22.いざ、大海原へ

 パヴァン王に報告を済ませ、アスカンタ城を出ると、そこにはトロデがワクワクしたような面持ちで待っていた。

 「おお、やったな! 月影のハープを手に入れた。そうエイリュートの顔に書いてあるわい! よし、これであとは我が家臣、イシュマウリにそのハープを渡すだけじゃ」
 「だから、なんでいきなり家臣になってるのよ」
 「ワシの城に住んでおるのじゃ、我が家臣も同じであろう!」
 「・・・トロデ王は置いといて。とにかく、出発しましょう! イシュマウリの元へ!」

 ゼシカの言葉にうなずき、エイリュートはルーラの呪文を唱えた。

***

 「しっかし、本当にこんなハープ1つであんなでかい船をどうにかできるんでがすかねえ。アッシは信じられねえでがす。海の記憶だの、不思議な楽器だの。どうもうさんくさいでげすよ」
 「でも、イシュマウリさんは以前もシセル王妃の幻を見せてくれたじゃないか。きっと、今度も・・・」
 「まあ、兄貴がそう言うなら、アッシは黙って従いますがね」
 「オレにも、ただの古いハープにしか見えねぇが・・・ま、本物なんだろう。でなきゃ、城の宝物庫からわざわざ盗み出すはずがねぇもんな。たぶん。うん。きっとそうだ」

 なぜか自分にそう言い聞かせているようにしか見えないククール。ヤンガスとククールは、まだイシュマウリの言っていることが半信半疑なのだろう。
 昨日、図書室の鍵がかかっていた扉を開けておいたため、すぐに図書室に入ることはできたが・・・何せ、まだ日が高い。月影の扉は夜にならないと現れないのだった。
 夜になる間、ゼシカとは本を眺め、ヤンガスは当然ながら昼寝、エイリュートとトロデはイバラを少しでも取り除こうとしていた。ククールは、椅子に座り、何事かボンヤリ考えていたのだが・・・。

 「ククール、ぱふぱふってご存知ですか?」
 「・・・は!?」

 いきなりに尋ねられた言葉に、ククールは一気に我に返った。

 「何をいきなり・・・どうしたんですか?」
 「いえ、この本に“ぱふぱふは男のロマン”と書かれていまして。ぱふぱふというのが、どういうものなのか存じ上げないので」
 「・・・姫は、知らなくていいものですよ。あなたにそんなことをさせたら、エイリュートが卒倒する」
 「え・・・?」
 「だいたい、なんでそんな本が・・・さあ、貸して下さい、姫」

 ハァ・・・とため息をつき、ククールが手を出せば、が素直に本をククールに渡した。

 「へぇ〜・・・ここに、姫のこと書いてあるわよ」
 「え?」
 「“シェルダンドの王女様は、近年の王女の中でも抜きんでた美しさと気高さを兼ね備えた美姫である。巫女姫として修行を積んだ彼女の姿を、一目でも見たいと思う男性は多い。だが、そのお姿を拝見できるのは、選ばれた者のみなのも、また真実だ”ですって」
 「まあ・・・どなたがそんな大げさなことを・・・」
 「“月刊 世界の王族”って雑誌よ。ほら、ミーティア姫のことも書かれてるし」

 色々な本があるものだ・・・と思わず感心してしまう。本人の知らないところで、あることないこと書かれてしまうのでは、たまったものではない。
 と、そうこうしているうちに、いつの間にか辺りは闇に包まれており・・・月明かりが図書室内を照らし始めていた。
 そうなれば、月影の扉が開く。もはや3度目だ。エイリュートは、そっとその神秘の扉を開いた。

***

 イシュマウリは、昨日と同じ場所に立ち、何か考え込んでいるような様子だった。
 だが、エイリュートたちが来たのを気配で感じたらしく、真っ直ぐ前を向いたまま口を開いた。

