11.姫と狼

フッと目を覚ますと、コンコンとドアをノックする音がした。部屋に入って来たのは、ククールだ。

 「目が覚めたみたいだな・・・。葬式の前にも言ったが、オディロ院長の死のことは、あんたたちの責任じゃない。むしろ、あんたらがいなかったら、マルチェロ団長まで死んじまってただろう。礼を言う」
 「そんな、礼だなんて・・・」

 マルチェロは助かったが、オディロ院長は救えなかったのだ。誰だって、人が死ぬところなど見たくはない。

 「・・・さて。その聖堂騎士団長殿がお呼びだ。部屋まで来いとさ」
 「・・・わかった。ゼシカとヤンガスはまだ寝てるから、僕だけが行くよ」

 はエイリュートたちとは別の、特別室に泊っているため、ここにはいない。

 「じゃあな、オレは確かに伝えたからな」

 用件だけを告げると、ククールは部屋を出て行った。

***

 身支度を整え、部屋を出てマルチェロの部屋へ。扉前に立っていた騎士が、エイリュートの姿に気づくと、中へ案内した。
 部屋の中にはマルチェロの他に、トロデと、そしてククールが待っていた。

 「・・・これはこれは、目が覚められましたか。話は全てトロデ王と王女から聞きました。あらぬ疑いをかけ申し訳ない。憎むべきはドルマゲス。あの道化師には神の御名のもと、鉄鎚を下さねばなりますまい。ですが・・・私には新しい院長として皆を導くという役目がある。・・・そこで、です。こちらの方々のお話では、皆さんもドルマゲスを追って旅をしているとか」
 「ええ、そうです。呪いをかけられたトロデーン城と、トロデ王、ミーティア姫を助けるために、ドルマゲスを倒す旅をしているのです」
 「そうでしたか・・・。どうでしょう? ここにいる我が弟ククールを同行させていただけませんか?」

 扉の横の壁にもたれていたククールが、マルチェロの言葉に眉間に皺を寄せた。

 「・・・騎士団長殿、規律が守れぬ者は弟とは思わぬと、あなたが言ったのでは・・・」
 「今はこの方々と話しているのだが? お前は黙っていろ」

 冷たい口調で突っぱねれば、ククールは拗ねたようにそっぽを向いた。

 「ククール、今、修道院を離れても問題ない者はお前しかいないのだ」
 「・・・・・・」
 「他の者には、それぞれこの修道院で果たすべき役目がある。その点、お前は身軽だろう」
 「・・・つまり、役立たずだと。そう言いたいわけだ。なるほど。わかりました。それほどおっしゃるなら、こいつらについて出て行きます。院長のカタキはお任せを」

 聖堂騎士の礼をし、ククールが部屋を出て行くと、トロデとも「外で待っている」と言い残して部屋を出て行った。

 「・・・あのような弟ですまない。ですが、どうぞククールをよろしく頼みます。旅の無事を祈っております」
 「わ、わかりました・・・」

 なんとなく、押し付けられたような気がしないでもないが・・・。餞別として、世界地図ももらったし、文句を言うわけにもいかず、エイリュートは部屋を出た。

***

 修道院の入り口前で、ククールとが待っていた。ククールの話をすると、ヤンガスは「まあ、いいんじゃないでげすかね」と答えたが、ゼシカは「本気!!? あいつ、絶対に姫に手を出すわよ!」と少々、仲間になることに反対していたが・・・。

 「やっぱり、予感的中じゃない」

 に何か語りかけているククールは、傍から見ると完全に“口説いてる”。壁に片手をつき、を囲うような体勢だ。当のは微笑みながら、たまにうなずきながら話を聞いている。

 「・・・よう。まあ、そういうわけだ。オレも旅に加えてもらうぜ? マルチェロ団長殿に命令されたからじゃない。院長はオレの親代わりだったんだ。あいつ・・・ドルマゲスは絶対に許さない。必ずカタキは討つさ。それに・・・こんな所、頼まれたっていたくないね。追い出されて清々するさ」
 「・・・ククール」
 「大丈夫ですよ、姫君。先ほども言ったでしょう。オレは、貴女を守る騎士になる、と。神に誓って、貴女の意に背くような真似はしませんよ」

 そう言って、ククールはの手を取り、その指先にキスを落とした。
 途端に「あぁ!!!」と声をあげる3人に、ククールはウインク。

 「ちょ・・・ちょっと! エイト!! あんた、なんで止めないのよ!」
 「だ・・・だって・・・まさか・・・」
 「兄貴! しっかりするでげすよ! 姫さんをお守りするのは、兄貴の仕事でげす! あっしもお手伝いしやすが」
 「やれやれ・・・挨拶をしただけだというのに、大騒ぎだな・・・」

 何せ、彼にとって今のキスは“単なる挨拶”にすぎない。挨拶しただけなのに、これだけ騒がれては、今後どうなるのだろうか?
 現に、当のだって至って普通の表情で首をかしげているではないか。

