トロデ王の命により、占い師の娘ユリマの頼みを聞くことになったエイリュートとヤンガスは、トラペッタの住人に気づかれないよう、静かに町の中に戻って行った。
その様を、酒場から出てきた一人の少女がジッと見つめる。
少女の横を通り過ぎた二人組み・・・少女は、そっとその二人組みを振り返った。
「・・・トロデーンの紋章?」
少年が背中に背負った剣を見つめ、少女は小さくつぶやいた。
エイリュートとヤンガスはユリマに言われた家に向かう。井戸の前の家・・・エイリュートとヤンガスは顔を見合わせるとそっとドアをノックした。だが、返事がない。
不思議に思って家のドアを開ければ・・・ユリマはテーブルに突っ伏したまま、眠っていた。
「あの・・・ユリマさん・・・?」
エイリュートが声をかけると、ユリマはハッと目を覚ました。
「あ・・・ごめんなさい! 私ったら、ついうたた寝しちゃって。あぁ、でも本当に来てくださったんですね!! どうか私の頼みを聞いてください!」
「頼み・・・?」
「すみません、一からお話します。私の父、ルイネロは腕のいい評判の占い師でした。それが・・・最近はまるで人が変わってしまったかのように、まったく占いが当たらなくなって・・・。それは、きっとこの水晶玉にあるんです」
ユリマが視線を動かし、テーブルに置かれていた大きな水晶玉を見つめた。
「これは、今ではただのガラス玉・・・あ・・・!」
ユリマの言葉と同時に、家のドアが開き、ルイネロが入ってきた。
「何をしている! ユリマ!!」
「お父さん・・・!」
ルイネロは、次いでエイリュートとヤンガスに視線を向ける。
「あんたらはさっき酒場で会った人たちだな・・・。娘が何を頼んだのか知らんが、余計なことに首を突っ込まないでもらいたい!」
ルイネロはそう吐き捨てると、さっさと二階に上がってしまった。エイリュートとヤンガスは、そんなルイネロの姿を見送り、ユリマに視線を戻した。
「ごめんなさい・・・せっかく来てくださったのに、父があんな態度取って・・・」
「いえ、そんな気にしないで」
「ですが・・・どうか、父のためにも水晶を見つけてほしいのです・・・! お願いします!」
深々と頭を下げるユリマに、エイリュートとヤンガスは断ることなどできなかった。
ユリマの話によると、水晶はどうやら街の南にある滝の洞窟にあるということだ。なぜか、そうだと感じるのだと言う。「わたしもルイネロの娘ですから」と照れくさそうに笑う姿が印象的だった。
ルイネロの家を出て、街の外で待っているトロデのもとへと戻る。事情を説明をすると、トロデは顔を輝かせ、ぜひともユリマの力になってやれ、と言い出したのだった。
すでに夜も更けており、出発は明日の朝に・・・ということになった。
さすがにトロデは先ほどの騒ぎのこともあり、トラペッタの街に入ろうとは思わず・・・エイリュートとヤンガスだけが街の宿屋に泊ることにした。
そして、翌朝・・・青い空の広がる晴天だ。街の人々に聞いた話をまとめ、エイリュートたちは南にある洞窟へ向かうため、薬草や毒消し草といった道具を買いそろえていた。
「・・・こんにちは」
「え?」
女の声に、エイリュートとヤンガスが同時に振り返る。
そこに立っていたのは、確かに女だ。白を基調とした旅装に、長い金髪、大きなマゼンタ色の瞳をした未だかつて見たことのない美少女がそこに立っていた。
「あ・・・今の時間だと、“おはようございます”ですわね」
「・・・は?」
「ごめんなさい。ばあやには挨拶はきちんと、と口うるさく言われてますのに」
「・・・・・・」
「兄貴、なんでがすかね、このネーちゃん」
なんだか見た目は美人なのだが、おっとりしているというか・・・頼りないというか・・・そんな印象だ。
「失礼いたしました。あなたは、トロデーン王国の関係者ですわね?」
「え・・・! どうしてそれを・・・」
「あなたの背負ってらっしゃる剣に、トロデーンの紋章が入っておりましたので」
「どこでそれを・・・??」
「昨日の晩ですわ。ちょうど、そこですれ違いましたの。ご存じありませんでしたか?」
「・・・はぁ」
なんというか、テンポが崩される。おっとりしているのだ。穏やかな口調と微笑みなのだが、どうにも接しにくい。
「わたくし、トロデーンの国王様にお会いしに行ったのですが・・・驚いたことに、トロデーンには誰もいらっしゃらず、いたるところにイバラが生えてて・・・」
「あ〜・・・ネーちゃん、申し訳ないが、こっちは急いでるんでがす。待ってる人がいるんで」
