ビーナスの涙を取りに行くことになった一行なのだが・・・ここで問題が。
「・・・トロデ王、どうするの?」
「あ・・・」
まさか、一緒に洞窟へ向かうわけにもいかない。だが、ここへ残すわけにもいかない。
「・・・姫、申し訳ありませんが今回はここに残っていただけませんか?」
「え?」
エイリュートの提案に、が目を丸くする。
「姫がいくら口で“大丈夫”とおっしゃられても、やはり僕たちは心配なんです。それと・・・トロデ王を監視して、止めることができるのも姫だけかと」
「まあ・・・そういうことでしたら・・・わたくしは、ここに残ってエイリュートたちの帰りを待ちますわ」
笑顔で承諾してくれたに、エイリュートたちはホッとする。
「それでは、姫・・・申し訳ありませんが、トロデ王のことをよろしくお願いします」
「ええ、わかりましたわ」
少々、不安が残るが・・・エイリュートたちはゲルダの小屋にとトロデを残し、ビーナスの涙を求めて北の洞窟へ向かった。
***
洞窟の中へ入ると、ヤンガスが「あれを見るでがす」と真っ直ぐ先を指差した。
「あの宝箱にビーナスの涙って宝石が隠されてるって話しでがす。アッシも以前、この洞窟には挑戦したんですが、その時はあの宝箱までたどり着けなかったんでがすよ。でも今度こそは何としてでも、あそこまでたどり着いてビーナスの涙を手に入れるでがす!」
「最初に宝箱が見えるのに、そこまでなかなかたどり着けないなんて、意地悪な造りの洞窟ね。ここを作った人間の根性の悪さがにじみ出てる感じだわ」
「この洞窟は、大昔の好事家が自慢のお宝・・・ビーナスの涙を安置するために作ったんだそうでがす。色んな仕掛けが邪魔して、アッシ一人じゃとても目的の宝箱までたどり着けないんでさあ」
「ゲルダもこんな近くにお宝があるってのに、これまで自分で取りに来ようとは思わなかったのかね? それとも誰かさんみたいに、自力じゃ宝を取れなかったから、オレたちを利用しようってのか?」
「誰かさんってのは、アッシのことでげすかい? う〜っ! いちいち嫌味な男でがす」
ククールの茶化す言葉に、ヤンガスが悔しそうに歯噛みし、その様を見てさらにククールは楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「さあ、早くビーナスの涙を手に入れて、ミーティア姫を救い出そう!」
「そうね・・・。姫もトロデ王の相手してて大変でしょうしね!」
そうだった・・・と、一行はそのことを思い出す。
あの美しい王女は、どうやってトロデを押さえこんでいるのか・・・少しばかり見てみたい気もする4人であった。
***
「エイリュートたちは、どこへ行ったのじゃ!? わしを置いていくなど・・・!!!」
「トロデ様、わたくしも残りましたの。ミーティア姫のことは、ヤンガスたちに任せて、わたくしたちは彼らの帰りを待ちましょう」
「む・・・姫も一緒かのう・・・。それにしても、あいつら・・・わしと姫を置いていくとは!」
「わたくしが名乗り出たのです。トロデ様を危険な場所に連れて行くわけにもいきませんし・・・。わたくしもまだ本調子ではありませんから」
「そうじゃったな! 姫、体は大丈夫かの?」
「ええ、ご心配はいりません」
「そうか・・・それは安心じゃ。それより・・・ミーティアはどこにいるんじゃ? ヤンガスの話では、ここの女盗賊が買っていったというではないか」
「ええ・・・それも、ヤンガスたちに任せておきましょう」
まさか、背後の馬小屋にミーティアがいる・・・などと伝えられるものか。せっかく、穏便に済まそうとしていることが、ややこしくなってしまう。
「姫・・・」
「はい?」
「わしはな・・・ミーティアのことを、それはそれは大切にしておるのじゃ」
「ええ、わかっておりますわ。トロデ様の様子を見れば、それは一目瞭然ですもの」
「子を思わぬ親はおらぬ。それは、わかっておりますかな?」
「え・・・?」
トロデが諭すような視線でを見つめた。今のは、トロデとミーティアのことを言ったのではない。と父王・母王妃のことを言っていたのだ。
