ポルトリンクまでルーラで戻り、西へ向かえば、確かに崖で通行止めになっていた部分が開通されていた。
「情報屋のダンナの話は本当だったでがすな! ということは・・・船があるっていうのも、本当でがす!」
「古代の魔法船か・・・一体、どんな船なんだろうな」
話をしながら歩くエイリュートとヤンガスを見つめながら、どこかボンヤリしながら歩いていたは、道端に落ちていた小石に案の定、躓いた。
「キャ・・・!」
転ぶ・・・と思った瞬間、グイッと体が後ろへ引き寄せられ、ドンと何かにぶつかった。
「大丈夫ですか、姫?」
「え・・・あ・・・」
サラリ・・・と彼の動きに合わせて、銀色の髪が揺れる。アイスブルーの瞳が、の顔を覗き込んできた。
その瞬間、の心臓がドキンと大きく跳ねた。顔に熱が集中するのがわかる。
─── あやつは本気の恋愛は未経験のようじゃな
途端に、先日のトロデの言葉を思い出し、は慌ててククールから体を離した。
「だ・・・大丈夫ですわっ!!!」
火照った頬を隠し、はククールに背を向け、再び歩き出した。
様子のおかしいに、ククールは肩をすくめ・・・ゼシカの「残念ね」という茶化しを気にすることなく、小さく息を吐いた。
***
荒野に向かう途中の道で、一軒の山小屋を発見した。向かってみれば、宿屋だ。船のことを尋ねてみると、確かにそんな噂を聞いたことがある・・・とのことだった。
「ねえ、姫・・・? 私、最近夢見が悪いんだけど、何かいいお祈りとか知らない?」
「まあ・・・何か心配ごとでもあるのですか?」
「う〜ん・・・心配ごとっていえば、やっぱりドルマゲスのことよね。早くあいつを見つけて、兄さんの仇を討ちたいもの」
「大丈夫ですわ。わたくしたちは、ドルマゲスを倒すために、こうして旅を続けています。わたくしたちは、必ずドルマゲスに追いつくことができますわ。今は、出来る限りのことをし、力を蓄え、サーベルト様の仇を・・・オディロ院長の仇を・・・そして、ドルマゲスによって奪われた命のために、戦いましょう」
そう言うと、は胸のロザリオを握り締め、ゼシカの傍に歩み寄った。
「ゼシカに神の祝福を・・・安らぎと幸福を与えんことを・・・」
そっと目を閉じ、ゼシカはと一緒に祈った。
ここまで、色々なことがあった。エイリュートたちと出会い、ポルトリンクでは海の魔物を倒し、マイエラでオディロ院長を救うことができず・・・。アスカンタではイシュマウリによって不思議な経験もした。パルミドではミーティアがヤンガスの昔馴染みの盗賊に売られ、トラップだらけの洞窟で四苦八苦した。
それらの出来事は、当時は苦しいことだったが、こうして乗り越えると、全てが良い経験となっている。それはきっと、ゼシカだけでなく、パーティー全員が同じ思いだろう。
「ありがとう、姫・・・。心が軽くなったわ」
「そう・・・。よかったわ。わたくしでよければ、いつでも力になりますわ。遠慮せずに、おっしゃってくださいね」
ニッコリと微笑むの表情。それもまた、ゼシカの心を軽くする。
聖王女というのは、その存在自体が尊いものだ。彼女の全身から染みでる、癒しの雰囲気。彼女を見た者が荒んだ心が癒されるという噂を聞いたことがある。
ゼシカ自身、に会うまでは「そんな神様みたいな天使みたいな人間が存在するわけない」と思っていた。噂でしか聞いたことのなかった“シェルダンドの聖王女”・・・想像していた人物像と違い、驚いた。
「ねえ、姫・・・?」
「はい」
「姫って・・・その・・・将来を約束した相手とか、いるの?」
「え・・・」
ゼシカの唐突な質問に、はキョトンとした表情になる。
「あのさ・・・私、サザンビークの大臣の息子と、形だけの婚約者だったの。まあ、私は家を出ちゃったから、婚約自体は破談・・・って形になったけどね。姫は王女様でしょ? そういう人が、いたのかな〜って。ミーティア姫も、サザンビークの王子と婚約決まったばかりだし、ね」
「え、ええ・・・わたくしにも、婚約者がいますわ。シェルダンドの・・・大臣の子息です」
「へぇ〜! そうなんだ? じゃあ・・・自由に恋愛もできないのね」
「そう・・・ですわね・・・」
