エイリュートたちが町の中へ向かってから、それほど経たないうちに、が小さなうめき声をあげた。
「姫?」
「・・・あ」
ククールの声に、の赤紫の瞳がゆっくりと開かれる。ククールの姿を認め、そっと微笑んだ。
こんな時に不謹慎だとは思うが、その美しい微笑みに、ククールの胸がドキッと高鳴った。
「大丈夫ですか? 一体、何が?」
「何が・・・あったのでしょう・・・? いきなり、意識が遠のいて・・・わたくし、油断していました。ミーティア様とのおしゃべりに夢中になっていて・・・」
「どこか痛むところは? 気分が悪いとかはありませんか?」
「大丈夫です。具合の悪いところはありませんわ」
その言葉にククールはホッと胸を撫で下ろした。
「・・・エイリュートたちは?」
「馬姫様を探しにいってます。どうやら、攫われたらしい」
「えぇ!? そんな・・・!!」
起き上がろうとしたの体を、ククールが慌てて制する。
「エイリュートたちが探してると言ったでしょう。あなたはもう少し休んでることだな」
「・・・そうですか。ククール、わたくしのことを心配して残ってくださったんですね。ありがとうございます」
「いや、オレは別に・・・」
心配した・・・そうだ、心配に決まってる。まさか、外で倒れているなんて思いもしなかった。
もしも最悪な状況になっていたら・・・そう思った瞬間、背筋が凍った。勝手に体が動いて、を抱き起こしていた。
エイリュートたちが何も文句を言わなかったのは、自分のあまりの剣幕に気圧されたからではないだろうか・・・?
「ククール?」
心配そうな表情で、顔を覗き込んできた王女に、ククールは慌てて何でもない振りを装った。
「何か、温かいものをもらってきますよ。少し待って・・・」
「あ・・・いいえ、ククール・・・! それよりも」
立ち上がったククールを引き留めるように、が慌てて声を発した。
「・・・もう少し、ここにいてくれませんか? わたくしの傍に」
何やらげんなりした表情のヤンガスを連れ、エイリュートたちが戻って来たのは、1時間ほど経った頃だった。
宿屋のロビーでなぜか1人で考え込んでいる様子のククールに、4人は顔を見合わせた。
「ククール? 姫は?」
「部屋で休んでるよ・・・。それより、そっちこそ馬姫様のことは、どうなった? 見つかったのか?」
「それが・・・」
どこか歯切れの悪い様子のエイリュートたち。どうやら、ミーティア姫は闇商人に売り飛ばされたあげく、女盗賊のゲルダに買われてしまったというのだ。
「そのゲルダなんだけど・・・ヤンガスの昔馴染みらしいんだ。ヤンガスはあまり会いたくないみたいだけど、そうも言ってられないからね」
「そりゃそうだな」
「それで・・・姫の方は? 大丈夫だったかい? まさか・・・君、姫に何かおかしなことをしていないだろうね?」
睨みつけるようなエイリュートの眼差しに、ククールは呆れたというようにため息をつき、肩をすくめた。
「姫ならさっき目を覚ましたよ。安心しろ。姫には指一本触れちゃいないさ」
「それならいいけど」
チラッとエイリュートの背後に目をやれば、ゼシカとトロデ王がヤンガスに何かを言っている。どうやら、ゲルダという女盗賊と、過去に何かあったらしい。そうでなければ、あのヤンガスが渋るはずがない。
「姫の様子を見て、出発を決めたいと思うんだけど・・・何せ、トロデ王が一刻も早くミーティア姫を救い出せと聞かないものだから・・・」
「いつもなら姫の身を案ずるんだがな。さすがに自分の娘の危機とあってはそんなことを言ってる場合じゃないな」
「うん。最悪、ヤンガスたちには先にゲルダさんのとこに向かってもらって、僕は姫の回復を待って後を追いかけるよ」
「・・・・・・」
「ククール?」
「・・・いや、なんでもない。そうだな。姫に様子を・・・」
「わたくしなら、もう大丈夫ですわ。エイリュート、ククール」
聞こえてきたの声に、2人は目を丸くした。
階段の上から、ゆっくりとした動きでが下りてくる。慌てて、エイリュートがに手を貸した。
「ミーティア様の居場所がわかったのでしょう? それならば、ゆっくりしている時間はありませんわ。すぐにでも出発しましょう」
「しかし、姫・・・! 姫は先ほど倒れてらしたのですよ? そんな体で・・・!!」
「大丈夫です。ククールがベホイミをかけてくださいましたから。体の方は、もうなんともありませんわ」
ニッコリ笑うは、果たして強がっているのか・・・それとも、本当に大丈夫なのか・・・判断がつかないが、何せこの王女様は一度言ったらけして引かない。
ヤンガスもゼシカも、は残るべきだ・・・と提案したが、本人はそれを突っぱねてしまった。
結局、いつものメンバーでパルミドを出発することになったのだ。
さて・・・その道中、何やら軟派な聖堂騎士の様子がおかしいことに、ゼシカは気づいていた。どこがどうおかしいかというと・・・を真っ直ぐ見ない。が話しかけても、視線が泳いでいる。これは、女好きな彼の行動としては、おかしい。
もともと、ククールはに対して一歩線を引いている。相手が聖王国の王女だから、というのもあるだろうが、それだけではないように思える。
これは、女の勘だが、ククールはに対してちょっと違った感情を抱いているのではないだろうか?
