14.月夜の奇跡

 キラの祖母の家・・・その裏手にある土手を下り、川沿いに沿って上流に向かえば願いの丘にたどり着く。だが、そこまでの道のりには、洞窟があり、モンスターが巣食っていた。

 「ここから先は、長い道のりになりそうだね・・・」
 「そうでげすな」

 丘の上を見上げ、エイリュートたちはひとまず休憩をしてから、丘に登ることにした。

***

 頂上近くまで登ると、すでに日は落ちかけ、綺麗な夕日が山を照らしていた。
 思わず、ボンヤリと立ち止まって夕日を見つめていたの目の前に、スッと手が差し出される。

 「ククール・・・」
 「大丈夫ですか? 姫君」
 「え、ええ・・・。思わず、キレイだったので見惚れてしまいました」

 地平線へ落ちて行く太陽を、は目を細めて見つめ、ククールもの視線を追いかけるように夕日へ視線を移した。

 「この世には、美しいものがたくさんある」
 「え・・・?」
 「雄大な景色、色とりどりの絵画、眩い光を放つ宝石・・・だが、それよりも美しいものが1つだけある」
 「それは・・・?」

 首をかしげて尋ねるに、ククールはフッと笑んだ。

 「貴女だ、姫」
 「・・・っ!!!」

 真剣な眼差しで、賛辞の言葉をつぶやかれ、は瞬時に頬を染めた。

 「パヴァン王も、いつまでも王妃の死を悲しんでないで、周りに目を向ければいいんだ・・・。きっと、新たに美しい、愛でるものが見つかるだろうな」
 「・・・それだけ、パヴァン陛下は真剣にシセル王妃を愛したのですわ。あなたには、わからないでしょうけれど」
 「冷たいことをおっしゃる。オレが今後、人を愛することはないと?」
 「いいえ、ないとは言いませんわ。けれど、それはパヴァン陛下のシセル王妃への愛情とは比べ物にならないということです」

 案外、冷たい言葉を吐きかけ、はククールの側を離れた。どうやら、彼女はククールの扱いに慣れてきてしまったのかもしれない。

 「ま、それはそれで、いいけどな」

 ククールを呼ぶエイリュートの声に応え、ククールは再び歩き出した。

***

 丘の頂上についたとき、すでに太陽は沈み、空には星が輝いていた。
 すっかり暗くなってしまったな・・・と辺りを見回したときだった。
 大きな岩に、窓が映っている。それは、朽ち果てた窓の格子が月光に映し出されたものなのだが・・・。

 「・・・この気配・・・! 魔法だわ・・・。この丘と満月、何か強い魔法の力を感じる」
 「月の力ですわ。エイリュート・・・見てください・・・」

 ゼシカとが確実に何かの力を感じ取り、ククールも眉間に皺を寄せる。が指差した先、岩に映し出された窓から光があふれたのだ。
 そっと、エイリュートがそこに触れると、一瞬にして辺りは光に包まれ・・・目を開けると、そこは見たことのない空間だった。
 真っ暗だが、宙に浮いた大きな台座が光を放っているのか、闇に包まれているわけではない。
 微かに聞こえる音楽と、フワフワと浮くような感覚。

 「これ、現実・・・? 私たち、夢を見てるの・・・? なんだか・・・絵本の世界に来たみたいな感じ・・・。すごい・・・わ・・・」
 「・・・わけのわからねえ事は見て見ぬフリをする。それがアッシの生き方でがす。さあ! 兄貴! 知らんぷり、知らんぷりでげすよ!」
 「・・・ま、修道院も追い出されてみるもんだね。おかげで珍しいものが見れた。ロケーションもバッチリ。人気もない・・・うん・・・」
 「・・・ククール? 何を考え込んでいるんだい?」

 腕を組み、何かを考え込んでいるククールに、エイリュートが睨むようにジロリと視線を向ける。

 「ん? ああ、独り言さ。何でもない、何でもない」

 そう言いながらも、視線はを向いていて・・・エイリュートはオホンと咳払いをした。
 一方、キョロキョロと辺りを見回し、ヤンガスは台座をヒョイヒョイと移動していく。どうやら、危険はなさそうだ。

