夕闇に包まれようとしている道を歩く。
共に歩くのは、自分よりも年上なのに、自分を「兄貴」と呼んで慕う男と・・・一台の荷馬車。そして、その荷馬車の荷台には・・・緑色をしたモンスターのような御者。
少年は、フト空を見上げる。
見上げた少年の頭上を、二羽の白い小鳥が飛んでいく。少年は、それを見つめていた。
御者が、少年に声をかける。少年の、夕焼けと同じ色のバンダナが、風に揺れ、彼は笑顔を浮かべ、御者に応えた。
あの小鳥たちのように・・・この青い空、大きな海、広い大地を飛んでいけたらいいのに・・・。
***
「兄貴! あそこに町が見えるでがすよ!」
「おぉ・・・! あそこは、トラペッタの町じゃ!! あの町に、マスター・ライラスがいるのじゃ」
一見、山賊のような出で立ちをした男・ヤンガスと、馬車の御者台に座る魔物の姿をしたトロデが声をあげる。
「トラペッタの町か・・・。でも、何か様子がおかしい。あの煙はなんだろう?」
「煙・・・? おぉ!! エイリュートの言うとおり、煙が上がっておるぞ。バーベキューでもしておるのかな?」
「そんなわけないでがす・・・。とりあえず、行ってみましょうや、兄貴」
ヤンガスの言葉に、「うん」とうなずき、少年・・・エイリュートはトラペッタの町向かって歩き出した。
トラペッタの町は、高い塀に囲まれ、町に入るにも門を開けてもらわなければならない。強固な作りの町だった。
エイリュートは、初めて訪れるトラペッタの街並みに目を奪われ、ヤンガスは堂々とした姿勢でその横を歩く。トロデは、御者台から町の人々に視線を配っていた。
そのトロデの姿を見た住人たちは、皆、恐れおののいた表情を浮かべ、そんな様子にトロデは気づくことなく、馬車は町の中心部、広場で止められた。
「さて・・・いいか、エイリュート、ヤンガス。この町に、“マスター・ライラス”という人物が住んでいるはずじゃ。そやつの居場所を捜してきてほしいのじゃ」
「おっさん、どうしてその“マスター・ライス”とかいうやつを捜してるでげすか?」
「バカモノッ!!! “マスター・ライス”ではないっ! “マスター・ライラス”じゃっ!!!」
「アッシらが追っていたのは、ドルマゲスってヤツじゃなかったでがすか!?」
「・・・お主、エイリュートの舎弟に〜とか言っておきながら、わしの話を聞いてなかったな?」
ハァ・・・とため息を吐き、トロデはヤンガスに説明する。
「そうじゃ! 憎きはドルマゲス! わしらをこのような姿に変えた、とんでもない性悪魔法使いじゃ! 一体、あやつめはどこに姿をくらませてしまったのか!? 一刻も早く、あやつめを探し出し、この忌々しい呪いを解かねばならん。でなければ、あまりにもミーティア姫が不憫じゃ。せっかくサザンビーク国の王子と婚儀も決まったというのに・・・。ドルマゲスのやつめ!」
憤慨し、地団太を踏むトロデは、エイリュートとヤンガスに視線を向けた。
「というわけで、エイリュート。さっそくじゃが、マスター・ライラスなる人物を探し出してきてくれぬか?」
「はい、ドルマゲスの行方を掴むため、ですね」
「そうじゃ。では頼んだぞ。わしは、ここで休んでいるからな」
半ば押し出されるかのように、エイリュートとヤンガスは、トラペッタの町へ繰り出して行ったのである。
***
「さて・・・マスター・ライラスを捜せ、とは言われたものの、どこからどうやって捜せばいいんだろう?」
腕を組み、困り果てた表情を浮かべるエイリュートに、ヤンガスは的確な言葉をかける。
「まぁ、そういった情報は、たいてい酒場で聞けるもんでげす。どうやら、この町にも酒場はあるみたいでげすから、行ってみたらどうです?」