 「あまたの月夜を数えたが、これほど時の流れを遅く感じたことは、なかった」

 どうやら、そうとう待ちわびていたらしい。期待に満ちた瞳で、イシュマウリがこちらを向いた。

 「その輝く顔でわかる。見事、月影のハープを見つけてきた。・・・そうだろう? さあ、見せておくれ。海の記憶を呼び覚ますにふさわしい大いなる楽器を」
 「は、はい」

 エイリュートが袋からハープを取り出せば、まるで引き寄せられるかのように、ハープが宙を飛び、イシュマウリの手の中に収まった。

 「・・・この月影のハープもずい分と長い旅をしてきたようだ。そう、君たちのように。よもや、再び私の手に戻る時が来るとは。・・・いや、これ以上はやめておこう。さあ、荒れ野の船のもとへ。まどろむ船を起こし、旅立たせるため、歌を奏でよう」

 イシュマウリがハープをかき鳴らす。今まで彼が持っていたハープと、やはり少し音色が違う気がするのは、それが月影のハープという特別な楽器だからだろうか・・・?
 そして・・・ハッと気づけば、一瞬にして船のある荒野へ瞬間移動していたのだ。
 アスカンタの時と同じだ。これもイシュマウリの力なのだろうが・・・一行は、驚きのあまり辺りをキョロキョロと見回してしまった。

 「これは、どういう事じゃ!? ワシらは、さっきまで・・・むー!!」

 船に歩み寄るイシュマウリに、食ってかかるような調子のトロデを、ヤンガスが慌てて押しとどめた。
 イシュマウリは、そっとその巨大な船に触れ、目を閉じる。何かを思い出すかのように。

 「この船も月影のハープも、そしてこの私も、みな旧き世界に属するもの。礼を言おう。懐かしいものたちに、こうして巡り合わせてくれた事に」

 そして、一つ息を吐くと、イシュマウリは月影のハープをかき鳴らし始めた。
 途端に、エイリュートたちの周りに、魚の幻・・・いや、過去の記憶が見え始めた。

 「・・・さあ、おいで。過ぎ去りし時よ、海よ。今ひとたび戻って来ておくれ・・・」

 ハープをかき鳴らしていくうちに、イシュマウリの足元にわずかな海の記憶が蘇るが・・・だが、すぐに手を止めてしまった。

 「ありゃ? こりゃ、どうしたでげすか?」

 トロデの口をふさいだままのヤンガスが、不思議そうに首をかしげた。

 「・・・なんと! 月影のハープでも駄目なのか。これでは・・・」
 「えぇ!? そんな・・・一体、どうすれば・・・」

 その時だった。突然、エイリュートの傍にいたミーティアが嘶き、何かを訴えるかのように前足を上げたのだ。
 イシュマウリがその姿に気づき、そっとミーティアに歩み寄る。

 「気づかなかったよ。馬の姿は見かけだけ。そなたは高貴なる姫君だったのだね?」

 なんと、イシュマウリにはミーティアの本当の姿が見えているのだ。

 「・・・そうか。言の葉は魔法の始まり。歌声が楽器の始まり。呪いに封じられしこの姫君の声。まさしく大いなる楽器にふさわしい。・・・姫よ、どうか力を貸しておくれ。私と一緒に歌っておくれ・・・。そして、そちらの気高き姫君よ。そなたも、こちらの姫君と一緒に力を」
 「え・・・わたくし、ですか・・・?」

 同意するように、ミーティアが再び嘶く。は戸惑った表情を浮かべ、視線を落とすが・・・。

 「昨日、アスカンタで姫は歌っていただろう? オレは、音楽のことなんて、ちっともわからねぇし、興味もないが・・・それでも、姫の歌声はキレイだと思った。大丈夫だ。自信を持って歌えばいい」
 「ククール・・・」

 ポン、とククールがの肩に手を置く。仲間たちを見れば、エイリュートもヤンガスもゼシカも、トロデまでもが同意するように大きくうなずいた。
 イシュマウリがハープをかき鳴らす。は一つ深呼吸し、そしてハープの音色に合わせるように、その澄んだ歌声を響かせた。
 すると・・・先ほどまではイシュマウリの足元にしか現れなかった太古の記憶が、どんどんと大きくなっていくではないか。
 気づけば顔のすぐ下まで、海の記憶が蘇っている。溺れる・・・!と騒ぐトロデだったが・・・なんと、水の中でも息ができる。
 だが、その海の中を泳ぐこともできて・・・なんという不思議でとてつもない魔法なのだろうか。

