しだけ悲しそうな表情を見せた。けして、これはミーティアの責任ではないのだから、彼女が気にすることではないのだが・・・。
「魔法の鏡ってのがないと、闇の遺跡には入れないんでがしょう? だったら、とりあえず魔法の鏡があるっていうサザンビークへ行ってみるでがすよ」
「よし、じゃあベルガラックに戻ろう」
エイリュートの言葉に、ククールが呪文の詠唱を始める。ルーラの呪文が発動し、一行の姿はベルガラックへと戻って来ていた。
***
サザンビークへの道のりは長くなる・・・ということで、買い出しが行われることになった。エイリュート、ゼシカ、ヤンガスの3名が買い出しに行き、とククールはホテルで留守番だ。と言っても、彼らには持ち物の整理、という役割があるのだが。
だが、その途中、ククールが「失礼しますよ」と言って部屋を出て行ってしまう。そのことに少しだけ寂しさを感じて、は小さくため息をついた。
ホテルの部屋はゼシカと相部屋だ。今はエイリュートたち男部屋に来ている。キョロキョロと辺りを見回し、そこにククールのレイピアが置かれていることに気づく。どうやら、すぐに戻ってくるようだった。
「ただいま戻りましたよ、姫」
「おかえりな・・・」
ククールの声に振り返ると同時に、フワリ・・・との肩に赤いボレロがかけられた。フードのついたそれは、の容姿とよく似合っている。
「・・・ククール? これは?」
「これから、人の多い場所に出るときにはこれを着てください。もちろん、フードもかぶること」
「え・・・?」
「貴女の姿は目立ちすぎる。よけいな人目を引かないためですよ」
「・・・・・・」
目立つ・・・そうだろうか? からしてみれば、ククールの容姿の方が人目を引くと思うのだが。
ククールの長身と端正な顔立ち、そしてどこか気品すら感じるカリスマ性と、の誰が見ても美しい容姿と気品と威厳、2人がパーティと一緒に歩いているだけで、人々の視線は釘付けだ。
だが、ククールの厚意はありがたい。素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます、ククール」
「いいえ、どういたしまして」
微笑むの姿に、ククールはどこかホッとしていた。先日の会話以降、そしてゼシカのあの発言以来、どこか彼女とはギクシャクした関係になっていたから。
思いを自覚するのに、時間はかからなかった。ゼシカからの気持ちを言われる前に、きっとあの聖王から言われる前から、ククールはへの気持ちを自覚していた。
好きなのだ。好きになってはならない相手に、ククールは好意を抱いてしまったのだ。
だが、彼女はシェルダンドの王女。この気持ちを伝えるつもりなどない。例え、彼女が自分を本当に好いているとしても。
そんな王女を人目に触れさせたくなくて、こんな行動を取ってしまったけれど、彼女はそんなことにはちっとも気づいていない。こんな醜い自分の気持ちなど、彼女が知る必要はないけれど。
「本当に、ありがとうございます。うれしいですわ」
心底うれしそうに微笑むの姿に、ククールは言葉にしてはならない思いを、グッと喉の奥へと押し込んだ。