ドニの町で旅の支度を整え、エイリュートたちは次の目的地であるアスカンタ国を目指すことになった。
ククールが起こした騒動は、当然ながらエイリュートたちの耳に入り、ゼシカからは「だから、姫はククールに近づいちゃダメなのよ!」と怒られた。
だが、当然ながらククールはそんなゼシカの言葉など聞く耳持たず・・・。もで「大丈夫ですわ、ゼシカ」と微笑むだけなのだった。
***
長い道中、数々のモンスターを撃破し、2日ほど経過した頃、ようやく目の前に小さな一軒家と教会が見えてきた。
「あ〜・・・ようやく一休みできそうな場所が見えてきたわね・・・」
「あっしは野宿でもまったく問題ないでがすがね」
「あんたはよくても、姫に野宿は申し訳ないでしょ」
「そうだよね・・・。まさか、ドニからアスカンタまで、こんなに距離があるとは・・・。姫、申し訳ありませんでした」
「いいえ。エイリュートもゼシカもそんなに気になさらないでください。巫女の修行時に何度も野宿は経験してますわ」
「巫女の修行・・・?」
首をかしげるゼシカは、説明を求めるようにエイリュートへ視線を向けるが・・・エイリュートも小さく首をかしげた。
「この世界のトップに立つ方は、お前たちも知ってるだろうが、サヴェッラ大聖堂におられる法皇様だ。続いて聖王国の国王陛下と王妃。その次が大司教とシェルダンドの王女・・・という風に続いていく。まあ、早い話がシェルダンドの王族は特別ということだ。王族の人間は小さな頃から教会に入り、神官たちと共に修行をする。その厳しい修行を耐え抜いた王女は“巫女姫”という称号を得る。巫女姫はシェルダンドの国王と王妃に並ぶ権力を持つ。その首にかけられた小さなロザリオこそが、巫女姫の証なんだ」
淡々と、説明をしたのはククールだった。エイリュートたちが知らないことをいとも簡単に説明したことに、驚きを隠せない。
「・・・なんだよ」
「驚いた・・・。ククール、詳しいのね」
「オレだって、伊達に聖堂騎士をやってるわけじゃない。こういう基本的なことは修行時代にみっちり仕込まれたんだよ」
「へぇ・・・。ククールも、ちゃんと修行してたんだね。ギャンブルだけじゃなかったんだ?」
「エイリュート・・・お前、オレの回復魔法の恩恵に預かっておきながら、そういうこというか?」
「あら、ホイミだったらエイトだってヤンガスだって使えるじゃない」
「こう見えても、オレは優秀な騎士見習いだったんだぜ?」
「悪いけど、絶対にそうは見えないわよ」
冷たいゼシカの言葉に、ククールはけして挫けない。「つれないこと言うなよ、ハニー」と軽く返してきた。
「ククールは、バギとザキの魔法が使えます。この2つの魔法は、僧侶として修行を積んだ者にしか使えないものですわ。きっと、これから先、ククールならば死者の命を蘇らせることのできるザオリクを会得することもできますわ」
「そ、そうなの??」
が笑顔でそう言えば、ゼシカはキョトンとし、ヤンガスが目を丸くした。
「死んだ人間を生き返らせることができるでがすか??」
「ですが、それは神の決めた死期よりも早く亡くなった方のみ、です。残念ながら、誰でも・・・というわけには参りません」
「じゃあ、病気とか寿命で亡くなった人は・・・」
「病死も神がお定めになった寿命です。受け入れられない方もおりますが・・・」
話しながら、教会の扉を開く。一晩の宿を借りたい、と申し出れば祝祭日のためにお布施なしで泊まらせてくれるとのことだった。
質素だが、暖かい料理を食べ、体を清め、2日ぶりのベッドでゆっくり眠れる。
だが・・・はなかなか寝付けず、何度も寝返りを打っていた。
やがて、眠ることはあきらめて少し外へ出ることにした。隣のベッドで小さな寝息を立てているゼシカを起こさないように、そっとベッドを抜け出した。
***
教会から外へ出て、通ってきた石橋の方へ歩いていくと、そこにすでに先客がいることに気づく。
長い銀髪が微かな風に揺れている。水面を見つめるアイスブルーの瞳は、月光に映える。赤い聖堂騎士の制服だけが、いやに際立って見えた。
「ククール・・・?」
「眠れないのですか?」
「え、ええ・・・。なんだか、色々と考えてしまって・・・。ククールは? 修道院の方々が気になります?」
「ご冗談を」
ククールがフッと鼻で笑う。住み慣れた修道院を半ば追い出されるような形になったのだ。複雑な心境だろう。
