10.涙雨

 エイリュート・ヤンガス・ゼシカの3人は、地下の部屋でマルチェロの尋問を受けていた。

 「いい加減にしやがれ! 濡れ衣だって言ってんだろ!?」
 「そうよ! あんたたちの仲間に頼まれて、院長の様子を見に行ったんだって、さっきから言ってるじゃない! だいたい、どうして私たちがこんな目に遭わなきゃならないのよっ!?」

 バン!とヤンガスとゼシカが机を叩くも・・・マルチェロは冷たい目を向け、取りあわない。

 「・・・院長は甘すぎる。お前たちが犯人でないなら、部下たちは誰にやられたのだ? 私の目は誤魔化せんぞ。白状するまで・・・」

 と、部屋のドアがノックされる。「誰だ」と声をかけると、聞き覚えのある声が返事をした。

 「団長殿が、オレを呼んだんじゃないんですか?」
 「・・・入れ」

 ドアを開け、恭しく頭を下げたのは、銀髪の青年・ククールだった。

***

 「お前に質問がある。だがその前に・・・。修道院長の命を狙い、部屋に忍び込んだ賊を私は先ほど捕えた。こいつらだ。問題はここからだ。我が聖堂騎士団の団員が、6人もやられたよ」

 マルチェロの言葉に、ククールは白々しく驚いた顔をし、囃すような口笛を吹いた。

 「・・・まあいい。問題はここからだ。我がマイエラ修道院は厳重に警備されている。よそ者が忍び込める隙なぞない。・・・誰かが手引きしない限りはな。こやつらの荷物を調べたところ、この指輪が出てきた。聖堂騎士団員ククール、君の指輪はどこにある? 持っているなら見せてくれ」

 マルチェロが服の隠しから取り出したのは、ククールがゼシカに与えた指輪だ。
 これ以上は誤魔化せない・・・と、思ったのだが。

 「よかった! 団長殿の手に戻っていたとは!」
 「・・・何だと?」

 ククールがマルチェロの手から指輪を奪い取り、自分の指に嵌めなおした。

 「酒場でスリに盗まれて、困っていたんですよ。よかった、見つかって」
 「スリだとぅ!? おい、兄ちゃん! そいつぁ話が違う・・・」

 声を荒げようとしたヤンガスの脛を、ゼシカが勢いよく蹴りつけた。

 「そんな指輪、どうだっていいわ! あいつは最初っからそういう魂胆だったのよ! 大体、あんなケーハク男の言う事を素直に聞いたのが、そもそもの間違いだったのよ!」
 「うぐぐ・・・ゼシカの姉ちゃん・・・痛いでげす・・・!!!」
 「そんなことより・・・姫はどうしたんですか? 彼女に何か危害を加えるような真似、僕は許さない・・・!!!」
 「そんなことって兄貴・・・」
 「フッ・・・聖王国の王女を誘拐するなど、大それた賊どもだな。王女は安全な場所にいる。使いを出したので、近日中には迎えが来るだろう。まあ、お前たちには関係のない話だがな・・・」
 「そういう訳です。では、オレは部屋に戻ります」

 マルチェロの話がのことに移ると、ククールはそう言って部屋を出て行こうとする。

 「待て!! まだ話は終わっていないぞ!」

 マルチェロが呼びとめるも・・・ククールは部屋を出て行ってしまった。

 「・・・仕方のない奴め。まあいい。あいつの処分はいつでもできる。それよりも・・・待たせたな。では、君達に話を聞こうか? どうしてあの部屋にいた? 何が目的なんだ? さっさと白状したまえ」
 「だから、アッシたちは何もやってねえって言ってんだろ!」

 憤慨し、両手を振り上げるヤンガスだが、ここで手を出すのはまずいだろう。エイリュートが、慌てて押さえた。
 と、そこで再びドアがノックされる。マルチェロは視線をドアへ向けた。