なぜか、最近よく“恋愛”という言葉を耳にする。先日のトロデといい、今のゼシカといい。
長い旅の間で、恋が芽生えることもめずらしくはないだろうが・・・まさか、自分には・・・と、思う。
「私は、ラグサットとの婚約、勝手に決められてイヤだったなぁ〜。姫は? どうなの?」
「わたくしは・・・神のご意思であれば、そうするべきだと思います」
「えぇ〜? 姫の婚約は、神のご意思なの?? 違うでしょ。ねえ、姫? 姫って、そういうことには押しが弱そうだから、忠告しておくけど・・・ちゃんと、自分の幸せは自分で掴むべきよ! ね?」
「・・・ええ、そうですわね・・・」
ゼシカは一体何を言いたいのだろうか・・・? だが、それを問うよりも早く、ゼシカは「よし!」と納得した様子でうなずき、ベッドにもぐりこんだ。
「おやすみなさい、姫。今日はいい夢見られそうよ」
「それは良かったですわ。おやすみなさい、ゼシカ。いい夢を・・・」
***
翌日、山小屋の宿屋を後にした一行は、荒野へと下りて行った。
天気は良く、空気も気持ち良い。魔物たちの姿がなければ、ちょっとしたピクニック気分なのだが・・・容赦なく、一行には魔物が襲いかかって来る。
襲いかかる魔物たちを倒しつつ、荒野のど真ん中へたどり着き・・・エイリュートたちは呆気に取られた。
そこには、確かに船が存在したのだ。巨大な船。砂埃をかぶっているが、さぞかし立派な船だろう。
「むむっ!? これは!! ううむ・・・。間違いない、これは船じゃ! パルミドで聞いた古代の船じゃぞ!」
トロデも興奮した様子で、船を見上げて叫ぶ。
「この船を我が物とすれば、憎きドルマゲスの奴めを追うこともできようぞ!」
「でも・・・問題がありますわ。この船は、荒野の真ん中にあります。どうやって、海まで運びますか?」
の冷静な指摘に、トロデが「う〜ん・・・」と考え込む。
仲間たちも船を見上げ、困ったように顔を見合わせる。
「確かに、姫の言う通りだな。まさか、オレらに運べ、なんて無茶は言わないよな?」
「力仕事が得意なあっしでも、さすがにこれは・・・無理でがす」
「こんな大きな船、どうやったって運ぶのは無理よ。人出が何人いると思う?」
仲間たちが口々に弱音を吐く。せめて、もう少し海の傍ならば・・・と悩む一行だが、トロデが何かに気がついたようだ。
「そうじゃ! エイリュート!! ちょっと地図を見せてみい!」
「地図ですか・・・? はい、どうぞ」
トロデが受け取った地図を広げる。エイリュートたちは、トロデの背後から地図を覗き込んだ。
「まず、この北・・・ここがワシの城じゃ。そして今いる場所は・・・ふむ。ここか」
トロデーン城の真南。そこが現在地だ。
「これは、城に戻って図書室で古い記録を調べれば何かわかるかもしれんぞ! エイリュートよ! 城じゃ! トロデーン城に戻るぞ! さあっ、仕度をせい!!」
「トロデーン城でがすか! エイリュートの兄貴が兵士として働いていた場所。アッシの憧れの地でげす。城にはきっと、兄貴の男気に惚れこんだ部下たちが100人も200人も待ってるんでげしょうなぁ〜」
ヤンガスがどこかうっとりとした表情で言うが・・・トロデーン城は呪いにより、城の人間たちは全てイバラに変えられているのだ。
詳しい事情を知らないヤンガスが、そのことに気づくはずもないが・・・。
「トロデーン城って・・・呪いで一夜にして廃墟になったって、あのトロデーン城か。噂は知ってる。フーン・・・となると、馬姫様や化け物王が呪いでこうなったってのも、やっと納得いったよ。・・・どうやら、ドルマゲスは本格的にヤバイ奴みたいだな」
「ククール、今までトロデ王と馬姫様のこと信じてなかったわけ?」
「いや、トロデーン城のことは単なる噂だと思ってたからな」
「わたくしは、この目で見てきましたわ・・・トロデーン城の様子を・・・。まさか、あんなことが起こるなんて・・・信じられませんわ」
両手を握りしめ、祈りを捧げるように目を閉じる。これは浮かれている場合ではないな、とヤンガスも気づいたようだ。
「それじゃあ・・・次の目的地は・・・」
「トロデーン城・・・ね」
エイリュートとゼシカは、顔を見合わせうなずきあった。