「ん? どうしたんだ、ハニー。そんなにオレの顔を見つめて。まさか、惚れちまったのか?」
「はいはい、よかったですね。ねえ、エイト〜」
「・・・相変わらず、つれねぇな」
ゼシカが声をかけると、エイリュートは「なに? ゼシカ」と笑顔を向けてくれる。
思えば、ミーティアがいないので、馬車がない。トロデは徒歩でエイリュートたちについてきているのだが、さっきから愚痴が多いのなんの。それの相手をしていたエイリュートは、声をかけてくれたゼシカに「助かった・・・」という表情を浮かべている。
「ヤンガス、ちょっと機嫌が悪いわね」
「そうだね・・・。ゲルダっていう女盗賊と、一体何があったんだろう・・・? ものすごく、嫌な顔をしてたんだよね」
「まさか・・・昔の女とか??」
「え・・・?」
「ケンカ別れして、そのままとかなんじゃない? そりゃ、気まずいもんね〜。会いたくないって気持ちはわかるわ」
「・・・・・・」
ゼシカの言葉に、エイリュートは言葉に詰まってしまう。
なんと言っても、エイリュートはそういった色恋沙汰に疎い。そういう経験がないのだ。
ククールからしてみたら、エイリュートなどひよっこもいいところだろうが、そこが彼のいいところでもある。
「ま、会ってみればわかるでしょうけど。ヤンガス、そろそろなの?」
「・・・そうでがすな」
「フーン・・・」
ゼシカの問いかけに、ヤンガスは小さな声で返してくる。
「・・・あの湖の真ん中にある小屋がそうでがす」
遠くに見える湖と、その中央に見える小屋。どうやら、あそこが女盗賊ゲルダの住処らしい。
近づくにつれ、どんどんとヤンガスの足取りが重くなる。初めは道案内をするため、先頭を歩いていたのだが・・・気づけば、今は一行の最後尾についていた。
「ヤンガス・・・大丈夫ですか?」
「ええ、あっしは平気でがす」
「それほどまで、お会いしたくない相手ならば、わたくしたちだけで話をして参りますわ」
「いや! あいつには、あっしから話をつけるでがす。あいつは、なかなか手ごわいでがすからね」
「そうですか・・・。では、ヤンガスにお任せしますわね」
ハァ〜・・・と深いため息をついたヤンガスに、は心配そうな表情を浮かべた。
襲いかかって来るモンスターを倒しつつ、女盗賊ゲルダの住処へとたどりついた一行。小さな小屋の隣にあった馬小屋が見え、一同の間に嫌な予感が・・・。
「ねえ、エイト? 私と姫は外で待ってるから、エイトたちはゲルダさんと話をしてきてよ」
「うん・・・そうだね、そうしたほうがいいかも」
一行の背後にいるトロデは「なんじゃ! どうしたんじゃ!?」と騒いでいるが、ゼシカとが必死に「ここはヤンガスに任せましょう!」と言いくるめ、馬小屋から引き離した。
「・・・確かに、あのおっさんのことだから、馬姫を見た途端、そのまま連れ出しそうだな・・・」
「穏便に済ませるものも、済まなくなっちゃうからね」
「いや・・・アッシはゲルダが素直に馬姫様を返してくれるとは思えないんでがすがね・・・」
ハァ・・・と、ヤンガスは何度目になるかわからないため息をついた。
小屋の前に立っていた荒くれが、ヤンガスの姿に気づく。ヤンガスは物おじすることなく、荒くれに立ち向かっていく。
「ゲルダの奴に話があるんだ。悪いが通らせてもらうぜ」
「あっ、てめえはヤンガスっ! ゲルダ様がてめえなんかに会うもんか! 帰れ、帰れっ!」
