国王の寝室を出ると、ククールは思わず顔を手で覆った。
今まで、何度も女性からは言い寄られ、それこそ「好きだ」と告げられてきた。こんなことには慣れっこのはずなのに・・・。
「ククール・・・お父様とのお話、終わりましたか?」
「あ・・・ああ・・・」
それなのに、部屋を出た瞬間、声をかけてきたのがだなんて・・・。ククールは、思わずいつもの自分を忘れて、彼女に応えていた。
***
再び船に揺られ、エイリュート一行はドルマゲスを追って西の大陸を目指していた。
は遠ざかって行く故郷をじっと見つめた。国を出た頃は、父王の容体が心配で、不安でたまらなかったというのに・・・今は、こんなに晴れやかだ。
それもこれも、全てはククールのおかげ。彼のマイエラでの修行が、こんな形で役に立つとは・・・。本人も、同じ思いだろう。
「ひ〜め」
「ゼシカ・・・」
物思いに耽っていたのもとへ、ゼシカがやって来る。振り返って笑顔を浮かべれば、ゼシカもニッコリ笑ってくれた。
「大歓迎、受けちゃったわね。本当に、ありがとう」
「いいえ、お礼を言うのはこちらですわ・・・。それよりも、国の事情に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい・・・」
「ううん! 姫は、今までずっと悩んで、苦労してきたんだもの! あのくらい、なんてことないわよ。それよりも・・・どうするの? タルゴスってヤツとの婚約は解消されたんでしょ? 今後、誰かと婚約とかしないの?」
「それは・・・わたくしが決めることではありませんから」
少しだけ、寂しそうな笑顔でが答える。それに対して、ゼシカは「そっか・・・」と少し残念そうだ。
国王が、昨日のパーティー前に、ククールと何を話していたのか・・・ゼシカには、とても気になった。エイリュートたちに「何を話してるのか、気にならない??」と言ったところ「??」という顔をされたのは、この際置いておく。
国王と話した後の、ククールの態度も気になる。どこかぎくしゃくしたとの関係。明らかに、国王から何か言われたに違いないのだが・・・。
「ゼシカは、わたくしの婚約のことを誰よりも気にしてますわね。何か理由でも?」
「え! う、ううん・・・特には、ないんだけど、ね・・・」
歯切れ悪く答え、ゼシカは波間に視線を落とした。
「姫、ゼシカ、そろそろ食事の準備が出来るよ」
「ええ、わかりましたわ、エイリュート」
船室から顔を覗かせたエイリュートが、そこにいた2人の少女に声をかける。は笑顔で応え、ゼシカに「行きましょう」と微笑みかけた。
食事の席につき、チラッとゼシカが伺うような視線をククールに向ける。今の彼は、いつもと変わりがない。次いで、エイリュートへ。こちらも、いつものように笑顔を浮かべてに話しかけている。
そうだ。そうなのだ。この、パーティーのリーダーであるエイリュートの気持ちも、いまいちよくわからない。
ミーティアの幼なじみなのだということは、わかっているが、ミーティアへの気持ちがどんなものなのか。妹に感じるようなものなのか、それとも・・・。だが、それにしては、に接する態度はなんだか臣下としてのそれ以上に感じる。
ただ、なんとなく・・・そんなエイリュートの態度がつまらないと思う。なぜだろう? なぜ、こんな気持ちになるのだろう。
エイリュートは優しい。ヤンガスやククール、自分にだってわけ隔てなく接してくれる。少しだけ、そんなことが寂しく思えた。
船室には、いくつか客室があり、5人はそれぞれの部屋を宛がわれている。ククールは、ヤンガスのいびきに悩まされることがないため、船で眠ることは大歓迎のようだ。
ゼシカは、いつも隣にいてくれるがいないことが、寂しくも感じる。眠れないのを察知して、優しく声をかけてくれることも数多くあった。
そして、今夜もまた、眠れずに何度か寝返りをうち・・・とうとう、ベッドを抜け出した。
船室を出て甲板へ。魔法の船は操縦士がいなくても、目的の進路へ向けて勝手に動いている。
船が起こす波が音を立てる。過ぎて行く波間を静かに見つめた。
「あれ? ゼシカ??」
聞こえてきた声に、ビックリする。まさか、自分と同じように起きている人物がいるとは思わなかった。
「エイト・・・ビックリした・・・」
「眠れないの?」
「うん、なんかね・・・。色々と考えてたら、目が冴えちゃって」
「僕も。これからのこととか、考えてたらね。それに、昨日体験したシェルダンドのベッドが気持ちよくて、この船室のベッドじゃ眠れなくなってるのかも」