「・・・もちろん、理解しております。お父様とお母様がわたくしを大切にしていることは」
「そろそろ、何があったのか・・・ワシにだけでも教えていただけんかのう? 聖王国の王女が、なぜわしを頼ってトロデーンへ向かおうとしたのか・・・」
「・・・・・・」
途端に、の表情が曇る。明らかに何か事情があって、彼女は国を出てきたのだ。そして彼女自身トロデに相談したいことがあって、トロデーンに行った・・・と話していた。
なぜ、トロデでなければならないのか。相談相手ならば、国にいくらでもいるだろう。だが、彼女が抱える悩みは、国の者では解決できないということなのだろう。
「・・・トロデ様、父は・・・」
「サンクトゥス国王に何かあったのかのう?」
「父は・・・殺されるかもしれません・・・」
「なんと!?」
が発した穏やかではない言葉に、トロデは愕然とした。
だが、彼女が面白半分でそんなことを口にするわけがない。何か証拠のようなものがあるのだろう。
「姫よ・・・よければ、話してもらえぬかの?」
「・・・叔父様が・・・大臣のハロルドと手を組んで・・・父を失脚させようと・・・父に毒を盛ったのではないかと・・・」
「毒じゃと!? なんという卑劣な・・・!! まさかサンクトゥス王がそのような状況にあるとは・・・」
「無理もありませんわ。父が病床に伏せったのは、トロデーンに呪いがかけられるのと同時期です。ですが、トロデ様・・・まだ、叔父様が毒を盛ったという証拠はないのです。ただ、あんなにお元気でいらしたお父様が、いきなり倒れて・・・それ以来、起き上がることもできなくなってしまったのです」
「なんという・・・痛ましい・・・。それで、姫はわしに助けを求めようと?」
「トロデ様は聡明で、沈着冷静な素晴らしい方です。お父様もお母様も慕っております。わたくしは、どうしていいのかわからず・・・トロデ様に相談しようと国を出たのです・・・」
「そうじゃったのか・・・。姫、1人で思い悩んだのではないのか? 姫は、他人に弱さを見せない部分がある。先ほどもそうじゃ。本当は、どこか痛むのであろう? それでも、エイリュートたちに心配かけまいと・・・。姫よ、わしらはそなたの味方じゃ。仲間じゃ。これからはわしらにいくらでも頼ってくれ」
「トロデ様・・・」
はギュッと唇を噛み、溢れだしそうな涙をこらえた。
「わしは、姫にとって“心の置けるおじ様”になりたいんじゃよ」
「・・・トロデ様・・・っ!!!」
こらえきれず、はトロデの小さな体に抱きついた。飛び込んできたの頭を、優しくトロデは撫でてやる。
「姫は我が娘ミーティアと年も近い。図々しい話かもしれんが、姫はわしのもう一人の娘じゃと思ってもよいかの?」
「ええ、ええ・・・! もちろんですわ! わたくしこそ・・・本当に、トロデ様に迷惑を・・・」
「迷惑なものか。今まで1人でがんばってきたんじゃ。少しくらい甘えたって、罰は当たらんよ」
「トロデ様・・・」
「ククールも、心配しておったしな」
「え・・・!?」
その名前に、ドキッとしては思わずトロデから身を起こす。
「あの女たらしめ・・・姫に対してだけは態度を変えよる。素直になればよいものを」
「・・・どういう・・・意味ですの?」
「あやつは戸惑っておるのじゃよ。姫に対して、初めて抱く感情をどうしていいか、わからんのじゃ。カッカッカ! 女の扱いに慣れておるようじゃが、あやつは本気の恋愛は未経験のようじゃな」
「・・・恋愛?」
「その点は、姫も同じじゃな。まあ、今の話は忘れておくれ。それよりも、姫・・・これだけは告げておく。けして、逃げてはいかん」
モンスターの姿になっても、その知識と人柄は何も変わっていない。トロデは、真摯な態度でに向き合った。
「そなたが逃げれば、それこそ全てがおしまいじゃ。そなたの叔父の思うがままになってしまう。姫よ、そなたは1人ではない。トロデーン王国は、姫の味方じゃよ」
「トロデ様・・・」