「酒場か・・・。そうだね。一人じゃ、ちょっと心細いけど、ヤンガスがいるから大丈夫だろう」
「えぇ! 兄貴にちょっかいかけようとするヤツがいたら、このあっしが叩きのめしてやるでげすよ!!」
「・・・まぁ、ほどほどにね」
意気込んで、ものすごいことを言い放ったヤンガスに、エイリュートは声をかけ、酒場へと向かう。
広場から離れた高い場所に、酒場や武器屋、教会があるようだ。
二人は太陽が沈み、ようやく客の入り始めた酒場へ足を踏み入れる。
中はすでに客で賑わい、エイリュートとヤンガスは側にいたバニーガールに「マスター・ライラス」の居場所を尋ねた。
だが・・・。
「マスター・ライラス? えっ・・・まさか、知らないの??」
「え? 知らないって?」
「見てないのか? 火事の跡」
声をかけてきたのは、カウンターに座っていた男の人だ。
エイリュートとヤンガスは、顔を見合わせ、同時に首を横に振った。
「そっか・・・見てないのか。実はな、先日この町で火事があったんだ」
「はい・・・」
「そこの・・・宿屋の隣の民家だ。その家の主が、あんたらが捜してるマスター・ライラスだよ」
「えぇ!!? そ、それで・・・マスター・ライラスは?」
「・・・亡くなったよ。本当に気の毒なことだが・・・。いやね、ここだけの話だが、実は誰かに殺された・・・あ! いや、今のは聞かなかったことに・・・」
告げられたその情報に、エイリュートとヤンガスは思わず顔を見合わせた。まさか、捜していた人物がすでに亡くなっていたとは・・・。
「ルイネロさん、もうやめにしないかい? 悪いけど、こっちも商売なんだ。あんたの当たらない売らないなんか、一杯の酒代にもなりゃしないよ」
カウンター向こうにいたマスターが、客の一人に声をかけている。エイリュートは“占い”という言葉に視線をそちらへ向けた。
「なんだと!? わしの占いが当たらないだと!? あほうか、お前は!! もともと占いなど、当たらなくて当たり前なのだ。もし、もしもだ・・・わしが先日の火事を占いで予見し、止めたとしよう。しかし、それがなんになる? そのことが次の災いのタネになるかもしれんのだ」
「ルイネロさん、言ってる意味がわからないよ・・・。もし火事がわかっていたら、少なくともマスター・ライラスを救えたんじゃないのかい?」
「・・・ライラスか・・・。あの老人とは、よくケンカをしたものだ。まさか、死ぬとはな・・・」
「あの・・・」
「ん?」
占い師らしき男に、エイリュートが声をかける。男はエイリュートに視線を動かした。
「あの・・・実は占ってもらいたいことが・・・」
「ん!? お前さんたち・・・ちょっと顔を見せてみい。むむ。むむむむ・・・これは・・・」
「え・・・」
エイリュートが声をかけると、男は突然立ち上がり、エイリュートに迫ってきた。
「兄貴!!」
慌ててヤンガスがエイリュートと男の間に立ちふさがるが・・・それとほぼ同時に酒場のドアが開き、若い男が息を切らせて駆け込んできた。
「た、大変だ!! 怪物が町の中に入り込んで!」
「なんだと!?」
「とにかく来てくれないか! もう大騒ぎで!」
若い男の言葉に、酒場にいた客のほとんどが店を飛び出して行き・・・
「兄貴・・・何かイヤな予感がするでがす・・・」
「・・・うん。僕も同じ予感がする」
エイリュートとヤンガスは酒場を出ると急いで町の広場に向かった。そこにいるはずの、トロデ王のもとへ・・・。
***
エイリュートたちが広場に駆けつければ、やはりそこにいたのはトロデ王で・・・。町の人々が、そんなトロデ王に石を投げつける。だが、そのトロデ王を庇うように、馬車につながれていた白馬が立ちふさがった。
「王! ミーティア姫!」
