「シセルが僕に教えてくれたこと、もう二度と忘れはしまい。夢のような出来事だが、僕は信じます。ありがとう、ありがとう・・・。皆さんとキラのおかげで僕はようやく長い悪夢から覚めた。これからは王の勤めに励みます。・・・本当にありがとう。もしこの先、何か困ったことがあったら、いつでも言ってください。必ず、その時は僕があなた方の力になります。約束します。必ずお役に立ちましょう。では皆さん、これからの旅もお気をつけて。またいつでも遊びにきてください」
翌朝、豪華な食事を振る舞われた。晴れやかなパヴァン王の表情に、エイリュートたちも心の中がすっきりするようだった。改めて、昨日の月影の窓は夢ではなかったのだと思わされた。
ようやく、アスカンタにようやく訪れた平穏な時間。エイリュートたちは、食事の礼を言い、新たな情報を求めてアスカンタを出発することにした。
「姫・・・」
「はい」
部屋を出ようとしたところで、パヴァン王に呼び止められる。笑顔で振り返ったに、パヴァン王は少し照れくさそうに微笑んだ。
「姫にまで、多大なご迷惑をおかけし、なんと申し上げればいいか・・・」
「いいえ、パヴァン王。もういいのです。今は、一刻も早く、シセル王妃が愛したアスカンタを取り戻してください」
「・・・姫」
静かに頭を下げ、はパヴァン王にもう一度微笑みかけた。
***
「な〜んか、アヤシイわよねぇ・・・」
「え?」
その様子を見ていたゼシカが、腕を組んで首をかしげる。
「何がだい? ゼシカ」
「パヴァン王の、姫に対する態度よ。なんていうか・・・熱っぽいっていうか・・・」
「冗談言うな。あの国王様は、王妃を亡くして2年も喪に服していたんだぞ。いきなり姫に心変わりなんてするかよ」
「あら、ククール! 姫ほどの美貌だったら、我に返ったパヴァン王が恋をするのも不思議じゃないわ」
「そんなふざけた話があるかよ」
「・・・なんだか、機嫌が悪いね、ククール。何かあった?」
不思議そうに首をかしげるエイリュートに、ククールは「別に」とそっぽを向き、さっさと王宮を後にする。
「な〜んか、変でげすね。いつものククールらしくないでげす」
「おおかた、シセル王妃がお美しいのに、もはやこの世にいらっしゃらなくて、口説けなくて残念だ・・・とか思ってるんでしょ。ほっときましょ」
が一行に追い付くのを見て、ゼシカが「行きましょ」と声をかけた。
「? ククールは・・・どうしたのですか?」
「なんだか機嫌損ねちゃったみたいなのよ。でも、ほっといて大丈夫。あいつの考えることは、わかってるから」
「・・・そう」
どこか寂しそうな表情を浮かべるだったが、歩き出したゼシカはそれに気づかない。
「ククール・・・!」
ほっといて大丈夫、とは言われたが・・・やはり、はククールが気になってしょうがないのだ。名前を呼べば、いつもと同じ様子で、銀髪の青年が振り返った。
「どうかなさいましたか? 姫君」
「エイリュートたちと離れ、先へ行ってしまったものですから・・・心配になって」
「これはこれは・・・姫に気にかけていただけるなんて、光栄ですね」
「茶化さないで、ククール。何かあったのなら、話してください。わたくしたちは、仲間ではありませんか」
「仲間・・・か」
チラッとエイリュートたちの方へ視線を向ければ、明らかに何か言いたそうな顔だ。おそらく、が自分を気にかけていることに、もっと感謝しろとでも言いたいのだろう。
「御心配にはおよびませんよ、姫。さあ、トロデ王が待ってます。行きましょう」
「あ・・・」
いつもの、煙に巻くような態度でククールが歩き出す。それを追いかけるヤンガスとゼシカ。エイリュートは心配そうな表情で、に歩み寄って来た。
「姫・・・?」
「ごめんなさい、エイリュート。わたくしの気にしすぎだったようですわ」
「ククールは、姫の気遣いがわかっていないんですよ! 何度言ってもそうだ。姫が気にかけてくださるなんて、なんて、もったいない!」
のこととなると、エイリュートは、いつもこうだ。彼は国に仕える兵士なので、無理もないのだが・・・。
ゼシカとヤンガスが、そんなたちの様子など気にせず、パヴァン王に振る舞われた食事のことで盛り上がり、トロデの待つ外へたどりつくと、なぜか国王はチラッとエイリュートたちを見た後、いじけたように小石を蹴った。
まるで子供のような拗ね方である。