 「今度は何だ」
 「修道院の外でうろついていた魔物を1匹、捕まえて参りました!」
 「何? 魔物だと?」

 まさか・・・と嫌な予感がエイリュートを襲う。
 開いたドアの向こう・・・やはり、そこにいたのは緑色した小さな生き物・・・。その背中を、聖堂騎士が蹴飛ばした。

 「イテテテテ・・・! な、何をする!?」

 勢いよくテーブルの上に放り出され、腰を撫でながらも視線はエイリュートたちへ向けられ・・・。

 「おい、ヤンガス! ゼシカ! こんな所で何をしとるんじゃ? エイリュート!! 答えんか! あんまり長い間、帰ってこんから、寂しくなって探しに来てやったぞい!」
 「あ〜・・・トロデ王・・・それは・・・」

 やってしまった・・・この状況で、これはマズイ。確実にマズイ・・・。頭を抱えるエイリュートの前で、マルチェロが肩を震わせ笑いだした。

 「・・・旅人殿は、どうやらこの魔物の仲間らしい。このような澄んだ目をした方々が!」

 そう言うと、立ち上がり、トロデの首根っこを掴み上げた。

 「なんじゃ、お前は!! 無礼者め、その手を放さんかい! 下ろせっ!! 助けてくれ、エイリュート!」

 暴れるトロデの身体を、マルチェロはエイリュート目がけて放った。慌てて、エイリュートはトロデの身体を受け止めた。

 「魔物の手下どもめ。オディロ院長は騙せても、この私はそうはいかんぞ。指輪を盗み、忍び込んだのもその魔物の命令だな? 神をも恐れぬバチ当たりどもめ。院長を殺せば、信仰の要を失い、人々は混乱する。その隙を狙い、勢力拡大を図った・・・そんなところか」
 「そ・・・そんなんじゃ・・・!」
 「そのために純真無垢な王女までもを騙し、シェルダンドを手中に収めようとしたというのか・・・!」
 「あっしたちは、そんなことを企んでないでげすよ!」
 「この魔物たちを牢屋へ! 明日の夜明けと共に、拷問して己の罪の重さを思い知らせてやる! ・・・明日の夜明けを楽しみにしておくんだな」

 ニヤリ・・・と不敵に微笑んだマルチェロに、エイリュートたちはゾッとした。

***

 「それでは、迎えの方がいらっしゃるまで、こちらに滞在していてください。男だけの修道院で、何かと窮屈かとは思いますが、国の方がいらっしゃるまで、私が姫君の御世話をさせていただきますので、どうぞなんなりと申しつけください」

 ペコリと頭を下げ、まだ年若い修道士が部屋を出て行った。
 パタンとドアが閉まり、ガチャと施錠の音。まるで、監禁だ。一国の王女に対して、あまりにも失礼な態度だが、それも大切な王女に何かあってはいけない、という配慮からなのだろう。
 だが・・・は、このままここに留まるつもりはない。なんとしても、国に連れ戻される前に、ここを脱出しなければ。
 そして、エイリュートたちを助け出し、ドルマゲスを追い、トロデ王とミーティア姫にかけられた呪いを解くのだ。
 ギュッと拳を握りしめる。武器は取り上げられ、丸腰だが魔法は使える。ドアを破ることくらい、朝飯前だ。
 もう少し時間が経ち、修道士たちが眠りについた頃を見計らえば・・・。

 「・・・ガッ!」
 「!!」

 決意に身を固めたその瞬間、ドアの外で男のくぐもった声が響き・・・何かが倒れるような音がした。
 警戒し、小さく呪文を唱え、その両手に炎が生まれる。いつ不貞の輩が入って来ても、対応できるように・・・。
 ドアにかけられた鍵が解錠され、木製のドアがゆっくりと開く。グッと身構えるの前に姿を見せたのは、銀髪の青年だった。

 「・・・ククール・イリスダッド!」
 「ご機嫌麗しゅう、王女」
 「一体、何をしにいらしたのですか!?」
 「ご安心を、王女。私は、あなたを攫いに来たのですよ」
 「え・・・?」

