19.呪われし王国

 荒野から洞窟を抜け、広い草原を抜ければ、見えてくるのはトロデーン城だ。
 かつては、華やかであったろうその場所は、暗雲が立ち込め、城中イバラで包まれている。
 それは、全てあの道化師・・・ドルマゲスの起こしたこと。国が呪われたのも、国王と王女が呪われたのも、すべてドルマゲスの仕業なのだ。
 トロデーン城が近づくにつれ、一同の間からは言葉が失われていく。城全体を包み込む、暗い空気・・・それが、エイリュートたちにまで伝染してしまったようだ。

 「これが・・・あの美しかったトロデーン城・・・」

 城門を見上げ、が悲しそうにつぶやいた。
 イバラが絡みつく城門は、やって来る者を全て拒むかのようだった。

***

 その城門をエイリュートが押し開こうとするが・・・ビクともしない。どうやら、完全にイバラが絡みついているようだ。降参、というようにエイリュートが首を横に振る。

 「このままでは入れんのう。ゼシカ、このイバラを魔法で何とかしてくれんか?」
 「仕方ないわね。ちょっと待ってて」

 トロデの要望に応えて、ゼシカが門の前に立ち、メラの呪文を詠唱する。
 ゼシカの手から放たれた火の玉が城門に絡みつくイバラを焼き尽くした。

 「さあ、これで入れるわよ。でもお願いだから、このお城のイバラを全部焼き払え、なんて言わないでよ。私の魔力じゃ、とてもじゃないけど、そんなこと不可能なんだから」

 確かにそうだ。この城中のイバラを燃やすとなれば、ゼシカがどれだけメラを放てばいいのやら。
 城の中に入った一行は、荒れ果てた様子に眉根を寄せた。特に、トロデとエイリュートのショックは大きい。かつての面影がまるでないのだから・・・。

 「美しかった我が城のなんと荒れ果ててしまったことか。これも全て、あのドルマゲスによる呪いのせいじゃ。ワシらの旅は、あの日我が城の秘宝が奪われたことから始まったのじゃったな・・・」

 そうだった。あの日、ドルマゲスがやって来て、トロデーンの秘宝である杖が盗まれ・・・国は呪いをかけられたのだ。
 封印をしてあった杖を、いきなりやって来たあの道化師が、何かに導かれるかのように、盗んでいったのだ。けして触れてはならない・・・と、先祖から伝えられていた杖だった。
 その教えに従い、トロデもミーティアも、国の者たちもけしてこの封印の間には近づかなかった。

 ドルマゲスは杖を手にすると、豹変し・・・そして、牙を剥いた。突然、杖の魔力を放出したのだ。
 国の人間はイバラに姿を変えられ、そして国自体をイバラの国へと変えた。
 救いだったのは、魔法陣の中にいたトロデとミーティアだった。魔物と馬に姿を変えられはしたものの、2人はイバラになることはなかったのだ。
 そして・・・エイリュート。彼だけは、なぜか呪いにかからず、こうして人間の姿のままだ。
 思えば、今までも何回か呪いをかける魔物と出会ったが、エイリュートは呪いを弾き、けしてかかることはなかった。
 巫女として修行を積んだ身であるも、呪いに屈することはないが、エイリュートは僧侶の修行などしていない。
 現に聖堂騎士であるククールですら、呪いにはかかってしまうというのに・・・。

 「あの時・・・結界の中にいたワシらはともかく、どうしてお前が無事だったのかのう?」
 「・・・さあ・・・僕にもさっぱり・・・」
 「・・・ふむ、わからんか。まあ、運が良かったんじゃろうな。お前は昔からそうじゃったし・・・」

 エイリュートには、両親の記憶がない。小さい頃、トロデーン城の近くの森に、捨てられていたのだ。それを兵士長が発見し、我が子同然に育ててきた。
 その頃から、エイリュートと一緒にいたネズミのトーポ・・・。彼だけが、エイリュートの過去を知る唯一の存在なのかもしれない。

 「兄貴ぃ〜! そんな所で、おっさんと突っ立って何してんでさあ?」

 ヤンガスのエイリュートを呼ぶ声に、視線を動かせば、先の噴水で仲間たちがエイリュートを待っていた。

 「城の中で、あの船のこと調べるんでげしょう? さっさと行くでがすよ〜!」

 手を振るヤンガスに、エイリュートはうなずき、自分を待つ仲間たちのもとへ歩み寄った。

 「図書室は、確か・・・あの辺にあったはず。僕も何度か利用したことあるからね」
 「この雰囲気・・・城の中は、魔物が巣食ってるはずですわ。皆さん、気をつけて行きましょう」

 図書室のある方角を指差し、場所を確認すると、エイリュートたちは神妙な面持ちでうなずき合った。
 城の中は、やはり魔物が巣食っており、イバラも絡みついていた。呪われる前の綺麗なトロデーンの面影はない。
 そして・・・イバラと化した城の住人たち。見ているだけで、心が痛む。彼らは、イバラに姿を変えられてはいるが、微かに人としての温もりを残しているのだ。
 フト、ククールを見ると、静かに両手を合わせて祈りを捧げている。意外すぎるその姿に、エイリュートは目を丸くする。
 エイリュートの視線に気づいたのか、ククールが肩をすくめた。

 「オレが祈ったって、こいつらが助かるわけじゃないが・・・まあ、気休め程度にな・・・」
 「ありがとう、ククール・・・」

 例え、気休めでも、そのククールの心づかいがうれしかった。

 「姫は、トロデーンに来たことあったのよね・・・?」
 「ええ、何度か。ミーティア様が大事にしてらした、お花畑もメチャクチャになってしまって・・・。ドルマゲス・・・やはり、許すことはできませんわ」