「ええのう、お前たちは。パヴァン王から盛大にもてなされて楽しそうじゃのう。きっとごちそうや酒もいっぱい振る舞われたんだろうな。うらやましいのう・・・。その間、わしと姫は町の外で待ちぼうけじゃ。ああ、寂しい寂しい・・・」
「トロデ様・・・」
「・・・おっさんの気持ち、アッシにゃあわかるでがすよ。そりゃあ、おっさんだってまともな姿だったら町に入って酒の一つも飲みたいでがしょうよ。アッシも昔っから見かけの悪さで苦労したもんでさあ。だからわかりやす」
過去を振り返り、ヤンガスがため息まじりにつぶやく。そこで、何かを思いついたのか、ヤンガスはエイリュートを振り返った。
「・・・なあ兄貴、この大陸の南の方にある、アッシが以前住んでた町に寄ってきやせんか? パルミドって小汚ねえ町ですが、これがどんなよそ者でも受け入れる懐の深いところでしてね。そこなら、おっさんも安心して中に入れると思うんでがすよ。それに、これからドルマゲスを探そうってのに、何の手がかりもないでげしょ? あの町にゃ、アッシ馴染みの優秀な情報屋がいるんで、野郎の行方もきっと掴めるはず! こりゃ一石二鳥でがす」
「パルミド・・・?」
初めて聞く地名に、エイリュートが首をかしげた。そんなエイリュートに答えたのは、ククールだ。
「ここからもっと南にある汚い町だよ。大丈夫なのか? そんなところに・・・」
「そんなところとは、聞き捨てならねえでがす! 人の故郷に向かって!!」
「おいおい、考えてもみろ。トロデ王は、こんな姿だからいいかもしれないけど、こっちは聖王国の王女様を連れてるんだぜ?」
「ぐ・・・た、確かに・・・」
もっとも・・・という感じだが、トロデは「こんな姿とはなんじゃ!」と怒鳴り、はキョトンとしている。
「まあ、わたくしのことなら心配ありません。そういった場所にも足を運んだことはありますし・・・それに何より、トロデ様が人目を気にせず、くつろげる場所があるのなら、わたくしは喜んで向かいますわ」
笑顔でそう言い放ったに、トロデとヤンガスは目を輝かせる。
「さっすが聖王国の王女でがす! 偏見でものを見ない、心の広い方でがす!」
「ヤンガスの言う通りじゃ! ククールも、聖職者であるなら、少しは姫を見習え!!」
そうだ!そうだ!と意気投合してしまった2人に、ククールは「やれやれ・・・」と肩をすくめた。
「そうだ・・・マルチェロさんから、地図をもらったんだ。ヤンガス、パルミドの位置を教えてくれる?」
「はいでがす!」
思い出した、というようにエイリュートが馬車の荷台から世界地図を取りだし、広げる。
さんざんな目に遭わせたことと、問題児のククールを押し付けることへのせめても報いとして、マイエラを旅立つ前にマルチェロからもらった世界地図だ。
「アスカンタからだと・・・結構離れてるね。軽く見積もって、3日はかかるかな」
「そうね〜・・・この行程をなんの準備もなしに行くのは危険ね。エイト、一度アスカンタの城下町に戻って、買い物しましょ」
「うん、そうだね」
無事に考えがまとまったところで、再び城下町に買い出しへ・・・となったのだが。
「そんなに大勢でゾロゾロ行く必要もないだろ。オレはここで残って、待ってるよ」
「え?」
柱に腕を組んでもたれかかり、ククールが軽く言い放つ。確かに、彼の言う通りなのだが・・・。
「大丈夫ですわ、エイリュート。わたくしと、トロデ様でしっかりと見張っておきます」
「えぇ!? 姫も行かないの?? 大丈夫・・・??」
「おいおい、何を心配してるんだよ。トロデ王もいるんだぜ? 別に問題ないだろ」
「大丈夫ですわ、ゼシカ。行ってらっしゃい」
ニッコリ笑顔で手を振られ、エイリュートたちは顔を見合わせ・・・少々心配しながら、アスカンタの町へ戻って行った。
***
どこか不機嫌そうな表情を浮かべたままのククールに、はそっと歩み寄った。
「何かありましたか?」
「え?」
「アスカンタのお城を出てから、どこか様子がおかしいようなので」
「いいえ、別に。何もありませんよ、姫。ただ・・・あんなにも長い間、想っていた相手をすぐに忘れられるものなのかと思っただけですよ」
「・・・どなたのことを、おっしゃってるのですか? まさか、パヴァン王?」
「さあ? どうでしょうね」
誤魔化すような態度で、ククールはハッキリとは言わない。だが、彼が言った人物に符合する人間は、今のところアスカンタの国王しかいない。
「パヴァン王がシセル王妃を忘れる・・・? そんなこと、ありえるわけがありません」