 魔法を引っ込め、ドアの外を見れば、見張りの聖堂騎士が倒れている。ククールが倒したのだろう。

 「まさか、シェルダンドの王女様だったとはね・・・。オレのことも知ってるわけだ」
 「わたくしを攫いに来たということは・・・お金が目当てですか?」
 「まさか。そんなんじゃない。マルチェロ団長殿に一泡吹かせたいだけだ」

 ほら、とククールがの剣を差し出す。おずおずと、は差し出された剣を受け取った。武器を返してくれたということは、ここから出してくれるつもりらしい。

 「あいつらを助けに行きますよ」
 「え・・・あいつらというのは・・・エイリュートたちですか?」
 「そうです。今頃、見張りは眠り薬で夢の中・・・なはず」
 「・・・あなたは、どうしてわたくしたちを・・・」
 「“さっきは裏切ったのに”って?」

 地下牢へ向かう足を止め、ククールがを振り返る。エイリュートたちが無実の罪を着せられ、牢屋に捕えられているという話は、先ほどの修道士から聞かされていた。がそれは誤解だ、と何度言っても取り合ってもらえなかったが・・・。

 「オレにも色々と事情があるんだ。肩身の狭い存在なんだよ。堂々と、あんたたちを助けてやることができればいいんだけどね」
 「・・・修道院の方々は、あなたのことを良く思っていないようでしたわ」
 「そりゃそうさ。戒律を守らず、僧侶として、人として道を外したオレを、誰も気に入ったりはしない」
 「・・・・・・」
 「さ、無駄話はこのくらいに・・・」

 視線を前に戻したククールが、一瞬にして表情を強張らせ、首をかしげるの腕を引き寄せた。

 「キャッ・・・!」
 「シッ! 静かに・・・」

 ククールに抱きしめられ、何が起こったのかはわからないが、どうやら聖堂騎士の1人が通りかかったようだ。女を連れ込むことも、日常茶飯事なのだろう。ククールが女性を抱きしめていても、いつものことだと気にしていないようだった。

 「フゥ・・・行ったか」
 「・・・・・・」
 「ああ、すみません。失礼いたしました、姫君」

 抱きしめていた体を離し、恭しく頭を下げるククールに、は頬を真っ赤に染めている。
 胸がドキドキする。一体、自分はどうしてしまったのか・・・。銀髪の青年の一挙手一投足に目を奪われている自分がいる。

 「どうかいたしましたか? 姫君」
 「い、いえ・・・なんでも、ありませんわ・・・」

 ドキドキと高鳴る胸を押さえ、必死になんでもないフリを装った。
 異性に抱きしめられるなんてこと、当然ながらには初めての経験だった。だが、それにしてもこの胸の高鳴りは何なのだろう? 会ったばかりだというのに、彼のことがこんなに気になるなんて、自分はどうかしてしまったのだろうか?
 がそんなことを悩んでいるとも知らず、ククールはエイリュートたちが入れられている牢屋に向かって歩く。ヒョイ、と中を覗きこみ「こんばんは、皆さん。お元気そうで何よりだね」と声をかければ、ヤンガスは憤慨し、ゼシカもそっぽを向いて怒り心頭だ。

 「てめえ!!」
 「おっと。そう怒るなって。さっきは悪かったよ。お詫びに・・・ほら」

 ククールは手にした鍵を見せる。すると、ヤンガスは怒りを鎮め、ゼシカはチラッとこっちを見た。

 「どういうこと?」
 「ここじゃあ、上の階に声が聞こえちまうかもしれない。話は後だ。ついてきな」
 「皆さん、ご無事でしたか・・・!!?」
 「姫!!!」

 が無事な姿を見せると、4人が安堵の表情を浮かべて、お互いの無事を喜んだ。
 ククールが盗んだ鍵で牢を開けてやると、ヤンガスはすぐさまククールに食ってかかった。

 「大丈夫だった、姫! あのケーハク男に何もされなかった??」
 「え、ええ・・・大丈夫ですわ」
 「? なんか、顔が赤いけど・・・」
 「そっ! そんなことありませんわ!」