「えぇ〜? そんなの、困るじゃないの」
「そうだよね」
クスクスと笑えば、エイリュートも微笑む。そのまま、エイリュートはゼシカの隣に立った。
「リーザスからここまで、色々あったけど、大丈夫?」
「え・・・??」
「まだ、ドルマゲスを倒すまで、ゼシカは立ち止まるつもりはないんだろうけど・・・心配だから」
「エイト・・・??」
「仇討ちするんだ!っていう気持ちに、押しつぶされたりしないかな、って」
優しいエイリュートの言葉に、ゼシカは胸が苦しくなる。
そっと、その横顔を見つめる。いつだって、エイリュートは優しかった。それは、自分だけに向けられるものではないけれど・・・。
「・・・大丈夫よ、エイト。なんか、いつもエイトには心配かけちゃってるね」
「そんなこと・・・! 仲間のことを気にかけるのは当然じゃないか」
「優しいんだね、エイトは・・・」
優しさだけで、そこに特別な感情なんかない。わかっている。わかっているのだが・・・。
「私・・・ドルマゲスを倒したら、リーザス村に戻るわ」
「うん? うん、そうだね。ちゃんとお母さんと仲直りした方がいいよ」
「エイトは? トロデーンに戻るんでしょ?」
「うん。前までと同じように、ミーティア姫を守る兵士に戻るよ」
ミーティアを守る兵士に・・・。
そうか、あの今は白馬に姿を変えられた王女は、これからもずっと、エイリュートと共にいられるのか・・・。
「ゼシカ・・・? どうしたの?」
「えっ・・・??」
「いきなり、黙りこくって、暗い顔してるから・・・何かあったのかな、って」
「ううん、なんでもないの・・・。ねえ、エイト・・・ミーティア姫って、どんな方なの? 私は、今の馬の姿しか知らないから」
「そうだね・・・長い黒髪の、お美しい姫君だよ。姫は厳格と気品に満ちた方だけど、ミーティア姫は清楚でおしとやかな感じかな」
エイリュートの声が耳に心地いい。ゼシカは、船の縁に腕を乗せ、そこに頭を預けた。
***
翌朝・・・というか、気が付いたらベッドの上にいた。
驚いてガバッと起き上がる。確かに、ゼシカの船室だ。あれ?と思った次の瞬間、ドアがノックされる。
「おはようございます、ゼシカ」
「・・・あ、おはよう、姫」
「どうかなさいました? 何か戸惑ってるようですけど」
「え・・・っと・・・」
どう説明したものか・・・と、ゼシカの視線は宙を泳ぐ。
「昨日の夜、眠れなくて、甲板に出てエイトと話してたんだけど・・・気づいたら、部屋で寝てたの」
「まあ・・・それでしたら、きっとエイリュートがゼシカを運んでくれたのですわ」
「・・・そ、そうなのかな、やっぱり」
あの状況で、眠ってしまった以外は考えられないし、ゼシカの傍にはエイリュートしかいなかったのだから、彼が船室に運んだとしか思えない。
ああ、彼の前で失態を犯してしまった・・・。
「ゼシカ??」
「あ、いいえ、なんでもないですよ、姫。さ、朝食の時間でしょう? 行きましょ!」
「え、ええ・・・」
グイグイとの背中を押し、ゼシカたちは食堂へ向かう。その途中で、起きてきたばかりであろうククールと遭遇した。
「あら、おはよう、ククール」
「ああ・・・おはよ、ゼシカに姫」
「おはようございます」
チラッとに視線を向け、そのままククールはさっさと先へ歩き出してしまう。
目も合わせてくれないククールのその態度に、は少しだけ寂しさを感じた。
「何よ、あの態度〜! 失礼しちゃうわね、ククールったら!!」
「まだ眠いんですわ、きっと。そう怒らないであげて、ゼシカ」
「もうっ! 姫は本当にお優しいんだから・・・! あ、そういえばね、エイトが“お城のベッドが恋しくて、船室のベッドじゃ眠れない”って昨日言ってたわ!」
「まあ・・・! 気に入っていただけたなら、うれしいですわ。ぜひ、また皆さんでシェルダンドへ遊びに来てくださいな。父も母も喜びます」
「でも、そんな気軽に行けるような場所じゃないでしょ・・・」
簡単に言ってのけてくれるが、何せ聖王国だ。一般人である自分たちが、軽々しく立ち入れる場所ではない。観光名所ではないのだから。
だが、がそう申し出てくれるのは、うれしかった。気兼ねなく、自分を訪ねてほしいという、自分たちはにとって、そういう気の許せる友人、仲間なのだと思えたから。
「あ・・・大陸が見えてきましたわ」
がスッと細い指で前方を指差す。確かに、そこに見えるのは島影。西の大陸へやっと着いたのだ。
「・・・ドルマゲス、絶対に捕まえてやるんだから」
その島影を見つめ、ゼシカは憎い思いをこめるように、小さく、だが強くつぶやいた。