13.喪に服す国

 たどり着いたアスカンタ国。その異様な雰囲気の国内に、エイリュートたちは怪訝な表情を浮かべた。

 「姫、何か事情をご存知ですか?」
 「・・・ええ。アスカンタのパヴァン王は、2年前に最愛の妻であるシセル王妃を病気で亡くされたのです。王妃を溺愛していたパヴァン陛下は、シセル王妃の死を悲しみ、2年経った今でも、こうして国全体で喪に服しているのですわ」

 さすが、シェルダンド国の王女。他国のことにも詳しい。
 城壁から垂れる黒い布は、喪に服している証。そして、城下町の人々も黒い服を身に付け、表情が暗い。
 国王の意に沿い、彼らもこうして喪に服しているのだった。

***

 黒い服に暗い表情・・・笑顔など、一つもない。そんな雰囲気の中、自然とエイリュートたちの表情も暗くなる。
 ククールは「喪服を着た女性もいいな」と軽い口調だが・・・隣を歩くゼシカに睨まれてしまった。
 このような状態では、ドルマゲスの行方などわからないだろう・・・。

 「こうなったら、アスカンタは無視していいんじゃねぇか?」
 「何言ってるんだ、ククール! 国の人たちは、みんな王様を心配してるじゃないか! 姫! 姫ならば、アスカンタ国王にお話を聞くことできますよね?」
 「え・・・ええ、ですが・・・わたくしの父も、何度かアスカンタへ使いを送りましたが・・・この2年、何も音沙汰がなく・・・」
 「少しでも、国王陛下に元気を取り戻してもらうために、僕はパヴァン王に会おうと思う!」
 「えぇ!?」

 エイリュートの言葉に、声をあげたのはを除く3人だ。

 「ちょ・・・ちょっと、エイト! 本気なの??」
 「兄貴、いくらなんでもそれは無茶というか・・・」
 「僕はもう決めたんだ。この国を、元の国に戻すって!」
 「・・・意外だったわ・・・エイトがこんなに熱い男だったなんて」
 「熱い心意気、あっしも見習いたいでげす」

 意外と人情家であるヤンガスだったが、このエイリュートの心意気には負けたようだ。
 ハァ〜・・・とため息をつくゼシカとヤンガスを見つめ、ククールとは顔を見合わせ、エイリュートは気合い十分にアスカンタ城に足を踏み入れた。

 「ったく・・・マジでどこもかしこも辛気臭ぇツラしてやがる」
 「みんなの暗い顔・・・あの喪服・・・。嫌なこと思い出しちゃう。なんだか・・・なんだかちょっとだけ、兄さんのこと・・・」
 「・・・ゼシカ、そ、その、なんて言ったらいいか・・・。・・・あー! だから女は苦手なんでがす!!」

 ククールのため息に、ゼシカがつらい過去を思い出し、ヤンガスが励まそうとするが失敗。そんな仲間たちの様子など、いざ知らず。エイリュートはズンズンと玉座を目指す。
 だが・・・玉座にいたのは国王ではなく、この国の大臣であった。

 「お久しぶりですわ・・・」
 「おぉ! 王女!! これはこれは、ご足労いただいたにも関わらず、パヴァン王は相変わらずの状態でして・・・」
 「そのようですわね。あれから、一度も・・・?」
 「・・・はい」

 どうやら、国王の状況は、エイリュートたちが思った以上にひどいようだ。

 「パヴァン陛下にお会いしても構いませんか?」
 「ええ・・・ですが、陛下は・・・」

 誰にも会わないというのだ。しかし、聖王国の王女が訪問しているというのに、そんな失礼な話があるだろうか?
 城の最上階にある国王と王妃の寝室へ向かえば、部屋の前にメイドの姿が合った。