「そうですね。オレの勘違いですよ。お気になさらず」
「ククール・・・おっしゃりたいことがあるのなら、きちんと伝えてください。わたくしだけではなく、エイリュートやゼシカたちがいるではありませんか」
「ええ、ええ。姫からすれば、オレが勝手に機嫌を悪くしているように見えるんでしょうね。だが・・・!」
言いかけ、に向き直ったククールは、そこでハッと我に返ったように口を押さえた。
「ククール・・・?」
「・・・いえ、なんでも。忘れてください」
それ以上、何も言うことはないとでも言いたげに、ククールはに背を向けてしまった。その背中は「これ以上話しかけるな」と言っているようで、は悲しそうに視線を落とし、そのままトロデのもとへ歩み寄った。
「姫・・・どうかしたかの?」
ククールとのやり取りを、少し離れたところで見守っていたトロデが、心配そうにに声をかけてきた。
「いいえ、トロデ様。大丈夫ですわ」
心配させまいと、は笑顔を浮かべて首を横に振って見せた。
「きっと、わたくしの気のせいなのですから・・・。トロデ様、このこと、エイリュートたちには言わないでください。彼らがククールを責めるようなことがあっては、困りますから」
「・・・姫がそう言うのなら・・・ワシは何も言わんよ」
「ありがとうございます」
きっと、何か色々と勘違いしているのだ。自身も、そしてククールも・・・。
***
エイリュートたちが買い物から戻り、一行はパルミドへ向けて出発した。
道中、当然のように一行をモンスターたちが襲いかかって来る。考え事などしているヒマはないというのに、ククールは知らず知らずのうちに押し黙り、今までの自分の姿勢を振り返ってしまっていた。
なぜなのだろうか。を相手にすると、いつもの余裕が出なくなる。
ゼシカ相手になら、いつもの調子でちょっかいを出すことができるのに・・・が相手だとなぜか冷たく接してしまうのだ。突っぱねるつもりなどないのに、なぜかに対しては冷たい態度を取ってしまう。
も薄々感づいてはいるのだろう。ククールの、ゼシカに対する態度と、自分に対する態度の違いに。それでも、彼女はククールを気遣う。突っぱねられるのを感じながらも、優しく接するのだ。
彼女は聖王国の王女だ。巫女姫として、神に仕え、誰にでもわけ隔てなく接する。だから、相手が一介の兵士であるエイリュートでも、元は山賊であり悪事を働いていたヤンガスでも、名家のお嬢様であるゼシカでも、白馬に姿を変えられてしまったミーティアでも、モンスターの姿に変えられてしまったトロデでも、そして聖職者としてふさわしくない自分に対してでも、まったく変わらず笑顔で接してくれるのだ。
明らかに、今まで出会った女性とは違う。ゼシカもまた、今まで出会ったことのないタイプだが、とゼシカでは、やはり違う。正直言って、にはどう接していいのかわからない。やはりそれは、彼女が“聖王国の王女”だからなのだろうか?
「あ、あそこに大きな家があるよ。宿屋みたいだね、ちょうどいいから一晩泊って行こう」
エイリュートの声に、思考の渦から我に返る。確かに、前方に見えたのは大きな一軒家だ。
どうやら、今日は野宿ではないらしい。けして野宿が嫌なわけではないが、やはりベッドの上で眠りたい。その方が疲れも取れるというものだ。
当然のように男3人と女2人という部屋割りだ。ヤンガスのイビキは、そうとうひどいので、出来ればヤンガスとは別の部屋になりたいものだが・・・そんなことを、エイリュートに言おうものなら、確実に鉄拳制裁を食らうだろう。
「ククール? 何か言いたそうだね」
「いや・・・別に」
物言いたげな視線に気づいたのか、エイリュートに声をかけられ、慌てて誤魔化した。
食事を取り、久しぶりに体を清め、一行は再びパルミドへ向けて出発した。
そして、2日ほど歩いた頃、ようやくパルミドへ到着したのであった。
町に入った瞬間、まずゼシカとククールが動きを止め、顔を引きつらせた。だが、そんな2人を気に留めることなく、エイリュートたちは中へ進んでいく。
とくに、トロデは満面の笑みだ。何せ、道行く人々は、誰もトロデを振り返ったりしないのだ。何事もなかったかのように、無視していく。
「本当にヤンガスの言う通りじゃな。ここの連中はわしの姿を見ても何も言ってこんぞ」
「よかったですね、王」
「・・・となれば、さっそく酒場じゃ。わしは先に行っておるからな。お前たちは情報屋とやらを探し出してから来るがよい。吉報を待っておるぞ」
