シェルダンドを出発して5日ほど経過した頃、ようやく西の大陸が見えてきた。
情報屋の話によれば、ドルマゲスはこの西の大陸にいるという。ようやく掴んだその情報に、エイリュートたちの気分は昂る。
「あ、見て・・・橋の上に街が見えるわ」
ゼシカが明るい声をあげる。緊張を少しでも和らげようとしているのだろうか。
指差した先に見えたのは、確かに橋の上にある街だった。エイリュートたちがそれを見上げながら橋の下を通り過ぎたときだった。
突然、巨大な海竜が目の前に出現したのだ。咆哮を上げながら、襲ってきたモンスターに、5人は慌てて身構える。
と、突然海竜が口から眩い光線を放つ。咄嗟に目を閉じて交わした5人は、そのまま、海竜へ攻撃を仕掛けた。
ヤンガスの斧の斬撃、エイリュート、ククール、の剣戟に、ゼシカのメラミが止めになった。
「ふぅ・・・ビックリしたぁ・・・」
「それにしても、ものすごい光だったね・・・。目を閉じたけど、なんとなく目がチカチカするよ」
ゼシカがホッと胸を撫で下ろし、エイリュートが目をパチパチさせる。
「まるで太陽のような光でしたわね。あの光なら、どんな闇でも振り払えそうですわね」
「闇を払う・・・か。抽象的だが、確かにそうかもしれないな」
の言葉にククールが同意し、5人は倒したばかりの海竜に目を向けた。
***
上陸できる場所を探していた一行は、海辺の教会を発見し、そこに桟橋があるのを見つけると教会で宿を借りることにした。
何せ、シェルダンドを出発して以来、ずっと船上にいたのだ。ようやく見えた陸地に、エイリュートたちはどこかホッとしていた。
教会にいたシスターに声をかけると、快くベッドを貸してくれるとのことだ。狭い部屋だったが、文句は言えない。
一息つき、仲間たちはそれぞれに自由な行動を始める。ククールは、やはり教会という場所に嫌悪感を抱いているようで、とっとと外へ出ているし、ヤンガスは早々にベッドに横になり、大きなイビキをかいている。ゼシカは本を読んでいるし、エイリュートは錬金釜に入れていた道具を取り出し、薬草など必要な道具の点検をしていた。
はそんな仲間たちの姿を確認してから、教会の祭壇へ向かった。
「おや・・・旅の方、どうかされましたか?」
神父がの姿を見て声をかけてくる。は穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと神父に近づいた。
「よろしければ、一緒にお祈りをさせていただけませんか? わたくしも、神に仕える身。どうか、お願いいたしますわ」
「ええ、もちろん」
十字架の前に立ち、は胸のロザリオを握り締め、目を閉じる。しばらくの間、そうして祈っていると、不意に視線を感じた。
振り返ってみれば、1人の修道士が不安そうな表情をして必死にを見ている。その修道士の後ろからエイリュートが歩み寄って来るのが見えた。
「姫、こちらにいらっしゃったのですか」
「ええ・・・。エイリュート、荷物の整理は終わりましたか?」
「はい。シェルダンドの国王が準備をしてくださったおかげで、不備はありません。・・・? どうかなさいましたか?」
の視線が自分ではなく、他のところへ向いているのを感じて、エイリュートは首をかしげた。
と、を見つめていた修道士が、意を決しての方へ歩み寄って来た。
「あ、あの・・・あなたは、徳の高い僧侶様なのではないですか!?」
「え・・・? いえ、そういうわけでは・・・」
「あなた様にどうか聞いてほしいお話があるのです! 私は、あれを目にして以来、寝不足なんです!」
「“あれ”・・・?」
思わずとエイリュートは顔を見合わせる。青ざめた表情の修道士は、グッと拳を握りしめた。
「あれっていうのはですね・・・海の上を走る道化師の格好をした不気味な人間のことです。海岸線に沿って走って行ったから、たぶん、ベルガラックの方へ向かったんだと思います」
「道化師!?」
とエイリュートの声が重なる。間違いない。ドルマゲスのことだ。
「とにかく、もう忘れたいです。なのに忘れられない。あれは幽霊だったんじゃ・・・」
「・・・大丈夫ですわ。落ち着いて。あなたのおかげで、わたくしたちは大いに助かりました。人助けをしたのです。もうこれ以上、その道化師に苦しめられる必要はありませんわ」
が修道士の手を取り、優しく握ってやれば、修道士の頬がほんのりと赤くなる。
「ありがとうございます。本当に助かりましたわ」
の微笑みに、修道士は安心したのか、何度も「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「道化師・・・か。ベルガラックって言えば、カジノで有名な場所だな」