エイリュートたちが声をあげ、ヤンガスがトロデの体を抱え、逃げるように去っていく。エイリュートも手綱を引き、トラペッタの町を後にした。
「やれやれ、ひどい目に遭ったわい。一体、わしを誰だと思っているのじゃ!? 人を見た目だけで判断するとは、情けないのう。人は外見ではないというに・・・」
「まったくその通りだ!! うんうん」
トラペッタの町を出た脇の草原で、トロデ王は憤慨するが・・・今の姿を見ては、仕方ない話だと思える。
そのトロデの言葉に、ヤンガスが同意するということは、彼は見た目で何か判断されたことがあるのだろう。彼の場合も無理はないと言える。かなりの強面だからだ。
「ときにエイリュート。マスター・ライラスじゃが、見つけることができたかの?」
「それが・・・」
「実は、マスター・ライラスは火事で亡くなってたでげすよ」
「な・・・なんと!! すでに亡くなっていたじゃとっ!? むむむむむ・・・」
言葉に詰まったエイリュートに代わり、ヤンガスが告げると、トロデは愕然とした。
「ふむ、亡くなってしまったものは、仕方がないの・・・。もともと我らが追っているのは、わしと姫をこのような姿に変えた憎きドルマゲスじゃ! マスター・ライラスに聞けばヤツのことが何かわかるやも知れぬとそう思ったのじゃが・・・やはりドルマゲスの行方は、わしらが自力で探すしかないようじゃな」
あてにしていた人物が、すでにこの世にいなかったのだ。残念といえば残念だが、いた仕方ない。
「では行くとするか。ライラスがいない今、こんな町に長居は無用じゃ!」
「お待ちください!」
出発しようとしたエイリュートたち一行に、背後から声がかかった。振り返ってみれば、まだ年若い少女が立っていた。
「お待ちください・・・。じつは、あなた方にお願いがあって、こうして駆けつけてきました」
「お嬢さん、あんた、このわしを見てもこわくないのかね?」
「夢を見ました・・・。人でも魔物でもない者が、やがてこの町を訪れる・・・。その者がそなたの願いを叶えるであろう・・・と」
「人でも魔物でもない? それはわしのことか?」
「あっ、ごめんなさい」
娘の言葉に、トロデ王はショックを受け、傍らのヤンガスは可笑しそうに笑っている。
「まあ、よいわ。見れば我が娘ミーティアと同じような年頃。そなた、わしらのことを夢に見たと申すか? よくわからぬ話しじゃが・・・」
「あっ、申し遅れました。私は占い師ルイネロの娘のユリマです」
「占い師・・・って、さっきの人かな?」
「そうでげすね」
エイリュートがヤンガスを見下ろすと、ヤンガスもエイリュートに視線を向け、うなずいた。
「どうか私の家に来てくれませんか? 詳しい話は、そこで。町の奥の、井戸の前が私の家です。待ってますから、きっと来てくださいね!」
「え・・・あ、ちょ・・・」
エイリュートが声をかけるより早く、ユリマはさっさと町の中に入って行ってしまった。
「なんでげすかい、あの娘っ子は? “井戸の前の家が、私の家です”って・・・」
「えらぁい!!!」
不服そうにつぶやいたヤンガスの言葉を遮るようにして、トロデ王が叫んだ。
「このわしを、見ても怖がらぬとは、さすが我が娘ミーティアと同じ年頃じゃ! ここは一つ、あの娘のために一肌脱いでやろうではないか!」
「・・・おっさん、その理由付けはどうかと」
「よし! エイリュート! 町の奥の井戸の前の家じゃったな。お前、行って話を聞いてまいれ」
「トロデ王は、どうなさいますか?」
「わしと姫はここで待っておるよ。また騒がれてもやっかいでな」
半ば強引に決めてしまった主に、エイリュートは何も言えず、ヤンガスを伴い、再びトラペッタの町へと入っていったのだった。