 「おかげんはいかがですか? わたくしです。小間使いのキラです。お昼にお運びしたお食事も、召し上がられなかったようですね。夕食は王様の好物を作りますので・・・」

 声をかけるが、中からは何の反応もない。

 「王様、お願いです。せめてお返事を。お元気かどうかだけでも・・・」

 もう何度、彼女は同じ言葉を吐き続けたのだろう? 失望した様子で、メイドの少女は部屋の前を離れて行った。

 「引きこもり・・・ってこった」
 「そうみたいだね。だけど、このままじゃ・・・」

 ククールは肩をすくめるが、エイリュートは諦めていない。彼の視線を受け止め、がパヴァン王の部屋の前に立った。

 「パヴァン王、聞こえますか? わたくしは、シェルダンドのです。2年前、王妃の葬儀でお会いした以来ですわね・・・。国の方々が心配しております。もちろん、わたくしも・・・わたくしの両親も・・・。せめて、一言だけでもお言葉をいただけませんか?」

 だが・・・部屋の中からは一切、声が聞こえてこなかった。

 「こりゃ困ったでがす。姫さんの言葉も無視でがすな」
 「ちょっと、失礼なんじゃないの!? 相手は、聖王国の巫女姫でしょ!? ククールの話じゃ、法皇様に次いで身分の高い方なんじゃないの??」
 「仕方ありませんわ・・・。こればかりは・・・」

 ハァ・・・と寂しそうな表情を浮かべ、はうつむいた。
 すごすごと、引き返すように階段を下りて行くと・・・先ほどの小間使いが大臣と話をしている。

 「お食事もほとんど手つかず。ゆうべも一晩中、玉座の間で泣き明かしていらしたご様子。王妃様がご存命の時はあれほどお優しくて賢い王様でしたのに。お側仕えでありながら、なんの役にも立てず申し訳ございません・・・」
 「そうか・・・王は今日も。ご苦労だったな、キラ。だがなんとしても王に元気を取り戻していただかなければ。このままでは国が傾く・・・。しかし、一体どうすればいいのだ」

 涙を浮かべる小間使いの少女に、大臣は困り果てたような表情を浮かべ・・・フト、こちらの姿に気づいた。

 「おぉ! 王女・・・!! どうでしたか? パヴァン王の様子は」
 「申し訳ありません、大臣・・・。わたくしの力でも、国王陛下はお姿を見せてはくれませんでした」
 「なんと・・・! 巫女姫がいらしたというのに・・・」
 「大臣、わたくしたちは、国王陛下とアスカンタの国民を救いたいのです。どうか、諦めないでください」
 「王女・・・なんとありがたいお言葉・・・!」

 感激の涙を流す大臣に、小間使いの少女はキョトンとしてを見つめていた。

***

 なんでも、国王は夜になると玉座に下り、一人で悲しみに耽り、涙を流しているという。
 確かめたければ、夜に見に来ればいい・・・とのことなので、エイリュートたちは夜になるのを待って、再び城へ向かうことにした。

 「しかし・・・2年も忘れられないとは・・・どれほどの上玉なんだろうな?」
 「ククール、言い方が下品だよ。本当に君は僧侶なんだろうか? 姫に対する態度といい、君は王家の人間に対して少し敬うという気持ちが必要だよ」
 「あ〜はいはい。エイリュート君は、本当に臣下の鑑ですねぇ」
 「ちょっと、よしなさいよ、ククール! エイトもほっときなさいよね、こんなヤツ」

 夜の王城は静かだ。いや、昼間もまるで神殿のように静かではあったが、夜はそれ以上だ。
 聞いたとおり、玉座に入れば・・・王座に伏せ、泣いている若い男の姿が・・・。

 「あれが・・・パヴァン王・・・?」
 「そうです」

 ゼシカの言葉に、が小さくうなずく。

 「・・・なぜだ? どうして・・・シセル、君は僕を一人置いて天国へ行ってしまったんだ。あれから2年。僕の時計は止まったままだ。何一つ心が動かない。せめてもう一度だけ・・・夢でもいいんだ。もう一度、君に会いたい」

 その姿は、見てるこちらが痛々しくなるほど悲しみにあふれていて・・・。エイリュートたちは、言葉をかけることもできず、玉座を後にした。
 さて、どうしたものか・・・と悩む5人の前に、昼に出会った小間使いの少女が歩み寄って来た。

 「もしや、我が王に会いにいらっしゃったのですか?」
 「会いに来たっていうか・・・見に来たって言うか・・・。噂は本当みたいね」
 「はい・・・。パヴァン王は、2年前にシセル王妃を亡くして以来、誰にも会わず・・・。どうしたらいいのか・・・」
 「せめて、一目だけでも王妃に会えれば・・・何か変わるんでげすかね?」
 「そんな夢みたいな話、あるわけないだろ? 死んだ人間に会えるなんて、な」
 「そうだわ・・・!」