「あれ? ククール、聞いてたの?」
いつの間にか、教会の入り口にククールが立っていた。
「エイリュート、マルチェロにいただいた地図を見せてください」
「はい」
地図を広げ、場所を確認する。ベルガラックは、この教会の南に位置する街だ。
「そうと決まりましたら、今日は早く休んで、明日の朝早くにでも出かけましょう」
「そうですわね。ここへ来て、ようやくドルマゲスに追いついた・・・というところでしょうか」
次の目的地は決まった。エイリュートは地図を眺め、まだ見ぬ土地へと思いを馳せる。
ようやくドルマゲスの行方を掴めた。必ず、見つけ出してそして、この手で倒してみせる・・・。
***
修道士に祈りの言葉を捧げ、小さくラリホーの呪文をかけると、は彼の部屋を出た。
たちは大部屋に泊っている。静かに部屋に入らなければ、誰かが起きる可能性があるだろう。
だが、部屋に戻ろうとしたの視界に、見慣れた赤い服が飛び込んできた。
「ククール・・・?」
窓からの月明かりに照らされて、どこか儚げな様子に見えて、はドキッとした。
だが、ククールはの姿を認めると、すぐにいつもの笑みを浮かべてみせた。
「姫、どうかなさいましたか?」
「・・・いえ、修道士の方が眠れないとおっしゃるので、祈りを捧げていただけですわ」
「そうですか」
「ククールは? 眠らないのですか?」
「あの騒音の中、なかなか眠れるものじゃありませんよ。エイリュートとゼシカはどうだか知りませんがね」
ククールの言っているのがヤンガスのいびきだとわかり、は悪いと思いつつも思わず笑ってしまった。
相変わらず、彼はヤンガスのいびきに悩まされているというのか。なかなか慣れるものでもないようだ。
「・・・姫」
「はい」
「国を出る直前、オレは国王様から貴女のことを頼まれた」
「え・・・?」
突然、切り出されたその言葉には目を丸くする。父王がそんなことを頼んでいるとは、思いもしなかったからだ。
「姫・・・」
そっと、ククールがの手を取る。澄んだアイスブルーの瞳が、のマゼンタ色した大きな瞳を見つめる。
「あなたをお守りすることを、お許し願えますか?」
「・・・そんなこと・・・わたくしは・・・わたくしなら、大丈夫です。それよりも、わたくしよりもゼシカの方を」
「これは困った・・・。シェルダンドの聖王様に頼まれたことを、オレに断われと? そんなことをしては、聖王様に申し訳が立たない」
「ですが・・・!」
「私が聖王様に頼まれたから、それだけで貴女を守りたいと申し上げてるとでも?」
「え・・・?」
ククールの唇が、の手の甲に触れる。そんなことには慣れているだが、相手がククールだというだけで、心臓がドキドキと大きな音を立てた。
「・・・いえ、なんでもありませんよ」
「ククール・・・?」
「とにかく、オレはあなたのお父上から、あなたのことをよろしく頼むと言われている。この先、何かあったら、オレはあなたを最優先して行動しますよ」
聖堂騎士の礼をし、ククールはの前を離れた。
「ハァ・・・」
部屋に戻り、ヤンガスの大きなイビキが聞こえる中、ククールはため息を吐いた。
「・・・どうかしてるな、オレは」
あの日、シェルダンドの国王から言われた言葉が、ククールの頭から離れない。
が自分を好いていると・・・まさか、そんなことがあるのだろうか? の自分に接する態度は、エイリュートたちと何ら変わりがないというのに。
国王が何か勘違いをしているのだろう。もしもが人を好きになるとしたら・・・それは、自分ではなく、誠実で自分に忠義を尽くすエイリュートに決まっているだろう。
「まったく・・・聖王様の言葉に振り回されるなんて、オレらしくもないな」
たった1人の女性に心乱されるなど・・・。
今はドルマゲスを追うことに集中しなければならないのだ。
「・・・お父様が、ククールに私を・・・」
もまた、1人残された場所で、先ほどの熱っぽいククールの瞳を思い出し、苦悩していた。
ククールの寂しそうな瞳を見て、彼の力になりたいと思った。エイリュートたちや自分の前ではおちゃらけてみせる彼の、本当の部分。そんな姿を見てしまってから、あの月夜の語らいをしてから、の中で彼の存在が少しだけ特別になったのは事実だ。
だが・・・自分は聖王国の王女だ。いずれ、シェルダンド王国を継がなければならないのだ。然るべき身分の人間と結婚し、世継ぎを生まなければならない存在だ。
自由な恋愛など、許されるはずがないのだ。
そう、例えこの思いが恋だとしても・・・には、この恋を成就させることなど出来るわけがないのだ。