 の顔を覗きこみ、疑わしそうな視線を向けてきたゼシカ。は顔を押さえつつ、必死でゼシカの視線から逃げた。

 「ここから先は、絶対にしゃべるなよ」

 ククールの先導のもと、エイリュートたちは地下の部屋を通り抜ける。そこにいた聖堂騎士が小さないびきをかいて眠っていた。

 「夕飯の時に、あいつのメシに眠り薬を入れといたのさ。・・・よし。よく眠ってる。効いてるみたいだな。さあ、この奥だ」

眠りこけている聖堂騎士を傍目に、一行は小さな部屋へと入って行った。

 「・・・ここまで来れば安心だ。あんたたちもしゃべっていいぜ」
 「おい!! 貴様! 一体、何のつもりなんじゃ!? わしらをどうする気なんじゃ!」
 「だから、さっきは悪かったよ。指輪の件は、ああでも言わないとオレが疑われるんでね。ここを追い出されたら、他に行く所がないんだ。けど、ちゃんと助けに来ただろ? そう怒るなって」
 「それは感謝してる。だけど・・・こんな所に連れて来て・・・どうするんだ?」
 「それより・・・ほら。めずらしいもの見せてやるよ」

 ククールの視線の先には、小さな鉄の入れ物。前面の扉が開き、そこに見えたのは・・・無数の棘だ。
 と、ヒョイとククールがトロデを持ちあげ、その入れ物の前に突き出した。

 「なんじゃ?」
 「ほら、中のトゲトゲに血の染みがこびりついてるだろ? 例えば、あんたを中に入れて、フタを閉めれば、全身をこの棘が突き刺すのさ。つまり、オレは手を汚さずに、あんたを全身穴だらけにできるってわけだ。便利だろ?」

 ククールはトロデの体を、そのまま入れ物の中へ。そして、扉が閉まり・・・。

 「ギャー!!!! ・・・ん? おおっ!! エイリュート! 聞こえるか!? この奥は抜け穴になっておる!」
 「・・・とまあ、ご覧の通りだ」
 「悪趣味・・・」
 「だけど、ここから外へ出るには、これしか方法がないんでね。のんびりしてると、あんた達を逃がそうとしたのがバレちまう。急いでくれ」

 眉根を寄せるゼシカに、ククールはなんてことない、といった風に肩をすくめてみせた。

 「・・・しかし、わからねえ。自分で濡れ衣着せておいて、なんだって助けに来たんだ?」
 「悪く思わないでくれ。生憎、ここの連中にオレは信用がないもんでね。あの場で庇ったところで、あんたたちを助けることはできなかった。むしろ逆効果さ。・・・あんたらを尋問してた奴、あいつ・・・マルチェロは、オレを目の敵にしてるからな・・・。それで、とにかく一度牢屋に入ってもらって、後から助けに来たってわけだ」
 「いいのかい? 僕たちの素性がわからないのに、こんなことして・・・。それに、この魔物の姿をした方が僕たちの仲間だというのも本当のことだ。それを逃がしてしまってもいいのかい?」

 エイリュートの問いかけに、ククールは振りかえり、フッと微笑んで見せた。

 「その場にはいなかったが、あんたらが院長の命を救ってくれたことくらい、わかってる。あんたらが尋問室に連れて来られるちょっと前に、あの禍々しい気が修道院から消えたからな。こう見えて、感謝してるんだ。そんなあんたらを見捨てるほど、オレも薄情な人間じゃない。それに、そちらのレディをひどい目にあわせられない。・・・奴の拷問はきついぜ?」

 道の先は行き止まり。梯子が上に伸びていた。

 「この上から外に出られる。」
 「・・・ククール・イリスダッド、本当によろしいのですか?」
 「オレのことなら、心配ない。うまくやってみせるさ」

 ククールが松明をエイリュートに託し、まずは先に登る。異常がないことを確認し、が上り、トロデ、ゼシカ、ヤンガス、エイリュートと続いた。
 登りきったに手を貸し、ククールが辺りの様子を窺う。続けて登って来る仲間たち。トロデはそこにいたミーティア姫の姿に安堵し、駆け寄った。