「まあ、そうは言っても、今はトロデーンは呪いをかけられ、残ったのはわしとミーティア、エイリュートだけじゃがな」
「・・・いいえ、トロデ様。とても、心強いです・・・」
ギュッと胸のロザリオを握り締め、は空を見上げた。
「さて・・・わしはミーティアの傍でエイリュートたちを待たせてもらうぞ」
「え・・・! トロデ様、気づいてらしたのですか?」
「当然じゃ! あやつらが姫を使ってワシを抑え込もうとしていたこともな! 心配せんとも、わしはエイリュートたちを信じておる。必ず、ミーティアを救い出してくれるとな」
「・・・はい」
馬小屋へ向かう小さな背中を見つめ、は「ありがとうございます・・・」と小さくつぶやいた。
***
エイリュートたちが戻って来たのは、翌日のことだった。見事、洞窟のトラップを抜け、ビーナスの涙を手に入れて戻って来た4人は、どこか疲れた様子だ。
「もう、本当に大変だったんだから! おかしな仕掛けのせいで、もう少しで天井と床に挟まれるとこだったし!」
ゼシカがまくしたてるように、洞窟内で起こった出来事をに話す。うんうん、と同意しているのはエイリュートだ。
「もしもこれで、ゲルダさんが駄々をこねるようだったら、私も黙ってらんないわ!」
「ご苦労様ですわ、ゼシカ・・・エイリュート、ヤンガス、ククール」
再び小屋の中に入り、昨日と同じように揺り椅子に座っていたゲルダのもとへ。
「ほれっ。ビーナスの涙、確かに持ってきたぜ!」
ヤンガスの口調の変化にゼシカとが顔を見合わせる。なるほど・・・あれは、エイリュートたちに警戒させないようにしている口調だったのか。
ヤンガスが差し出したビーナスの涙を手に取り、その美しさにうっとりした様子で、ゲルダが感嘆の声をあげる。
「この美しさ・・・どうやら本物のビーナスの涙みたいだね。さすがはヤンガスってところか」
「さあ、約束通りあの馬と馬車を返してもらうぜ」
「・・・あたしがした約束は、確かビーナスの涙を持ってきたら馬を返すのを考えるってことだったね。じゃあ、今考えた。やっぱりあの馬は返せないね。この石コロはあんたたちに返すよ」
「なっ・・・約束が違うぞ! 女盗賊ゲルダともあろう者がそんなガキみたいな理屈言うなよ!」
「約束ね・・・そういえばあんた、以前あたしにこの宝石をくれるって約束してなかったかい?」
「うっ! 何を今さら、そんな大昔の話を・・・」
「自分だって約束破っといて、よく言うよ。とにかく、あたしはあの馬を手放す気はないからね!」
「・・・お前の言う通り、あの時の約束を破ったのは、悪かった。お前がオレに腹を立てるのも無理ねえ。でも今回のことは、オレ一人の問題じゃねえんだ。仲間のためにも引くわけにはいかねえ」
突然、ヤンガスがその場に土下座をし、深々と頭を下げたのだ。これには、ゲルダもエイリュートたちも目を丸くしてしまう。
「この通りだ。オレはどうなってもいいから・・・頼むから、あの馬を返してくれ!」
「・・・なっ! ・・・わかったから、もうやめな。大の男が簡単に頭なんか下げるもんじゃないよ!」
「それじゃあ・・・」
「あんたを困らせてやろうと思ったけど、バカバカしくなってきたよ。あの馬のことは、好きにすればいいさ。でもその代わり、ビーナスの涙はやっぱりもらっておくよ。それが約束だったんだからね」
もちろん、それは異存はない。エイリュートたちには用の無いものだ。
「ああ、もちろんだ。ありがとう、ゲルダ。・・・それと、本当にすまなかった」
「・・・ったく、うっとおしね! これでもう用は済んだろ? どこへなりと行っちまいな!」
小屋を出ると、そこにはミーティアの姿。馬車を引き、準備万端だ。まるで、こうなることをわかっていたように・・・。
「実はゲルダ様から前もって馬を返す準備をしとけって言われてたのさ。なんだかんだ言って、ゲルダ様、あんたらがビーナスの涙を持ってくるって信じてたみたいだな」
と、荒くれが教えてくれた。なるほど・・・やはり、ヤンガスの昔馴染みだけある。根はいい人なのだ。
