20.再びの月へ

 扉の向こうは、あの時と同じ不思議な空間。
 さすがに二度目とあり、仲間たちの驚きも少ないが・・・ゼシカはアスカンタで起こった出来事は、やはり夢ではなかったんだ・・・!と確認できたようだ。
 イシュマウリは、不思議な光を放つ球体の前で、静かにハープを奏でていたが、エイリュートたちの気配に気づいて振り返った。

 「おや・・・? 月の世界へようこそ、お客人。月影の窓が人の子に叶えられる願いは、生涯で一度きり。再び窓が開くとは、めずらしい。さて、いかなる願いが君たちをここへ導いたのか? さあ、話してごらん」

***

 エイリュートが荒野の船について説明をすると、イシュマウリは懐かしそうな表情を浮かべた。

 「あの船なら知っている。かつては、月の光の導くもと、大海原を自在に旅した。覚えているよ。再び海の腕へとあの船を抱かせたいと言うのだね。それなら、たやすい事だ。君たちも知っての通り、あの地はかつて海だった。その太古の記憶を呼び覚ませばいい。君たちにアスカンタで見せたのと同じように・・・大地に眠る、海の記憶を形にするのだ。そう、こんな風に・・・」

 そう言って、イシュマウリがハープをかき鳴らす。心地よい音色に一同が聞き惚れていると、突然プツンと音がし、弦が切れてしまった。

 「ふむ・・・。やはり、この竪琴では無理だったか。これほど大きな仕事には、それにふさわしい大いなる楽器が必要なようだ。さて、どうしたものか・・・」
 「え・・・そんな、ここまで来て、どうしようもないってんでがすか!?」

 ヤンガスが食ってかかろうとするのを、エイリュートが必死に宥める。
 と、イシュマウリが何かに気づいたように、小さくうなずいた。

 「・・・いや、待て。君たちを取り巻くその気配・・・微かだが、確かに感じる。そうか! 月影のハープが星の世界に残っていたとは。あれならば、大役も立派に務めるだろう」
 「月影の・・・ハープ・・・?」

 聞いたことのない楽器の名前に、一同は顔を見合わせた。

 「よく聞くがいい。大いなる楽器は、地上のいずこかにある。君たちが歩いてきた道、そのどこかに。深く縁を結びし者が、ハープを探す導き手となるだろう。人の子よ。船を動かしたいと望むのなら、月影のハープを見つけ出すといい。そうすれば、すぐにでも荒野の船を大海原へと私が運んであげよう」

 とは言うものの・・・手掛かりは少ない。さて、どうしたものか・・・。

 「えっと・・・とにかく、その月影のハープって楽器があれば、船は動く。そういうことよね? お店に売ってるはずはないし、こうなったら片っ端から探すしかないわ」
 「月影のハープねえ。盗賊稼業の長いアッシも、とんと聞いたことがねえでげすよ。だいたい、地上のどこかにって軽く言ってくれやしたが、探す方の身にもなってほしいでがす」

 確かに・・・ヤンガスの言う通りだ。あまりにもヒントが大雑把過ぎる。

 「とにかく、これまでの旅で面倒見てやった奴の誰かが月影のハープを持ってるわけだ。たいそうな宝物らしいから、金持ちか王様ってとこじゃねえか?」
 「あ! なるほど・・・! ククール、冴えてるじゃないか!」
 「オレはマイエラ以降にお前らと仲間になったから、それ以前のことは知らない。誰か検討はついてるのか?」
 「お金持ち・・・は、お嬢様のゼシカか王女の姫だ。だけど、僕たちはまだシェルダンドに行ったことがない。ゼシカは月影のハープを知らない。となると、お金持ちの線は消える。となると・・・」
 「・・・王様・・・パヴァン王ですわね?」
 「そうです!」

 パヴァン王・・・その名前を聞いた途端、ククールの顔色が変わった。もちろん、そのことに気づいたのは、ゼシカだけだったが・・・。

 「イシュマウリさんの繋がりっていうこともあるし、間違いないよ! もしも、パヴァン王がはずれなら、その時はルイネロさんを頼ってもいいと思う」
 「ルイネロ・・・? 誰なの、それ」
 「トラペッタに住む、凄腕の占い師だよ。ドルマゲスの行方を占ってもらって、僕たちはリーザスに向かったんだ。彼の占いの腕は間違いないよ」
 「よし、それじゃあ決まりでがすな! アスカンタへ行くんでげすね?」
 「うん!」

 自信満々にうなずくエイリュートだが・・・やはり、ククールの表情は冴えない。

 「なあ、おい・・・オレの言ったことは適当だぜ? 信じていいのかよ?」
 「僕もククールの意見に賛成だからだよ。今も言っただろう? パヴァン王を訪ねて、もしもダメだったら、ルイネロさんに占ってもらうって」
 「・・・そうかよ。まあ、好きにしろ。あの王様には貸しがあるからな。国中の兵士を使ってでも、探し出してもらおうぜ」

 冷たくそう言い放つと、ククールは先に月影の扉を通ってトロデーンに戻ってしまった。

 「・・・何かあったのかな? ククールとパヴァン王」
 「特に何か・・・ってわけじゃないと思うわよ。まあ、ククールの気持ちはわからないでもないけどね」

 そう言って、ゼシカはチラッとに視線を向ける。目が合ったは、不思議そうな表情で首をかしげた。どうやら、原因が自分にあるとは、夢にも思っていないらしい。
 エイリュートたちも月影の扉を使い、トロデーンに戻ると、早速アスカンタにルーラで移動した。
 だが、今は夜。まずは宿屋に泊って、翌日、パヴァン王を訪ねることにした。