 「おおっ、ミーティア!! 無事じゃったか! わしがいなくて、心細かったじゃろう。もう大丈夫じゃ! さっ、ここから逃げ出すぞ! わしは姫を連れて先に外に出ておる。お前たちも早く来るのじゃぞ!」
 「・・・姫?」

 トロデの言葉に、ククールが首をかしげる。確かに、知らない人から見れば、白馬を「姫」と呼ぶのは不思議だろう。

 「まあいい。オレたちも外に出よう。ここまで来りゃ、よほどのヘマをしない限り、逃げられる。ま、あれだ。色々悪かったよ。それじゃ、ここでお別れだ。この先の、あんたたちの旅に神の祝福がありますように」

 だが・・・小屋から出た瞬間、一同の目に信じられない光景が映った。

 「橋が・・・修道院が燃えている!? バカな・・・まさか、さっきの禍々しい気の奴が再び・・・?」

 マイエラ修道院が・・・院長の離れに続く橋が、燃えていたのだ。

 「!!! オディロ院長が危ない!」
 「ククール!!!」

 エイリュートが呼びとめるのも聞かず、ククールはルーラの呪文で修道院へ戻ってしまう。

 「兄貴!!」
 「エイト! 私たちも、早く・・・!」
 「うん!」

 エイリュートたちもまた、ルーラの呪文で修道院へ戻った。
 すでに建物の周りには野次馬が出来ており・・・人々をかき分け、中へと入る。この混乱で、宿舎内も大騒ぎで、エイリュートたちの脱走に気づいたものはいない。
 院長の部屋の前まで到着すると、聖堂騎士たちが慌てふためき、どうしたものかと焦っている。見れば、島へと続く橋が今にも燃え落ちそうではないか。
 エイリュートたちは、意を決して橋を渡りきり・・・背後を振り返れば、ククールが肩で息をしながら、同じように炎に包まれた橋を渡って来た。
 だが、あと一歩のところで橋が燃え落ちる。

 「ククール・・・!!!」

 咄嗟にが手を伸ばし、ククールがその手に掴まる。力任せにグイッと腕を引き寄せたため、2人の体は折り重なるようにして倒れこんだ。

 「すまない、姫・・・!!」
 「いいえ、ご無事ですか? 一体、今までどこに・・・」
 「マルチェロを探していたんだ・・・。だけど、どこにもいない。あいつ、どこに・・・」
 「そんなことより、ククール! 早く中へ・・・」

 エイリュートの言葉に、ククールは立ち上がり、に手を貸す。揃ったところで中へ入ろうとするが・・・中から鍵がかけられているのか、まったく動かない。

 「中から鍵がかかってる・・・? マルチェロたちも中か!? くそっ! 何が起きてるんだ!? 一体、どうなってやがる!? 開きゃしねえ、くそっ!」

 押しても引いても開かないドアを蹴りつけ、ククールが舌打ちした。

 「仕方ありませんわ・・・こうなったら、強硬手段です。皆さん、下がって」
 「え・・・?」

 の言葉に、一同が彼女へ視線を向ける。はもう一度「早く下がってください」と強い口調で言い放った。
 言われた通り、扉から離れる4人。はロザリオを握り締め、何かつぶやき、そして彼女の全身から魔力が解き放たれた。
 扉にぶつかった魔力が、勢いよく扉を押し開く。中を確認し、突入すると、そこには聖堂騎士たちが倒れていて・・・。

 「おい! 何があった!? しっかりしろ!!」
 「よか・・・た・・・応援が・・・早く・・・院長様を・・・」
 「どうした!? 一体、誰が!」
 「・・・やつ・・・は、強い・・・。マルチェロ様・・・も、あぶな・・・い・・・」