 「姫・・・どうぞ、手を・・・」
 「ありが・・・」

 に手を差し出したエイリュートだったが、そのエイリュートの手を払うかのように、スッと横から出てきた手がの手を取った。
 当然、その相手はククールだ。「こちらは、ご心配なく」と声をかけるククールに、エイリュートは何か言いかけたが・・・ハァとため息をつき、諦めたようにゼシカの手を引いて歩き出した。
 見えてきた部屋の扉。そっと開けてみれば・・・聞こえてくる演奏。辺りを見れば、楽器たちが勝手に演奏を奏でているではないか。
 そして・・・。

 「私はイシュマウリ、月の光のもとに生きる者。私の世界へようこそ」

 聞こえてきた声に、ハッと顔を上げれば、青い長い髪をした人物が、穏やかな笑みを浮かべ、エイリュートたちを見下ろしていた。

***

 目の前の不思議な人物は、イシュマウリと言った。どう見ても、人間ではない。そのとがった耳。そして、体が確実に浮いているのだ。

 「ここに人間が来るのはずい分久しぶりだ。・・・月の世界へようこそ、お客人。さて、いかなる願いが月影の窓を開いたのか? 君達の靴に聞いてみよう」

 ハープをかき鳴らし、イシュマウリは目を閉じる。やがて、目を開くと表情を変えずにつぶやいた。

 「・・・アスカンタの王が生きながらに死者に会いたいと、そう願っていると? ふむ・・・」
 「な・・・なんで・・・何も言ってないのに・・・!?」
 「おや、驚いた顔をしている。ああ、説明していなかったね。昼の光のもと、生きる子よ。記憶は人だけのものとお思いか? その服も家々も家具もこの空も大地も、皆過ぎてゆく日々を覚えている。物言わぬ彼らはじっと抱えた思い出を夢見ながらまどろんでいるのだ。その夢・・・記憶を月の光は形にすることができる。死んだ人間を生き返らせることはできないが、君達の力にはなれるだろう。さあ、私を城へ。嘆き悲しむ王のもとへ導いておくれ」

 ただただ、呆気に取られるしかない。この世界のことも、イシュマウリのことも。何もかもが人智を超えているのだ。

 「・・・不思議なヤツっていうか、不気味なヤツだな。オレたちのことを、なんでも知ってるって感じだ」
 「シッ! 聞こえるわよ、ククール」
 「まあいい。あの手の顔は敵じゃない。信用するとしようぜ。根性の捻くれたヤツはドルマゲスおじさんみたいに、ユニークな顔立ちになるからな」
 「ユニークって・・・」

 ククールの言葉に、エイリュートは思わず笑ってしまう。あれは、杖の魔力によりなったのであろう。元の顔立ちは知らないが、もしもそれが間違っていたら、今のククールの発言は失礼である。

 「アッシはガキの頃から米粒みたいな脳みそだとみんなに言われて来たでげす。図体は大きくなりやしたが、脳みそだけは今も昔と変わらない軽さなんでがす。・・・つまり、何が何だかさーっぱりわからねえでがすよ!!」
 「月影の窓・・・素敵な場所ですわね。シェルダンドの神殿に空気が似ていますけれど、こんなに神秘的ではありませんし・・・。今度、城の僧侶たちをここに招待したいですわね」
 「いや、さすがにそれは無理だろ・・・」

 の天然発言に、ククールが思わず突っ込みを入れる。なんとなくわかっていたが、彼女は相当な曲者である。
 やってきた窓まで戻り、再び窓を開けば、そこは・・・願いの丘ではなく、なんとアスカンタ城だった。
 だが、どこか様子がおかしい。衛兵が眠りに落ちているではないか。

 「これも・・・月の魔力によるものなのかしら?」
 「そうかもしれませんわね・・・。あの方、ものすごい魔力をお持ちなのかも・・・」

 表情一つ変えないイシュマウリ。そんな彼を連れて、アスカンタ城の玉座に向かえば・・・今日も、パヴァン王は王座にうずくまり泣き崩れていた。

 「嘆きに沈む者よ。かつてこの部屋に刻まれた面影を、月の光の元、再び蘇らせよう・・・」

 そんな彼を見て、イシュマウリが持っていたハープをかき鳴らせば、音色に反応したパヴァン王が顔を上げた。
 そして・・・その彼の目の前に、忘れたくても忘れられない女性が姿を見せたのだ。

