25.揺れ動く気持ち

 国王の寝室を出ると、ククールは思わず顔を手で覆った。
 今まで、何度も女性からは言い寄られ、それこそ「好きだ」と告げられてきた。こんなことには慣れっこのはずなのに・・・。

 「ククール・・・お父様とのお話、終わりましたか?」
 「あ・・・ああ・・・」

 それなのに、部屋を出た瞬間、声をかけてきたのがだなんて・・・。ククールは、思わずいつもの自分を忘れて、彼女に応えていた。

***

 再び船に揺られ、エイリュート一行はドルマゲスを追って西の大陸を目指していた。
 は遠ざかって行く故郷をじっと見つめた。国を出た頃は、父王の容体が心配で、不安でたまらなかったというのに・・・今は、こんなに晴れやかだ。
 それもこれも、全てはククールのおかげ。彼のマイエラでの修行が、こんな形で役に立つとは・・・。本人も、同じ思いだろう。

 「ひ〜め」
 「ゼシカ・・・」

 物思いに耽っていたのもとへ、ゼシカがやって来る。振り返って笑顔を浮かべれば、ゼシカもニッコリ笑ってくれた。

 「大歓迎、受けちゃったわね。本当に、ありがとう」
 「いいえ、お礼を言うのはこちらですわ・・・。それよりも、国の事情に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい・・・」
 「ううん! 姫は、今までずっと悩んで、苦労してきたんだもの! あのくらい、なんてことないわよ。それよりも・・・どうするの? タルゴスってヤツとの婚約は解消されたんでしょ? 今後、誰かと婚約とかしないの?」
 「それは・・・わたくしが決めることではありませんから」

 少しだけ、寂しそうな笑顔でが答える。それに対して、ゼシカは「そっか・・・」と少し残念そうだ。
 国王が、昨日のパーティー前に、ククールと何を話していたのか・・・ゼシカには、とても気になった。エイリュートたちに「何を話してるのか、気にならない??」と言ったところ「??」という顔をされたのは、この際置いておく。
 国王と話した後の、ククールの態度も気になる。どこかぎくしゃくしたとの関係。明らかに、国王から何か言われたに違いないのだが・・・。

 「ゼシカは、わたくしの婚約のことを誰よりも気にしてますわね。何か理由でも?」
 「え! う、ううん・・・特には、ないんだけど、ね・・・」

 歯切れ悪く答え、ゼシカは波間に視線を落とした。

 「姫、ゼシカ、そろそろ食事の準備が出来るよ」
 「ええ、わかりましたわ、エイリュート」

 船室から顔を覗かせたエイリュートが、そこにいた2人の少女に声をかける。は笑顔で応え、ゼシカに「行きましょう」と微笑みかけた。
 食事の席につき、チラッとゼシカが伺うような視線をククールに向ける。今の彼は、いつもと変わりがない。次いで、エイリュートへ。こちらも、いつものように笑顔を浮かべてに話しかけている。
 そうだ。そうなのだ。この、パーティーのリーダーであるエイリュートの気持ちも、いまいちよくわからない。
 ミーティアの幼なじみなのだということは、わかっているが、ミーティアへの気持ちがどんなものなのか。妹に感じるようなものなのか、それとも・・・。だが、それにしては、に接する態度はなんだか臣下としてのそれ以上に感じる。
 ただ、なんとなく・・・そんなエイリュートの態度がつまらないと思う。なぜだろう? なぜ、こんな気持ちになるのだろう。
 エイリュートは優しい。ヤンガスやククール、自分にだってわけ隔てなく接してくれる。少しだけ、そんなことが寂しく思えた。
 船室には、いくつか客室があり、5人はそれぞれの部屋を宛がわれている。ククールは、ヤンガスのいびきに悩まされることがないため、船で眠ることは大歓迎のようだ。
 ゼシカは、いつも隣にいてくれるがいないことが、寂しくも感じる。眠れないのを察知して、優しく声をかけてくれることも数多くあった。
 そして、今夜もまた、眠れずに何度か寝返りをうち・・・とうとう、ベッドを抜け出した。
 船室を出て甲板へ。魔法の船は操縦士がいなくても、目的の進路へ向けて勝手に動いている。
 船が起こす波が音を立てる。過ぎて行く波間を静かに見つめた。

 「あれ? ゼシカ??」

 聞こえてきた声に、ビックリする。まさか、自分と同じように起きている人物がいるとは思わなかった。

 「エイト・・・ビックリした・・・」
 「眠れないの?」
 「うん、なんかね・・・。色々と考えてたら、目が冴えちゃって」
 「僕も。これからのこととか、考えてたらね。それに、昨日体験したシェルダンドのベッドが気持ちよくて、この船室のベッドじゃ眠れなくなってるのかも」
 「えぇ〜? そんなの、困るじゃないの」
 「そうだよね」