 ククールが抱き起こすも、騎士は小さく言葉を発し、息を引き取った。

 「・・・上だ。行こう。お前も来てくれるな?」
 「もちろんだ。早く院長のもとへ!」
 「・・・すまない」

 階段を上ろうとしたとき、上から聖堂騎士が悲鳴をあげて転がり落ちてきた。

 「あの・・・道化師・・・誰か・・・院長を・・・っ!!」

 顔を見合わせ、5人は階上にいるオディロ院長のもとへ急いだ。
 だが・・・2階に上がったククールたちの目に映ったのは、宙に浮かぶ道化師と・・・それと対峙するマルチェロ・・・マルチェロの背後にいるオディロ院長の姿。
 道化師が杖を振るえば、簡単にマルチェロの体が吹っ飛んだ。

 「兄貴!」

 ククールが飛び出し、マルチェロに駆け寄る。マルチェロは苦痛に歪んだ表情で、ククールを見やった。

 「・・・やら・・・れた・・・。全て・・・あの道化師の・・・仕業・・・。奴は・・・強い・・・。ゲホッ! だが、あやつの思い通りには・・・っ!! ・・・命令だ! 聖堂騎士団員ククール!! 院長を連れて逃げ・・・」

 だが、その言葉を聞いた道化師が杖を振るい、今度はククールとマルチェロの体が壁に叩きつけられた。

 「・・・クックック。これで邪魔者はいなくなった」
 「くっ・・・! オディロ院長には、指一本触れさせん・・・!!」

 気丈にも起き上がろうとするマルチェロだが、オディロが神妙な面持ちでドルマゲスとマルチェロの間に立ちはだかった。

 「案ずるな、マルチェロよ。私なら大丈夫だ。私は神に全てを捧げた身。神の御心ならば、私はいつでも死のう。・・・だが罪深き子よ。それが神の御心に反するならば、お前が何をしようと、私は死なぬ! 神のご加護が必ずや、私とここにいる者たちを悪しき者より守るであろう!」
 「・・・ほう。ずいぶんな自信だな。ならば・・・試してみるか?」

 オディロ院長が強い眼差しで道化師を睨みつける。一触即発の空気だ。たまらず、エイリュートが飛び出そうとしたとき・・・。

 「待て待て待て〜い!!!」

 エイリュートの体を突き飛ばし、トロデが前に進み出たのだ。

 「おっさん、いつの間に!!」
 「久しぶりじゃな、ドルマゲスよ!」
 「これは! トロデ王ではございませんか。ずい分、変わり果てたお姿で」

 トロデの変わり果てた姿に、道化師・・・ドルマゲスは嘲笑を浮かべ、恭しくお辞儀をした。

 「うるさいわい!! 姫とわしを元の姿に戻せ! よくも、わしの城をっ・・・!!!」
 「・・・やかましいハエだな・・・」

 怒りの声をあげるトロデに、ドルマゲスは表情を一変させ、すさまじい魔力を放ち始めた。

 「トロデ様!!!」

 が声をあげ、トロデを庇おうと飛び出すが・・・それよりも早く、小さな体がトロデの前に飛び出した。
 魔力を帯びた杖が、小さな体を貫き・・・オディロ院長の体が倒れた。

 「・・・悲しいなあ。お前たちの神も運命も、どうやら私の味方をして下さるようだ・・・。キヒャヒャ! ・・・悲しいなあ。オディロ院長よ。そうだ、この力だ! ・・・クックック。これで、ここにはもう用はない」

 ドルマゲスの持つ杖に新たな魔力が宿る。背にした窓ガラスが割れ、満月がドルマゲスの姿を照らした。

 「・・・さらば、皆さま。ごきげんよう」
 「待て・・・!!! ドルマゲスっ!!!」

 エイリュートが声をあげる。だが・・・不気味な笑い声を残し、ドルマゲスは姿を消した。

***

 翌朝・・・雨の中、オディロ院長の葬儀が行われた。
 マルチェロは、昨夜の出来事を聖堂騎士や修道士たちに話し、エイリュートたちの疑いは晴れた。
 だが・・・重苦しい葬儀の中、誰一人それを喜ぶものはいない。

 オディロ院長の死を悲しむかのように、天も惜しみない雨を降らせたのだった。

 まるで、悲しみの涙をこぼすかのように・・・。