「それはきっと・・・この国の大臣・・・」
「これはこれは・・・! 王女、国に戻っていらしたとは!」
聞こえてきた声に、は嫌悪感を顕に、部屋の入口に視線を向けた。
入って来たのは2人の男。立派な身なりの中年の男と、同じく立派な身なりの青年だ。
「ハロルド・・・タルゴス・・・」
「おや・・・? 見ず知らずの人間を、国王に近づけるとは・・・」
「見ず知らずではない。私の大切な仲間だ。そなたこそ、勝手に国王の部屋に入って来るとは無礼ではないか? ここには、私の客人がいるのだ。早々に出て行け」
の口調が、普段からは信じられないほど刺々しく、厳しいものに変わった。視線も鋭い。けして、目の前の男に負けるつもりはないのだろう。
「王女・・・私は、この国の大臣ですよ。そのような口は・・・」
「私はこの国の王女だ。そして、神の元、修行を積んだ巫女姫でもある。軽々しく私に声をかけないでいただきたい。貴様が手配した薬師が、父上に毒を盛っていたそうではないか」
「なんと・・・!! そのような失礼な話が・・・」
「白々しい真似はやめろ。そう言うのであれば、今ここで、貴様がこの薬を飲んでみろ!」
そう言い、が先ほどククールが毒味した薬を突き出した。
一触即発・・・だが、大臣はフッと不適な笑みを浮かべると、一歩後ずさった。
「どうやら、王女は長い旅でお疲れのようだ。また、後ほど国王を見舞うことにしよう」
「そうはさせない。貴様がこの部屋へ一歩も入らぬよう、カチュアにきつく命じておくからな」
「王女・・・このハロルドと、そこにいる若造、どちらの言葉を信じるか・・・貴女次第ですぞ」
***
「な・・・なんなのよ、あの男!!!」
大臣が姿を消すと、途端にゼシカが怒鳴り声をあげた。
「この国の大臣ハロルドと、その息子のタルゴスですわ・・・」
「え! 大臣の息子って・・・じゃあ、あれが姫の婚約者!?」
「・・・ええ」
ゼシカの“婚約者”という言葉に、ククールが国王からへ顔を向ける。の表情は暗い。
「あの男が、国王に毒を盛ったのか・・・。とんでもねぇヤツだな」
「姫・・・もちろん、あんな男より、ククールの言葉を信じるわよね・・・?」
「当然ですわ。ククールがウソをつく理由がありませんもの・・・。わたくしは、ククールを信じておりますわ」
「・・・姫」
フワリ・・・とやわらかな笑みを浮かべる。その表情に、王妃が「まあ・・・」と小さく声をあげた。
「、あなた・・・」
「ククール! お待たせ!!!」
「アッシも戻ったでげす!!」
王妃が何かを言いかけたが、エイリュートとヤンガスが息を切らせて戻って来た。
「よし・・・それからエイリュート、錬金レシピがあったな。見せてくれ」
「うん」
「・・・薬草を3つと・・・よし、なんとかなりそうだな」
買ってきたばかりの薬草を錬金釜に放りこみ、ククールが自信たっぷりにうなずいた。
「大丈夫だ、姫。国王はオレが救ってみせる。オレがマイエラにいた頃は、錬金釜なんて便利なものはなかったから、調合が大変だったが・・・これなら、すぐに万能薬ができるだろう」
「本当ですか!? まあ・・・! ククール、ありがとうございます・・・!」
ククールの言った通り、錬金釜で出来上がった万能薬で、国王の顔色はみるみる良くなっていったのだった。
***
国王の容体が安定したきたということで、一部の者を除いて、国の者たちは安堵した。
もちろん、一部の者というのは、大臣親子と彼らを取り巻いていた者たちだ。まさか、もう少しで命を落とすはずだった国王が、よそからやって来た僧侶の手によって快復に向かうなど、誰が予想しただろうか。
このままではまずい・・・と、大臣親子は策を練る。ハロルドの考えでは、サンクトゥスよりも無能な弟のカーライルを王に立て、自分が後ろから王を操ろうとしたのだ。