 「すごい・・・キレイ・・・」
 「こんなことができるなんて・・・」

 うっとりとした表情のゼシカ。エイリュートもあ然としている。もはや完全に、辺りは過去の記憶を取り戻し、海と化しているのだ。
 そして、イシュマウリが大きくハープをかき鳴らすと、光の階段が現れ、船へと誘う。
 トロデとヤンガスが我先に・・・と階段を上って行き、ゼシカが少し戸惑いがちに階段に足をかける。当然、壊れたりすることはないのだが・・・。

 「ゼシカ、行こう」

 そう言って、彼女の前に手を差し出してくれたのは、エイリュートだ。

 「・・・うん!」

 うなずき、ゼシカはエイリュートの手を取る。不思議な光の階段は、船の甲板へと続いていた。

 「姫、オレたちも行こう」

 歌い続けているは、小さくうなずき、仲間たちの後を追って光の階段へ。振り返り、ミーティアへ手を差し伸べた。
 光の階段の終着地で、ククールがの小さな手を取り、彼女を甲板に下ろす。完全に船は過去の記憶の海へと着水していた。
 甲板から下を見下ろせば、そこにはイシュマウリが一行を見送るように、こちらを見上げていた。

 「さあ、別れの時だ。旧き海より旅立つ子らに、船出を祝う歌を歌おう・・・」

 そして、ハープをかき鳴らすと・・・その姿が幻のように消えてしまった。

 「イシュマウリさん、ありがとう!」

 聞こえているのかどうか、わからないが・・・ゼシカは、お礼の言葉を叫んでいた。
 船は、ゆっくりと記憶の海を泳いでいく。

 「何がなんだか、アッシにはどうにもわからないでげすが・・・」

 ヤンガスがそうつぶやくと、突然、トロデが背後からポカリ!とヤンガスの頭を努突いた。

 「寝ぼけたことを言うな! 全てワシのかわいいミーティアと、素晴らしき姫のおかげじゃわい!!」
 「イテテ・・・。まっ、ようやく船が手に入ったって事だけは、確かでがすね! 兄貴!」
 「喜ぶのは、まだまだ先よ。私たちには、やるべき事がある。ドルマゲスを追わなくちゃ。そのために苦労してこの船を手に入れたんだもの」

 神妙な面持ちで、ゼシカがつぶやく。彼女にとって、最大の目的はドルマゲスを倒し、兄の仇を討つことなのだ。

 「オレたちがいた東側の大陸には、もうドルマゲスはいなかった。となれば、だ。海を西に進めば、どこかで奴の足取りがつかめる。だろ? エイリュート」
 「うん・・・。情報屋さんも、そう言ってたしね。よし、じゃあ・・・」
 「よしっ! 西じゃ! 皆の者、西を目指すぞ!!」

 エイリュートの言葉を奪うかのように、トロデがそう声をあげ、飛び跳ねた。
 気づけば、船は記憶の海を越え・・・やがて現在の海へと進水していた。不思議なこの太古の船は、魔法の力で動いている。操縦はいらず、行きたい方向へ進路を取れば、進んでくれるようだ。

 「西の大陸・・・か。ドルマゲス、絶対に見つけ出してやる」

 遥か西の方角を見つめ、エイリュートは小さく、だが力強くつぶやいた。
 フト、海上を見つめていたククールが、何やら神妙な面持ちでつぶやく。

 「ドルマゲスが向かった先には、ワナがしかけられてるかもしれない・・・」
 「ワナ? 待ち伏せしている魔物が歓迎パーティーをしてくれるとか? へへっ、受けて立つでがすよ」
 「そうね。クラッカーとか鳴らして、お祝いされたり花束なんか、渡されたりしてね」

 いつになく真面目なククールの様子に、ヤンガスとゼシカが笑いながら言葉を返した。
 当のククールは頭を抱え、ため息をつく。

 「茶化すなよ。頼むから、真面目に考えてくれ・・・」
 「大丈夫ですわ、ククール・・・。どんなワナが待ち受けていようとも、わたくしたちなら、きっと先へ進めます。今はそう信じましょう。神は、わたくしたちを必ず無事な道へと導いてくださいますわ」

 両手を握り合わせ、力強く言葉を発したの姿に、ククールはどこかホッとした面持ちでうなずいてみせた。
 今は不安になって、考えを巡らせても仕方ない。ドルマゲスを追う・・・それがエイリュートたちに課された使命なのだから・・・。