 クスクスと笑えば、エイリュートも微笑む。そのまま、エイリュートはゼシカの隣に立った。

 「リーザスからここまで、色々あったけど、大丈夫?」
 「え・・・??」
 「まだ、ドルマゲスを倒すまで、ゼシカは立ち止まるつもりはないんだろうけど・・・心配だから」
 「エイト・・・??」
 「仇討ちするんだ!っていう気持ちに、押しつぶされたりしないかな、って」

 優しいエイリュートの言葉に、ゼシカは胸が苦しくなる。
 そっと、その横顔を見つめる。いつだって、エイリュートは優しかった。それは、自分だけに向けられるものではないけれど・・・。

 「・・・大丈夫よ、エイト。なんか、いつもエイトには心配かけちゃってるね」
 「そんなこと・・・! 仲間のことを気にかけるのは当然じゃないか」
 「優しいんだね、エイトは・・・」

 優しさだけで、そこに特別な感情なんかない。わかっている。わかっているのだが・・・。

 「私・・・ドルマゲスを倒したら、リーザス村に戻るわ」
 「うん? うん、そうだね。ちゃんとお母さんと仲直りした方がいいよ」
 「エイトは? トロデーンに戻るんでしょ?」
 「うん。前までと同じように、ミーティア姫を守る兵士に戻るよ」

 ミーティアを守る兵士に・・・。
 そうか、あの今は白馬に姿を変えられた王女は、これからもずっと、エイリュートと共にいられるのか・・・。

 「ゼシカ・・・? どうしたの?」
 「えっ・・・??」
 「いきなり、黙りこくって、暗い顔してるから・・・何かあったのかな、って」
 「ううん、なんでもないの・・・。ねえ、エイト・・・ミーティア姫って、どんな方なの? 私は、今の馬の姿しか知らないから」
 「そうだね・・・長い黒髪の、お美しい姫君だよ。姫は厳格と気品に満ちた方だけど、ミーティア姫は清楚でおしとやかな感じかな」

 エイリュートの声が耳に心地いい。ゼシカは、船の縁に腕を乗せ、そこに頭を預けた。

***

 翌朝・・・というか、気が付いたらベッドの上にいた。
 驚いてガバッと起き上がる。確かに、ゼシカの船室だ。あれ?と思った次の瞬間、ドアがノックされる。

 「おはようございます、ゼシカ」
 「・・・あ、おはよう、姫」
 「どうかなさいました? 何か戸惑ってるようですけど」
 「え・・・っと・・・」

 どう説明したものか・・・と、ゼシカの視線は宙を泳ぐ。

 「昨日の夜、眠れなくて、甲板に出てエイトと話してたんだけど・・・気づいたら、部屋で寝てたの」
 「まあ・・・それでしたら、きっとエイリュートがゼシカを運んでくれたのですわ」
 「・・・そ、そうなのかな、やっぱり」

 あの状況で、眠ってしまった以外は考えられないし、ゼシカの傍にはエイリュートしかいなかったのだから、彼が船室に運んだとしか思えない。
 ああ、彼の前で失態を犯してしまった・・・。

 「ゼシカ??」
 「あ、いいえ、なんでもないですよ、姫。さ、朝食の時間でしょう? 行きましょ!」
 「え、ええ・・・」

 グイグイとの背中を押し、ゼシカたちは食堂へ向かう。その途中で、起きてきたばかりであろうククールと遭遇した。

 「あら、おはよう、ククール」
 「ああ・・・おはよ、ゼシカに姫」
 「おはようございます」

 チラッとに視線を向け、そのままククールはさっさと先へ歩き出してしまう。
 目も合わせてくれないククールのその態度に、は少しだけ寂しさを感じた。

 「何よ、あの態度〜! 失礼しちゃうわね、ククールったら!!」
 「まだ眠いんですわ、きっと。そう怒らないであげて、ゼシカ」
 「もうっ! 姫は本当にお優しいんだから・・・! あ、そういえばね、エイトが“お城のベッドが恋しくて、船室のベッドじゃ眠れない”って昨日言ってたわ!」
 「まあ・・・! 気に入っていただけたなら、うれしいですわ。ぜひ、また皆さんでシェルダンドへ遊びに来てくださいな。父も母も喜びます」
 「でも、そんな気軽に行けるような場所じゃないでしょ・・・」

 簡単に言ってのけてくれるが、何せ聖王国だ。一般人である自分たちが、軽々しく立ち入れる場所ではない。観光名所ではないのだから。
 だが、がそう申し出てくれるのは、うれしかった。気兼ねなく、自分を訪ねてほしいという、自分たちはにとって、そういう気の許せる友人、仲間なのだと思えたから。

 「あ・・・大陸が見えてきましたわ」

 がスッと細い指で前方を指差す。確かに、そこに見えるのは島影。西の大陸へやっと着いたのだ。

 「・・・ドルマゲス、絶対に捕まえてやるんだから」

 その島影を見つめ、ゼシカは憎い思いをこめるように、小さく、だが強くつぶやいた。