ではな、と言い残し、トロデは手を振り口笛を吹きながら去って行く。
「・・・ったく、しょうがねえな。兄貴、おっさんのことは放っておいて、情報屋のダンナんとこへ行きやしょうぜ。ドルマゲスを探すって目的も忘れちゃあいけねえでがす」
「でもトロデ王、本当にうれしそうね・・・。よかったわね」
「そういうゼシカはあまりうれしそうじゃないね。どうしたの?」
「どうしたのって・・・ねえ」
ゼシカの視線の先は、ククールだ。彼もまた微妙な面持ちで肩をすくめた。
「それにしても、汚ねえ町だな。早く情報屋とやらを見つけて、こんな町からはおサラバしたいもんだぜ」
「そういうこと。なんて言うか個性的な町よね。リーザス村とは全然違ってて・・・。世の中にはこんな町もあるのね」
「ゼシカもククールもひどいでがす! アッシの故郷に向かって・・・!!」
「ヤンガス、それよりも情報屋へ向かおう。ドルマゲスの情報を仕入れないとね」
「そうでがすな」
「あ・・・エイリュート、ごめんなさい。わたくしは、トロデ様を追いかけますわ。1人で飲むのもいいかもしれませんが、僭越ながらお酌をさせていただこうと思います」
の申し出に、エイリュートは「1人で大丈夫ですか? 僕も一緒に・・・」と言いかけるが、は笑顔で首を横に振った。
「心配はありませんわ。エイリュート、わたくしは大丈夫です」
ニッコリ微笑まれ、エイリュートはそれ以上何も言えず、うなずくしかなかった。
***
「このパルミドで暮らしてた頃のアッシは、バリバリの大盗賊。とんでもない悪党でがした。しかし、悪事に疲れたアッシは薄汚れた盗賊稼業から足を洗うため、この町を旅立ったんでがす。以来、ここに帰ってきたのは何年ぶりのことか・・・? いや〜懐かしいでがす」
感慨深そうにヤンガスはパルミドの町を見回しながら歩く。懐かしがるヤンガスとは対照的に、ゼシカとククールは明らかに嫌悪感を抱いているようだ。
ヤンガスの案内のもと、情報屋のもとへ向かったが、彼は不在であった。
とりあえず、いないものは仕方ない。トロデのもとへ向かった4人は、宿屋の前でミーティアに話しかけているを見つけた。
「トロデ様なら、宿屋のバーでお酒を楽しんでますわ。わたくしは、ミーティア姫とお話し中です」
「お話し中って・・・姫さん、馬姫様と話ができるんでがすか?」
「ええ、もちろん。ミーティア姫がおっしゃりたいことは、目を見ればわかります」
どこまで本当かはわからないが、は真顔でそう言ってのけた。
王女2人の会話を邪魔することもないだろう。4人は宿屋の中へ入り、バーにいるトロデのもとへ向かった。確かに、トロデはそこで安い酒を寂しそうに飲んでいた。
「うっうっ・・・まったく、どうして酒を飲むのにこんなに苦労せねばならんのか・・・。これも全てはあのドルマゲスのせいじゃ。あやつがわしらに呪いをかけたせいでっ! それにしても哀れなのは姫じゃ。せっかく婚約も決まったのに、よりにもよって馬の姿とは・・・」
「王・・・」
「・・・なんじゃ、来とったのか。意外に早かったのう。してドルマゲスの行方は掴めたのか?」
「それが・・・情報屋は留守だったんです。それで、一晩ここに泊って・・・」
エイリュートが最後まで言い切る前だった。突然、外から馬の嘶きが聞こえてきたのは。
もちろん、それはミーティアの鳴き声だ。しかも、普通の嘶きではない。明らかに危険を訴えかけるような鳴き声だった。
「ミーティア姫!!?」
「何事じゃ!? 今のは姫の声のようじゃったが・・・」
血相変えて、エイリュートたちが宿屋の外へ飛び出すと・・・視線に飛び込んできたのは、倒れるの姿のみ。一緒にいたはずのミーティアの姿がない。
5人の顔が青ざめる。まさか・・・そんな・・・いや、それよりも・・・混乱に陥る一行の中で、一番早く我に返ったのは、聖堂騎士の彼だった。
「姫!!」
まずは、目の前に倒れているの無事を確認しなければ・・・慌てて、ククールがに駆け寄り、その小さな細い体を抱き起こす。温かい。
「姫! しっかりしろ!!」
「ククール、姫は無事か!?」
「・・・ああ、息はある。気を失っているんだろう。エイリュート、オレは姫をベッドに運ぶ。お前たちは馬姫を探すんだ」
「わかった・・・ククール、姫を頼む」
トロデを連れ、町の中へ駆けて行く仲間たちを見送り、ククールはの体を抱きかかえ、宿屋の中へと戻って行った。