「ガキの使いじゃねえんだ。帰れと言われて素直に帰れるかよ! いいから、三下は引っ込んでな!」
「くっ・・・だ、誰が三下だとぉ!?」
ゲルダに会う前から、この状態だ。エイリュートとククールは思わず顔を見合わせてしまうが・・・。
「さっきから騒々しいね。部屋の中まで声が丸聞こえだよ」
家の中から、女の声がした。
「す、すみませんゲルダ様。礼儀知らずの客が押し掛けてきまして。すぐに追い返しますんで・・・」
「ヤンガスの奴なんだろ? もういいから、通しちまいな。あたしが直接、話をしてやるよ」
これは話が早い。荒くれを睨みつけ、ヤンガスが家の中へ入って行く。エイリュートとククールもそれに続いた。
家の奥の暖炉の前で、椅子に揺られていた吊り目の美女が振り返る。彼女がゲルダだ。
「あんたがあたしの所に来るなんて珍しいこともあるもんだ。・・・で、話しってのはなんだい?」
「ゲルダ・・・お前さんが闇商人の店で買ったって馬のことさ。あの馬を譲ってくれねえかい? あれはもともとオレの旅の仲間の持ち物だったのが、盗まれて闇商人の店に並んでたんだよ。金額については、お前の言い値で構わねえぜ。正直きついが、何とか用意してみせる」
「相変わらず率直な物言いだね。あんたのそういうところ、キライじゃないよ。でも、あの馬は売らないよ。毛並みといい、従順そうな性格といい、実にいい馬じゃないか。あたしは本当にいいモノは手元に置いときたくなる性分なのさ。いくら金を積まれても譲れないね!」
突っぱねるようにゲルダは言い放ち、フンとそっぽを向いた。
「ぐぅ・・・どうしてもダメか? 仲間のためなんだ。オレに出来ることなら、何だってするぜ」
「・・・へえ。あんたの口からそんな言葉が聞けるなんて驚いた。よっぽど大切なお仲間らしいね」
そう言うと、ゲルダは視線をこちらに戻し、ヤンガスの背後にいたエイリュートとククールをチラッと見た。
「いいだろう。ただし、条件を出させてもらうよ。ここから北にある洞窟のこと、まさか忘れちゃいないだろ? あの洞窟に眠るというビーナスの涙って宝石を、あんたに取ってきてもらおうじゃないか」
一瞬、晴れやかになったエイリュートたちの表情が、一瞬にして曇る。やはり、そんなうまい話はなかったか・・・。
「げげっ! お前、未だにアレを? だけどよう、あの洞窟は昔オレが・・・」
「あんた今、何でもやるって言ったばかりじゃないか! 男が一度言ったことを翻すのかい? とにかく、ビーナスの涙を持ってきな。そしたら、あの馬のことも考えてやろうじゃないか」
「・・・・・・」
「ビーナスの涙、ですね。わかりました」
「あ、兄貴!?」
「それを手に入れないと、ミーティア姫を返してくれないんだろう? だったら・・・行くしかないじゃないか」
「そうだな・・・。面倒だが、仕方ないだろう」
エイリュートの言葉に、ククールも渋々・・・といった表情でうなずいた。
「じゃあ、そういうことだ。今度は逃げるんじゃないよ」
「ぐっ・・・!」
何やら意味深な言葉を残し、ゲルダはそのまま話は終わりだ、とでも言うように目を閉じた。
「ゲルダは確かに美人だが、ちょっとトゲがありすぎるのが玉に瑕だな。まあ、そういう相手を自分にメロメロにさせるってのも、いいもんだが。今回は誰かさんに譲っとくよ」
ククールの言葉は、何かを必死に考え込んでいるヤンガスの耳には届かなかったようだ。