「・・・色々と、複雑な事情があるのでしょうね。あなたと、マルチェロ・ニーディスの間には」
「・・・・・・」
「話せば気が楽になることもありますわ。無理に話せとはいいませんけれど・・・」
「別に、これといって複雑じゃありませんよ。・・・なんだろうね。こう、うまくいかねぇんだよな。あいつ・・・マルチェロとは。いっそ、本当に血が繋がってなきゃあ、お互い幸福だったのかもな。あなたも、知ってるはずだ。オレがマイエラ周辺を治めていたダヤン・イリスダッドの息子だってことは。だけど・・・親父もおふくろも、オレを残して病死した。行くあてがなかったオレは・・・慈善家として有名だったオディロ院長を頼って、マイエラ修道院へ向かったんだ」
ククールが夜空の満月を見上げる。澄んだアイスブルーの瞳は、遠い過去を思い出すかのように、小さく揺れた。
「見たこともない場所・・・知らない人ばかり・・・ものすごく心細かった。だが・・・そんなオレに、一人の青年が声をかけてきたんだ。優しかったよ。“今日からは、ここにいる人たちが、君の家族だよ”そんな風に微笑みかけてくれた。だが・・・オレが名乗った途端、そいつの表情は一変した。“出て行け”と冷たく言い放ったんだ」
「・・・まさか、その方は・・・」
「・・・その後、しばらくしてオレは初めて知ったんだ。死んだ親父にはメイドに産ませた腹違いの兄が一人いたのだと。それが、あのマルチェロで・・・。オレさえ生まれなければ、跡継ぎは奴のはずだったのだという事を。マルチェロとその母親はオレが生まれた後、無一文で屋敷を追い出され、すぐに母親は死んでしまい・・・身寄りのなくなったあいつは、あの修道院でオレと親父を恨みながら育ってきたんだ。ずっと」
「・・・・・・」
「ホント、寝耳に水でさ? 幼く純真なククール少年の心は、こっぴどく傷ついたね。でもまあ・・・ね。クソ親父はしたい放題やって、さっさと死んじまった。奴には憎める相手はオレしか残ってないんだ・・・。わからないでもないんだ。だから、いい機会だったと思うよ。近くにいるから、余計苛立たせる。ちょうどマイエラ修道院の窮屈な暮らしにも飽き飽きしてた頃だったし」
「ククール・・・」
「・・・オレは、あの日からイリスダッドの名前を捨てた。忌まわしい名前だからな」
ククールが向き直り、の瞳を見つめる。月光が、2人だけを照らし・・・静かに、風が2人の髪を揺らした。
「あんたは・・・でも、知ってたんだろ? オレとマルチェロのことを」
「ドニの村で聞いたのですわ。マイエラを治めていたダヤンの息子が“ククール”という名前で、修道院に腹違いの兄がいるということを・・・」
「親父のことも、知ってた」
「ダヤン・イリスダッドのお父上・・・つまり、あなたのおじい様は、とても優秀な領主さまでした。もちろん、わたくしはお会いしたことはありませんが・・・かつて、アスカンタの重臣だったと伺ってます」
「オレも親父も、女にだらしないとこだけ似たってことか」
「ククール・・・あなたは、本気で人を愛したことがないのでしょう? きっと、恋をすれば変わります。誰かを大切に思う気持ちがあれば・・・」
「・・・さすが、巫女姫様だな。言うことが僧侶たちと同じだ。“汝、人を愛せよ。さすれば、汝に神から平等なる幸福が与えられるであろう。神よ、祝福を”」
祈りの言葉をつぶやき、手を合わせるククール。冷やかすような口ぶりだったが、その仕草は完璧だ。間違いなく、彼は僧侶として修行を積んできたのだ。
「それじゃあ、オレはあんたを愛の対象にさせてもらおうかな?」
「え・・・!!?」
「美しき巫女姫・・・私のお気持ちを、受け止めていただけますか?」
聖堂騎士の礼をし、ククールの美しい瞳がを見つめる。
異性に言い寄られたことなどないは、ククールの言葉に翻弄されてしまうが・・・すぐに彼は表情を変えた。
「お許しを、姫君。冗談ですよ」
「あ・・・」
「さ、そろそろ夜が明けます。教会に戻りましょうか」
見上げれば、東の空が明るくなってきている。
は慌てて、教会の入り口で自分を待っているククールのもとへ走り寄った。
「・・・あなたのことは、けして口外しませんわ」
「別に、言ったって構いませんよ。オレとマルチェロは腹違いの兄弟。ただ、それだけです」
「ククール・・・」
憎むことしか、できないのか・・・。マルチェロは、ククールを本当に恨んでいるのか・・・。
胸元のロザリオを握り締め、は神に祈るしかなかった。