 「・・・とにかく、ククール。君には少し、行動を改めてもらうよ」
 「なんだよ、それ」
 「君も知ってる通り、この方は聖王国シェルダンドの・・・」
 「あ〜パス。そういった堅苦しい話は苦手なんだ。それより、早く出発しようぜ」
 「ちょ・・・ククール・・・!!」

 エイリュートの言葉を遮り、ククールは修道院の大扉を開け、さっさと外へ出てしまう。

 「まったく・・・! 先行き不安だよ!」
 「だから言ったじゃない! 私は、あいつが仲間になるなんて反対よ! エイト、今からでも遅くないわ! 断ってきなさいよ!」
 「お待ちください、皆さん・・・」

 ククールの仲間入りを拒否するメンバーに、が穏やかな声で語りかけた。

 「彼は、けして軽薄な男性ではありません。どのような事情があり、あのような生活を送っているのかは存じませんが・・・彼は、イリスダッド家の嫡子です。きっと、何か深い事情があるのですわ」
 「姫・・・」
 「でも・・・」
 「その人の表面だけを見て決めつけてはいけません。わたくしたちは、まだ知り合ったばかりです。彼のことも、わたくしたちのことも、まだまだ知らないことがたくさんありますわ。今見えているものだけが全てだと、けして思わないでください」
 「・・・・・・」

 の言葉に、エイリュートたちは何も言えずにうつむいた。

 「ですが、度を過ぎれば、叱るのは当然ですわ。ククールが、今後どのような道をたどるのか・・・それは、彼次第ですわね」

 だが、容赦ない言葉を続けたに、3人は顔を見合わせ、笑った。

***

 修道院の外へ出てみると、ククールがトロデと何か話していた。どうやら、旅に同行することを伝えているようだ。

 「トロデ王・・・」
 「おお、待っておったぞ、お前たち。あのククールがわしの新しい家臣になったようじゃな!」
 「オレはしばらくの間、旅に同行するだけで、化け物ジジイの家臣になった覚えはないぜ?」
 「うむうむ。むさいヤンガスより見栄えがよい! わしの威厳も増すというものじゃ」
 「聞けよ! おっさん!」

 納得したようにうなずくトロデに、ククールが声をあげるが、トロデはまったく意に介さない。いつものトロデの姿だ。

 「ククール、本当によろしいのですか? 修道院を出て、わたくしたちと一緒に行くことに・・・」
 「・・・まあ、ね。修道院の窮屈な暮らしには飽き飽きしてたんだ。いい機会さ。それに・・・姫とはもっと深い付き合いになりたい」
 「深い付き合い・・・?」
 「ククール!! 君って人は早速・・・! カタキ討ちはどうしたんだよ!」
 「カタキ討ち? ああ、適当にな」
 「適当!? オディロ院長になんて失礼なんだ・・・!!」
 「エイリュート・・・落ち着いてください。それより、この先はどうしますか?」

 が必死に宥めると、エイリュートはククールを睨みつけながらも、ヤンガスたちに視線を向けた。

 「ええと、こっちの大陸にゃあ、この修道院の他、でかい街と小さいお城が一つずつありまさぁ。どっちもちょいと長旅になる。いっぺん宿屋に泊って準備をしてった方がいいでげす」
 「アスカンタなら、少し距離があるぜ。ドニの街で準備をした方がいいんじゃないか?」
 「そうだね。ククールの言う通りにしよう」
 「・・・大丈夫かしら? あの街って、確か・・・あんたがイカサマやってごろつきとケンカになったはずじゃ・・・」

 ゼシカの不安は的中。酒場の前で、あの日ヤンガスがのした連中がククールを未だに探していたのだ。
 こっそりと裏口から入り、昼食を取ることにしたエイリュートたちだが・・・。

 「あ! ククール・・・!! 会いたかったわ〜!!」
 「ごめんな。ここのところ、ちょっとゴタゴタしててな」

 酒場に入った途端、中にいた黒髪の美人がククールに抱きついて来て・・・そういったことに、まったく免疫のないは顔を真っ赤に染めた。

 「ククール! 会いに来てくれたのね!」
 「ああ、ごめんな。そうじゃないんだ・・・実は、修道院を追い出されてね」
 「えぇ!!?」

 今度は、酒場のバニーガールまで寄って来て・・・気が付けば、ククールは数人の美女たちに囲まれてしまっていた。

 「・・・・・・」
 「姫? どうしたの??」
 「・・・破廉恥ですわ」
 「え?」
 「見損ないましたわっ!! ククール・イリスダッド!」
 「へ??」

 顔を真っ赤に染め、大きな瞳にはうっすらと涙をため、が叫んだ。あまりの剣幕に、エイリュート、ヤンガス、ゼシカはポカーン・・・と口を開けてしまう。
 そして、当のククールはというと・・・美女に囲まれたまま、どうしたんだ?というように首をかしげた。