「まあ・・・! それは失礼いたしました。ですが、わたくしも急いでるのです。トロデ王とミーティア姫にお会いして、これを・・・渡そうと」
少女がゴソゴソと取りだしたのは、見たことのない石。だが、磨き抜かれたそれは陽の光を浴びてキラリと眩く光った。
元山賊であるヤンガスの目が輝く。だが、すぐさまエイリュートが咳払いをし、ヤンガスは我に返った。
「・・・トロデ王とミーティア姫をご存じなのですね?」
「ええ。とてもよくしていただいております」
「わかりました・・・。それならば、事情を説明しましょう」
「兄貴・・・! いいんでがすか!?」
「うん。見たところ、悪い人じゃなさそうだし。・・・ちょっと危なっかしいけど」
確かに、危なっかしいというか・・・まさか、これが演技で、実はトロデとミーティアを殺しに来た刺客・・・だとしたら、恐ろしい話だ。
だが、彼女から感じる気配は、どう見てもそんなことを考える人のものではない。エイリュートは、自分の直感を信じることにした。
トラペッタの街を出て、街道脇の道端に見慣れた白馬が待っていた。そして、その荷台から姿を見せたのは、今はモンスターと化してしまったトロデだ。
トロデは、エイリュートたちの姿を見つけると、少しだけ不機嫌な表情をしたが・・・彼らの後ろをついてきた少女の姿を見るや否や、目を見開いた。
「なんと・・・姫!!!?」
「「え!?」」
トロデが発した言葉に、エイリュートとヤンガスが同時に驚愕の声をあげる。
驚いて振り返った2人の視線を受け、少女がニッコリと微笑み・・・トロデへ視線を向けた。
「わたくしのことを、ご存じなのですね?」
「当然じゃ! わしじゃ! わしじゃよ! 姫! トロデーンのトロデじゃ!」
「・・・はい?」
告げられた言葉に、と呼ばれた少女は目をパチクリ。
信じられないのも無理はない。何せ、彼女の目の前にいるのは、小さな緑色したモンスター。
だが、確かに彼は自分の名前を呼んだ。それに、この声には聞き覚えがある。
「おっさん、このネーちゃんのこと、知ってるでがすか?」
「バッカモーン!!!! “ネーちゃん”などと、失礼極まりないっ! この方は、聖地ゴルドのお膝元である、聖王国シェルダンドの正統なる王位継承者、・セレルナ・シェルダンド王女じゃ!」
「「聖王国の王女!?」」
エイリュートとヤンガスが同時に声をあげ、少女は「あ・・・あの・・・!」と慌てた様子でトロデに詰め寄った。
「わたくしは、トロデ様に渡したいものがあって、トロデーンを訪れたのです・・・! あの・・・ミーティア姫の婚約をお祝いし、こちらを・・・」
「おぉ・・・! なんと素晴らしい!! 姫や、ミーティア姫や! ほら、お前のために姫がこんなにも美しい宝石を持ってきてくださったぞ」
トロデが話しかけたのは、当然ながら荷台を引く白馬だ。その様子に、は呆気に取られてしまう。
「い、一体、どういうことなのですか!? トロデ様と・・・そのキレイな白馬が・・・ミーティア姫?」
信じられない・・・という様子の。無理もないだろう。にわかには信じがたいに決まっている。とくに、かつての姿を知っている者には。
「事情を説明すると・・・王と姫はドルマゲスという魔法使いに呪いをかけられてしまったのです」
「まあ・・・! なんて、おいたわしい・・・! まさか、トロデーンのお城も・・・?」
「そうです」
小さくうなずくエイリュートに、は眉根を寄せた。
「・・・それで、呪いをかけたドルマゲスを探している、ということでしょうか?」
「そうです。まあ、今はちょっと・・・別件で頼まれごとをしてしまったので、これから滝の洞窟へ向かうことになったのですが・・・」
「わかりましたわ・・・。トロデ様、わたくしもドルマゲスを追う旅に同行させてくださいませ」
「えぇ!?」
「な・・・なんとっ!!? 姫、今なんと申した??」
「トロデ様とミーティア姫をこんな姿にしたドルマゲスを、わたくしは許すことはできませんっ!!」
「し・・・しかし、姫・・・そなた、シェルダンドに戻らなくてもよいのか?」
「トロデ様とミーティア姫の一大事です。父上も、わかってくださるでしょう」
「「「・・・・・・」」」
エイリュート、ヤンガス、トロデの3人は、決意を固めた美しき王女の姿に、言葉も出ない。
「改めまして、・セレルナ・シェルダンドですわ。よろしくお願いいたします」
ペコリ、と丁寧に頭を下げたに、エイリュートは「・・・はぁ」と答えることしかできなかったのである。