「あの生意気な銀髪の坊主め・・・余計な真似を・・・」
ハロルドの怒りが、暗い闇を生む。そういえば、先日、東の大陸へ赴いた際、道化師の男から不思議な球をもらった。「何か困ったことがあったら、使え」と・・・。少々、不気味な男だったが。
「フン・・・! こんな球に一体何の力が・・・」
懐から球を取り出し、マジマジとそれを見つめたときだった。ぼんやりと球が光り、ハロルドの全身を包み始めたのだ。
「な・・・なんだこれは・・・!? ぐわあああ・・・!!! 意識が・・・遠のく・・・!」
体が巨大化し、もはや知性も理性もない魔物と化したハロルドは、やみくもに辺り一帯を破壊し始めた。
異変に気付いたエイリュートたちが駆け付けたとき、すでに何人かの兵士の命が奪われた後だった。
「な・・・なぜ聖王国のお城に魔物が・・・!?」
「姫! とにかく、僕たちでこの魔物を・・・!!」
エイリュートが言いながら、背中の剣を抜くが、ここは城の中だ。
「姫! こちらへ・・・!!」
聞こえてきた声に、視線を動かせば、栗色の髪の少女がベランダから外へ出るよう、誘導する。魔物は、執拗にを追いかけ、誘導に乗って外へ連れ出すことに成功した。
攻撃を仕掛けるのも、狙いは。エイリュートやヤンガスが攻撃を仕掛けようが、ゼシカが魔法を放とうが、魔物の狙いはだけだ。
「様子がおかしい・・・なんで姫しか狙わないんだ・・・?」
なんとなく、感じていた。魔物の正体に。だが、攻撃の手を止めるわけにもいかなかった。
止めの一撃を下したのは、他ならぬだ。剣がズブリと胸を刺し・・・魔物が苦しそうにもがく。そして・・・魔物にかけられていた魔法が解け、姿を現したのはハロルドだった。
「・・・こんな・・・ことが・・・グッ・・・」
口から血を吐き、ハロルドが絶命する。はただ呆然と、その最後を見送るしかなかった。
「姫・・・!!」
「姫様!」
呆然と立ちすくむのもとへ、エイリュートと黒髪の少女が駆け寄る。
「姫様、大丈夫ですか!? しっかりしてください! これは、姫様の責任ではありません!」
「そうです! 彼はもう理性を失った完全な魔物だった。姫がしたことは、何も間違ってなど・・・」
「・・・わかっております・・・。わたくしの存在が、彼を追いつめたことも・・・」
「姫様・・・!! そのようなこと・・・!」
と、ツカツカとに歩み寄って来た人物がいる。顔を上げれば、それは自分の母妃で・・・。振り上げた手が、の頬を強く打っていた。
「何を弱気なことを言っているのです! あなたは、それでも巫女姫ですか!? 今は、命を落としたハロルドを、天に送るのがあなたの責任でしょう!」
「お・・・母様・・・」
殴られた頬を押さえ、はあ然とするが・・・だが、すぐに母の言う通りだと我に返った。
「ククール・・・一緒に祈ってくださいますか?」
「・・・別に構わないが」
それまで、腕を組んで状況を見守っていたククールが、の要望に応えて、こちらへ歩み寄った。
「・・・神よ・・・哀れなるこの者の魂を導きたまえ・・・どうか安らかなる永遠の眠りを・・・」
「静かなる眠りをこの哀れなる者に与えたまえ・・・」
の祈りと、ククールの祈りが小さく響き渡った。
***
大臣の死を伝えると、国王は少し良くなった顔色を曇らせた。薄々感づいてはいたが、魔物に姿を変えてまで、を襲うとは思わなかった。
「そうなると・・・タルゴスの処分も考えねばならんな。お前との婚約は、解消・・・とする」
「お父様・・・」
「それから、トロデ様に今までのお前たちの話は聞いた。トロデーンに呪いをかけたドルマゲスという道化師を追いかけているそうだな・・・。私はこんな状態だ。力になれることは少ないが、せめてもの援助をさせてくれ。城の宝物庫にあるものは、なんでも持って行くがいい。お前たちの旅に必要なものもあるだろう」