 ククールが冷やかすように発した言葉に、少女が声をあげた。

 「・・・そういえば、わたくしの祖母が、昔たくさんお話をしてくれました。不思議な話をたくさん。その中にどんな願いも叶える方法があると聞いたような気がするけれど・・・だめだわ。思い出せない。祖母に会いに行けば、簡単にわかるでしょうけれど、わたくしにはお城のお仕事が・・・」
 「おばあさん・・・?」
 「旅の方、お願いがあります。この城より西、橋のそばの家に住む、わたくしの祖母に願いを叶える昔話のことを詳しく聞いてきていただきたいのです。ただのお伽噺かもしれませんが、もしそれが本当なら、わたくしは王様の願いを叶えて差し上げたい。どうか、どうかお願いします。わたくしは、王様が元気になられるよう教会で祈っております」

 そう言うと、キラはぺこりと頭を下げ、エイリュートたちのそばを離れて行った。エイリュートたちは、少女の代わりに祖母の話を聞き、力になることににしたのだが・・・問題はトロデだ。
 事情を説明し、これから寄り道をすることになる・・・と告げると、トロデはパァと顔を輝かせた。

 「えっ、えらい! なんと主君思いのメイドじゃ! わしは感動したぞ! よい家臣は国の宝。しかもそのメイド、ミーティアと同じ年頃の娘というではないか。よしっ! これは命令じゃ! そのメイドさんの力になってやれ!」
 「けれど・・・寄り道になりますよ、いいんですか?」
 「そんなもん、お前が急いでぱぱっと片づければ問題ないわい。さあ、行くぞ! その優しいメイドさんのために、一肌脱ぐのじゃ!」

 ルーラで川辺の教会まで戻り、言われた家に入れば・・・確かに、老婆が1人、機を織っていた。

 「すみません・・・あの、アスカンタ城のキラのおばあさんですか?」
 「ええ、ええ。お城のメイドのキラなら、確かにわたしの孫娘ですよ」

 穏やかな笑顔を浮かべ、老婆がうなずく。
 エイリュートは事情を説明し、願いの叶う昔話について聞き出した。それは、ただのお伽噺にすぎない・・・という話だったが・・・。

 「はあ。まあ、年寄りですからねえ。アスカンタの古い昔話のことなら、なんでも知っておりますよ。願いを叶える昔話なら、この家の前を流れる川の上流の不思議な丘の話しですかねえ。満月の夜に一晩、あの丘の上でじーっと待ってると、不思議な世界への扉が開くといいますがねえ。でもまあ、お伽噺ですし、本当だかどうだか、わかりませんよ。だいいち、山の夜は冷えますし、あんな高い丘の上で夜明かしする者は誰もいませんよ。ほっほっほ」

 老婆の話を聞き、エイリュートたちは顔を見合わせる。本当に、それは単なるお伽噺なのか。

 「おばあさんは信じてないけど、私・・・不思議な丘の話し、気になる。本当のことだよ、きっと。それにキラの願いを叶える方法、他には見つからないもの。ダメでもともと、行ってみよう。ね!」
 「ばあさんの話はアッシにはどうもわからねえでがすが、山登りは大好きでげすよ! 兄貴と2人、山道の魔物をばったばったとなぎ倒し、戦果を競い合う! これぞ、男の友情でがす! そうと決まったら善は急げだ。その丘まで駆け足でげす!」
 「月夜の晩、高い丘の上で一晩祈りを捧げれば、どんな願いでも叶う・・・か。オレは行くだけムダだと思うけどね」
 「わたくしは、そのお伽噺に賭けてみたいと思いますわ。月夜に願いが叶う・・・とても神秘的ですし、月には不思議な魔力があります。あながち、ウソとは言い切れませんわ」

 仲間たちの意見は様々だが、ククール以外は行くことに賛成のようだ。
 そうとなれば、決まりだ。エイリュートたちは、川辺の教会で一泊し、翌朝、願いの丘に向かって出発することにした。