西に進路を取って、数日・・・。フト、見えてきた大きなお城に、ヤンガスは「兄貴! 兄貴!」とエイリュートを呼んだ。
「どうかしたの?」
「兄貴、あのデッカイ城・・・なんでげしょう?」
「えっと・・・」
地図を取り出し、確認しようとすると、背後から声がした。
「シェルダンドのお城ですわ」
「「え?」」
振り返れば、が悲しそうな表情を浮かべ、故郷の城を見つめていた。
「シェルダンド・・・ってこたぁ、まさか姫さんの・・・」
「ええ、わたくしの故郷です」
「それじゃあ、城へ立ち寄っていきましょうよ。国王様と王妃様にご挨拶をしないと・・・」
「いえ! わたくしのことは、お気遣い無用ですわ。それよりも、ドルマゲスを追う方が・・・」
「ダメよ、そんなの! 親不孝だわ!」
話を聞いていたのか、ゼシカまでもが会話に加わって来た。
「それに、私シェルダンドって行ったことないから、ちょっと行ってみたい気もするのよね。もちろん、ドルマゲスのことはすぐにでも追いかけて、やっつけたいけど・・・! でも、焦ってもいいことないだろうし!」
「ゼシカ・・・」
「のう、姫よ・・・久しく両親には会っていないのであろう? ワシらに気兼ねすることなく、会いに行ってはどうじゃ?」
「・・・・・・」
申し訳なさそうな表情を浮かべるだったが、確かに両親にはしばらく会っていない。トロデへ助けを求めに行ったことを、伝えていないのだ。きっと心配していることだろう。
「わかりました・・・。シェルダンドへ向かいましょう」
船が港に着くと、いきなりその場にいた兵士に取り囲まれてしまった。
無理もない。突然、こんな巨大な船が許可も無くやって来たのだ。警戒するのは当然だろう。
だが、船に乗っているのは、ただの旅人ではない。この国の王女がいるのだ。
「ご苦労様ですわ」
「あ・・・あなた様は・・・!!!」
船から降り立ったのが、王女であることは、胸のロザリオを見ればわかる。慌てて姿勢を正し、「すぐに王城へ王女帰還の知らせを飛ばします!!」と、急いで走って行ってしまった。
「・・・いくらなんでも、王女をここに取り残すってマズイんじゃないの?」
「まあ、わたくしは気にしませんけれど。さあ、城まで案内いたしますわ・・・。あまり、歓迎されないとは思いますが」
「え?」
の不穏な言葉に、エイリュートたちは顔を見合わせる。歓迎されないとは、どういう意味なのか・・・。
「のう、姫・・・」
「トロデ様、よろしければご一緒に」
「なんと! ワシも城へ入っていいと言うのか!?」
「当然ですわ。トロデ様に危害を加えるような者がいれば、わたくしが許しません。どうか、父の様子を見舞ってやってください」
「むむむ・・・サンクトゥス王は、そんなに悪いのか・・・」
城へ向かう途中、町の人々がの姿に気づき、頭を下げる。
こうして見ていると、彼女がどれだけ国の人たちに慕われていたのかが、よくわかる。
小さな子供が「ひめさま〜!」と笑顔で駆け寄って来ると、は1人1人、目線の高さに合わせてしゃがみ、子供たちの話に耳を傾けた。
商売をしている者たちには、売り上げの情報を聞き、芳しくない者には措置を取るよう、約束した。
「聖王国の姫君・・・か・・・さすがのカリスマ性だな」
「こうして見ると、やっぱり王女様なのよね。もちろん、気品も威厳もあるし、間違いなく王女様なんだけど・・・」
町の人々と接する姿を眺め、ククールとゼシカがつぶやく。
「・・・ねえ、ククール?」
「ん? なんだ?」
「あんたってさぁ・・・王様になるとかって野望はあるの?」
「は? なんだよ、そりゃ。オレは王様とか貴族とか、そういったことに興味はないね。堅苦しくて、やってられねぇ」
「フーン・・・。あんたのお兄さんは、野心剥きだし、って感じだったけどね」
「兄貴はな・・・って、今はあいつの話は関係ないだろ。そもそも、なんでそんなこと聞いたんだ?」
「あんたの本心を聞きだそうと思っただけよ」
「は?」
それ以上、ゼシカは何も言わず、エイリュートの隣に歩み寄って行った。
「・・・オレの本心って、なんのことだか?」
肩をすくめ、ククールは未だ町の人々と会話を交わすの姿を振り返った。
「王様、か・・・」
そんなもの、自分には興味もないし、関係もない・・・。ククールは小さく息を吐き出した。
城に近づくにつれ、の足取りが重くなる。城門にいた兵士たちが、の姿に気づくと、慌てた様子で門を開け、1人が城の中へ駆けこんでいった。
「王女・・・!!! ご無事で何よりです! 王女が城を出て行ってしまってから、シェルダンドは・・・!」
「留守の間、城を守ってくれて、ありがとう。お父様の様子は・・・?」
「はっ! 残念ながら、体調は日に日に悪くなっていく一方で・・・」
「姫様っ!!!」
兵士の声を遮るようにして、若い女性の声がした。
「スピカ・・・!」
「姫様・・・よくぞご無事で! 心配したのですよ! いきなり・・・書き置きだけを残して、いなくなってしまわれて・・・」
黒髪の少女が、に駆け寄り・・・一緒にいたエイリュートたちに視線を向けた。
「姫様、こちらの方々は・・・?」