 「・・・これは? 夢? 幻? いや・・・違う。違う・・・覚えている。これは・・・君は」

 声をあげ、パヴァン王がドレスを身にまとった女性に近づき・・・そっと手を伸ばすと、その姿が音もなく消えてしまった。

 ─── ・・・したの? あなた・・・? どうしたの、あなた?
 「・・・シセル! 会いたかった。あれから2年、ずっと君のことばかり考えていたんだ。君が死んでから・・・」
 ─── まだ今朝の御触れのことを気にしているの? 大丈夫。あなたの判断は正しいわ。あなたは優しすぎるのね。でも、時には厳しい決断も必要。王様なんですもの、ね? みんな、あなたを信じてる。あなたがしゃんとしなくちゃ。アスカンタはあなたの国ですもの

 シセル王妃が優しく微笑み、語りかける。だが何かおかしい。会話がかみ合っていないのだ。

 ─── ねえねえ聞いて! 宿屋の犬に仔犬が生まれたのよ! わたしたちに名前を付けて欲しいって!

 玉座に姿を見せたのは、シセルと・・・パヴァン自身だ。

 「あれは・・・僕? そうだ、覚えてる。おととしの春だ。では、これは過去の記憶?」

 ─── 宿屋に仔犬が? ・・・君は? 何かいい名前を考えてるんじゃないかい?
 ─── わたしのは秘密
 ─── どうして。君が考えついたのなら、その名前がいいよ。教えてくれ
 ─── あなただって、ちゃんと思いついたんでしょ? 仔犬の名前
 ─── でも、それじゃ君が・・・
 ─── バカね、パヴァン。あなたが決めた名前が一番いいに決まってるわ。わたしの王様、自分の思う通りにしていいのよ。あなたは賢くて優しい人。わたしが考えてたのは、あなたが決めた名前にしようって、それだけよ?

 パヴァンの頬を両手で包み、シセル王妃が優しく微笑んだ。

 「・・・そうだ。彼女はいつだって、ああして僕をはげましてくれた。シセル・・・君はどうして・・・」

 ─── シセル・・・どうして君は、そんなに強いんだい?

 あの日・・・自分は、彼女にそんなことを問いかけた。

 ─── お母様がいるからよ
 ─── 母上? だって君の母上はずい分前に亡くなったと・・・
 ─── わたしも本当は弱虫でダメな子だったの。いつもお母様に励まされてた。お母様が亡くなって、悲しくてさみしくて・・・でも、こう考えたの。わたしが弱虫になったら、お母様は本当にいなくなってしまう。お母様が最初からいなかったのと同じことになってしまうわ・・・って。励まされた言葉、お母様が教えてくれたこと、その示す通りにがんばろうって・・・。そうすれば、わたしの中にお母様はいつまでも生きてるの。ずっと

 彼女は優しく微笑んで、そう答えた。今は亡き彼女の母が、いつも胸の中にいてくれるから・・・と。

 「シセル、僕は・・・僕も君のように・・・」

 手を伸ばした先、シセルの幻は再び音もなく消える。

 ─── ねえ、テラスへ出ない? 今日はいい天気ですもの。きっと風が気持ちいいわ。ね?

 差し出された手。過去の自分と、現在の自分の手が重なり・・・2人は上へ向かった。
 すでに、陽が昇り始めている。イシュマウリの魔法も、そろそろ解けてしまう。

 ─── ほら、あなたの国がすっかり見渡せるわ、パヴァン。アスカンタは美しい国ね

 まるで、隣に王妃がいるかのように・・・優しい声が、パヴァン王を包む。

 「ああ・・・そうだね・・・シセル、そうだね」

 ─── わたしの王様・・・みんなが笑って暮らせるように、あなたが・・・

 王妃が優しく微笑み・・・朝日に照らされ、その姿が消えかかる。イシュマウリの魔法も限界だ。

 「シセル・・・!!」

 手を伸ばしたその瞬間、王妃の姿は朝日に溶けるように消えた。

 「・・・覚えてるよ。君が教えてくれたこと、すべて僕の胸の中に生きてる。すまない、シセル・・・やっと、目が覚めた。ずっと心配かけてごめん」

 膝をつき、涙を流し、パヴァン王は王妃が残した思い出の全てを抱きしめる。
 長い長い夜が明けた。アスカンタは、もう過去に囚われることはない。

 「長い長い悪夢から、ようやく目が覚めたんだ」

 今日から、新しいアスカンタが始まるのだ。