 もちろん、それは一同同じ気持ちだ。ドルマゲスを許すことなどできない。
 イバラと魔物が襲いかかる中、ようやく図書室に辿り着いた一行。だが、そこもかつての面影はない。窓や壁に伝うイバラ。どこもかしこも、同じ状態だ。

 「う〜む。ここもずい分と荒らされておるのう。まったく嘆かわしいことよ。さて、エイリュートよ。まずは、例の船について書かれている本を探すのじゃ。そして、あれを動かすための手掛かりを見つけ出すのじゃぞ!」

 簡単には言うが・・・この図書室の蔵書の数は、そうとうなものだ。ここから、船の手掛かりを探すとなると・・・大変な作業だろう。

 「この部屋・・・イバラにされた人が1人もいないね。ちょっと、ホッとする・・・」

 ゼシカが図書室の中を見回し、つぶやくが、すぐにハッと我に返った。

 「ごめんね、今はそんなことより本を探さないと・・・!」

 そう言って、真っ先に本棚に駆け寄り、手掛かりを探し始めた。

 「しかし・・・そうは言っても、膨大な量だぜ? よし、オレはここを探すから、お前らは残りな。頼んだぞ」
 「ククール、ずるいでがす! いや、でも待てよ・・・ら、り、る、れ・・・れ? 例の船の本、なんて題名の本はないでげす!」
 「・・・バカか、お前は」

 漫才を繰り広げるククールとヤンガスは放っておき、エイリュートとも本を探し始めた。
 あの荒野の過去がわかる本と、船について書かれた本。だが、こうして見ていると、なかなか興味深い本も多く、別の本に興味を示してしまう。

 「まあ・・・これはサヴェッラ大聖堂の法皇の書かれた本ですわね・・・。シェルダンドの書物庫にもないものが・・・! これは聖ミトラの聖書・・・! まあ・・・」
 「姫・・・目的を間違えてますよ」
 「あ・・・! ごめんなさい、エイリュート・・・!」

 カァ・・・と頬を染め、は改めて船についての本を探し始めた。
 ついつい夢中になって探していたせいか、本棚を伝うイバラに指を引っかけてしまい、は小さく悲鳴を上げた。

 「姫!? どうしたんだ?」
 「え・・・いえ、ちょっとイバラが指に・・・」
 「見せてみろ」
 「えっ!!」

 グイッと半ば乱暴に、ククールがの右手を引っ張る。人差し指に棘が刺さった痕があり、赤い血がプックリと吹き出ている。

 「あの・・・ククール、大したことありませんから・・・!」
 「ここからバイキンでも入ったらどうするんですか。いいから、ジッとしてくれ」

 ククールが小さく呪文の詠唱をする。どうやらホイミのようだ。淡い光がの指を包み込み、傷を癒す。

 「ありが・・・」

 お礼を言いかけただったが、ククールがの人差し指を自分の口元へ持って行き、あふれ出た血をペロッと舐めた。
 その瞬間、胸がドキンと高鳴り・・・そして、それを見ていたであろうエイリュートが「ククールっ!!! 君、何して・・・!!!」と叫んだ。

 「姫が指を怪我したんで、治療してたんだよ」
 「そ、そうじゃない・・・! 君、今・・・!!!!」
 「ああ、血が出てたからな」
 「君は・・・なんでそういうことを・・・!!!」
 「別にいいだろ。血が出たら舐めるっつーのは基本だ。気にするな」
 「するに決まってるじゃないか!」
 「そんなことより、早く本を探そうぜ。ここは、薄暗い。気分が沈んでくるよ」

 はドキンドキンと高鳴る胸を押さえ、必死に呼吸を整えた。
 そういえば、彼は最近、自分に対して距離を置いていたのに・・・。うれしい半面、気恥ずかしい。
 いや、そんなことよりも、早く本を探し出さなくては・・・! は気持ちを切り替え、再び本棚と向き合った。

***

 一体、どれくらいの時間が経過しただろうか。その本を見つけたのは、エイリュートだった。
 『荒野に忘れられた船』というタイトルの本。早速、トロデがその本を読み進めることにした。

 「結局、わかったのはあの船がある荒野の辺りが、大昔は海であったということくらいか。これでは、どうしようもないな。今現在もあそこが海だったなら何の苦労もなかったのじゃが・・・」
 「大昔の記憶・・・記憶ですか・・・。アスカンタで、昔の記憶を見せてくれたイシュマウリという方と、連絡が取れればよいのですが・・・」

 トロデの言葉に、がとある人物を思い出したようだ。
 月の世界に住む、不思議な人物・イシュマウリ。彼の奏でるハープは、その物の記憶を形にすることができる。
 だが、月影の扉は、そう簡単に現れない。助けを求める強い心がなければ・・・。

 「・・・ん?」

 トロデがフト、何かに気づく。窓の外の満月が、雲が晴れて見え始めてきていたのだ。
 そして、その月明かりが・・・イバラの絡まった窓に影を映しだし・・・あの時と同じように、窓の影が壁に伸びたのだ。

 「ねえ、あれ・・・あの窓の形。確か、アスカンタでも見たわよね? どうしてここに・・・?」

 ゼシカが驚いたように声をあげる。一同は椅子から立ち上がり、月の窓の近くまで歩み寄った。

 「ありえない場所にありえない船。呪われたイバラ城ときて、今度は月の窓まで現れたか。まるでお伽噺だね。まあいいや、乗ってみるか」
 「ククールの言う通りだね。イシュマウリさんに会ってみよう・・・!」

 エイリュートは立ち上がり、窓の前まで行き・・・そっと手を伸ばした。
 アスカンタの願いの丘のときと同じように、壁に映し出された窓は、眩い光を放ちながら、ゆっくりと開かれた。