 「ちょっと、なんなの? あの子・・・」
 「ククール、どういう関係なの?? まさか・・・彼女!?」
 「ヤダヤダ!! ククールは誰のものにもならないって約束よ!」
 「違うって、そんなんじゃない。彼女は・・・」

 言いかけたククールの言葉を遮るように、はキッとククールを睨みつけ、そのまま正面から酒場を出て行ってしまった。

 「・・・参ったな」
 「・・・ククール・・・僕、言ったよね・・・? 姫に何かしたら、タダじゃすまさないって・・・」
 「あ? そんなこと言ったか?」
 「姫は、そういうことに免疫がないんだ! 聖王国の王女だぞ! 男女の淫らな・・・みだ・・・ら・・・」

 自分で言ってて、恥ずかしくなったのか、エイリュートは顔を真っ赤に染め、それ以上言葉が出てこない。

 「・・・兄貴、兄貴もそうとうウブでがすね」
 「うぅ・・・!!」

 真っ赤になった顔を押さえ、エイリュートはその場にうずくまってしまった。そのエイリュートの姿を見て、ヤンガスがポツリとつぶやく。

 「まったくもう・・・! 先が思いやられるわ!」

 そしてゼシカは、呆れた表情でため息をついてみせたのだった。

***

 酒場を出たところで、は例の3人組に遭遇してしまっていた。
 当然、向こうはのことなど覚えていない。だが、気が立っているところで、このような絶世の美女に出会い、邪まな思いを抱かないわけがない。

 「よぉ、ねーちゃん・・・ちょっと俺らと遊んでくれねぇか?」
 「結構ですわ。通してください」
 「そんな冷たいこと言わないでよぉ・・・。ちょっとでいいんだからさ」

 そう言って、の細い腕を掴む。途端に、は嫌悪感を顕にし、掴まれた腕を振り払った。

 「何をするのですか! 無礼者!!」
 「はぁ? おいおい、もしかしてどっかのお嬢様か? こりゃあいい。こいつを誘拐して身代金たんまり要求しようぜ!」
 「いやです! 離しなさい・・・! 離さないと・・・!!!」

 腕を引っ張られ、どこかへ連れて行かれそうになり、は慌てて呪文を詠唱した。生まれた炎を男たちにぶつけてやろうとした瞬間・・・。

 「おい、その子をどこに連れてくつもりだ?」

 背後から声をかけられ、振り返った男たちは「あぁ!」と叫んだ。

 「てめぇ・・・ククールっ!!!」
 「やれやれ・・・執念深い奴らだな。まだオレを探してたのか? 美女に探されるのは大歓迎だが、お前らみたいな筋肉バカに探されるのはごめんだぜ」
 「バカにしやがって・・・! 今度こそ、決着をつけてやろうじゃねーか!」
 「その前に・・・その汚い手を離せ。彼女に触れるな」

 スッとアイスブルーの瞳を細め、ククールが男たちに言い放つ。

 「よしっ! じゃあ、俺たちと勝負だ! 勝ったら、この女を返してやるよ」
 「どんだけ上から目線なんだ・・・。まったく。これだから、筋肉バカは困る」

 殴りかかって来た小柄な男をヒョイと交わし、足払いをかける。
 もう一人の男がナイフを持ち、斬りかかってくるが、あっさりと腕を払いのけ、落ちたナイフは取り上げてしまう。
 残りの大男が突進してくるが、俊敏さでククールに敵うわけもなく・・・。何度も交わされたあげく、後ろから背中を蹴られ、酒場の入り口にあった階段に頭から突っ込んだ。

 「さて・・・片付いたかな?」

 手を払うようにパンパンと叩き、ククールは呆然と立ち尽くしていたの前に進み出た。

 「お怪我はありませんか? 姫君」
 「・・・え、ええ・・・大丈夫ですわ」
 「それは何より」
 「なぜ・・・ここへ? 酒場で、綺麗なお嬢様方に囲まれてらしたのに・・・」
 「どんなに美女が集まっても、あなたに太刀打ちできる相手などおりませんよ」
 「!」

 ククールの浮ついた言葉に、は眉をしかめ、クルッと彼に背を向けた。

 「わたくしを・・・からかっているのですね」
 「そんなつもりはありませんよ」
 「いいえ、わかっております。わたくしも、今後はオオカミの扱いに気をつけようと思いますわ」
 「え?」

 目を丸くするククールを尻目に、は振り返り、ニコッと微笑んだ。

 「お気をつけなさい、ククール・イリスダッド。女は、あなたが思っている以上に危険ですわ」
 「!」

 その笑顔と、その気丈な振る舞いに・・・ククールが、今までに感じたことのない感情を抱いたことは、誰も知らない・・・。
 孤独なこの僧侶が、たった1人の女性を心から愛することになるとは・・・本人たちですら、知り得ないことなのである。