「わたくしと一緒に旅をしている仲間です。スピカ・・・申し訳ないけれど、複雑な事情があるの。お父様には、お会いできるかしら?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、こちらへ」
黒髪の少女は、たちを連れて王の寝室へ向かった。
その途中、明らかに好意的ではない視線がいくつか向けられたことに、トロデは気づいていた。
王女は、今では誰からも慕われる王女ではないのだ。そしてそれは、国王の病気と関係があるのだろう。
「お父様・・・です。ただいま戻りました。失礼いたします」
コンコンとドアをノックし、声をかけてからゆっくりと、ドアを開いた。
目に飛び込んできたのは、立派なシャンデリアや調度品。そして、部屋の奥にあった天蓋つきの立派なベッド。その傍らに佇む1人の女性。そして、その女性の背後には栗色の髪を持つ少女が立っていた。
「お母様・・・!!」
「まあ・・・!!!」
立ちあがった女性は、シェルダンドの王妃であった。はその場にいるエイリュートたちのことも忘れ、母妃のもとへ駆けより、抱きついた。
「お母様・・・ご迷惑をおかけして、ごめんなさい・・・!」
「いいえ、いいのよ・・・。あなたがトロデ様に助けを求めに行ったと、カチュアから聞いたわ」
「カチュア・・・お母様を守ってくれてたのね。ありがとう」
が王妃の後ろにいた少女に声をかければ、少女は優しく微笑み「いえ、当然のことです」と答えた。
そして・・・は視線をベッドの上で眠る父王へ移した。が城を出た時よりも、顔色が悪い。そして、あの頃は目を覚ましていたというのに、今では昏睡状態に近い。
「お父様・・・」
「、そちらの方々は?」
「あ・・・。わたくしの、旅の仲間ですの。お母様、トロデーンはドルマゲスという道化師に呪いをかけられ、国の者たちはイバラに姿を変えられてしまったのです。そして、トロデ様は・・・」
チラッとが今は魔物へと姿を変えられてしまったトロデへ視線を向けた。母妃も、の視線を追い、その目を緑色の小さな生き物に向ける。
「ローザ王妃、久しぶりじゃな・・・」
「まあ・・・! その声、まさか・・・!! トロデ様!? なんてことでしょう・・・!! お労しい!」
トロデの姿を見て、涙を浮かべる王妃に、は優しく肩を抱きしめた。
「それから・・・トロデーンの兵士であるエイリュート、元は山賊だったヤンガス、リーザス村のアルバート家の令嬢ゼシカ・・・」
そこで、は少し言葉に詰まった。ククールのことを、なんと紹介しようか悩んだのだが・・・素直に伝えることにした。
「マイエラの・・・イリスダッド家の嫡子ククールです」
「マイエラ・・・? まあ・・・! ダヤンの息子ですね?」
父親の名前を出され、ククールは少しだけ眉間に皺を寄せた。出来れば聞きたくない名前だ。
と、昏睡状態だった父王が、の声に反応したようで、うっすらと目を開けた。小さな声で娘の名前を呼ぶ父王に、は細くなってしまった手を握り締めた。
「お父様・・・しっかりしてください!」
「・・・・・・無事で戻ったか・・・」
「はい! お父様、トロデ様もいらっしゃってるのですよ!」
「トロデ様が・・・おお・・・なんと、ありがたいことだ・・・」
もはや、灰色の顔色と言ってもいいほど、国王の顔には血の気がない。痛ましいその姿に、エイリュートたちは言葉を失うが・・・。
「姫、ちょっといいか?」
「え?」
そう言って、国王の顔を覗き込んだのは、ククールだった。一体、何をするつもりなのか・・・だが、彼が国王に危害を加える理由はない。はすぐにその場をククールに譲った。
ククールは眠り続ける国王の顔を覗きこみ、眉間に皺を寄せた。
「これは・・・明らかに、毒を飲まされてるな・・・。国王が飲んでいる薬は誰が調合しているんだ?」
「え・・・! 城の薬師です。姫様が城を出てから、大臣が手配した薬師なのですが、国内では高名な薬師で・・・」
「その薬、今あるか?」
「ええ、これです」
栗色の髪の少女が、国王の枕元にあった小さな包みをククールに差し出した。ククールは、包みを開け、手袋を外した小指にその薬を少しつけ、ペロッと舐めた。
「・・・これのどこが薬だ。おばけキノコの胞子が入ってる」
「ええ!?」
「しかも致死量じゃない。じわじわと弱らせるつもりだったんだろうな。こういった毒の類は、マイエラにいる頃にいくつも叩きこまれた。これはキアリーじゃ治らないぜ。おい、エイリュート、馬車から錬金釜を持って来てくれ。それからヤンガス、城下町に行って毒消し草と薬草をありったけ買ってこい」
「わ・・・わかった!」
「今すぐ行ってくるでがす!」
ククールの指示に、エイリュートとヤンガスが黒髪の少女の案内のもと、国王の部屋を出て行く。
「それから、お湯だ。体の中にある毒素を全部出す。紅茶か何か、用意できるか?」
「はい・・・!」
栗色の髪の少女が、すぐに部屋を出て行った。
テキパキと的確な指示を与えるククールの姿に、残されたとゼシカ、王妃はポカーンとするばかりだ。
「どういうつもりか知らねぇが、誰かが国王を毒殺しようとしてる・・・ってことは、確かだな」
「それは・・・!」
ククールの言葉に、はハッとした表情を浮かべ、そして思い当たる節があるのか、悲しそうにうつむいた。