「ありがとうございます、国王陛下。お言葉に甘えて、使わせていただきます」
「うむ・・・。ところで、私の命を救ってくれた恩人、というのは、そちらの騎士かな?」
エイリュートの少し後ろに立っていたククールに視線を移し、サンクトゥス王が尋ねる。
「はい。マイエラ聖堂騎士のククールですわ」
「・・・改めて、お礼が言いたいのだが・・・皆の者、少し席を外してもらえるか?」
「え・・・かしこまりました・・・」
国王の言葉に、少々戸惑いつつも、栗色の髪の少女が素直に応じた。
の仲間であるククールが、国王に危害を加えるわけがない。席を外しても問題はないだろう。
一方で、当の本人であるククールは、なぜ皆が席を外されたのか、疑問に思っていた。
「ダヤン・イリスダッドの息子だそうだな・・・。ダヤンのいい噂は聞かなかったが、そなたの祖父の高名は聞いておるぞ」
「これは国王陛下・・・ありがたいお言葉」
「そなたのおかげで、私はこうして命を取り留めた。感謝しておる」
「いいえ、私の力ではありません。今は亡きマイエラ修道院の、オディロ院長の知恵でございます」
「何・・・? オディロ院長が亡くなった!?」
「はい。それもドルマゲスの所業であります。私は、半ば追い出される形でマイエラを出ましたが、父親代わりのオディロ院長の仇をこの手で討ちたいと強く思っております」
「そうだったのか・・・オディロ院長が・・・。では、今の院長は誰が・・・?」
「・・・マルチェロ・ニーディスという者が。先日までは、騎士団長を務めておりましたが、院長代理という形で、彼がマイエラ修道院を取り仕切っております」
「マルチェロ・・・彼も確かダヤンの・・・」
ピクッとククールの眉間に少しだけ皺が寄る。サンクトゥス国王は自分とマルチェロの関係を知っている。
「そうか・・・。私の体調がもう少し良くなれば、マイエラに赴き、そなたの活躍をマルチェロに話してやろうかと思ったが・・・遠慮しておいた方がいいかな?」
「そうですね。兄は、私の活躍を快く思わないでしょうから」
「ふむ・・・複雑な関係だな。トロデ様から聞いた通りだ。まあ、よい。そなたをこうして呼んだのは、一つ頼みがあるからなのだ」
「頼み・・・ですか・・・?」
一体、こんな浮ついた聖堂騎士に、国王陛下は何を頼むというのか・・・。
「娘のことだ。姫のな」
「・・・はい」
「あれは、どこか頑固で意固地なところがある。自分の決めたことは曲げようとはせず、時には無茶をし、突っ走ることもあるだろう。見たところ、そなたはあの4人の中で、冷静に状況を分析できるようだ。そなたに、娘のことを頼みたい」
「・・・なんと、もったいないお言葉」
「私は、そなたに大変感謝しておる。ククール・・・と言ったな。何か欲しいものがあれば、私で出来る限り、与えてやりたいと思うのだが・・・」
「・・・・・・」
国王の言葉に、ククールの脳裏をよぎったのは、の顔だった。だが、そんなことを口にするわけにはいかない。
「サンクトゥス王、我々にはすでに宝物庫の宝という褒美をいただいております。私は、それだけで結構です」
「しかし・・・」
「ドルマゲスを倒し、我が目的が果たされたとき・・・改めて、褒美をいただきたいと思います。今は体を休め、完全に体調が戻るまで、ゆっくりなさってください。王女のことは、確かに私がその役目を承りました」
聖堂騎士の礼をし、ククールが一歩下がる。
「・・・が、そなたを好いていると言ったら?」
「・・・は?」
国王の突然の言葉に、ククールは思わず間の抜けた声をあげてしまっていた。