***

 ヤンガスのイビキに耐えられず、思わず上体を起こした。
 エイリュートの向こう側のベッドで眠るヤンガスは、豪快なイビキをかきながら、気持ち良さそうに眠っているし、その手前に眠るエイリュートもスヤスヤと眠っている。
 なぜ、こんな大きなイビキが聞こえる中、熟睡できるのか・・・これまでの旅の中、ククールにとって一番の謎である。
 ハァ・・・とため息をつき、ベッドを出る。上着を羽織り、宿屋の外へ出た。
 その途端、微かに聞こえてきた歌声。誰の声だろうか・・・? 導かれるように、歌の聞こえる方へ歩いていけば・・・宿屋の脇にあった犬小屋の前で、見慣れた金色の長い髪が座りこんでいた。
 歌声は、彼女のものだ。そして、彼女の足元で眠るのは、茶色い犬。安心したように、眠りこんでいるように見える。

 「・・・姫?」

 小さな声でつぶやけば、が声に反応して歌を止める。ゆっくりと振り返り、ククールの姿を見つけるとニッコリ微笑んだ。

 「こんな時間に、どうなさったんですか?」
 「姫こそ・・・。眠れないのですか?」
 「・・・トロデーンとアスカンタ・・・2つの国を行き来して、少しだけ自分の国のことを思い出しただけですわ」
 「シェルダンドのことを・・・ですか」
 「ええ・・・。お父様もお母様も、残して出てきてしまいましたから・・・どうしているかと・・・」

 ククールは、ゆっくりとに歩み寄り、彼女の足元で眠っている犬の頭を撫でてやった。

 「パスカル、といいますの」
 「? ああ、この犬の名前・・・」
 「パヴァン王と、シセル王妃が名づけた犬ですわ。本当に、仲のいいご夫婦でしたの。わたくし、そんなには親密ではありませんでしたが、何度かお見かけしたことがありましたわ」
 「・・・・・・」
 「パヴァン王は、今でもシセル王妃を愛していらっしゃいます。そのお気持ちは、簡単に変わるはずがありませんわ」
 「わかってますよ。2年も喪に服していたわけだし、王妃はそうとうの美人だ。忘れられるわけがない」
 「わたくしは・・・シセル王妃を思う、パヴァン王がうらやましいです。いつか、わたくしも・・・あんな風に心の底から誰かを愛することができるのでしょうか・・・?」

 それは答えることができなかった。
 は王女だ。しかも聖王国の王女だ。そして、シェルダンドの跡継ぎとなる。彼女は女であるため、彼女の夫がシェルダンドを治めることになる。そうとなれば・・・然るべき身分の男が、彼女の夫となるだろう。
 間違っても・・・自分のような、遊び人の僧侶とは関係のない話だ。

 「ククールは、マイエラの領主の息子で、聖堂騎士ですわね。ククールにも、もしかしたら婚約者がいらっしゃったのかもしれませんわね」
 「・・・もしも・・・もしも、オレがマイエラの領主の息子のままだったら・・・オレにも、望みはありましたか?」
 「え・・・?」
 「・・・あなたの、婚約者となる・・・望みが・・・」
 「!!!」

 ザアッ・・・と、強い風が吹き抜けた。ククールの銀髪と、の金髪が風になびく。
 告げられたその言葉に、は答えを返すことができなかった。
 困ったように目を伏せたを見て、ククールは「すみません」といつもの笑みを浮かべた。

 「あなたを困らせるつもりじゃなかった。単なる好奇心ですよ。まさか本気でシェルダンドの跡継ぎになりたい、なんてことは考えません。さあ、姫。そろそろ休んだ方がいい。オレも、ヤンガスのイビキに苦しみながらも、眠らせていただきますよ」
 「え・・・イビキ、ですか? まさか、それで眠れずに・・・?」
 「ええ、恥ずかしい話ですけどね」
 「それなら・・・わたくしが、ラリホーをかけてさしあげますわ。確かに、あのイビキは少し厄介ですものね」

 クスッと笑う。旅の道中の野宿で、彼女もヤンガスのイビキのすごさは知っている。
 2人で宿屋の中に戻り、エイリュートたちの部屋へ入る。

 「おやすみなさい、ククール・・・」
 「おやすみなさい。いい夢を」

 小さくが呪文の詠唱をする。ラリホーの呪文がククールにかけられると、彼はそっと目を閉じた。
 しばらくして、彼が規則正しい寝息を立てるのを確認し、はそっと微笑んだ。

 「・・・おやすみなさい・・・」

 そして、誰も見ていないことを確認し、は屈み、眠るククールの頬に軽く唇を押し付けた。

 「!」

 だが、慌てて彼から離れ、顔を真っ赤に染める。自分は、眠っている彼に何をしたのか・・・。

 「さ、さあ・・・わたくしも、寝ましょう・・・」

 逃げるように、部屋を後にし、自分の部屋のベッドにもぐりこむが、ドキドキした胸はなかなか治まらず、眠りにつくことができなかった。