「姫や。怖い思いをさせてすまんかったのう。これからは、いつでもわしが一緒にいてやるからな。もうお前を残して酒場に飲みに行ったりはしないと、約束するぞ」
トロデがうれしそうにミーティアに擦り寄り、もうお前を放って1人で酒を飲んだりしないぞ、と誓っている。
「さて、エイトよ。こっちはいつでも出発できるぞ。次はどこを目指すのじゃ?」
「そういや、いい加減、留守にしてた情報屋のダンナが帰ってきてもいい頃だな。おっさん、とりあえずもう一度パルミドへ戻ろうぜ。どこへ向かうにしても、ドルマゲスの野郎の行く先を知らなきゃ話になんねえだろ?」
「む〜う。出来ればあの町には二度と近づきたくないんじゃが・・・仕方ない。パルミドに戻るとするか」
仲間たちを振り返れば、やはり少し複雑な表情だ。何せ、ミーティアは誘拐され、は襲われたのだ。ヤンガスには申し訳ないが、あまりいい思い出のない町となってしまった。
一行はエイリュートのルーラの呪文でパルミドに戻り、情報屋の家へと向かった。すると、彼は戻って来ていた。ヤンガスの顔を見て、驚いた様子だ。
「お久しぶりでがす、ダンナ。やっと帰って来たんでがすね」
「おや、ヤンガス君じゃないですか。留守の間に来てたんですか? それは、悪いことをしました」
メガネをかけた、博士のような男・・・これが、ヤンガスの馴染みの情報屋だ。
「でも、わざわざもう一度訪ねてきたってことは、何か私に聞きたいことがあるんですね?」
「さすがダンナは話が早えや。実は、今ドルマゲスっていう道化師の格好をした男を追ってるんだ。ところがこいつ、逃げ足だけは速くて、見失っちまってね。なんとかならねえもんですかね?」
「道化師姿の男の話なら聞いてますよ。なんでも、マイエラ修道院の院長を殺害した犯人だとか・・・」
情報屋の言葉に、ククールの表情が曇る。オディロ院長の件は、まだ彼の中で苦しい思い出だ。
「私が得た情報では、そのドルマゲスはなんと海の上を歩いて渡り、西の大陸の方へ向かったそうですよ」
「あ・・・歩いて・・・!? 人間のやることじゃないわね」
情報屋の言葉に、ゼシカが嫌に冷静に言葉を返す。
「西の大陸ぅ? もちっと詳しくわかんねえんですかい?」
「残念ながら、そこまでは・・・。力及ばず、申し訳ありません」
「まあ、ダンナにわかんねえんならこれ以上知りようはねえでがすね。とにかく、西の大陸へ向かうでがす!」
そう言って、意気揚々と腕を振り上げるヤンガスだが・・・問題が1つ。
「ちょっとお待ちなさい。行動が早いのは結構ですが、どうやって西の大陸へ渡る気ですか?」
「・・・へっ?」
呆気に取られるヤンガスだが、理由をきちんと情報屋が教えてくれた。
「このところ、海の魔物が凶暴化してるため、この大陸やトロデーン国の大陸からは西の大陸への定期船は出てませんよ。自分の船でも持っていれば話は別ですが、キミ、船なんて持ってないでしょう? どうやって西の大陸へ渡る気ですか?」
「そ、それは・・・そんなこと、これっぽっちも考えてなかったでがす。姫さん、船は・・・」
「今のわたくしに、そんな力はありませんわ。国にはありますが・・・今のわたくしは・・・」
押し黙ってしまったに、これ以上無理強いはできない。ガックリと肩を落とす一同だが、情報屋が言葉を続けた。
「やれやれ、困った人だ。さて、そんなキミのために、一つ耳寄りな情報を教えてあげましょう。港町ポルトリンクから崖づたいに西へ進むと、そこに広がる荒野に打ち捨てられた古い船があるそうです。どうして、そんな水もない場所に船があるのかは、わかりませんが、噂ではそれは古代の魔法船だとか。もし、その船を復活させることができたら、きっと世界中の海を自由に渡ることができるのでしょうね。・・・そうそう、ポルトリンクの西といえば、少し前まで崖崩れで進めなかったのが、最近ようやく道が開通したそうですよ」
情報が、どこまで本当なのかはわからないが・・・とにかく、今はその情報を信じるしかない。
ポルトリンクから西・・・エイリュートたちは、その可能性に賭け、荒野を目指すことにしたのだった。